「お昼のワイドショー」の版間の差分

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{{基礎情報 テレビ番組
+
__NOINDEX__
| 番組名 = お昼のワイドショー
+
{{テンプレート:20180815sk}}
| 画像 =
 
| 画像説明 =
 
| ジャンル = [[ワイドショー]]
 
| 放送国 = {{JPN}}
 
| 制作局 = [[日本テレビ放送網|日本テレビ]]
 
| プロデューサー = 野崎元晴<br />白石重昭<br />ほか
 
| 出演者 = [[青島幸男]]<br />[[横山ノック]]<br />[[中山千夏]]<br />[[八代英太]]<br />[[古今亭志ん馬]]<br />[[砂川啓介]]<br />[[神山喜久子]]<br/>[[新倉イワオ]]<br />[[生方恵一]]<br />[[小倉淳]]<br />ほか
 
| 番組名1 = 開始から1972年3月まで
 
| 放送時間1 = 平日 12:30 - 13:30
 
| 放送分1 = 60
 
| 放送枠1 = 日本テレビ系列平日昼の情報番組枠
 
| 放送期間1 = [[1968年]][[9月30日]] - [[1972年]][[3月31日]]
 
| 放送回数1 =
 
| 番組名2 = 1972年4月から1975年3月まで
 
| 放送時間2 = 平日 12:00 - 13:00
 
| 放送分2 = 60
 
| 放送枠2 =
 
| 放送期間2 = 1972年[[4月3日]] - [[1975年]][[3月28日]]
 
| 放送回数2 =
 
| 番組名3 = 1975年4月から終了まで
 
| 放送時間3=平日 12:00 - 12:55
 
| 放送分3 = 55
 
| 放送枠3 =
 
| 放送期間3 = 1975年[[3月31日]] - [[1987年]][[10月2日]]
 
| 放送回数3 =
 
| 特記事項 =
 
}}
 
 
 
『'''お昼のワイドショー'''』(おひるのワイドショー)は、[[1968年]][[9月30日]]から[[1987年]][[10月2日]]までの19年間にわたって[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]で放送された、[[主婦]]層をメインの視聴ターゲットにした[[ワイドショー]]である。通称「'''昼ワイド'''」。
 
 
 
== 概要 ==
 
{{雑多な内容の箇条書き|section=1|date=2012年6月23日 (土) 10:42 (UTC)}}
 
* 開始 - 1972年3月までは平日の12:30 - 13:30まで、1972年4月 - 1975年3月までは平日の12:00 - 13:00に放送、1975年4月 - 最終回までは、12:55 - 13:00に5分間のミニ番組『'''暮らしのヒント'''』が放送されるため12:55までの放送となった。
 
* 日本テレビはこの時間帯に主にニュースワイド番組『[[NNNワイドニュース]]』等を編成していたが、それを主婦にターゲットを絞って、芸能情報こそ皆無だったが、最近のニュースについての解説(「八丁破れのニュース解説」)や生活に役立つ情報、また[[新倉イワオ]]のライフワーク的な企画で心霊研究家として大ブレークするきっかけを作った(木曜日のレギュラーコーナー、夏休みなどの長期休暇にはまとめて放送された)「怪奇特集・[[あなたの知らない世界]]」、「女の事件」コーナー、「テレビ公開捜査」コーナー等様々な内容が放送された。東京製作のみとなった後も、最初の頃には視聴者参加型のゲーム企画やバラエティショーが放送されていた時期もある。また、夏休み・冬休み・春休みを中心にカラオケ大会を実施していたこともある。
 
*初代司会は、スタートした1968年夏の参議院選挙で初当選し、「タレント議員」という言葉を世に根付かせた[[青島幸男]]と[[横山ノック]]。夜の看板番組『[[11PM]]』と同じく、隔日ごとに東京・日本テレビと大阪・[[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]の製作で放送されており、青島は日テレ発の(「青島のワイドショー」というタイトルにもなっていた)、ノックはよみうりテレビ発の(「ノックのワイドショー」というタイトルになっていた)同番組のメイン司会を担当。国会会期中を中心に議員活動との両立で定期的に番組出演や打ち合わせへの参加を見合わせる必要のあった青島・ノックを補佐する進行役として[[中山千夏]]と[[八代英太]](後に2人とも参議院選挙に出馬し、当選<!--。当初は青島が所属していた[[第二院クラブ]]に所属していた-->)が参加し、トリオ体制での放送が行われていた(のち、1971年4月からは日本テレビ製作版のみとなり、同時に大阪版のホスト役であったノックも番組を降板、青島・中山・八代のトリオ司会で全曜日の放送が行われるようになった)。
 
*その後、八代は1973年6月に[[愛知県]][[刈谷市]]で行われた歌謡ショーの司会をしている最中に事故に遭い、下半身不随の重傷を負って長期療養を強いられることになった。しかし、約3か月後の同年8月、番組にゲストとして出演し芸能活動を徐々に再開。同ゲスト出演時では車椅子生活の不便さを同番組で訴えた。その後、1974年春より「車椅子の司会者」という触れ込みの元、司会者として八代の休養中の穴を埋めた8代目[[古今亭志ん馬]]を続投させたまま番組に正式に復帰。以後、1977年春まで司会グループの一員としてレギュラー出演した(復帰後は本編の主流の進行にはさほど関わらず、主にゲストコーナーなどの進行役を担当)。
 
*1976年9月にスタート当初から8年間、青島のアシスト役を務めてきた中山がテレビ出演撤退・政治活動への進出を理由に、次いで翌1977年4月には参院選出馬の準備の名目から八代も相次いで番組を降板。残った青島も、政治活動へと参加するようになった中山・八代の指南役を買って出ていた事情から、1977年以降は番組を欠席する機会が増えて行き、1979年9月をもって司会を勇退(但しその後も「あなたの知らない世界」や「女の事件」の常連コメンテーターの一人として番組には最末期まで参加していた)。
 
*その後、しばらくの間はサブ司会の落語家の志ん馬・[[神山喜久子]](当時日本テレビアナウンサー)コンビによる司会で放送が行われたが、翌1980年4月より「体操のお兄さん」として有名だった[[砂川啓介]]が新たなメイン司会者として起用され、最後の1年半は元[[日本放送協会|NHK]]アナウンサーの[[生方恵一]]が司会となった。
 
*日本テレビでは昼-午後枠のテコ入れとして本番組と後に続く『[[ごちそうさま (テレビ番組)|ごちそうさま]]』、『[[2時のワイドショー]]』(よみうりテレビ製作)、『[[酒井広のうわさのスタジオ]]」を統合し、1987年10月から『[[午後は○○おもいッきりテレビ]]』をスタート。これにより、番組は19年の歴史に幕を下ろした。最終回は番組の顔だった青島、砂川らの歴代司会者や番組に携わった人が生出演、過去の事件や当番組の映像、そして正月特番『[[番組対抗かくし芸大会]]』に出演した時の映像で過去を振り返った。エンディングでは後継番組『おもいッきりテレビ』の初代キャスター・[[山本コウタロー|山本厚太郎]]と[[泰葉]]が出演し<ref>この時『おもいッきりテレビ』のテーマ曲(作曲 - [[宮川泰]])が初めて使用された。</ref>、同番組をPR。その後、生方が視聴者に向けて感謝の言葉を述べ、ラストは「19年間 どうもありがとうございました…」のテロップが表示されて大団円となった。
 
*新聞のテレビ欄は文字数が限られていることから、こちらではほぼ毎回「ワイドショー」のみ記していた。
 
*番組は19年続いたが、タイトルロゴや番組テーマ(作曲者不明)は一貫して変わらなかった。
 
 
 
== 歴代司会 ==
 
*1968.09 - 1971.03 青島幸男(月・水・金)/横山ノック(火・木)/中山千夏/八代英太
 
*1971.04 - 1973.06 青島幸男/中山千夏/八代英太
 
*1973.06 - 1974.03 青島幸男/中山千夏/古今亭志ん馬(※転落事故により長期療養に入った八代の代役を担当)
 
*1974.04 - 1976.09 青島幸男/中山千夏/八代英太/古今亭志ん馬
 
*1976.10 - 1977.04 青島幸男/八代英太/古今亭志ん馬/[[神山喜久子]] 
 
*1977.04 - 1979.09 青島幸男/古今亭志ん馬/神山喜久子
 
*1979.10 - 1980.03 古今亭志ん馬/神山喜久子
 
*1980.04 - 1986.03 砂川啓介/神山喜久子
 
*1986.04 - 1987.03 生方恵一/[[栗原アヤ子]]/[[小倉淳]]
 
*1987.04 - 1987.09 生方恵一/[[岸ユキ]]/小倉淳
 
=== 変遷 ===
 
{| class="wikitable" style="font-size:small"
 
|-
 
!colspan=2|期間!!colspan=2|司会→メイン司会!!colspan=2|進行→サブ司会
 
|-
 
!1968.09!!1971.03
 
|青島幸男<br/>(月・水・金)||横山ノック<br/>(火・木)||rowspan=4|中山千夏||rowspan=2|八代英太
 
|-
 
!1971.04!!1973.05
 
| colspan="2" rowspan="5" |青島幸男
 
|-
 
!1973.06!!1974.03
 
|古今亭志ん馬
 
|-
 
!1974.04!!1976.09
 
|八代英太<br/>古今亭志ん馬
 
|-
 
!1976.10!!1977.04
 
|八代英太
 
古今亭志ん馬
 
| rowspan="2" |神山喜久子
 
|-
 
!1977.04
 
!1979.09
 
|古今亭志ん馬
 
|-
 
!1979.10!!1980.03
 
|colspan=2|古今亭志ん馬||colspan=2 rowspan=2|神山喜久子
 
|-
 
!1980.04!!1986.03
 
|colspan=2|砂川啓介
 
|-
 
!1986.04!!1987.03
 
|colspan=2 rowspan=2|生方恵一||栗原アヤ子||rowspan=2|小倉淳
 
|-
 
!1987.04!!1987.09
 
|岸ユキ
 
|}
 
 
 
== ネット局 ==
 
※系列は放送当時のもの
 
{| class="wikitable" style="text-align:center;font-size:smaller"
 
!放送対象地域
 
!放送局
 
!系列
 
!備考
 
|-
 
|[[関東地方|関東広域圏]]
 
|[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]
 
|rowspan="2"|[[日本テレビネットワーク協議会|日本テレビ系列]]
 
|'''制作局'''
 
|-
 
|[[北海道]]
 
|[[札幌テレビ放送|札幌テレビ]]
 
|1972年3月までは[[フジネットワーク|フジテレビ系列]](FNSのみ加盟)とのクロスネット局
 
|-
 
|[[青森県]]
 
|[[青森放送]]
 
|日本テレビ系列<br />[[All-nippon News Network|テレビ朝日系列]]
 
|1975年3月までは日本テレビ系単独加盟局
 
|-
 
|[[岩手県]]
 
|[[テレビ岩手]]
 
|rowspan="3"|日本テレビ系列
 
|1979年10月よりネット開始<br />1980年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
 
|-
 
|[[宮城県]]
 
|[[宮城テレビ放送|ミヤギテレビ]]
 
|1975年10月よりネット開始
 
|-
 
|[[秋田県]]
 
|[[秋田放送]]
 
|
 
|-
 
|[[山形県]]
 
|[[山形放送]]
 
|日本テレビ系列<br />テレビ朝日系列
 
|1980年3月までは日本テレビ系単独加盟局<br />1970年2月から9月までは福島テレビへの時差裏送りも担当
 
|-
 
|rowspan="2"|[[福島県]]
 
|[[福島テレビ]]
 
|rowspan="7"|日本テレビ系列
 
|時差ネット<br />1970年2月から9月まで
 
|-
 
|[[福島中央テレビ]]
 
|1981年10月よりネット開始
 
|-
 
|[[山梨県]]
 
|[[山梨放送]]
 
|
 
|-
 
|[[新潟県]]
 
|[[テレビ新潟放送網|テレビ新潟]]
 
|1981年4月の開局から
 
|-
 
|[[静岡県]]
 
|[[静岡第一テレビ]]
 
|1979年7月の開局から
 
|-
 
|[[富山県]]
 
|[[北日本放送]]
 
|
 
|-
 
|[[福井県]]
 
|[[福井放送]]
 
|
 
|-
 
|rowspan="2"|[[東海3県|中京広域圏]]
 
|[[名古屋テレビ放送|名古屋テレビ]]
 
|日本テレビ系列<br />NETテレビ系列
 
|1973年3月まで
 
|-
 
|[[中京テレビ放送|中京テレビ]]
 
|rowspan="2"|日本テレビ系列
 
|1973年4月よりネット開始<br />変則クロスネット解消に伴う移行
 
|-
 
|[[近畿地方|近畿広域圏]]
 
|[[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]
 
|
 
|-
 
|[[鳥取県]]<br />→鳥取県・[[島根県]]
 
|[[日本海テレビジョン放送|日本海テレビ]]
 
|日本テレビ系列<br />テレビ朝日系列
 
|1972年9月までの放送エリアは鳥取県のみ
 
|-
 
|[[広島県]]
 
|[[広島テレビ放送|広島テレビ]]
 
|日本テレビ系列
 
|1972年4月から<ref>12:30開始時代は、13時台がフジテレビ系枠だったためネットできず、13:00までは遅れネット番組(NET系列の30分ドラマなど)で穴埋めしていた。</ref><br>1975年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット局
 
|-
 
|[[山口県]]
 
|[[山口放送]]
 
|日本テレビ系列<br />テレビ朝日系列
 
|1978年9月までは日本テレビ系単独加盟局
 
|-
 
|[[香川県]]<br />→香川県・[[岡山県]]
 
|[[西日本放送テレビ|西日本放送]]
 
|rowspan="5"|日本テレビ系列
 
|1983年3月までの放送エリアは香川県のみ
 
|-
 
|[[徳島県]]
 
|[[四国放送]]
 
|
 
|-
 
|[[愛媛県]]
 
|[[南海放送]]
 
|[[1970年代]]の一時期、12:05からの5分間時差録画ネットだったことがあった<ref>これは11:40 - 12:00に『RNBサロン・奥さまと20分!!』、さらに12:00 - 12:05に『[[なんかいニュース|南海放送(愛媛新聞)ニュース]]』が放送されたためである。</ref>
 
|-
 
|[[高知県]]
 
|[[高知放送]]
 
|
 
|-
 
|[[福岡県]]
 
|[[福岡放送]]
 
|rowspan="2"|1969年4月の開局から
 
|-
 
|[[長崎県]]
 
|[[テレビ長崎]]
 
|[[フジネットワーク|フジテレビ系列]]<br />日本テレビ系列<ref>正式には[[ニュース系列]]([[Nippon News Network|NNN]])のみ</ref>
 
|-
 
|[[熊本県]]
 
|[[熊本県民テレビ|くまもと県民テレビ]]
 
|日本テレビ系列
 
|1982年4月の開局から
 
|}
 
 
 
=== ネットに関する備考 ===
 
* テレビ長崎(当時NNN/FNN[[クロスネット局]])は、1969年4月の開局時からこの番組を同時ネット<ref>[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]発足後も[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]に加盟しなかった(一般番組供給協定は[[フジネットワーク|FNS]]単独)ため、唯一の[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]非加盟局での[[日本テレビ系列平日昼の情報番組枠|本枠]]のネットであった。(当時[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]未加盟時代の[[テレビ信州]]は未ネットであったため。尚、[[福島テレビ]]も本番組の放送実績があるが、そのときは[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]は未発足であった。)後番組の[[午後は○○おもいッきりテレビ|おもいッきりテレビ]]の途中[[1990年]][[9月28日]]で[[テレビ長崎]]が[[日本テレビ系列平日昼の情報番組枠|本枠]]のネットを[[打ち切り|打ち切った]]ため、[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]非加盟局での[[日本テレビ系列平日昼の情報番組枠|本枠]]のネットは終了した。</ref>していたため、フジテレビの『[[笑っていいとも!]]』は夕方に時差放送されていた(『[[笑ってる場合ですよ!]]』以前の同枠については未ネット)。
 
* 12時台にNET→テレビ朝日との同時ネットだったテレビ信州・テレビ大分、フジテレビとの同時ネットだったテレビ宮崎・鹿児島テレビ等、一部のクロスネット局<ref>正式に[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]に加盟していた[[新潟総合テレビ]]、[[テレビ熊本]]、[[テレビ大分]]、[[鹿児島テレビ放送]]は[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]加盟期間中も本番組([[日本テレビ系列平日昼の情報番組枠|枠]])は放送されていない(「暮らしのヒント」、「[[ごちそうさま (テレビ番組)|ごちそうさま]]」、「[[昼下がりのカルチャー]]」のコーナーのみの放送を除く)。</ref>では放送されなかった(なお、番組最後の「暮らしのヒント」のコーナーだけは『お昼のワイドショー』が放送されない地域の一部の局にもネットされた)。
 
* 初期に、当時NNNに加盟していた福島テレビ(FTV)が時差ネットをしたことがある。(山形放送〔YBC〕が同時録画の上でFTVへの送り出しを担当〔出典:1970年4月期のFTVタイムテーブルより〕。FTVはこの時期日本テレビと[[TBSテレビ|TBS]]両系列のクロスネット局で、正午の時間帯はTBSの番組を同時ネット)
 
**その後[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列の番組は福島中央テレビ(FCT)へ移行。その際「青島・ノックのお昼のワイドショー」の時差ネット局はなくなった。
 
**FCTは1971年のFTVとのネット交換に伴い、正午から[[テレビ朝日]](当時はNETテレビ)の『[[アフタヌーンショー]]』を放送したため、福島県ではしばらくこの『お昼のワイドショー』が放送されなくなったが、1981年10月のテレビ朝日系の[[福島放送]]開局に伴い放送を開始した。
 
* ミヤギテレビは開局当時、NETテレビとのクロスネット局だったため、正午から『アフタヌーンショー』を放送していたので、この『お昼のワイドショー』はネットしていなかったが、1975年10月のテレビ朝日系の[[東日本放送]]開局に伴い放送を開始した。
 
* テレビ岩手は開局当時はテレビ朝日とのクロスネット局だったため、開局当初から『アフタヌーンショー』を同時ネットで放送してきたが、ANN脱退直前の1979年10月に同番組を打ち切ってこの『お昼のワイドショー』の同時ネットに切り替えた(テレビ岩手は1980年4月から[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]マストバイ局)。
 
*スポンサーは基本的に[[日本文化センター]]等全国ネット協賛社のネットセールスであるが、一部ローカルスポンサー枠を設けていたほか、ネットスポンサーを差し替えることも可能だった(例・[[北日本放送]]では日本文化センターに代えて富山専門店会が、[[テレビ岩手]]では釜石共栄(地元スーパー)が協賛していた)。このためか、タイトルロゴや提供クレジット・アナウンスはネットスポンサーのみの局も含めて各局で送り出していたため、「お昼のワイドショー」のタイトルロゴ(デザインは全局とも同じ)のサイズや、テロップの縁取りの有無など各局ごとに差があった。最終回のエンディングでも「来週からのこの時間は『午後は○○おもいッきりテレビ』をお送りします」とテロップを出した局と単に「お昼のワイドショー おわり」と出した局で分かれた。
 
**この状態は後番組の「おもいッきりテレビ」でも、しばらくの間続いた。
 
 
 
==脚注==
 
<references />
 
{{前後番組
 
|放送局=[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列
 
|放送枠=平日12:00 - 12:30枠
 
|番組名=お昼のワイドショー<br />(1972.4.3 - 1987.10.2)
 
|前番組=[[NNNワイドニュース]]
 
|次番組=[[午後は○○おもいッきりテレビ]]<br />※12:00 - 15:45<br />↓<br />※12:00 - 13:55
 
|2放送局=日本テレビ系列
 
|2放送枠=平日12:30 - 12:55枠
 
|2番組名=お昼のワイドショー<br />(1968.9.30 - 1987.10.2)
 
|2前番組=NNNワイドニュース<br />※12:30 - 13:00<br />【30分繰り上げ】
 
|2次番組=午後は○○おもいッきりテレビ<br />※12:00 - 15:45<br />↓<br />※12:00 - 13:55
 
|3放送局=日本テレビ系列
 
|3放送枠=平日12:55 - 13:00枠
 
|3番組名=お昼のワイドショー<br />(1968.9.30 - 1975.3.28)
 
|3前番組=NNNワイドニュース<br />※12:30 - 13:00<br />【30分繰り上げ】
 
|3次番組=[[暮らしのヒント]]
 
|4放送局=日本テレビ系列
 
|4放送枠=平日13:00 - 13:30枠
 
|4番組名=お昼のワイドショー<br />(1968.9.30 - 1971.12.31)<!---出典:東奥日報1971年12月21日から1972年1月10日のRABテレビ欄から--->
 
|4前番組=[[不信のとき]]([[再放送]])<br />【ここまで[[日本テレビ昼1時枠帯ドラマ|ドラマ枠]]】
 
|4次番組=[[ごちそうさま (テレビ番組)|ごちそうさま]]<br />※13:00 - 13:15<br />【30分繰り上げ】<hr />[[千夏・英太のハハァ!なるほど]]<br />※13:15 - 13:25<hr />[[NNNニューススポット]]<br />※13:25 - 13:30
 
}}
 
 
 
{{Tv-stub}}
 
{{平日昼のワイドショー}}
 
{{DEFAULTSORT:おひるのわいとしよお}}
 
[[Category:1968年のテレビ番組 (日本)]]
 
[[Category:日本テレビの情報・ワイドショー番組]]
 
[[Category:日本テレビの帯番組の歴史]]
 
[[Category:読売テレビの情報・ワイドショー番組]]
 
[[Category:読売テレビの帯番組の歴史]]
 
[[Category:青島幸男]]
 

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