高松駅 (香川県)

提供: miniwiki
移動先:案内検索


高松駅配線図
テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10テンプレート:BS10

香西駅昭和町駅

高松駅(たかまつえき)は、香川県高松市浜ノ町にある、四国旅客鉄道(JR四国)・日本貨物鉄道(JR貨物)のである。駅番号予讃線Y00高徳線T28となっている。

駅の愛称として「さぬき高松うどん駅」が[1]、駅案内パネルには「瀬戸の都、四国最北端の駅[注釈 1]」のキャッチフレーズがそれぞれ付与されている。

概要

香川県の県庁所在地である高松市の玄関口であり、高松琴平電気鉄道(ことでん)瓦町駅と並ぶ同市の2大ターミナル駅の一つでもある。徳島県徳島愛媛県松山高知県高知といった四国地方の全県庁所在地を結ぶ特急列車が発着する当駅は、80年間にわたり四国と本州を結ぶ鉄道連絡船宇高連絡船」の接続駅であったため、その名残で線路が全て当駅で行き止まりになる終着駅構造になっている[2]。そのためホームは全て頭端式ホームであり、駅前広場からホームまで全く段差のない構造になっている。

なお、当駅発着の切符には、駅名が「(讃)高松」と印字されているが、これはJR西日本七尾線にある高松駅[3]と区別するためである。

利用可能な鉄道路線

予讃線所属線[4]とし、高徳線を加えた2路線が乗り入れている。どちらも当駅が起点となっている。このほか、予讃線経由で土讃線本四備讃線の列車が乗り入れてくる。本四備讃線の系統については予讃線区間も含めて「瀬戸大橋線」の愛称がつけられており、当駅はその四国側の起点としても扱われている。

また、駅から国道30号(中央通り)を挟んで東方約200mにことでん琴平線高松築港駅がある。

歴史

2代目駅舎。
3代目駅舎。
1982年頃の駅構内。
現在のサンクリスタル高松付近から見た旧高松駅。
駅名標に「うどん県 さぬき高松うどん駅」が表記された。(2012年3月29日撮影。)

旧・高松駅

1897年明治30年)2月21日讃岐鉄道の駅として開業してから1910年(明治43年)6月30日までの13年間余り、高松駅は現在地からおよそ1.3km南西の香川郡宮脇村大字西浜(現在の高松市扇町二丁目香川県立盲学校付近)にあり、通称「西浜ステーション」と呼ばれていた。

高松港と本州・岡山県を結ぶ鉄道連絡船は1897年頃に讃岐鉄道汽船会社によって三蟠港(現・岡山市中区)間が運行され始め、1903年には山陽汽船によって本格的な運行が始まった。しかし三蟠港から岡山駅までの乗り換えが多く不便であったため、港を本州側上陸最短の宇野港へ変更した上で鉄道を敷設し、その開通を以って1910年(明治43年)6月12日宇高航路が開かれた。

四国側の高松港でも鉄道連絡の利便性を向上させるべく、高松駅の場所をより港に近くする必要があったため、宇高航路就航のおよそ20日後の1910年(明治43年)7月1日に高松市新湊町(現・浜ノ町)に新高松駅が開業した。

新駅舎への移転にあたって線路も当時の海岸線沿いを高松港へ向かう現在のルートに変更されて、その終点に新駅舎が建設された。旧駅舎跡には香川県立盲学校が建設され、現・高松操車場から東へ向かう旧路線跡は現在高松市道五番町西宝線となっている。その道路の拡幅工事の際にも旧駅舎跡付近でプラットホームに使用されていたレンガなどが出土している[12]

ことでん駅の結節(隣接)計画

高松市は駅の南側に土地を確保しており、ことでんが高架(連続立体交差化)で乗り入れる計画があり、当初は7階建てでデパートを入居させる計画もあったが、現行の高架駅案に変更された。しかし2005年、香川県が財政難から事業を凍結し、2010年2月10日に香川県の公共事業再評価委員会が事業中止の答申を出した。これを受けて同年2月25日の香川県議会で真鍋武紀知事(当時)は正式に計画の中止を表明した[13](詳細は高松築港駅の項目を参照)なお、計画時にJRとことでんなど関係者間で一切の話し合いがもたれなかったとされる[14]。真鍋知事は中止決定に際して「(両駅の連絡については)屋根つき歩道や案内標識を整備することにより、利用者の快適性や利便性の向上を図っていく」と述べ[15]、これを受けて2010年7月に駅入口から東側にのびる歩道の屋根が、駅前タクシー乗り場から中央通りの交差点手前まで延伸された。

一方で、高松市がことでん琴平線仏生山駅以北にLRTを導入することを2008年以降検討しており、2009年12月の協議会で示された案には起点をJR高松駅とするプランが含まれている[16]

その後、駅南側の土地は公園を経て、高速バスターミナルが整備され2013年10月1日に使用が開始されている[17]

駅構造

4面9線の頭端式ホームを持つ地上駅高松港に隣接する。頭端式であるため、駅周辺の道路や駅前広場からホームまで一切の段差がなく、バリアフリー構造となっている[注釈 2]

一部のホームは乗降ステップのない車両へ乗降する際の段差が少なく、JR四国の管轄駅では当駅が唯一の事例である。ホーム上には待合所が設置されている。長らく空調設備がなかったが、2010年に4・5番線、6・7番線ホームのものにのみエアコンが設置された。なおエアコンの運転時間は6時30分から22時までとなっている。列車接近放送では、「瀬戸の花嫁」のメロディが流れる(これは、香川・愛媛(除く松山駅以西)両県内の主要駅でも流れる。)。

現在の駅は2001年に0.3km宇和島徳島方に移転したものである。そのため0キロポストはなく、0.3kmから始まっている。なお、このキロポストは5番線ホームの下にある。

のりば

  • 1 - 3番線は、架線が設置されていないため、電車は入線できず、高徳線方面の気動車列車専用となっている。なお、2番線は1番線ホーム切欠き部分に設置されている。ホームの高さは960mm。
    • 1番線は4両、2番線は3両、3番線は7両編成に対応している。
  • 4番線は、電車列車も発着するが乗降ステップのある気動車列車に対応し、他番線と比べ線路が高くなっている(960mm)。予讃線を走行する乗降ステップのある気動車列車は全てこのホームからの発着となっている。
  • 5 - 9番線は、主に電車列車や特急用の2000系気動車など乗降ステップのない車両が発着するため、ホームの高さが比較的高い1,100mmとなっており、段差が無く乗降できる。
    • 4 - 7番線は8両、8番線は9両、9番線は10両編成に対応している。
  • 日中、快速「マリンライナー」は5番のりばと6番のりばを交互に使用しているため、改札内の案内板には先発列車ののりばが案内されている。
  • 頭端式ホームのため、岡山発着の特急「うずしお」は当駅で進行方向が逆向きになる。
  • 時刻表には列車入線時刻が掲載されているが、発車15分以上前に入線する列車であっても発車15分前が入線時刻として書かれているため、掲載時刻より早く入線していることがある。
  • 瀬戸大橋線の当駅発着定期列車には普通列車の設定はなく、特急快速マリンライナー」のみとなり、線内の普通列車へは児島駅にて接続する。
のりばの使用状況
のりば 路線 行先 備考
1・2・3 高徳線 志度三本松徳島方面 特急うずしお」は3番のりばから発車
初電のみ5番のりば
4・7 予讃線・土讃線直通 坂出観音寺松山高知方面 特急「いしづち」は主に7番のりば
5・6・8・9 予讃線・土讃線直通 坂出・観音寺・松山・高知方面 特急「しまんと」は主に6・8番のりば
瀬戸大橋線 岡山東京方面 通常は5・6番のりばを使用
寝台特急サンライズ瀬戸」は9番のりば

駅構内の施設

改札口やコンコースみどりの窓口といった駅そのものの施設のほか、ワープ高松支店や駅レンタカーなどの旅行関連施設、商業施設の「COM高松」などが入居している。

利用状況

1日平均の乗車人員は以下の通りである[18]

かつては宇高連絡船との接続駅として賑わい、連絡船が廃止された現在でも四国における鉄道の起点である。発着本数は1日当たり360本程度あり、利用者数・発着本数共にJR四国で最多となっている。

全体の利用者数としては各年とも減少傾向にあるが、1988年(昭和63年)4月10日瀬戸大橋開通に伴う瀬戸大橋線開業の影響で、同年の利用者数は前年比4割と爆発的に増加している。

高松駅輸送実績[19]
乗車人員 降車人員 前年比
1日平均 総数 普通 定期 1日平均 総数
10年代平均 1万2515人 456万7997人 209万6803人 247万1194人 1万2513人 456万7287人 -6.0%
2015年 1万2721人 464万3164人 217万9564人 246万3600人 1万3377人 488万2681人 2.6%
2014年 1万2402人 452万6687人 209万9240人 242万7447人 1万2322人 449万7426人 -2.3%
2013年 1万2689人 463万1410人 214万8480人 248万2930人 1万2542人 457万7796人 2.4%
2012年 1万2386人 452万0711人 207万4089人 244万6622人 1万2276人 448万0827人 0.2%
2011年 1万2362人 451万2091人 203万3351人 247万8740人 1万2203人 445万4049人 -1.3%
2010年 1万2531人 457万3916人 204万6092人 252万7824人 1万2359人 451万0944人 -0.7%
00年代平均 1万3320人 485万8934人 233万3450人 252万8480人 1万3163人 480万4446人 -20.8%
2009年 1万2621人 460万6659人 205万6187人 255万0472人 1万2436人 453万9017人 -4.5%
2008年 1万3215人 482万3339人 226万7380人 255万5959人 1万3055人 476万5139人 -1.4%
2007年 1万3401人 489万1354人 233万6362人 255万4992人 1万3232人 482万9509人 1.5%
2006年 1万3208人 482万0831人 230万9726人 251万1105人 1万3047人 476万2142人 0.7%
2005年 1万3120人 478万8643人 229万0817人 249万7826人 1万2973人 473万5204人 -2.1%
2004年 1万3405人 489万3002人 237万0885人 252万2117人 1万3208人 482万0927人 0.2%
2003年 1万3384人 485万5266人 237万7198人 250万8028人 1万3195人 481万6024人 0.9%
2002年 1万3262人 484万0806人 237万7543人 246万3263人 1万3143人 479万7222人 -3.0%
2001年 1万3677人 499万2110人 246万6796人 252万5314人 1万3520人 493万4722人 -1.7%
2000年 1万3910人 507万7332人 248万1609人 259万5723人 1万3821人 504万4550人 -4.9%
90年代平均 1万6814人 613万6949人 321万8985人 291万7965人 1万6290人 594万5916人 9.7%
1999年 1万4620人 533万6317人 265万5305人 268万1012人 1万4423人 526万4458人 -5.6%
1998年 1万5492人 565万4526人 283万9792人 281万4734人 1万5080人 550万4152人 -7.1%
1997年 1万6671人 608万5067人 312万6899人 295万8168人 1万6166人 590万0442人 -2.4%
1996年 1万7080人 623万4204人 322万5788人 300万8416人 1万6489人 601万8496人 -0.4%
1995年 1万7155人 626万1395人 324万8820人 301万2575人 1万6544人 603万8460人 1.6%
1994年 1万6888人 616万4282人 317万4686人 298万9596人 1万6325人 595万8519人 -4.5%
1993年 1万7678人 645万2326人 341万6943人 303万5383人 1万7016人 621万0947人 1.5%
1992年 1万7418人 635万7671人 339万6025人 296万1652人 1万6885人 616万3061人 -2.0%
1991年 1万7766人 648万4503人 356万7396人 291万7107人 1万7337人 632万7872人 2.3%
1990年 1万7368人 633万9201人 353万8197人 280万1004人 1万6638人 607万2754人 3.1%
80年代平均 1万5327人 559万7078人 307万5066人 252万2012人 1万5159人 553万1595人 -9.7%
1989年 1万6840人 614万6488人 348万6017人 266万0471人 1万6256人 593万3454人 -4.6%
1988年 1万7649人 644万1912人 389万2307人 254万9605人 1万7266人 630万2243人 41.2%
1987年 1万2500人 457万4989人 210万5647人 246万9342人 1万2204人 446万6626人 -14.0%
1986年 1万4528人 530万2901人 290万1123人 240万1778人 1万4333人 523万1429人 0.3%
1985年 1万4484人 528万6668人 287万6981人 240万9687人 1万4402人 525万6681人 -0.5%
1984年 1万4561人 531万4750人 291万0011人 240万4739人 1万4500人 529万2220人 -2.1%
1983年 1万4869人 544万2058人 298万0834人 246万1224人 1万4792人 541万3873人 -3.6%
1982年 1万5428人 563万1189人 308万6535人 254万4654人 1万5428人 558万8693人 -3.6%
1981年 1万6011人 584万2915人 320万8523人 263万4392人 1万5948人 582万0840人 -2.4%
1980年 1万6402人 598万6911人 330万2685人 268万4226人 1万6465人 600万9890人 -0.6%
1979年 1万6507人 604万1410人 333万5516人 270万5894人 1万6581人 606万8758人 -2.9%
1978年 1万6995人 620万3075人 345万0989人 275万2086人 1万6790人 619万4198人 -2.3%
1977年 1万7394人 634万8962人 357万8681人 277万0281人 1万7258人 629万9234人
一日平均乗車人員(単位:人/日)(1977年から1996年までの20年間)
一日平均乗車人員(単位:人/日)(1997年から2015年までの19年間)


岡山駅において山陽新幹線始発列車への接続をするため、当駅の始発列車は比較的早い(2016年時点では午前4時35分発の快速「マリンライナー2号」)。みどりの窓口の営業時間も始発列車に合わせており、午前4時20分に営業を開始する。

みどりの窓口は営業開始時間が早く、午前4時15分開始の大分駅に次いで全国の駅で二番目に早く営業を開始する窓口となっている。(出雲市駅も同じく午前4時20分開始)

駅弁

四国キヨスクおよびJR四国が全ての資本を出資[20]する「高松駅弁」が販売していたが、業績の悪化により2014年6月20日をもって廃業(店舗は同年5月11日に閉鎖)した[21]。同年6月21日より「ステーションクリエイト東四国」が引き継ぎ販売している(岡山の三好野本店に製造を委託)[22]。主な駅弁は下記の通り[23]

  • あなご飯
  • サンポート高松幕の内弁当
  • アンパンマン弁当
  • げんき100ばい!アンパンマン弁当
  • 丸亀名物骨付鳥弁当

駅周辺

高松駅付近
駅前広場
サンポート高松(ビル群)

高松駅・高松港旅客ターミナルなどを含めた高松港頭地区など付近一帯は「サンポート高松」として再開発されており、高松港へ続く駅北側にはオフィスビル、高松サンポート合同庁舎 (2006年12月完成)、多数の高層マンションが所狭しと林立している。また、駅前広場に面して四国最大級のシティホテルであるJRホテルクレメント高松、高さ151mの高松シンボルタワー、高松港旅客ターミナルビルなどの高層ビル群が立ち並んでいる。JR四国の本社もこの地区に存在する。

高松の繁華街はことでん瓦町駅周辺だが、高松駅周辺が新たな商業・業務拠点となりつつある。

路線バス

高松駅バス停は高松市内を走る路線バスほぼ全ての発着点となるターミナルであり、主な高速バスもここに停車する。乗り場はほぼ全ての路線が高松駅前広場を挟んだ北側および駅南側に位置する「高松駅前バスターミナル」に集約されており[注釈 3]、鉄道駅舎からは屋根付きで結ばれているため雨天時にも濡れることなく乗換えが可能である。2013年9月以前は北側のみであったが、同年10月1日より高速バスは駅南側の敷地(高松築港駅が移転する予定だった場所)に新設された乗り場に移転した[24]

航路

参照: 高松港

付記

夜の駅舎。
駅構内にある「連絡船うどん」。
  • 当駅発着の乗車券類を購入すると「(讃)高松 - ○○」または「○○ - (讃)高松」と印字される(讃は予讃の略)。これはJR七尾線高松駅と区別するためである。
  • 瀬戸大橋線開業以前は到着列車はすべて上り列車となり、出発列車はすべて下り列車となっていたが、瀬戸大橋線開業で下り列車の到着、上り列車の発車が発生した。
  • 宇高連絡船の時代から新幹線や寝台特急と四国内特急列車との乗り継ぎ割引が適用される乗換駅である。
  • 改札内にはJR四国の子会社であるうどん屋、外にはパン店「ウィリーウィンキー」、スープ店「シコックスープ」(現在は改装され、弁当・食事処「菜彩」になっている)など多く出店している。
  • 宇高連絡船で出されていた「連絡船うどん」が、2004年に駅構内のうどん屋で復活した(ただし、納入する製麺業者は連絡船時代とは異なる)。2015年より運営元がJR四国傘下のセルフうどん店チェーンである「めりけんや」に変更された。
  • 地下駐輪場では高松市が運営する6時間以内100円、24時間以内200円[注釈 4]のレンタサイクルがある。ことでん瓦町駅栗林駅などと相互に乗り捨ても可能である。
  • 現在の4代目駅舎が完成した当時は日本国内の各社で自動改札機の導入が進んでいた時期であったが、JR四国では自動改札機の導入予定がなかったため設置されなかった。その後導入計画の具体化にともない2008年6月1日高知駅に次いで設置された(黄色の筐体)。
  • 2012年3月17日には、ICOCAカードの利用が可能になった[11](ICOCA専用の自動改札機(青色の筐体)とSMART ICOCA専用のチャージ機が1台ずつ設置された[25]。2014年3月1日の多度津-高松間ICOCA利用開始に伴い、チャージも開始された[26]。)。これにより、ICOCAと相互利用するSUGOCAPiTaPaTOICASuica(2013年3月23日より、KitacaPASMOはやかけんnimocamanacaも利用可能)が利用できるが、高松琴平電鉄のIruCaは使用できない。なおICOCAの利用は当駅と多度津駅との間のみ[注釈 5]で、およびICOCAの岡山・福山エリアとの間(三原駅より西の広島エリアは利用不可)のみとなっている。以前はICOCAの発売と現金によるチャージも取り扱っていなかったが[11]、前述の2014年3月1日の多度津-高松間ICOCA利用開始時より、窓口でのSHIKOKU ICOCAの発売(券売機での発売は不可)とチャージ機でのチャージが可能になった[注釈 6]
  • 2000年より貨物列車の発着はないもののJR貨物の駅であるのは、である。
  • 以前は、予讃線下り本線と高徳線はしばらく線路を共用し、構内の外れで分岐する配線となっていたため予讃線と高徳線の同時発車ができないなど制約があったが、4代目駅舎建設に伴う配線変更により別線化され制約がなくなった。また、高松運転所への回送列車は予讃線をしばらく走行してから分岐する配線である。この分岐点は信号場ではなく高松駅の構内扱いとなっている。
  • 予讃線高徳線を直通する列車の場合は、駅西方にある分岐器を使い、直通先のホームへと入線する。(例:予讃線→高徳線の場合は、1~3番ホームへ入線し、スイッチバックを行って高徳線方面へ発車)定期列車では特急うずしお岡山駅発着の2往復のみであるが、徳島市阿波おどり開催期間に徳島駅~高松駅~伊予西条駅間にて臨時運転される特急阿波踊り号も同じ扱いである。

隣の駅

特急については列車ごとの記事を参照のこと。

四国旅客鉄道
予讃線(瀬戸大橋線含む)
快速「マリンライナー
高松駅 (Y00) - 坂出駅 (Y08)(早朝・深夜のみ鬼無駅 (Y02))
快速「サンポート
高松駅 (Y00) - 端岡駅 (Y03)(朝の上り・夕方の上り1本は鬼無駅 (Y02))
普通
高松駅 (Y00) - 香西駅 (Y01)
高徳線
普通
高松駅 (T28) - 昭和町駅 (T27)

かつて存在した路線

四国旅客鉄道(JR四国)
宇高航路(宇高連絡船)
宇野駅 - 高松駅

脚注

注釈

  1. この定義は鉄道事業法による「普通鉄道」に限ったものであり、ケーブルカーなどその他の鉄道を含めた場合の四国最北端の駅は、八栗ケーブル八栗山上駅である。
  2. ただし2006年、喫煙所を密閉式への変更にともない1階コンコース隅から2階へ移設し、段差がある構造となった。
  3. 大阪バスの高速バス「高松特急ニュースター号」は当初高松駅バス停が高松築港バス停付近にあり、少し離れていて、高松駅前バスターミナルには発着していなかった。新ターミナルの供用開始時に移転するも程なくして路線自体が廃止された。
  4. 2013年(平成25年)4月1日から料金改定。高松市の公式ウェブサイトによれば、それ以前は24時間以内100円。
  5. 2012年3月17日から2014年2月28日までは当駅と坂出駅との間(香西駅 - 八十場駅間の各駅は利用不可)であった。
  6. ただし、窓口や券売機でのチャージの取り扱いとICOCA定期券の取り扱いはそれより以前と同じで行っていない。

出典

  1. 1.0 1.1 市長に怒られ、さぬきうどん駅に「高松」盛る - 読売新聞(2012年3月30日付)
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「RJ246」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  3. 漢字と読み方は同じである。
  4. 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  5. 5.0 5.1 “JR7社14年のあゆみ”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 9. (2001年4月2日) 
  6. 鉄道ジャーナル』第32巻第3号、鉄道ジャーナル社1998年3月、 84頁。
  7. “JR貨物 高松貨物ターミナル駅が開業 四国島内初の専用駅”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 3. (2000年8月24日) 
  8. 8.0 8.1 “線路切替工事で番線変更 JR高松駅”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 3. (2000年9月22日) 
  9. “鉄道利用にサンポート効果-JR四国”. 四国新聞(四国新聞社).(2001年6月25日)
  10. “JR高松駅の新築移転で営業キロ短縮”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 3. (2001年4月18日) 
  11. 11.0 11.1 11.2 “高松、坂出駅で「ICOCA」利用スタートをPR”. 四国新聞(四国新聞社).(2012年3月18日)
  12. 香川県・高松港管理事務所
  13. 琴電立体交差中止ほか知事答弁/2月定例県議会四国新聞2010年2月26日付、2010年9月14日閲覧
  14. 近くて遠いJRと琴電(サンポート高松 鉄道2駅の連携は) - 四国新聞(連載記事、1998年2月2日付、2010年2月5日閲覧)
  15. 香川県議会平成22年2月定例会(第2日)2010年9月14日閲覧
  16. LRT導入実験を提案/高松市都市交通検討委 - 四国新聞(2009年12月3日付、2010年2月5日閲覧)
  17. JR高松駅高速バスターミナル、南側に移転へ(四国新聞2013年9月25日配信)
  18. 香川県統計年鑑DB登録表(26年度・27年度)”. . 2017年6月10日閲覧.
  19. 香川県統計年鑑(2001年2002年2003年2004年2005年2006年2007・2008年2009年2010年・2011年2012年・2013年2014年・2015年)2001年以前は書籍版による香川県統計年鑑
  20. 会社概要 - 高松駅弁(2013年7月25日閲覧)
  21. 高松駅弁9月解散へ/競争激化、赤字続き四国新聞2014年4月17日
  22. 「高松駅弁」製造委託先は岡山に/JR四国グループ - 四国新聞、2014年6月19日
  23. 『JR時刻表』2017年3月号、交通新聞社2017年、 475頁。
  24. 新たな交通拠点に/高松駅高速バスターミナル完成 - 四国新聞 2013年10月2日
  25. 高松駅・坂出駅でICOCAサービスを開始します!!
  26. “イコカ利用区間、高松―多度津に拡大へ/JR四国”. 四国新聞(四国新聞社).(2014年1月28日)

関連項目

外部リンク

テンプレート:予讃線 (高松地区) テンプレート:瀬戸大橋線 テンプレート:高徳線