シカ

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シカ(鹿)は、鯨偶蹄目シカ科 (Cervidae) に属する哺乳類の総称である。ニホンジカトナカイヘラジカなどが属しており、約16属36種が世界中の森林に生息している。

特徴

草食性で、ウシのように4つに分かれたを持ち、反芻による消化を行う。

オスは枝分かれしたツノを持つ。多くのシカ科のメスはツノを持たないがトナカイはオスメス共にツノを持つ。ウシ科の動物のツノ(洞角)は骨の芯を角質が覆っており生え替わらずに一生伸び続けるが、シカのツノ(枝角)は骨組織からなり、毎年生え替わる。春季の生えたばかりの角は柔らかく表皮に覆われているが、秋季の骨化した角は固く、表皮は脱落する。 体の大きさは体重6-8kg程度のプーズー (チリに生息) から、体重800kgにも及ぶヘラジカ (ムース) まで様々である。

分類

ファイル:Bigbullmoose.jpg
ヘラジカ Alces alces
ファイル:Deer running.jpg
オジロジカ Odocoileus virginianus

シカ科には現生のもので約17–19属、三十数種が属する。次のような分類体系が提唱されている[1]

なお、カモシカウシ科ジャコウジカジャコウジカ科であり、真のシカではない。

ニホンジカ

日本国内で単にシカと言うときは、ニホンジカ Cervus nippon を指すことが多い。1980年頃に房総半島で野生化した外来種キョンを除き、ニホンジカは日本に分布する唯一のシカ科動物であり、大きな哺乳類の少ない日本ではニホンカモシカと並ぶ代表的な大型動物である。

なお、ニホンジカは、他国に分布する亜種も含め、英語では一般的に「sika deer」(「sika」は日本語の「シカ」に由来)と呼ばれる。

ファイル:Okunikko.JPG
奥日光より望む男体山(右側)と戦場ヶ原の鹿。

牛・豚・馬などの皮革に比べて鹿皮は薄く柔らかいため、なめして細かい加工を要する手袋などに適し、時に柔らかい靴やソファーなどの材料となる。また、枝角はナイフの柄やボタンなどに用いられている。鹿の枝角は、アントラ(Antler)と呼ばれている。鹿の角(鹿茸)は乾燥粉末や黒焼末は様々な効能を持つとして民間療法で用いられる。日本では鹿肉のことを「もみじ」と呼び、様々な肉料理に調理される。味は一般に柔らかい牛肉に近い。ちなみに馬肉は「さくら」、イノシシ肉は「ぼたん」と呼ぶが、鹿肉は「鹿」が秋の季語であることから紅葉を連想したものであり、馬肉とイノシシ肉は色から連想された呼称である(花札でも「鹿にもみじ」の絵札がある)。

シカのには、ヤマビルが穴をあけて寄生すること(有穴腫瘤)が知られており、ヤマビルの生息域の拡大にシカが関与していることが疑われている[2]

シカの文化

日本の文化におけるシカについては「ニホンジカ#日本人と鹿」の項も参照。

シカにまつわる伝説・逸話

世界各地の山野に数多く生息していたシカ科の動物はほとんどの民族の文化に対して古くから重要な影響を与えていたと思われる。後世の文化においては、シカは「俊敏」「非力」などの象徴として、また時には峻険な山岳地の象徴として用いられることがある(カモシカも参照)。

  • ギリシア神話では、月の女神アルテミスの水浴を見たアクタイオーンが鹿に姿を変えられている。
  • 道教の伝承に登場する仙人がしばしば乗騎とするのが白鹿である。太上老君は青牛を乗騎とするが、白鹿を乗騎としたという伝承もある。
  • トナカイは古来ソリを引く使役や荷役にも利用され、クリスマスサンタクロースのソリを引く『赤鼻のトナカイ』の伝説にもなった。
  • 鹿島神宮春日大社などで神使とされる。古事記において、オオクニヌシ国譲りをさせる際、アマテラスは使者としてアメノオハバリを選び、その伝令にアメノカク(天迦久)を派遣したとあり、このアメノカクが鹿の神とされる(「迦久」は鹿児を意味する)[3]。アメノオハバリは自分の代わりに息子のタケミカヅチをオオクニヌシのもとに差し向け国譲りを承諾させるが、このタケミカヅチが鹿島神宮の祭神であり、その後平城京鎮護のために春日大社にも分霊された。
  • 鵯越:12世紀末、治承・寿永の乱(源平合戦)の折りに一ノ谷に陣を構えた平家の軍を攻めるため源氏は、海岸沿いから正面を攻める軍勢と背後の山地から奇襲を行う軍勢の二手に分かれた。源義経率いる奇襲部隊が目指した平氏の背後の山は「鵯越(ひよどりごえ)」と呼ばれる崖のごとき急坂で、とても軍の主軸である騎馬を下ろせるルートではないと思われた。しかし現地の者からこの鵯越をシカが通っていることを聞いた義経は「鹿も四つ足、馬も四つ足、鹿が越す坂ならば、馬も越せぬ道理はない」とこの急坂を駆け下りるよう軍勢に指示した。これが「鵯越の逆落とし」である。このルートからの奇襲など全く念頭になかった平家は3千騎とも言われる源氏の奇襲に慌てふためき、一気に総崩れとなった。ただし現在の六甲山には鹿は生息していない。また過去に生息していたかどうかも不明。
  • 児玉党の武士である富田親家は、和田合戦時、和田氏軍に味方し、幕府軍に捕えられるも、源実朝の御前で奥州産の大鹿の角を一度に2本へし折る力芸を見せたことで、助命され、領地まで与えられている。
  • 本多忠勝 - 鹿の角を象った「鹿角脇立兜」で知られる。

シカを題材とした創作等

派生した俗語

しかと
しらばっくれたり知らないふりをすること。花札の10月の札に描かれている鹿が横を向いていることから。「鹿十(しかとう)」。博徒隠語に由来する洒落言葉である。

利用

肉が食用にされるほか、革は靴や鞄、手袋の他にセーム革として布の替わりに、角は「鹿茸」などとして漢方薬に用いられる。

シカの主な名所

衝突事故

体重が1トン前後になるヘラジカは道路で交通事故に遭うことがある。その体重ゆえに衝突衝撃で乗車している人間は元より車両にも多大な影響を与える。視界の悪い屈曲部などで衝突した車両にあっては、時に運行できなくなるほど大破する。北欧では事故に遭ったヘラジカ(エルグ、エルク)により雪上に数mにわたって血染めの路面になり観光客を驚かすことがあり、日本国内における野生動物保護における小動物の警告や注意喚起とは若干主旨が異なる。群れのいる地域や生息が確認されている地域では「野生動物に注意」と共に「エルグに注意」の交通標識がありヘラジカの絵が描かれ衝突事故への注意を喚起している。ヘラジカはアメリカではムース (moose)、ヨーロッパの英語圏・ドイツ語圏ではエルク (elk)、北欧諸国ではエルグ (elg) と呼ぶ[1]。アメリカでは、アメリカアカシカであるワピチ (wapiti) をエルクと呼ぶ。日本国内においても、エゾシカが増加している道東・道北では群れが活発に移動する春や秋を中心に衝突事故が多発するため、ビラなどで注意喚起が行なわれる。エゾシカはニホンジカの中でも成体が100キログラムを超える大型の亜種であり、衝突すると車両が大破することがあるため、注意が必要である。なお、競馬用の競走馬の体重は500キログラム程度である。

シカと鉄道車両との衝突事故は長年の懸案であるが、ライオン糞尿を線路に振り撒くという方法が考案実用化されてから事故は激減した。シカがライオンの匂いに怯えて線路に立ち寄らなくなるからである。しかし、減少したとはいっても個体数が多いために、北海道では根室本線を中心に毎日のように衝突事故が発生することがある。自動車とエゾシカの衝突例も非常に多い。エゾシカは自動車を怖がらず、クラクションを鳴らしても逃げなかったり、路上で立ち止まる性質があり、高速で正面から近づいても逃げずに正面衝突にいたる事例が多い。特に北海道では自動車もスピードを出すため、エゾシカに気づいてからクラクションを鳴らしてもエゾシカは逃げず、ぶつかる場合が多い。根室管内だけでも、1年間に300から400件の衝突事故があり、平均すると1日1件以上となる。また、稀にエゾシカを狙うハンターによる誤射事故ももしばしば起きている。

関連項目

出典

  1. Gilbert, Clément and Ropiquet, Anne and Hassanin, Alexandre (2006). “Mitochondrial and nuclear phylogenies of Cervidae (Mammalia, Ruminantia): systematics, morphology, and biogeography”. Molecular Phylogenetics and Evolution 40 (1): 101-117. doi:10.1016/j.ympev.2006.02.017. 
  2. “[http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/80621.pdf ヤマビル対策共同研究 報告書]”. . 2014閲覧.
  3. 天迦久神 あめのかくのかみ日本人名大辞典

外部リンク