飽和脂肪酸

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飽和脂肪酸(ほうわしぼうさん)とは、炭素鎖に二重結合あるいは三重結合を有しない(水素で飽和されている)脂肪酸のことである。飽和脂肪酸は同じ炭素数の不飽和脂肪酸に比べて、高い融点を示す。

肉、牛乳バター卵黄チョコレートココアバターココナッツパーム油などに多い[1]世界保健機関(WHO)による2016年のレビューでは、多量の飽和脂肪酸の摂取は心血管疾患のリスクを高めるとする[1]

化学構造

不飽和脂肪酸の場合、二重結合はシス型またはトランス型をとる。それに対し、飽和脂肪酸は二重結合あるいは三重結合を有せず、直線状の構造を持つ。

不飽和脂肪酸(一価) 飽和脂肪酸
トランス(エライジン酸 シス(オレイン酸 飽和(ステアリン酸
エライジン酸は、トランス型の不飽和脂肪酸であり、植物性脂肪の部分的な水素添加やエライジン化によって生成される。融点43-45℃。 オレイン酸は、シス型の不飽和脂肪酸であり、天然の植物性脂肪の一般的な成分である。融点16.3℃。 ステアリン酸は動物性脂肪で見つかった飽和脂肪酸であり、完全に水素が付加した成分である。二重結合を持たないため、ステアリン酸はシスやトランスの形をとらない。 融点69.6℃。
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これらの脂肪酸は、同一の化学式で二重結合の方向のみが異なる幾何異性体である。 この脂肪酸は二重結合を含まず、前の2つの異性体ではない 。

飽和脂肪酸の例

脂肪酸の命名法はIUPAC生化学命名法[2] に定義されている。

飽和脂肪酸の命名例 (Rule[2] Lip. Appendix A, Appendix B)
数値表現
(Numerical symbol)
示性式
CH3-(R)-CO2H
組織名 慣用名 略号 融点(℃)[3]
4:0 -(CH2)2- ブタン酸 酪酸(ブチル酸) Bu -7.9
5:0 -(CH2)3- ペンタン酸 吉草酸(バレリアン酸) Pe -34.5
6:0 -(CH2)4- ヘキサン酸 カプロン酸 Hx -3
7:0 -(CH2)5- ヘプタン酸 エナント酸(ヘプチル酸) Hp -7.5
8:0 -(CH2)6- オクタン酸 カプリル酸 Oc 15-17
9:0 -(CH2)7- ノナン酸 ペラルゴン酸 Nn 11-13
10:0 -(CH2)8- デカン酸 カプリン酸 Dec 31
12:0 -(CH2)10- ドデカン酸 ラウリン酸 Lau 44.2
14:0 -(CH2)12- テトラデカン酸 ミリスチン酸 Myr 53.9
15:0 -(CH2)13- ペンタデカン酸 ペンタデシル酸   51-53
16:0 -(CH2)14- ヘキサデカン酸 パルミチン酸 Pam 63.1
17:0 -(CH2)15- ヘプタデカン酸 マルガリン酸   61
18:0 -(CH2)16- オクタデカン酸 ステアリン酸 Ste 69.6
20:0 -(CH2)18- イコサン酸 アラキジン酸 Ach 75.6
21:0 -(CH2)19- ヘンイコシル酸
22:0 -(CH2)20- ドコサン酸 ベヘン酸 Beh 81.5
24:0 -(CH2)22- テトラドコサン酸 リグノセリン酸 Lig 86.0
26:0 -(CH2)24- ヘキサドコサン酸 セロチン酸 Crt  
28:0 -(CH2)24- オクタドコサン酸 モンタン酸 Mon  
30:0 -(CH2)26-   メリシン酸    

飽和脂肪酸の生成、変換

脂肪酸シンターゼによって、アセチルCoAマロニルCoAから直鎖の飽和脂肪酸が作られる。順次アセチルCoAが追加合成されるので原則脂肪酸は偶数の炭素数となる。体内で余剰の糖質、タンパク質等が存在するとアセチルCoAを経て、飽和脂肪酸の合成が進む。脂肪酸合成が炭素数18(ステアリン酸)に達すると、ステアリン酸の中央に二重結合が生成されて体内で一価不飽和脂肪酸であるオレイン酸が生成される。例えば豚の体脂肪であるラードにはオレイン酸が豊富に含まれている。このオレイン酸から、植物では、二重結合が一個増えてリノール酸ω-6脂肪酸)が生成され、ついで二重結合がもう一つ増えてα-リノレン酸ω-3脂肪酸)が生成される。

動物の体内には、リノール酸もα-リノレン酸も作る酵素が存在しないので、これらの不飽和脂肪酸を必須脂肪酸として摂取しなければならない[4]

食品中の飽和脂肪酸

米国の食事目標」が策定されたときに、飽和脂肪酸の摂取を減らすために動物性脂肪の摂取を減らすことが目的とされた[5]。このように、動物性脂肪中に比率として多く含まれる脂肪酸である。

植物油では、全脂肪中の飽和脂肪酸の割合は低い油も多いが、ココナッツ油カカオバターのように飽和脂肪酸を大量に含む油もある。植物油脂肪酸組成は植物油の一覧#植物油の脂肪酸組成を参照。

主な食品中の全脂肪における主な飽和脂肪酸の割合は、次のとおりである。

食品中の全脂肪における主な飽和脂肪酸の割合[6]
食品 ラウリン酸
(12:0)
ミリスチン酸
(14:0)
パルミチン酸
(16:0)
ステアリン酸
(18:0)
ヤシ油 47% 18% 9% 3%
バター 3% 11% 29% 13%
挽肉 0% 4% 26% 15%
ラード 0% 1% 23% 13%
ブラックチョコレート 0% 0% 34% 43%
ココアバター 0% 0% 25% 33%
キングサーモン 0% 1% 29% 3%
鶏卵 0% 0.3% 27% 10%
カシューナッツ 2% 1% 10% 7%
大豆油 0% 0% 11% 4%

健康への影響

2016年の世界保健機関によるシステマティック・レビューは、飽和脂肪酸の多量摂取は心血管疾患のリスク上昇と関係があるため懸念があり、特に多価不飽和脂肪酸に置き換えることで血中脂質の状態を改善することが確認された[1]

アメリカ心臓協会は、心臓病と闘うための健康的な食事と生活スタイルを勧告している(心臓病#アメリカ心臓協会による2006年版の食と生活の勧告参照)[7]

脂質関連項目を以下に抜粋する。

日本の国立がん研究センターが4万3000人を追跡した大規模調査では、乳製品の摂取が前立腺癌のリスクを上げることを示し、カルシウムや飽和脂肪酸の摂取が前立腺癌のリスクをやや上げることを示した[8]。飽和脂肪酸を食べる量が多いグループで心筋梗塞のリスクが上昇するが、反面、飽和脂肪酸を食べる量が少ないグループで脳卒中のリスクが上昇する[9]

飽和脂肪酸の多い食事はインスリン抵抗性を生じさせ、糖尿病の罹患が増加する可能性が示唆されている。また、日本人において飽和脂肪酸摂取量が少ない人では脳出血罹患の増加が認められる。大腸がん及び膵臓がんの罹患との関連は認められていない。飽和脂肪酸について全カロリーの4.5%が摂取下限、7%が摂取上限であると考えられている[10]

デンマークでは2011年10月1日から、脂肪税砂糖税として、飽和脂肪酸が2.3%以上含まれる食品に対して、飽和脂肪酸1キログラムあたり16クローネを課税し、施行前には飽和脂肪酸の多い食品であるバターピザ、肉、牛乳といった食品に買い込み需要が高まった。この世界初の「脂肪税と砂糖税」は翌年には廃止された。

2013年秋にアメリカ心臓病関係の学会であるACC/AHAが、生活改善のためのガイドライン「心血管疾患リスク低減のための生活習慣マネジメントのガイドライン」を発表した。そこで「コレステロール摂取量を減らして血中コレステロール値が低下するかどうか判定する証拠が数字として出せないことからコレステロールの摂取制限を設けない」との見解が出された。2015年2月に米国農務省USDAから一般国民向けに発表されたガイドライン作成委員会レポートにおいて、ACC/AHA同様、食事中コレステロールの摂取と血中コレステロールの間に明らかな関連を示すエビデンスがないことから、これまで推奨していたコレステロール摂取制限を無くすことが記載された。

日本の「2015年日本人の食事摂取基準」では、健常者において食事中コレステロールの摂取量と血中コレステロール値の間の相関を示す裏付けが不十分であることから、コレステロール制限は推奨されておらず、日本動脈硬化学会も健常者の脂質摂取に関わるこの記載に賛同している。ただし、このことが高LDLコレステロール血症患者にも当てはまる訳ではないことに注意する必要がある。

2014年3月発行のアナルズ・オブ・インターナル・メディシンでは、「飽和脂肪酸は心臓疾患の原因にはならない」という研究が発表された。飽和脂肪酸の摂取量を減らすことは女性の場合、特に害がある。飽和脂肪酸の摂取量を減らしている女性の場合、高比重リポタンパク(いわゆる「善玉コレステロール」)の量が急減し、心臓疾患にかかるリスクが高いとされる[11]

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 Ronald P. Mensink (2016). Effects of saturated fatty acids on serum lipids and lipoproteins: a systematic review and regression analysis. Whorld Health Organizatoin. ISBN 978-92-4-156534-9. 
  2. 2.0 2.1 IUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclature (CBN) Nomenclature of Lipids(Recommendations, 1976)
  3. 板倉弘重、『脂質の科学』、朝倉書店、1999年 ISBN 4-254-43514-2
  4. 金城学院大学オープンリサーチセンター公式HP I章 最新の脂質栄養を理解するための基礎 ― ω(オメガ)バランスとは? 『 脂質栄養学の新方向とトピックス
  5. 『米国の食事目標(第2版)-米国上院:栄養・人間ニーズ特別委員会の提言』 食品産業センター、1980年3月。Dietary Goals for the United States (second edition)
  6. U.S. Department of Agriculture, Agricultural Research Service. 2007. USDA National Nutrient Database for Standard Reference, Release 20. Nutrient Data Laboratory Home Page
  7. Our 2006 Diet and Lifestyle Recommendations (英語) (AHA - American Heart Association)
  8. JPHC Study 多目的コホート研究 (独立行政法人国立がん研究センター) PMID 18398033
  9. 多目的コホート研究 (独立行政法人国立がん研究センター)
  10. 脂質」『日本人の食事摂取基準」(2010年版)』pp77-108
  11. NINA TEICHOLZ (2014年5月7日). “飽和脂肪酸「悪玉論」のウソ―過小摂取に思わぬリスクも”. ウォール・ストリート・ジャーナル. http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702304555804579546852248520032.html . 2014-5-8閲覧. 

関連項目

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