コダック

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イーストマン・コダック英語: Eastman Kodak Company)は、アメリカ合衆国に本拠を置く世界最大の写真用品(写真フィルム印画紙、処理剤)メーカーである[1]。一般的にはコダックの略称で知られている。

概要

世界で初めてロールフィルムおよびカラーフィルムを発売したメーカーである。また、世界で初めてデジタルカメラを開発したメーカーでもある。写真関連製品の分野で高いシェアを占めることで知られるほか、映画用フィルム、デジタル画像機器などの事業も行っている。

歴史

  • 1880年(明治13年) - 写真乾板の製法を確立したジョージ・イーストマンが、ニューヨーク州ロチェスターにて乾板の商業生産を始める[2]
  • 1881年(明治14年) - ジョージ・イーストマンとビジネスマンのヘンリー・A・ストロングEnglish版が、前身となる「イーストマン乾板会社」(Eastman Dry Plate Company)を創業[1]
  • 1888年(明治21年) - ジョージ・イーストマンが商標「コダック」の使用を開始。同時に「あなたはボタンを押すだけ、あとは私たちにお任せを」(You Press the Button. We Do the Rest.)という触れ込みで市場に参入。
  • 1892年(明治25年) - 社名を現在のものに変更[1][2]
  • 1900年(明治33年) - 同社初のカメラ製品「ブローニー」を1ドルで発売し、大衆に写真を一気に普及させた。
  • 1921年(大正10年) - シネコダックとして、小型映画の規格「16mmフィルム」を発表。
  • 1932年(昭和7年) - シネコダック8として、のちに「ダブル8」と呼ばれる小型映画の規格を発表、同年3月14日、ジョージ・イーストマン死去。
  • 1963年(昭和38年) - 「インスタマチック」規格を発表。
  • 1965年(昭和40年) - 新しい小型映画の規格「スーパー8」を発表。
  • 1971年(昭和46年) - 「ポケットインスタマチック」規格を発表。
  • 1982年(昭和57年) - 「ディスクフィルム」規格を発表。
  • 2001年(平成13年) - 11月9日、同社の名を冠したコダック・シアターがオープン。
  • 2007年(平成19年) - 医療用X線フィルムなどのヘルス事業をカナダオネックスに売却。コダックの旧ヘルス事業はオネックスが設立した子会社ケアストリームヘルスに移管、コダックから引き継いだヘルス関連の製品は引き続きコダックのブランドで販売されている。米イーストマンコダックの映画用カラーフィルムで撮影された作品が、アカデミー賞誕生以来79年連続して最優秀作品賞を受賞している。
  • 2008年(平成20年) - この年の北京オリンピックを最後に、長年務めたオリンピックのスポンサーから撤退。
  • 2012年(平成24年)1月3日 - ニューヨーク証券取引所から上場基準についての警告を受けたと公式発表[3]
  • 2012年(平成24年)1月19日 - 連邦倒産法第11章の適用をニューヨークの裁判所に申請[4]。上場廃止。
  • 2012年(平成24年)2月 - コダックが、アカデミー賞授賞式会場でもある、コダック・シアターからコダックの名を削除する(命名権を契約更新しない)よう求めていると報じられる[5]
  • 2013年(平成25年)8月20日 - 規模を大幅に縮小したデジタルイメージング企業として連邦倒産法第11章の適用を脱する計画について裁判所から承認を得る[6][7][8]
  • 2013年(平成25年)9月3日 - 英国コダックの年金運営ファンド「コダック年金プラン」が同社のパーソナライズドイメージング事業およびドキュメントイメージング事業を買収。新会社「コダックアラリス」(Kodak Alaris)を設立[9][10]
  • 2013年(平成25年)11月1日 - ニューヨーク証券取引所(NYSE)に再上場。ティッカーシンボルは「EK」から「KODK」に変更される。

社名の由来

コダックという社名は、力強くシャープな感じがすると同時に、創業者のお気に入りでもあった「K」をはさんだ単語をいく通りも考えた結果として生まれたものであって、単語そのものに特別な意味はない。

おもな製品・規格

レンズの製造番号による製造年確定

アメリカコダックにて製造されたレンズの製造番号の頭には製造年西暦下二桁を示すアルファベットが2文字ついており、C=1、A=2、M=3、E=4、R=5、O=6、S=7、I=8、T=9、Y=0を表している。例えばESであれば1947年製であることがわかる。


日本法人

コダック合同会社英語: Kodak Japan, Ltd.)は、イーストマン・コダックの日本法人、同社の完全子会社である[11]

略歴

  • コダックの日本進出以来、長瀬産業と提携関係にあった。
  • 1981年(昭和56年)10月30日 - 会社設立[11]
  • 1986年(昭和61年) - 統合してコダック・ナガセ株式会社を設立。
  • 1989年(平成元年) - 長瀬産業との提携関係を解消。
  • 1993年(平成5年) - 横浜マリノス(現横浜F・マリノス)のユニフォームスポンサーを1998年まで務める。また、Jリーグオールスターサッカーのスポンサーを1993年から1998年まで努める。
  • 2009年(平成21年)1月 - コダック株式会社へ商号変更。
  • 2013年(平成25年)12月2日 - 現社名に商号変更[11]

企業データ

傘下企業

  • 山梨RPBサプライ株式会社
  • RPBマーケティング株式会社

関連項目

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 、2012年2月6日閲覧。
  2. 2.0 2.1 Milestones | Kodak
  3. Kodak Receives Continued Listing Standards Notice from the New York Stock Exchange (英語), コダック、2012年1月3日付、2012年1月4日閲覧。
  4. 米コダックが破産法申請 デジカメ対応など遅れ つなぎ融資で業務継続 日本経済新聞 2012年2月10日閲覧。
  5. 破産申請中のコダック、劇場の名称削除を希望 映画.com 2012年2月5日閲覧
  6. “米コダック、法的管理脱却へ 破綻から1年7カ月で”. 47NEWS. (2013年8月21日). http://www.47news.jp/CN/201308/CN2013082101000872.html . 2013年8月23日閲覧. 
  7. “米コダック、破産法の適用脱却する計画を裁判所が承認”. トムソン・ロイター. (2013年8月21日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE97J08120130820 . 2013年8月23日閲覧. 
  8. “イーストマン・コダック、破産法保護下から脱却”. ウォール・ストリート・ジャーナル. (2013年8月21日). http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324562504579025940261771128.html . 2013年8月23日閲覧. 
  9. Kodak emerges from bankruptcy with focus on commercial printing”. トムソン・ロイター (2013年9月3日). . 2016閲覧.(英語)
  10. ◎英コダック年金プラン、イーストマン・コダック社のパーソナライズド イメージング、 ドキュメント イメージング両事業の買収を完了”. 共同通信PRワイヤー (2013年9月4日). . 2016閲覧.
  11. 11.0 11.1 11.2 会社概要コダック、2014年1月29日閲覧。
  12. コダックとJK Imagingがコンシューマー向けデジタル製品のブランドライセンス契約を発表
  13. Kodakブランドのカメラを日本国内で独占販売!

外部リンク