アプロディーテー

提供: miniwiki
移動先:案内検索
ファイル:NAMA Aphrodite Syracuse.jpg
紀元前4世紀のギリシアの原物を紀元2世紀にローマが複製したアプロディーテー像

アプロディーテー古典ギリシア語ΑΦΡΟΔΙΤΗ, Ἀφροδίτη, Aphrodītē)またはアプロディタアイオリス方言ΑΦΡΟΔΙΤΑ, Ἀφροδιτα, Aphrodita)は、を司るギリシア神話女神で、オリュンポス十二神の一柱である[1]。美において誇り高く、パリスによる三美神の審判で、最高の美神として選ばれている[1]。また、戦の女神としての側面も持つ。日本語では、アプロディテ[1]アフロディテアフロディーテアフロダイティ: Aphrodite)などとも表記される。

元来は、古代オリエント小アジアの豊穣の植物神・植物を司る精霊・地母神であったと考えられる[2]。アプロディーテーは、生殖と豊穣、すなわち春の女神でもあった。

ホメーロスの『イーリアス』では「黄金のアプロディーテー」や「笑いを喜ぶアプロディーテー」など特有の形容語句を持っている。プラトンの『饗宴』では純粋な愛情を象徴する天上の「アプロディーテー・ウーラニアー(英語版)」と凡俗な肉欲を象徴する大衆の「アプロディーテー・パンデーモス(英語版)」という二種類の神性が存在すると考えられている[3]

概説

ヘーシオドスの『神統記』によれば、クロノスによって切り落とされたウーラノスの男性器にまとわりついた泡(アプロス、aphros)から生まれ、生まれて間もない彼女に魅せられた西風が彼女を運び、キュテラ島に運んだ後、キュプロス島に行き着いたという[2]。彼女が島に上陸すると美と愛が生まれ、それを見つけた季節の女神ホーラたちが彼女を飾って服を着せ、オリュンポス山に連れて行った[2]。オリュンポスの神々は出自の分からない彼女に対し、美しさを称賛して仲間に加え、ゼウスが養女にした。これは、Ἀφροδίτη が「泡の女神」とも解釈可能なことより生じた通俗語源説ともされるが[1]、アプロディーテーが男性器から生まれるという猥雑な誕生の仕方をしているのはヘーシオドスが極度の女嫌いであったためといわれる[4]。ホメーロスはゼウスとディオーネーの娘だと述べている[1]。美と優雅を司る三美神カリスたちは彼女の侍女として従っている。また、アプロディーテーのつけた魔法の宝帯には「愛」と「憧れ」、「欲望」とが秘められており[5]、自らの魅力を増し、神や人の心を征服することが出来る。

気が強く、ヘーラーアテーナーと器量比べをしてトロイア戦争の発端となったり、アドーニスの養育権をペルセポネーと奪い合ったりすることもある。

キュプロスとアプロディーテーのあいだには本質的な連関があり、女神が最初にキュプロスに上陸したというのは、アプロディーテーの起源とも密接に関係する[1]

結婚相手・愛人を含め関係があったものは多々いるが主なものは、ヘーパイストスアレース、アドーニスである[1]

聖獣はイルカで、聖鳥は白鳥。聖樹は薔薇芥子花梨銀梅花真珠帆立貝林檎もその象徴とされる。また、牡山羊鵞鳥に乗った姿でも描かれる。

物語

アドーニス

アドーニス(Adonis)は、アッシリア王テイアースの娘[注 1]スミュルナの生んだ子であるとされる[1]。スミュルナは、アプロディーテーへの祭祀を怠ったため父親に対して愛情を抱く呪をかけられ、策を弄してその想いを遂げた[1]。しかし、これが露見したため父に追われ、殺される所を神に祈って没薬の木(スミュルナ)に変じた[1]。その幹の中で育ち、生まれ落ちたのがアドーニスといわれる[1]。また、アドーニスの出生についてはまったく別の説話も多い。例えば、アポロドーロスの述べるところでは、エーオースの子孫で、キュプロスにパポス市を建設したキニュラースの息子がアドーニスである。

アプロディーテーはこのアドーニスの美しさに惹かれ、彼を自らの庇護下においた[1]。だがアドーニスは狩猟の最中に野猪の牙にかかって死んだ。女神は嘆き悲しみ、自らの血をアドーニスの倒れた大地に注いだ(アドーニス本人の血とする説も)。その地から芽生えたのがアネモネといわれる[1]。アプロディーテーはアドーニスの死後、彼を祀ることを誓ったが、このアドーニス祭は、アテーナイ、キュプロス、そして特にシリアで執り行われた。この説話は、地母神と死んで蘇る穀物霊としての少年というオリエント起源の宗教の特色を色濃く残したものである[1]

アイネイアース

ゼウスはたびたびアプロディーテーによって人間の女を愛したので、この女神にも人間へ愛情を抱くよう画策し、アンキーセースをその相手に選んだ[1]。女神はアンキーセースを見るとたちまち恋に落ち、彼と臥所を共にした[1]。こうして生まれたのがアイネイアースであり、彼はトロイア戦争の後ローマに逃れ、その子イーロス(ラテン語名:ユールス)が、ユリウス家の祖とされたため、非常によく崇拝された[1]

信仰

東方起源の性格

古くは東方の豊穣・多産の女神アスタルテーイシュタルなどと起源を同じくする外来の女神で、『神統記』に記されているとおり、キュプロスを聖地とする[2]。オリエント的な地母神且つ金星神としての性格は、繁殖と豊穣を司る神として、庭園や公園に祀られる点にその名残を留めている。そして愛の女神としての性格を強め、自ら恋愛をする傍ら神々や人々の情欲を掻き立てて、恋愛をさせることに精を出している。同じく愛の神エロースと共にいる事もしばしばである。また、これとは別に航海の安全を司る神として崇拝されたが、これはフェニキアとの関連を示唆するものと考えられる。

スパルタコリントスでは、アテーナーのように、甲冑を着けた軍神として祀られていた[2]。特にコリントスはギリシア本土の信仰中心地とされ、コリントスのアクロポリス(アクロコリントス)のアプロディーテー神殿には、女神の庇護下の神殿娼婦[注 2]が存在した。この所作もまた東洋起原のものとされる。

古くから崇拝されていた神ではないために伝えられる説話は様々である。ヘーパイストスの妻とされるが、アレースと情を交わしてエロースなどを生んだという伝承もある[1]。アプロディーテーとエロースを結び付ける試みは、紀元前5世紀の古典期以降に盛んとなった。

金星の女神

本来、豊穣多産の植物神としてイシュタルやアスタルテー同様に金星の女神であったが、このことはホメーロスやヘーシオドスでは明言されていない。しかし古典期以降、再び金星と結び付けられ、ギリシアでは金星を「アプロディーテーの星」と呼ぶようになった。現代のヨーロッパ諸言語で、ラテン語の「ウェヌス」に相当する語で金星を呼ぶのはこれに由来する。

グレゴリオ聖歌でも歌われる中世の聖歌『アヴェ・マリス・ステラ』の「マリス・ステラ(Maris stella)」は、「海の星」の意味であるが、この星は金星であるとする説がある。聖母マリアがオリエントの豊穣の女神、すなわちイシュタルやアスタルテーの系譜にあり、ギリシアのアプロディーテーや、ローマ神話のウェヌスの後継であることを示しているとされる。

ローマ神話での対応と別名

ローマ神話ではウェヌス(Venus)をアプロディーテーに対応させる[1]。この名の英語形は「ヴィーナス」で、金星を意味すると共に「愛と美の女神」である。

別名として、レスボス島の詩人サッポーアプロディタἈφροδιτα, Aphrodita)[注 3]と呼んでいる。また、キュプリス(「キュプロスの女神」の意)という別名もある[1]。キュプロス島には古くからギリシア人植民地があったが、キュプロスを経由して女神の信仰がオリエントより招来されたためとも考えられる[1]。アプロディーテーとキュプロスには本質的な関係があった。

その海からの生誕と関係して「キュテレイア(キュテーラの女神)」と呼ばれるほか、キュプロスの都市パポスにちなみ「パピアー(パポスの女神)」とも称される。

脚注

注釈

  1. オウィディウスによると、ピュグマリオーンの孫キニュラースの娘。
  2. ヒエロドゥーライ(hierodoulai、「神聖奴隷」「神婢」)。ただし、娼婦男娼の場合があるため、男娼のみの場合、または両性をまとめて呼ぶ場合は、ヒエロドゥーロイ(hierodouloi)と称する。
  3. アイオリス方言と考えられる。

出典

  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 1.16 1.17 1.18 1.19 1.20 マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシア・ローマ神話事典』
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 フェリックス・ギラン『ギリシア神話』
  3. 戸塚七郎/訳 『饗宴』 グーテンベルク21 2012年
  4. 芝崎みゆき 『古代ギリシアがんちく図鑑』 バジリコ
  5. 松村一男/著 『歴史がおもしろいシリーズ! 図解 ギリシア神話』103頁。

参考文献

  • アポロドーロスギリシア神話』高津春繁(訳)、岩波書店、1978年。ISBN 978-4003211014。
  • マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシア・ローマ神話事典』木宮直仁(訳)、大修館書店、1988年。ISBN 978-4469012217。
  • フェリックス・ギラン『ギリシア神話』中島健(訳)、青土社、1991年。ISBN 978-4791751440。
  • 呉茂一『ギリシア神話』新潮社、1994年。ISBN 978-4103071037。
  • M. G. Howatson et al. Concise Companion to Classsical Literature, Oxford Univ. Press

関連項目