ボビー・クレイマー
ロバート・トーマス・クレイマー(Robert Thomas "Bobby" Cramer , 1979年10月28日 - )は、プロ野球選手(投手)。
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経歴
2001年のMLBドラフトで、シアトル・マリナーズから38巡目指名を受けるが入団には至らなかった。
2003年にアマチュア・フリーエージェントでタンパベイ・デビルレイズに入団。傘下のマイナーチームでプレーした。
2004年限りで解雇された。その後は、どこの球団からもオファーがかからず2年間高校の数学の教師をし野球から離れていた[1]。
2007年にオークランド・アスレチックスに入団。
2008年は、独立リーグであるゴールデン・ベースボール・リーグのオレンジカウンティ・フライヤーズでプレー。
2009年は、再びアスレチックス傘下のマイナーチームでプレーした。
2010年9月13日にメジャーデビューを果たし、メジャー初勝利を手にする。この試合では、岩村明憲が7番・三塁手として出場していた[1]。
2011年は松井秀喜とチームメイトとなり、5試合ではあるがメジャーに昇格。4月1日のシアトル・マリナーズ戦では、7回一死一、三塁の場面でイチローをセカンドゴロ併殺に打ち取っている[1]。
2012年はメキシカンリーグでプレーしていたが、7月4日に横浜DeNAベイスターズが獲得を発表した[2]。7月26日の巨人戦で来日初先発を果たしたが、5回途中、3失点で勝敗はつかなかった。続く8月1日の広島戦でも先発したが、またも5回持たず、7失点で黒星。結局、この2試合しか登板せず、10月10日に外国人チームメイト4人とともに戦力外通告を受けた[3]。10月16日、自由契約公示された[4]。
2013年は、メキシカンリーグ・レイノサ・ブロンコスでプレーした。
選手としての特徴・人物
145km/hを超えるストレートに、スライダー・カーブ・チェンジアップと多彩な変化球を投げ分ける技巧派左腕[1]。
シーズンオフに、アナハイムの高校で数学の非常勤講師として教壇に立ったことがある[5]。
詳細情報
年度別投手成績
2010 | OAK | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | .667 | 93 | 23.2 | 20 | 5 | 6 | 0 | 0 | 13 | 0 | 0 | 8 | 8 | 3.04 | 1.10 |
2011 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 31 | 8.1 | 6 | 1 | 1 | 0 | 0 | 6 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1.08 | 0.84 | |
2012 | DeNA | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 48 | 8.1 | 17 | 2 | 6 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 10 | 10 | 10.80 | 2.76 |
MLB:2年 | 9 | 4 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 0 | .500 | 124 | 32.0 | 26 | 6 | 7 | 0 | 0 | 19 | 0 | 0 | 9 | 9 | 2.53 | 1.03 | |
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NPB:1年 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 48 | 8.1 | 17 | 2 | 6 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 10 | 10 | 10.80 | 2.76 |
記録
- NPB
背番号
- 64 (2010年)
- 26 (2011年)
- 38 (2012年途中 - 同年終了)
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 “緊急補強!中畑DeNAにイチロー斬り左腕(2/2ページ)”. SANSPO.COM (2012年6月27日). . 2012閲覧.
- ↑ “ボビー・クレイマー選手獲得のお知らせ”. 横浜DeNAベイスターズ (2012年7月4日). . 2012閲覧.
- ↑ “来季の選手契約について”. 横浜DeNAベイスターズ (2012年10月10日). . 2012閲覧.
- ↑ “2012年度 自由契約選手”. 日本野球機構 (2012年10月16日). . 2012閲覧.
- ↑ “元数学教師クレイマーは投球も頭脳的 友利コーチ高評価”. スポニチ Sponichi Annex (2012年7月10日). . 2012閲覧.