エキノコックス症

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エキノコックス症(エキノコックスしょう)とは、寄生虫の1種であるエキノコックスによって人体に引き起こされる感染症の1つである。包虫症(ほうちゅうしょう)などとも呼ばれる。

発生原因となるエキノコックスとは、扁形動物門条虫綱真性条虫亜綱円葉目テニア科エキノコックス属に属する生物の総称である。区分すると、単包条虫 Echinococcus granulosus による単包性エキノコックス症と多包条虫 Echinococcus multilocularis による多包性エキノコックス症がある。単包性エキノコックス症は牧羊地帯に好発し、日本においては輸入感染症として認知されている。

原因は、主にキタキツネイヌネコタヌキオオカミイヌ科をはじめとする肉食動物(イヌ科以外の例外もあり)の糞に混入したエキノコックスの卵胞を、水分食料などの摂取行為を介して、ヒト経口感染する事によって発生するとされる、人獣共通感染症である。卵胞は、それを摂取したヒトの体内で幼虫となり、おもに肝臓に寄生して発育・増殖し、深刻な肝機能障害を引き起こすことが知られている。肝臓癌と誤診され外科手術時にエキノコックス症と判明することもある[1]

症状

無症状の潜伏期間が長く、成人の場合で10年から20年[2]、小児で5年以上かかるといわれている。

患者の98%が、肝臓に病巣を形成される。感染初期の嚢胞が小さい内は無症状だが、やがて肝臓腫大を惹き起こして右上部の腹痛、胆管を閉塞して黄疸を呈して皮膚の激しい痒み腹水をもたらす事もある。次に侵され易いのは肺で、血痰胸痛発熱などの結核類似症状を引き起こす。

そのほかにも、脳、骨、心臓などに寄生して重篤な症状をもたらす事がある。また、嚢胞が体内で破れ、包虫が散布されて転移を来たす事もしばしばある。内容物が漏出するとアナフィラキシーショックを起こす。本虫の引き起こす症状は、大型の条虫の場合よりも重篤である。

診断

血清検査
ELISA法により血清中のエキノコックス抗体を検出する。
ウエスタンブロット法 (WB) により抗体陽性確認を行う。
問診
日本では北海道在住か北海道への旅行歴がある(北海道に生息しているキタキツネがエキノコックスに感染している場合があるため)。
理学的所見
関節に骨性の肥大が見られる。
胸部レントゲン撮影、胸部CTスキャン、腹部レントゲン撮影、腹部CTスキャン、カソニ皮内試験、間接血球凝集検査
嚢胞の存在と位置を確認。
腹部エコー所見
石灰化陰影が粒状に認められる。
腹部X線所見
肝臓の部位に一致して卵殻状の石灰化が見られる。
腹部CT所見
嚢胞壁に石灰化が見られる点が特徴的である。
末梢血所見
好酸球増多(一般に寄生虫がいると好酸球が増加することを利用)。
生検
腹腔鏡

治療

発症前の診断と治療開始が重要。放置した場合の5年後の生存率は30%と言われている[3]

根治治療

手術療法
有効な治療であるが、臨床症状が出現した時点ではもはや取りきれない事が殆どである。また嚢胞の位置と患者の状態から外科的切除が困難な場合がある。
化学療法
手術療法が困難な場合に行われる。本症に対する内服薬は、1981年昭和56年)にアルベンダゾール albendazole が開発され、欧米で用いられてきた。日本でも1994年平成6年)に認可され、使用が可能となっている。

根拠

治療の有効性については質の高い根拠が得られている。

予後と転帰

嚢胞を外科的に手術した場合の結果は良好だが、自覚症状が出現した(2次的嚢胞が発達)場合にはそれほど良くない。

疫学

発生は100,000人に1人の割合。世界における疾病負荷(DALY)は最低でも28.5万歳、経済的コストは年間1.94億米ドルとされる[4]

シベリア、南米、地中海地域、中東、中央アジア、アフリカ、日本北部に多い[4]。米国ではミシシッピ川下流域、アラスカ、およびカナダ北西部で見られる。危険因子は牛、羊、豚、鹿との接触、または犬、狼、コヨーテの糞との接触がある。

日本では

感染症法4類感染症指定で、原因となる多包条虫が北海道などの緯度の高い地域(38度以北)に生息している。毎年約20名がエキノコックスに感染しているが、保健衛生指導と犬の定期的な条虫駆除で予防できる。他に生水を飲まない、発生地の沢水や井戸水は加熱してから使用する、人家にキツネを近づけない、山菜などは良く洗うか火を通して食べる、などの予防法がある。しかし、虫卵の分布や汚染状況が不明で、ヒトへの正確な感染経路の同定はできていない[2]

熱には弱く、60度10分間加熱で死滅する。症状が出てからの治療は困難な為スクリーニング検査が重要であり、北海道では広く行われている。

  • 1998年8月 青森県で食肉用に屠殺されたブタでの感染が確認された[5]が、周辺の野生動物から病原体は検出されておらず、ブタの感染源は不明である[6]。弘前大学医学部の研究チームらにより、1990年から流行の監視が行われている[5]
  • 1999年平成11年)11月から2006年平成18年)1月にかけて、根室半島駆虫薬入りのキタキツネ用の散布し、キタキツネのエキノコックス感染率のデータ収集が行われた。散布開始時から2006年(平成18年)3月までの期間に捕獲したキタキツネの感染率は、駆虫薬入り餌を散布した地域での感染率は20%、散布しなかった地域での感染率は62%であった[7]
  • 2007年 山形県 米沢市営と畜場へ搬入されたウマから発見[8]
  • 2014年 青森県内でヒトの感染事例として20名が報告されている[9]。また、2014年愛知県でイヌ1頭の感染が報告されているが、感染経路は不明とされている[10]

歴史

日本では

  • 単包性エキノコックス症は1881年明治14年)に熊本で日本最初の症例が報告[11]
  • 多包性エキノコックス症は1936年昭和11年)に礼文島出身の女性が本症と診断されたのが最初[12]1924年大正13年)から1926年(大正15年)に千島列島の新知島から野ねずみ駆除と毛皮養殖用に移入した12尾のベニギツネが感染源になった。1963年(昭和38年)頃までに約200名の島民が本症で死亡したが、現在はキツネ狩りによりキツネを根絶した結果、本症も根絶され礼文島は非汚染地域。
  • 北海道(道東)では別ルートで侵入(複数の説がある)した感染キツネの生息範囲が拡大した結果、1965年(昭和40年)から対策を行ったが現在では北海道全域で多包条虫が見られる[13]
  • 長い間屋内で飼育されている飼い犬はエキノコックスに感染する可能性が小さいと考えられてきたが、屋内で飼育されていた飼犬にも感染が確認された。郊外で放して遊ばせたりした際に、野ネズミを捕まえて食べたものと考えられる。
  • 1994年平成6年)には、旭山動物園において、ローランドゴリラワオキツネザルが相次いで感染・死亡した上に、人間への感染不安が高まり、同動物園は8月27日に営業休止に追い込まれた。
  • 1999年(平成11年)に青森県で、養豚場のブタ3頭が感染していることが判明した(感染経路は不明)。ただし、周辺の野生動物の調査では検出されておらず、本州に定着したとは考えられていない。2003年(平成15年)には、北海道に住んだ経験のある関東地方イヌが1頭感染していたことも判明。
  • 1999年(平成11年)に秋田県で本症感染が報道されたが、肝蛭 Fasciola sp. であった[14]
  • 2003年(平成15年)に畑正憲北海道から東京に「ムツゴロウ動物王国」を移転させる計画を発表した時に、同氏が飼っている動物がエキノコックス症に感染しているのでは、と問題になった。
  • 2004年(平成16年)10月からは、犬のエキノコックス症を診断した獣医師には届出が義務付けられた。
  • 2005年(平成17年)9月8日本州への拡大が懸念されており、埼玉県が県内の野犬からエキノコックス虫卵が検出されたと発表した。
  • 2007年(平成19年)8月29日には、北海道大学の研究チームが、北海道内の600匹の飼い猫を調べたところ1匹の猫からエキノコックス虫卵が検出されたことを発見した。
  • 2014年(平成26年)4月4日には、愛知県半田保健所管内の動物病院の獣医師から、山中で捕獲された野犬のエキノコックス症を診断した旨の届出があった。
  • 2018年3月 愛知県の知多半島の知多市、阿久比町、南知多町で3頭の野犬の糞からエキノコックスが検出された[15]

感染対策

直接的な対策は多くの経口型感染症対策と同じく、「手指の洗浄励行」、「汚染の恐れがある食物はよく洗い加熱する」などであり、排出された虫卵を経口摂取する可能性を低減する効果が期待できる。また、感染終宿主との接触を避けることも重要である[13]

住環境に対しての対策は、すなわち媒介動物対策となる。つまり、主要な感染源となるキツネや野犬を人家周辺に近づけないための対策が重要で、餌となる畜産廃棄物、水産廃棄物、生ゴミなどの適正な保管・処理が不可欠とされる[1]

媒介動物への対策として、北海道のいくつかの地域において駆虫薬入り餌の散布による、野生キツネからのエキノコックス駆虫が行われ始めている。かつては、汚染地域内のキツネの捕獲やネズミ駆除が行われたが、効果が認められず失敗した[1]

関連法規

  • 感染症法 4類感染症:診察した獣医師、医師は地元の保健所を通じて7日以内に都道府県に届け出る義務がある[16]
  • 厚生労働省はイヌや野ネズミがエキノコックスを本州に運ぶ危険性を強く警告している。
  • 疾病コード:未定

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 「今野兼次郎:日本国内におけるエキノコックス症 -その対策と問題点-」、『The KITAKANTO Medical Journal』第2号、2001年、 157-159頁、 doi:10.2974/kmj.51.157
  2. 2.0 2.1 紺野圭太、奥祐三郎、神谷正男、土井陸雄、玉城英彦:多包虫症(エキノコックス症)の予防に向けて 生態系と危機管理の視点から 日本公衆衛生雑誌 Vol.49 (2002) No.1 p.6-17, doi:10.11236/jph.49.1_6
  3. エキノコックス症 バイエル薬品株式会社 動物用薬品事業部
  4. 4.0 4.1 Brunetti E, Kern P, Vuitton DA (2010). “Expert consensus for the diagnosis and treatment of cystic and alveolar echinococcosis in humans”. Acta Trop. 114 (1): 1–16. doi:10.1016/j.actatropica.2009.11.001. PMID 19931502. 
  5. 5.0 5.1 エキノコックス症:青森県で感染ブタが検出される 国立感染症研究所
  6. 青森県のと畜場に搬入された豚から検出されたエキノコックス(多包虫)について IASR Vol.30 No.9 (No.355) September 2009
  7. 野生哺乳類におけるエキノコックス流行の現状と対策」『哺乳類科学』(p169、PDF:p2/3)より。
  8. 山形県でと畜された軽種馬の肝臓から高率に検出されたエキノコックス(多包虫) 国立感染症研究所 IASR Vol.31 p.210-212: 2010年7月号
  9. 寄生虫エキノコックス、本州で感染拡大の兆し 日本経済新聞 記事:2014年5月29日、閲覧:2015年4月8日
  10. 本州以南第2例目の届出となった犬のエキノコックス(多包条虫)症 -愛知県 国立感染症研究所 IASR Vol.35 p.183: 2014年7月号
  11. 感染症の話2001年第48週 エキノコックス症 国立感染症研究所 感染症情報センター
  12. 礼文島エキノコックス症の自然史 国立感染症研究所
  13. 13.0 13.1 北海道における多包性エキノコックス症国立感染症研究所 感染症情報センター
  14. 最近秋田県においてエキノコックス症と判断された症例について感染症の話 2000 年第30週 国立感染症研究所
  15. 愛知県知多半島の犬におけるエキノコックス(多包条虫)感染事例について(情報提供) (PDF) 厚生労働省健康局結核感染症課 平成30年3月28日
  16. 感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について厚生労働省

参考文献

外部リンク