オーストロネシア語族

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オーストロネシア語族
話される地域: 東南アジア沿海部、オセアニアマダガスカル台湾
原郷: 台湾
言語系統: 広範に見られる語族
下位言語:
台湾諸語
日本語族(含む場合あり)
ISO 639-2639-5: map

東南アジア周辺の言語分布

大洋州周辺の言語分布

  アドミラルティ諸島諸語&ヤップ語
  St Matthias
  西大洋州諸語&中部メラネシア諸語
  テモツ諸語
  南東ソロモン諸語
  南大洋州諸語
  ミクロネシア諸語
  フィジー・ポリネシア諸語

黒の円は北西の限界地でスンダスラウェシ諸語パラオ語チャモロ語である。緑の円の中の黒い円はパプア諸語を表している。

ファイル:Migraciones austronesias.png
オーストロネシア語族の拡散。台湾からフィリピンへ、インドネシアへ、太平洋へと拡散した

オーストロネシア語族(オーストロネシアごぞく)は台湾から東南アジア島嶼部、太平洋の島々、マダガスカルに広がる語族である。アウストロネシア語族とも。日本語では南島語族とも訳される。

かつてはマレー・ポリネシア語族と呼ばれていたが、台湾原住民諸語との類縁性が証明された。この台湾原住民の諸語が言語学的にもっとも古い形を保っており、考古学的な証拠と併せて、オーストロネシア語族は台湾からフィリピンインドネシアマレー半島と南下し、西暦 5 世紀にインド洋を越えてマダガスカル島に達し、さらに東の太平洋の島々に拡散したとされる。ただしパプア・ニューギニアの大部分(パプア諸語)とオーストラリアの原住民の言語(オーストラリア・アボリジニ諸語)は含まない。

概要

オーストロネシア語族は千前後の言語[1]から構成され、西はマダガスカル島から東はイースター島まで、北は台湾ハワイから南はニュージーランドまでと非常に広く分布している。近代のインド・ヨーロッパ語族の拡大まで、最大の範囲に広がる語族であった。しかし範囲の広さに関わらず言語間の類縁性がきわめて高く、語族として確立している。

地域別状況

インドネシア

話者数が最も多いのはインドネシアで、国語と定められているインドネシア語マレー語をもとにして人工的に作られた言語である。各地域にはジャワ語スンダ語マドゥラ語ミナンカバウ語バリ語ブギス語マカッサル語アチェ語などが分布しているが、インドネシア語はこれらマレー系諸言語の新しい共通語として制定された。マレー語がインドネシアの共通語となった歴史的背景としては 15 世紀から 16 世紀初頭にかけてマレー半島南岸に繁栄したマラッカ王国の影響が挙げられる。マラッカ王国からイスラームが広がり、その言語が商業用語としても広く用いられたからである。 ジャワ語の母語話者数は圧倒的だがジャワ語を国語に選定すると、マジョリティのジャワ人の優位性を助長すること、難解な敬語表現の学習の難しさ、また敬語を重視するのは新国家で謳う自由平等にふさわしくないということなどで採用されなかった。

マレーシア

マレーシアの国語はバハサ・マレーシア(マレーシア語)で、この国で話されている標準的なマレー語をマレーシア語として2007年に制定したものである。従来の「マレー語」は広義ではインドネシア語を含むことがあるが、国名を入れたことにより区別が明確になった。 マレーシア語とインドネシア語は極めて共通する部分が多いと言われる。しかし植民地時代の宗主国言語の違いによる借用語の違いや、インドネシア語制定以前から話していた母語であるジャワ語、ブタウィ語など地方語の流入により、両国で実際に使われる言葉では非共通の部分も多い。

フィリピン

フィリピンの共通語はルソン島南部のマレー系言語であるタガログ語だが、フィリピンも各地域にセブアノ語イロコス語パンガシナン語などマレー系言語が分布している。マレー系言語はインドシナ半島にも分布する。古くからチャンパ王国を建国したチャム族の言語チャム語である。チャンパ王国はベトナムに滅ぼされたが、民族としてのチャム族はベトナム中部からカンボジアに今も存続している。なお、タガログ語は、マニラ首都圏などルソン島中南部一帯で話されているものを標準化し、1987年フィリピン語として英語とともに公用語として憲法に定められた。

マダガスカル

アフリカ東部のマダガスカルにまでマレー系言語が分布しているのは驚くべきことだが、これは全く海洋民族であるマレー系民族の移住によるものである。距離が遠く離れているにもかかわらず、マダガスカル語(マラガシー語)とマレー語との言語学的な親縁関係は強いとされる。マダガスカルのマレー系民族は人種的にはアフリカ黒人のバンツー民族混血していて、言語にもその影響が見られる。

台湾

オーストロネシア語族の祖形を残す台湾原住民中国語では高山族、日本語では高砂族)諸部族の言語はアタヤル語(タイヤル語)群、ツオウ語群、パイワン語群に大別され、このうちパイワン語群に属するアミ語の話者が 10 万人前後と最も多く、その他の言語の話者は数千人以下である。現代の台湾では中国語(主に北京語台湾語)の影響が強く、原住民言語は消滅する傾向がある。

その他

太平洋のオーストロネシア語族(海洋系)はニューギニア北部沿岸地域の言語から派生した。メラネシア系とポリネシア系に大別され、前者から後者が派生した。メラネシア系は中部太平洋のソロモン諸島ニューヘブリディーズ諸島バヌアツ)、フィジーなどに分布し、ポリネシア系はアメリカ合衆国のハワイ諸島、チリイースター島サモアトンガニュージーランドに分布する。ニュージーランドのポリネシア系原住民マオリ族の言語がオーストロネシア語族の南限となる。

分類

言語学的な分類は言語学者によって諸説あるが、ここでは有力な分類[2][3]を紹介する。なお、どの分類でもオーストロネシア語族はまず台湾諸語マレー・ポリネシア語派の2つに分けて考えられる。ただし最新の系統解析では台湾諸語は側系統群である。

台湾諸語

マレー・ポリネシア語派

フィリピン諸語

フィリピン諸語[4]は、北は台湾沖の蘭嶼から、南はボルネオ北部まで分布している。

サマ・バジャウ諸語

サマ・バジャウ諸語English版スールー諸島やボルネオ島に住むバジャウ族English版の言語であり、研究者によってはフィリピン諸語と同じグループに分類されることもある。

ボルネオ諸語

ボルネオ諸語English版は主にボルネオ島北部に分布する言葉であるが、マダガスカル語もこのグループに属する。

中核マレー・ポリネシア語群

中核マレー・ポリネシア語群English版はオーストロネシア語族最大のグループであり、海南島スマトラ島からハワイ諸島イースター島まで分布している。

拡散史の語彙統計学の研究

オークランド大学の R. D. Gray らのグループは語彙統計学の方法を用い、オーストロネシア語族の400言語の系統関係を推定しサイエンス誌に発表した[6]。それによると、言語学的に推測されていた<台湾→フィリピン→インドネシア付近→メラネシア→ポリネシア>という分岐経路を支持する結果が得られた。また考古学の成果などに基づいて分岐年代を見積もったところ、

  • オーストロネシア祖語は台湾に存在した。約5200年前に一部が台湾を後にして南方に向かった。台湾に残ったグループは台湾諸語となった
  • フィリピンでの分岐前の段階(4千年ほど前)で数百年間の分岐停滞があった
  • その後フィリピン、インドネシアからマダガスカルや西ポリネシアに至る様々な言語が次々に分岐した
  • 東ポリネシアでの分岐前の段階(2千年ほど前)でまた数百年間の分岐停滞があった

と推定された。2回の停滞期は広い海洋(台湾→フィリピン、西ポリネシア→東ポリネシア)を渡って移住するために技術(アウトリガーカヌーダブルカヌーや航海術)および社会の面で変革が必要であったことを示唆する。さらに同誌同号にはこの地域の人々の持つピロリ菌(家族など親密な人の間でのみ伝染するとされる)の遺伝学的比較も発表された[7]。これは上の推定とよく一致し、実際にそのような人間の移住があった傍証と見られる。

特徴

これらの言語には非常に多様性があり、一般化は難しいが、およそ次のようなことが言える。

  • 音韻論的には、音節構造は比較的単純であり、子音母音(語末子音もあるが、一部言語では脱落した)からなる言語が多い。ただし台湾やメラネシアの言語では子音の種類がかなり多く多重子音もあって、これは古い特徴に由来する可能性がある。母音は4-5個程度。
  • 接辞接頭辞接尾辞接中辞)が単語の派生あるいは文法的機能に関わる。特に単語の内部に挿入される接中辞が特徴的である(現在はこれらの接辞が化石化した言語も多い)。また畳語がよく用いられる。
  • 統語的性質からはほぼ3つのグループに分けられる。そのうちの1つ(フィリピン・グループ)は、動詞が文頭に来る語順が基本であり、またの用い方に関して部分的に能格言語的な性格を示す(「焦点」と呼ばれる)。
  • 一人称双数・複数には、包括形と排他形(相手を含むかどうかの区別)がある。
  • 時制はないがの区別はある。

話者の遺伝子

オーストロネシア語族に関連する遺伝子として、Y染色体ハプログループO1aがあげられる。O1a系統は台湾先住民に66.3%[8]-89.6%[9]ニアス島で100%[10]など、東南アジアの半島、島嶼部、オセアニアにも高頻度であり、オーストロネシア語族との関連が想定される[11]。またO2a2*系統(xO2a2b-M7, O2a2c1-M134) もオーストロネシア語族と関連しており、スマトラ島のトバ人に55.3%, トンガに41.7%, フィリピンに25.0%観察される[12]

ミトコンドリアDNAハプログループB4a1a系統が関連している。

日本語との関連

日本語の文法は朝鮮語との類似性が高いが、母音の強い音韻体系はオーストロネシア語族との類似性が高い。また語を重ねる複数形の表現方法や一部の単語に関してオーストロネシア起源も指摘されている。日本語のこのような特徴はシベリアから南下した言語集団と南方系の言語集団が縄文時代日本列島で出会い、混交したからであるとする説が唱えられている。

分子人類学的知見からも、一部がオーストロネシア語族と関連するミトコンドリアDNAハプログループB4が日本に9.1%観察され[13]Y染色体ハプログループO1a系統が3.4%、O2a2*系統(xO2a2b-M7, O2a2c1-M134) が4.2%観察されており[14]、オーストロネシア語族を話す集団が日本にやってきたことが考えられる。

説話の類型などから、南九州の隼人がオーストロネシア語系民族であるとの説もある[15][16]

脚注

  1. エスノローグ第 14 版では 1236 言語。
  2. Merritt Ruhlen, A Guide to the World Languages, Vol. 1, Stanford University Press
  3. Austronesian Basic Vocabulary Database - based on the study : Greenhill, S.J., Blust. R, & Gray, R.D. (2008). The Austronesian Basic Vocabulary Database: From Bioinformatics to Lexomics. Evolutionary Bioinformatics, 4:271-283
  4. 上位にスールー・フィリピン語群がつくこともある。
  5. ニューギニア西北部の言語と海洋系に分れ、メラネシアやポリネシアの諸言語は海洋系に所属する。
  6. R. D. Gray et al. Language Phylogenies Reveal Expansion Pulses and Pauses in Pacific Settlement. Science 23 January 2009: Vol. 323. no. 5913, pp. 479 - 483[1]
  7. Y. Moodley et al. The Peopling of the Pacific from a Bacterial Perspective. Science 23 January 2009: Vol. 323. no. 5913, pp. 527 - 530[2]
  8. Cristian Capelli et al 2001, A Predominantly Indigenous Paternal Heritage for the Austronesian-Speaking Peoples of Insular Southeast Asia and Oceania
  9. Karafet, T. M.; Hallmark, B.; Cox, M. P.; Sudoyo, H.; Downey, S.; Lansing, J. S.; Hammer, M. F. (2010). "Major East-West Division Underlies Y Chromosome Stratification across Indonesia". Molecular Biology and Evolution 27 (8): 1833–44. doi:10.1093/molbev/msq063. PMID 20207712.
  10. Karafet, T. M.; Hallmark, B.; Cox, M. P.; Sudoyo, H.; Downey, S.; Lansing, J. S.; Hammer, M. F. (2010). "Major East-West Division Underlies Y Chromosome Stratification across Indonesia". Molecular Biology and Evolution 27 (8): 1833–44. doi:10.1093/molbev/msq063. PMID 20207712.
  11. 崎谷満『DNA・考古・言語の学際研究が示す新・日本列島史』(勉誠出版 2009年) 
  12. Karafet, T. M.; Hallmark, B.; Cox, M. P.; Sudoyo, H.; Downey, S.; Lansing, J. S.; Hammer, M. F. (2010). "Major East-West Division Underlies Y Chromosome Stratification across Indonesia". Molecular Biology and Evolution 27 (8): 1833–44. doi:10.1093/molbev/msq063. PMID 20207712.
  13. 『Discover Japan』(2012年8月号)30頁
  14. Nonaka, I.; Minaguchi, K.; Takezaki, N. (2007). "Y-chromosomal Binary Haplogroups in the Japanese Population and their Relationship to 16 Y-STR Polymorphisms". Annals of Human Genetics 71 (4): 480–95.
  15. 次田真幸 『古事記 (上) 全訳注』 講談社学術文庫 38刷2001年(初版 1977年) ISBN 4-06-158207-0 p.192、コノハナサクヤヒメ伝説がバナナ型神話の類型とし、これが大和の『古事記』に導入された。参考・松村武雄『日本神話の研究』第二巻、大林太良『日本神話の起源』。
  16. 角林 文雄「隼人 : オーストロネシア系の古代日本部族」京都産業大学日本文化研究所紀要 3, *15-31, 1998-03

関連項目

外部リンク


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