アファーマティブ・アクション

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アファーマティブ・アクション: affirmative action)とは、弱者集団の不利な現状を、歴史的経緯や社会環境に鑑みた上で是正するための改善措置のこと。この場合の是正措置とは、民族人種出自による差別貧困に悩む被差別集団の、進学就職職場における昇進において、特別な採用枠の設置や、試験点数の割り増しなどの優遇措置を指す。

概要

特に欧州で使用される積極的差別是正措置の英語表現である。英語以外の欧州語では肯定的差別[1]が一般的である。外国では、これらの用語は弱者集団の現状是正のための進学就職昇進における直接の優遇措置を指す。この場合の肯定(: positive)とは改善の意味である。よって「改善措置」あるいは「改善目的の差別」とすると原意が理解しやすい。

アファーマティブ・アクションは、一般には「差別撤廃」や「積極的差別是正」の方策として、理念的にはとくに問題とされない。しかしながら、その実際的運用や効果測定の場面においては賛否両論がある。批判の声が大きくなったきっかけは、80年代の右派・新自由主義者のロナルド・レーガン(共和党)の政権が、黒人に対する公民権の努力を放棄してしまったことにある[2]。 構造的に内在する差別を解消するために、機会不平等の是正策として、特定の民族あるいは階級に対して優遇措置を制度上採用し、例えば貧困層の階級出身の学生に対する生活援助奨学金などの制度が各国で広く採用されている。このような制度を積極的に採用するアメリカ合衆国インドマレーシア南アフリカ共和国などの国々においては、政府機関の就職採用や公立教育機関(特に大学)への入学において、被差別人種とされる黒人ヒスパニック系の人種[3]、あるいは被差別の階層のために採用基準を下げたり、全採用人員のなかで最低の人数枠を制度上固定するなどの措置がとられている。

しかし他方で、アファーマティブ・アクションは、特定の制度により採用の機会を平等にしたとしても、白人など多数派が学歴や職を得るのを阻害しているとの批判も存在する。

日本語

日本語では、affirmative action は一般に「積極的格差是正措置」と訳される。

肯定的差別」または「ポジティブ・ディスクリミネーション (positive discrimination)」とすると憲法14条に違反するとの批判がありうるので、「差別」を用いた単語の使用が避けられる傾向にある。アファーマティブ・アクション(affirmative action)は、優遇措置でなく差別環境の是正措置であると説明されることもある。実際に2002年(平成14年)4月19日厚生労働省の発表では、日本における女性に対しての積極的改善措置に関して、「単に女性だからという理由だけで女性を「優遇」するためのものではなく、これまでの慣行や固定的な性別の役割分担意識などが原因で、女性は男性よりも能力を発揮しにくい環境に置かれている場合に、こうした状況を「是正」するための取組なのです」といった注釈もなされている[4]

ポジティブ・アクション

日本では、アファーマティブ・アクション(affirmative action)の中で、特に女性に対する積極的改善措置のことを、「ポジティブ・アクション (positive action)」と呼び、厚生労働省が中心となって女性の活躍や男女格差解消を推進している[5][6]。ポジティブ・アクションは、英語の affirmative action(肯定的措置)と positive discrimination(肯定的差別)を組み合わせて造語した和製英語である。

各国の事例

アメリカ合衆国

アメリカ合衆国では、アフリカ系アメリカ人黒人)やラテン系の平均の学力が低いために進学率が低いことを是正するために、大学において一定枠の確保(理想としては黒人の全人口に対する割合と同一の合格確保)が行われている。

差別が論拠とされるが、非白人(non-White Americans)で被差別民族であるはずのアジア系(東洋系およびインド系)の人種は、成績が全体として高いためにこの優遇措置を受けることができない。またアメリカの大学の入試においては課外活動での活躍が評価され、この分野では総じて白人が有利とされる。よって、成績が平均的に優秀であるアジア系が大学入学においての不利とされる。

課外活動がアメリカの大学の入学審査で考慮されることになった元々の理由は1920年代に遡り、それは学力で白人より優秀であったユダヤ人ユダヤ系アメリカ人)の入学数を有名大学で制限するためであった。この場合は、実際の課外活動の内容に関係なく人為的にユダヤ人の点数を下げていた。現在ではこのような人為的な人種別の点数操作はなくなったが、結果として学問に熱心なアジア系の学生に対するハンディとなっている。また最高学府であるはずの大学の入学審査に課外活動が審査基準の一部であることの正当性も問われている。

アメリカの大学入試競争においては、ゴールラインが人種枠ごとに別々に引かれており、東洋系は他人種以上に成績をあげることが必要となる。このため、アジア系の人種は個々人の事情に関わらず、人一倍の努力が制度上義務付けられるという、逆に差別的な実態が生じている。特にフィリピンベトナム系のアメリカ人は社会的にも不利な境遇の出身者であることが多く、白人の貧困層出身者と同じで彼らの立場改善に大きな妨げになっていると指摘されている。

プリンストン大学の社会学者のトマス・J・エスペンシェイドとチャン・Y・チュンの調査によるとアイビー・リーグ大学の入学審査における学力以外での基準によるSAT (大学進学適性試験)の修正点は、白人をゼロとすると

人種 修正点
黒人 +230
ラテン系 +185
アジア系(東洋系、インド系、東南アジア系) –50
スポーツ特待生 +200
レガシー (元卒業生の子弟および大学への献金者) +160

(満点1600): Study (PDF)と、優遇措置対象であると得点が10%以上有利になり、アジア系であると3%程度不利となる。

さらに、2009年にプリンストン大学の社会学者がアメリカのアイビー・リーグの大学に入学に必要となる点数を人種別に割り出した所、満点1600点でアジア系は1550点(96.9%)、白人は1410点(88.1)、黒人は1100点(68.8%)。確率にするとアジア系より白人は三倍、ラテン系は6倍、黒人は15倍の倍率で入学が認められるとの結果が出された[7]

最近のカリフォルニア州では、州立大学の入学審査において積極的差別是正措置の適用を禁じる法律が住民投票により採択された。結果として、これらの州立大学(私立は関係なし)で白人の新入生の数は大して変わらなかったが、黒人の入学率が下がり、アジア系の入学率が上がった。しかし、入学後に落ちこぼれたり、退学する黒人やラテン系の学生の割合が減ったため、実際に卒業する黒人やラテン系の学生の数は変わらないという結果になった。

また、雇用の面では1964年成立の公民権法に基づき雇用機会均等委員会が設けられ、連邦機関や地方自治体に黒人、少数民族及び女性を、採用の際に一定数割り当てるよう指導した。さらに、連邦労働省連邦契約遵守局が出したガイドラインにより、連邦と一定額以上の事業契約を行う民間企業などは、少数民族に平等な雇用を提供するよう、採用に人種による割り当ての具体的な数値目標を示すことが必要とされた。また、解雇の際も黒人や少数民族を優先保護し、従来の労働慣行を無視して白人を先に解雇することが認められた。

職場における昇進に関してもアファーマティブアクションが用いられており、アラバマ州警察では一時期、最高裁判決に基づき、白人警察官が一人昇進するたびに、自動的に黒人警察官も昇進させる制度が採られた。

2006年、ミシガン州住民投票の結果、公立大学入学審査でのマイノリティ優遇措置を廃止すると決めた。この件は裁判で争われ、2014年4月22日、合衆国最高裁判所は合憲であると判断した。なお、これはアファーマティブアクションを禁止することを認めるものであり、アファーマティブアクション自体についての判断ではない[8]

アラン・バッキの事件

カリフォルニア大学の医学部を1973年1974年と連続して受験したが合格できなかったのは、大学の割り当て制度のために逆差別を受けたからだ、という白人男性アラン・バッキ(Allan Bakke)の申し立てに対し、最高裁判所、大学の行った割り当て制度をくつがえし、アラン・バッキの大学への入学を認める判決を下した。この判決を契機として、それまで活発に行なわれていた差別是正制度は、黒人が優遇されている分だけ白人が逆差別を受けているとの批判が高まり、衰退の傾向が見られる。たとえば、カルフォルニア州では、1996年の住民投票によって「公共事業における少数民族および女性の優先的な採用」という差別是正制度が撤廃された。ニューライト(the new right)と呼ばれる人たちは、恵まれない少数派の人々は、差別是正よりも、経済の拡大によって救済されるべきだと考えているが、これも差別是正措置の衰退に影響しているとされる。[9]

日本

日本においてはこのような施策は、日本国憲法第14条(法の下の平等)違反の可能性もあって、環境の改善措置が強調されている。

日本政府は政策目標として、2020年までに指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%となることを努力目標として提言しているが、安易な数値目標は逆に採用や昇進における女性優遇と招くのでは無いかとの指摘もある。また、日本のポジティブ・アクションは諸外国の同等政策とは異なり、民間企業を対象とする傾向が強く、個人の能力差がはっきりと出る傾向にある企業において、仕事の能力が劣る人間が女性というだけで昇進を獲得するという事態になれば、現場での軋轢(あつれき)は避けられないのではないかとの懸念も存在する。

指導的地位だけではなく、すべての地位で適用された上、さらに、比率だけを考慮した単純な適用をした場合、中高年男性が既に多く雇用されているため、若い男性にしわ寄せが来る可能性があるという意見もある。

また女性志願者が少ない職種にも同様に適用される場合の、難しさも指摘されている。

同和地区

国や自治体は部落問題を解消するため、いわゆる「同和行政」として、同和地区の住民に対して各種の優遇措置を設けてきた。これも積極的差別是正措置の一種といえる[10]

具体的には、部落差別における同和対策事業特別措置法1969年7月10日施行1978年11月13日法律第102号で改正、1982年3月31日発効1982年3月31日から1986年3月31日まで有効の法律第16号地域改善対策特別措置法地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律1987年3月31日法律第22号に引き継がれた)などがこれに類すると考えられる。

兵庫県姫路市立飾磨高等学校は、部落解放同盟兵庫県連の要求を受け、1970年の入試で合格点に達しなかった部落出身生徒3名を入学定員の枠内で優先入学させた[11]。1971年には、兵庫県芦屋市立芦屋高等学校が、入学定員の枠外における部落出身生徒の優先入学を認めた[11]

1973年11月には、部落解放同盟大阪府連合会副委員長(当時)の泉海節一らが大阪市立大学に「同和地区の生徒の学力が低いのは差別の結果であるから、成績が悪くても入学をさせて、部落解放の立場で闘う医師や弁護士をつくるのが当然」と訴え、同大学の医学部法学部に対して部落解放同盟関係者の子弟の優先入学(「委託学生制度」)を要求した[12][13]。これを受け、1974年5月15日には大阪市立大学の森川学長が記者会見を開き、医学部における「委託学生制度」を受け入れる方向で検討すると発表した[14]。実際に某大学の医学部がこれを受け入れ、2名の解放枠の医学生が誕生したが、1名は挫折し、もう1名は医師となったものの部落解放運動からは縁が切れた[15]

1974年2月には、大阪市関西大学に「部落青年」の受験番号を示して優先入学を迫っている[13]

1976年2月には、部落解放同盟大阪府連合会矢田支部長(当時)の戸田政義が大阪府私学課を通じて私立大鉄高等学校(現・阪南大学高等学校)に圧力をかけ、「特別入学の配慮をいただきたい。とくに解放同盟矢田支部の生徒についてはよろしく」と要求している[13]。その結果、同校は解放同盟矢田支部の生徒のために二次試験を行ったが、問題の生徒は二次試験にも落ちてしまったため、同校の校長と教頭は部落解放同盟から糾弾を受け、最終的に「特別補欠合格」とすることで決着がついた[13]

部落解放同盟和歌山県連合会は、和歌山県立医大で「差別発言」があったと主張し、同和地区出身生徒の優先入学を大学側に要求[16]。これに対し、1976年3月5日、正常化連和歌山県連や日本共産党が同大学学長に「不当な圧力に屈するな」との申し入れを行った[17]

同和行政は長年続くうちに、給付金の窓口などが利権化する問題が発生した[10][注 1]。近年では経済的な格差が縮小したとして廃止されるものが増えたが、公務員の採用優遇措置などの形で残っている地域もある。ただし、部落問題について発言することは、「差別に加担するのか」などと糾弾されかねないセンシティブな問題であるため公に議論されることが少ない事例である[10]

女性

男女共同参画社会基本法の規定による男女共同参画基本計画により、「社会のあらゆる分野において,2020年までに,指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する」といった目標を定めており[18]、それに関連した取り組みが各分野で積極的に実行されている。具体例としては大学入試において女性優遇入試(女子特別枠)や雇用において女性優遇採用(千葉県大阪府名古屋大学東横インTOTOなど)がなされている。

男性

千葉市が「男性保育士活躍推進プラン」を策定し、具体的数値を掲げて男性保育士の支援を表明しており、賛否の声が挙がっている[19]

このような性による優遇措置については、日本のみならず世界各国で反対の声が存在する。日本では「男女の平等は、社会の意識や慣習が変化し、女性が能力を十分に発揮できるようになれば自然に達成される」、アメリカでは「自由な競争を妨げ、社会や企業の活力を損なう恐れがある」「女性が優遇される結果、同じ能力を持つ男性が差別される」、スウェーデンでは「男女の平等は、社会の意識や慣習が変化し、女性が能力を十分に発揮できるようになれば自然に達成される」「女性が優遇される結果、同じ能力を持つ男性が差別される」、ドイツでは、「女性が優遇される結果、同じ能力を持つ男性が差別されるから」「男女の平等は、社会の意識や慣習が変化し、女性が能力を十分に発揮できるようになれば自然に達成される」などを理由とした反対の声が出ている[20]

障害者

障害者については、「障害者雇用枠」が一般募集枠と別に存在し、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく義務雇用率が定められている[21]

四国学院大学の例

香川県善通寺市四国学院大学では、入試に同和地区出身者や沖縄県出身者、在日韓国・朝鮮人、アイヌ、奄美群島出身者、障碍者の特別推薦枠を設けている[22]。この制度は畑中敏之や奥山峰夫から批判を受けているが[23][24]。同様の制度は明治学院大学にもあった[25]

四国学院大学の被差別少数者枠について、沖縄人権協会事務局長で弁護士の永吉盛元は「あきれる。沖縄県民や朝鮮人も含め、誰もが教育を等しく受ける権利は、憲法で保障されている。大学側には『救済』の意図があるかもしれないが、その考えこそ差別的だ」と批判している[26]。一方、沖縄キリスト教短期大学元学長の平良修は「歴史をきちんと見つめ、まじめな姿勢で取り組んでいると思う。」と高評価している[26]。また早稲田大学大学院教育学研究科教授である前田耕司は、オーストラリアにおける先住民族アボリジニに対する教育支援システムの充実との比較からも、四国学院大学の例や札幌大学のアイヌに対する給付金制度といった学校法人個別の支援だけでなく、国家レベルの高等教育支援の必要性を主張している[27]

マレーシア

マレーシアではマレー人華人に対して経済的に低水準であることを解消するため、マハティール・ビン・モハマド政権の下、大学進学や公務員採用でのマレー人優遇、会社役員・管理職へのマレー人登用義務づけなどの措置(ブミプトラ政策)が行われてきた。結果として経済的格差は縮小したが、消滅することはなかった。大学生の知的水準の低下をもたらしたとの批判もある。マハティール首相は辞任に際して「何を行ってもマレー人を変えることはできなかった」と述べた。

法的議論

アメリカにおけるアファーマティブ・アクションで有名な判決はバッケ判決、ウィーバー判決、パラダイス判決などで、それぞれ教育、職業訓練、昇進に関する判決である。最も直近のアファーマティブ・アクション審理はミシガン大学の入学試験における人種割り当てに関する問題であり、テキサス州知事時代にホップウッド判決を受けて「上位10%法」を制定していた右派のジョージ・W・ブッシュ大統領はこれを違憲とみなした。基本的に人員割り当ては違憲であると最高裁で決定されたが、「優遇措置(成績の引き上げ)は違憲では」ないとされた。

すべての最高裁判事がアファーマティブ・アクションを逆差別でアメリカ憲法修正14条の違反であると認めたが、違憲の審議において優遇措置の「公共の利益」にたいする判断で判事の判断が分かれ、結果として5対4の僅差で合憲とみなされた。しかしブッシュ政権において、この裁判で合憲判断を下した二人の判事が引退し、保守派とみなされる判事が代わりに就任したため、今後の最高裁の判断が注目されている。


肯定派

肯定派は、アファーマティブ・アクションは実効的な意味での機会を平等にすると考える。

例えば、ある特定の民族に属する人々に対して政治、経済上の差別が制度的、歴史的に存在し、その特定民族が階級的に下層に位置するためその民族からの学生の平均の学力が低く、高等教育進学率が著しく低かったとする。差別措置肯定派はこれにより学歴が低いために専門的な職に就くことは難しくなり、世帯の収入の差を生み、子女の基礎的な教育機会の差にも繋がり、次世代における進学率の差を再生産されていると主張する。アファーマティブ・アクションとは、このような自己保存的な問題を解消し、差別されてきた人々の社会的地位の向上を図るために、入学基準や雇用の採用基準で積極的な優遇措置をとることをいう。上の例では、その民族の生徒を高等教育に受け入れるため、成績に関わらず特別枠を設けたり、入学試験において点数のかさ上げを行ったりすることで彼らの進学率を向上させる。これにより長期的には差別構造そのものが消滅し、最終的にこの措置を必要としないまでに改善すると期待できると肯定派は主張する。

また、否定派が主張するような逆差別の問題は、制度を注意深く設計することで許容可能な範囲に留まると考える。

上野千鶴子は、著書の『女遊び』(238ページ)において「就職口の可能性があるとき、私自身は、できるだけ意図的に女性を推すようにしている。候補者が2人以上いて能力が等しければ、もちろん女性の方を、それどころかもし女性の方に若干問題があっても、やはり女性の方を推すことにしている。つまり、あからさまに男性に逆差別を行使しているのである。女性はずっと差別されつづけてきたから、少々の逆ハンディをつけなければ、男とはとうてい対等にはなれないからである。」と述べ、アファーマティブ・アクションと、それに伴う男性差別を肯定している。

限定的肯定派

女性優遇入試の在り方をめぐっては、フェミニズム憲法学者の辻村みよ子明治大学教授は、「公正さが求められる入試で女性の優遇策を導入する場合、手段を慎重に検討すべきだ」とする[28]

否定派

否定派は、アファーマティブ・アクションがもたらす逆差別の弊害を深刻に捉える。

弱者のための優遇を行うとき、入学・就職枠が無限にあるわけでないので、この優遇措置が大規模に行われれば当然この優遇措置を受けられないものに対する逆差別となる。アファーマティブ・アクションにおいては、進学率あるいは就職率などにおいて、まず結果における数の平等を求めているので、場合によっては競争の不公平という弊害が無視できないほどに大きくなる危険性がある。また、生活補助などの政策と違い、「積極的」差別是正措置は機会の平等を逆転させるものであり、平等の理念に背くという批判も存在する。

アメリカでこの政策の批判として、黒人の経済学者であるトーマス・ソエル(Thomas Sowell)の『Affirmative Action Around the World: An Empirical Study』(ISBN 978-0300107753 )がある。アメリカだけでなくマレーシア、スリランカナイジェリアインドの政策を分析した結果、彼の出した結論は五カ国の優遇政策の共通する結果として

  • 優遇対象でないグループによる優遇対象獲得の政治活動を誘発する(例:インドの下の中のカーストが下の下のカーストと同じ優遇措置を勝ち取ろうとする。これが与えられた場合次の一ランク上のカーストが同じ特権を要求する。)
  • 優遇対象グループのうちでもっとも恵まれているもの(例:黒人の中・上流階級)が非優遇対象グループのうちで最も恵まれていないもの(例:白人の貧民層の勤勉な学生)を犠牲とする形で制度の恩恵をこうむる傾向にある。
  • 優遇対象側は努力する必要が無くなり非優遇対象側は努力しても仕方がないとなり両方の向上心が削がれる。よって社会全体で競争が阻害される。
  • 制度によって優遇対象群と非優遇対象群の対立が深まる。アメリカの例をあげれば白人の貧民層の黒人に対する憎悪を増幅させるだけでなく、優遇措置と無関係の黒人の貧民層と黒人の中・上流階層の対立を深める傾向にある。

特にアメリカにおいての記述では、 「積極的是正措置が黒人を貧困からすくい上げたといえるのだろうか。積極的是正措置の導入以前に黒人の貧困は半減されたのに導入以後はほとんど変わっていない」 「積極的是正措置がないと黒人は大学や短大に入学できないといえるのだろうか。積極的是正措置がカリフォルニアで廃止された後、カリフォルニア大学の黒人の生徒の数は増加した」 「積極的是正措置が無ければ競争率の低い学校に入学し、優良な成績で卒業できたのにマイノリティの生徒は人種優遇制度のために学力に不相応な学校に送られ、他の同学校の生徒と比べて落ちこぼれる、あるいは落第する憂き目に遭う可能性が高い」 「一流の大学が二流の大学向けの学力しかない黒人の学生を吸い上げればそのぶん二流の大学は三流の大学向けの学力しかない黒人の学生を入学させなければならない。このプロセスは最高学府から最低学府まで続き、すべての学府のレベルで黒人の生徒の学力と学府教育レベルの不適応が起こる」等がある。

最近の問題として、次のようなものがある。カリフォルニアの司法試験では受験生の出身校および人種を記録していたため、それは難関法科大学院に優遇措置で入学させてもらえた少数民族が法科大学院の目的である司法試験にどれだけの割合で合格しているのかという情報を明確に統計的に検証できる重要な情報源となっている。優遇措置に反対する学者が情報公開を求めたところ、個人情報の保護を理由にその公開が拒否されている。しかし、別の学者にはその情報を公開しており、その対応が問題になった。現在裁判で争われている。もし情報が公開された上で優遇措置のおかげで難関の法科大学院に入学させてもらったものが司法試験で最終的に挫折という結果が出れば、優遇措置無用論に有利であると考えられている。

また、アメリカでは「少数民族(一般的に教育の高い印象を持たれているアジア人を除く)の医者はアファーマティブ・アクションのおかげで医学大学院に入れたためヤブ医者の可能性が高い」と見られている事例もあり、逆に偏見・差別となっている例もある[29]

黒人で共和党員というのは、きわめて少数派だが、共和党の保守派、コンドリーザ・ライス(元米国務長官)は、自分の経験からアファーマティブ・アクションには「効果がない」と反対している。だが、黒人票の80-90%は民主党に投票される。少数派で著名人のライスの意見のみ取り上げるのは、黒人の間でのサイレント・マジョリティーである格差是正派の意見を無視していると言える。また物理学者大槻義彦は、九州大学理学部での話を例として、アファーマティブ・アクションを実施しても優遇策で恵まれているが故に評価が厳しくなったりし、実社会での活躍の場が広がる訳でもないから却って差別になってしまうと批判している[30]

注釈

  1. 同和行政の利権化し固定化することで、それが新たな差別を再生産するのではないかという問題もある。身分は女性や人種と違い生物的な差異がないため、全国的に見れば風化している地域も多く、同和行政を続けることが真に同和問題の解消に寄与しているかは議論がある。

出典

  1. 西: discriminación positiva: discrimination positive
  2. http://www.huffingtonpost.com/.../reagan-was-no-friend-of-b_b_81...
  3. 但しヒスパニック系でも白人は対象から除外されている。
  4. 厚生労働省 女性の活躍推進協議会 ポジティブ・アクションのための提言平成14年4月19日
  5. 厚生労働省「ポジティブ・アクション(女性社員の活躍推進)に取り組まれる企業の方へ」
  6. 厚生労働省委託事業 女性の活躍を推進します「ポジティブ・アクション」
  7. “Competitive disadvantage”. The Boston Globe. http://www.boston.com/news/education/higher/articles/2011/04/17/high_achieving_asian_americans_are_being_shut_out_of_top_schools/ 
  8. JESS BRAVIN (2014年4月23日). “米最高裁、ミシガン州のマイノリティ優遇策廃止に合憲判断”. ウォール・ストリート・ジャーナル. http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702303595604579518402025713732.html . 2014-5-3閲覧. 
  9. 中澤幸夫『話題別英単語 リンガメタリカ』Z会 2006年 ISBN 978-4860663445 321頁 アラン・バッキの事件
  10. 10.0 10.1 10.2 正義を問い直す(学術俯瞰講義)第8回障碍と差別、積極的差別是正措置』、浦山聖子、東京大学公開講座動画の40分頃から質疑応答の中で、日本の積極的差別是正措置の一例として例示
  11. 11.0 11.1 東上高志『川端分館の頃』p.100。
  12. 尾崎勇喜『差別事件』p.140
  13. 13.0 13.1 13.2 13.3 寺園敦史ほか『同和利権の真相〈1〉』
  14. 尾崎勇喜『差別事件』p.140
  15. 豊中市講座 藤田敬一「体験的部落解放運動史」B(2013/6/25)
  16. 尾崎勇喜『差別事件』p.148
  17. 尾崎勇喜『差別事件』p.148
  18. 男女共同参画局「政策・方針決定過程への女性の参画の拡大(「2020年30%」の目標について)」
  19. “男性保育士の女児担当外しは性差別? 熊谷俊人・千葉市長の発言で議論”. ハフィントン・ポスト. (2017年1月23日). http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/23/childcare_n_14325636.html . 2017-1-24閲覧. 
  20. 内閣府男女共同参画局「ポジティブ・アクション(積極的差別是正措置)に対する意識
  21. 50人以上雇用している社・団体について1.8または2パーセント。
  22. 四国学院大「被差別少数者」推薦枠で論議
  23. 奥山峰夫『部落差別撤廃論をめぐる批判的研究』293頁
  24. 畑中敏之『「部落史」の終り』76頁
  25. 岡本雅享『日本の民族差別: 人種差別撤廃条約からみた課題』49頁
  26. 26.0 26.1 四国学院大「被差別少数者」推薦枠で論議”. クリスチャントゥデイ (2005年5月11日). . 2017閲覧.
  27. 埋もれる日本の先住民族、アイヌ~アボリジニとの比較に見る高等教育の温度差~”. オピニオン. 読売新聞 (2005年5月11日). . 2017閲覧.
  28. 「追跡2017入試「女子枠」は脱格差or逆差別? 大学優遇策に賛否」毎日新聞2017年1月23日 大阪夕刊
  29. 小林至「アメリカ人はバカなのか」(幻冬舎文庫)165頁
  30. 大槻義彦「女性枠は男性差別か?」(『パリティ』2011年11月号掲載)

関連項目

外部リンク