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← 昭和28年西日本水害

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{{風水害 |name = 昭和28年西日本水害 |image = Daifuku, Asakura in 1953.JPG |imagesize = |caption = 村落へ押し寄せる流木（[[福岡県]][[朝倉郡]]大福村） |dates = {{年月日|year=1953|month=6|day=25 - 29日}} |country = Japan |area = 福岡県・[[佐賀県]]・[[熊本県]]<br>[[大分県]]など九州北部地域 |factor = [[梅雨前線]]による[[集中豪雨]] |rainfalla = 熊本県[[鹿本郡]][[山鹿町]] |rainfalld = 1,455.3{{sub|注1}} |hrainfalla = 福岡県[[小倉市]] |hrainfalld = 101.0 |dead = 759 |missing = 242 |injured = 2,775 |zenkai = 3,441 |hankai = 29,588 |sonkai = |yukaue = 200,298 |yukast = 252,895 |hijuka = |higaigaku = 2217億 |higaiyear = 1953 |act = |data = *<ref name="suigai">[http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/hp_db_f/suigai/index.html 九州大学附属図書館『水・川・家・人の記憶 西日本大水害から50年、災害を忘れないために』] 2013年10月23日閲覧</ref> *注1:{{年月日|year=1953|month=6|day=25 - 29日}}の期間中総雨量。 }} '''昭和28年西日本水害'''（しょうわ28ねんにしにほんすいがい）は、[[1953年]]（昭和28年）[[6月25日]]から[[6月29日]]にかけて[[九州地方]]北部（[[福岡県]]・[[佐賀県]]・[[熊本県]]・[[大分県]]）を中心に発生した、[[梅雨前線]]を原因とする[[集中豪雨]]による[[水害]]である。 [[阿蘇山]]・[[英彦山]]を中心に総[[降水量]]が1,000mmを超える記録的な豪雨により、九州最大の河川である[[筑後川]]を始め[[白川 (熊本県)|白川]]など、九州北部を流れる[[河川]]がほぼ全て氾濫、流域に戦後最悪となる水害をひき起こし死者・行方不明者'''1,001名'''、浸水家屋'''45万棟'''、被災者数'''約100万人'''という大災害となった。 この水害により、筑後川など九州北部の河川における[[治水]]対策が根本から改められることになり、現在においても[[治水#治水計画|基本高水流量]]の基準となっている。 この九州北部を襲った水害には、[[気象庁]]による明確な災害名が付けられておらず、熊本県では「白川大水害」または「6.26水害」、[[北九州市]]では「北九州大水害」など、地域によって様々な呼称が用いられているほか、諸文献によっても災害名称が異なっているが、本記事名は[[土木学会]]西部支部の調査報告書に準拠し、「昭和28年西日本水害」と呼称する。なお、本文中の自治体名は、1953年当時の自治体名（括弧内は現在の自治体名）を用いる。 == 原因 == 昭和28年西日本水害が九州北部地域に甚大な被害をもたらした原因として、集中豪雨が発生し易い[[梅雨]]末期の[[気象]]要因、阿蘇山の[[噴火]]活動による[[地質]]的な要因、および九州北部を流れる河川流域の[[地形]]的な要因などがあり、それらが複合して被害を大きくしている。 === 気象要因 === <!--以下、Location map テンプレート使用を使用して主な被害地域を記述。 地点追加の際は、{{Location map~|Japan Northern Kyushu|label=<div style="white-space:pre;">説明文</div>|lat_deg=緯度|lon_deg=経度|position=right}}を使用。 詳しい使用法はTemplate:Map_plot_of_Chinese_County等を参照。 -->{{Location map+|Japan Northern Kyushu|float=right|width=400|caption=主な被害地域と降水量の記録地点|places= {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">福岡市</div>|lat_deg=33.54|lon_deg=130.41|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">北九州市</div>|lat_deg=33.83|lon_deg=130.62|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">▽久留米市</div>|lat_deg=33.30|lon_deg=130.48|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">佐賀市△</div>|lat_deg=33.14|lon_deg=130.03|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">長崎市</div>|lat_deg=32.71|lon_deg=129.80|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">▽大分市</div>|lat_deg=33.23|lon_deg=131.55|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">△熊本市</div>|lat_deg=32.69|lon_deg=130.65|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="color:#666666;">延岡市</div>|lat_deg=32.50|lon_deg=131.58|marksize=1|position=right}}<!--都市名用--> {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|width=1000|label=<div style="white-space:pre;">[[山鹿町|山鹿]]:総雨量1,455.3mm、528.0mm/日</div>|lat_deg=33.0|lon_deg=130.7|mark=Blue pog.svg|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[上津江村|上野田]]:総雨量1,148.5mm</div>|lat_deg=33.07|lon_deg=130.98|mark=Blue pog.svg|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[小国町 (熊本県)|宮原]]:総雨量1,002.6mm</div>|lat_deg=33.14|lon_deg=131.07|mark=Blue pog.svg|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">小倉:101mm/時間</div>|lat_deg=33.83|lon_deg=130.88|mark=Blue pog.svg|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[小倉市|小倉]]・[[門司市|門司]]・[[八幡市|八幡]]:北九州大水害</div>|lat_deg=33.89|lon_deg=130.96|marksize=10|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[飯塚市|飯塚]]・[[田川市|田川]]・[[遠賀郡]]:[[遠賀川]]水系氾濫</div>|lat_deg=33.65|lon_deg=130.76|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[京都郡]]:[[祓川 (福岡県)|祓川]]・[[今川 (福岡県)|今川]]氾濫</div>|lat_deg=33.72|lon_deg=131.00|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[築上郡]]:[[山国川]]氾濫</div>|lat_deg=33.58|lon_deg=131.17|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[福岡市|福岡]]周辺:[[那珂川 (九州)|那珂川]]・[[御笠川]]等氾濫</div>|lat_deg=33.59|lon_deg=130.4|position=bottom}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[玉名市|玉名]]・[[菊池市|菊池]]:[[菊池川]]水系氾濫</div>|lat_deg=32.9|lon_deg=130.6|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[熊本]]・[[阿蘇郡|阿蘇]]:[[白川]]大水害</div>|lat_deg=32.8|lon_deg=130.72|marksize=10|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<!--筑後川・嘉瀬川・矢部川点のみ-->|lat_deg=33.19|lon_deg=130.38|marksize=12|position=top}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[筑紫平野]]広域:</div><div style="white-space:pre;">[[筑後川]]・[[嘉瀬川]]・[[矢部川]]水系氾濫</div>|lat_deg=33.20|lon_deg=130.36|marksize=1|position=top}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[日田市|日田]]周辺:[[玖珠川]]氾濫</div>|lat_deg=33.31|lon_deg=130.95|position=right}} {{Location map~|Japan Northern Kyushu|label_size=70|label=<div style="white-space:pre;">[[大分市|大分]]:[[大分川]]氾濫</div>|lat_deg=33.22|lon_deg=131.62|position=right}} }}<!--主な被害地点記述ここまで。--> [[ファイル:JMA Weather Chart 1953062609.png|thumb|right|250px|九州北部で最多雨量記録となる雨が降った頃、[[6月26日]]9:00の地上実況[[天気図]]。[[対馬]]付近に低気圧があり、そこから[[上海]]の南を経て[[華中]]の低気圧へと梅雨前線が延びる。また、九州南岸から本州南岸を通って福島沖へも梅雨前線が延びており、この付近は[[太平洋高気圧]]と低気圧に挟まれて[[等圧線]]の間隔が狭くなっている。一方、[[北京]]付近には高気圧が張り出している。]] 1953年6月当時の九州地方の気象概況は、梅雨前線が一旦九州北中部に停滞し、上旬には[[福岡市]]や[[長崎県]]で、中旬には熊本県で大雨を降らせたが<ref name="suigai"/>、その後[[奄美大島]]付近まで一旦南下し、奄美大島と[[屋久島]]の間を上下するという状態であった。一方[[フィリピン]]の[[ルソン島]]付近にあった[[太平洋高気圧]]が次第に勢力を強くして梅雨前線を押し上げ、[[6月21日]]には[[対馬海峡]]付近に達した。ところが今度は、[[中国大陸]]より[[移動性高気圧]]が九州方面へと張り出し、再度梅雨前線は南下して屋久島まで戻ったものの、再度太平洋高気圧に押されて北上した。こうして南北から高気圧によって押された梅雨前線は、阿蘇山付近に[[6月23日]]頃より停滞、そこに高気圧から吹く[[暖湿流|湿った暖かい空気]]が梅雨前線に流れ込むことによって前線が刺激され、さらに例年屋久島付近を通過するはずの[[低気圧]]が、この時は[[朝鮮半島]]・対馬海峡付近を次々通過。こうした気象条件が重なり、九州北部地域に未曾有の大雨をもたらした<ref>『筑後川五十年史』pp.124-125</ref>。 この梅雨前線は、6月から7月に掛けて、九州地方北部のほか、東は[[静岡県]][[静岡市]]から[[紀伊半島]]・[[中国地方]]・[[四国地方]]など広範囲にわたって大雨を降らせており<ref name="kishouchou">[http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/1953/19530623/19530623.html 『災害をもたらした気象事例 梅雨前線 昭和28年(1953年)6月23日〜6月30日』] 2010年10月17日閲覧</ref>、特に紀伊半島では[[和歌山県]][[西牟婁郡]][[串本町]]（現在の串本町は[[東牟婁郡]]所属）の[[潮岬]]で338.7mmを記録<ref grouP="注">この総降水量は6月23日から30日までの雨量である。</ref> する豪雨となったが、この後[[7月17日]] - [[7月18日|18日]]に掛けて再度集中豪雨が発生。死者・行方不明者1,046名を数える集中豪雨として、戦後最悪の人的被害をもたらした[[紀州大水害]]（南紀豪雨）となった。また白川流域でも7月中旬に再度集中豪雨が発生し、新たな災害をひき起こしている（後述）。1953年の梅雨は5月下旬に入梅し、[[7月20日]]頃に梅雨明けする例年よりも長い梅雨の期間であり<ref name="suigai"/>、しかも期間中、死者・行方不明者が2,000名を超える大きな被害を西日本各地にもたらしており、特異な気象状況であった。 ==== 降水量 ==== 昭和28年西日本水害では、阿蘇山麓や英彦山麓、[[脊振山地]]などの九州北部山間部で記録的な豪雨をもたらした。6月25日の降り始めからの総降水量は、熊本県[[鹿本郡]][[山鹿町]]（[[山鹿市]]）で1,455.3mmを記録したのを始め、筑後川本流上流域（杖立川・[[大山川]]）で900-1,000mm、支流[[玖珠川]]流域や阿蘇山、[[大分川]]上流域、[[矢部川]]上流域で800-900mm、北九州や背振山地で500-600mmと猛烈な豪雨を記録している。また一日降水量も山鹿町の528mmを皮切りに福岡市、[[佐賀市]]、[[熊本市]]などで300-400mmを超え、時間雨量も福岡県[[小倉市]]（北九州市[[小倉北区]]・[[小倉南区]]）で101mm、熊本県[[阿蘇郡]][[小国町 (熊本県)|小国町]]宮原で90.2mmなどと短時間・長時間問わず記録的な豪雨となった。豪雨のピークは25日-26日頃は福岡県[[筑後地方]]・熊本県・大分県などが中心で、その後徐々に北へと移動し、28日-29日頃には北九州が豪雨のピークとなっている。また降雨分布も、河川の[[上流]]・[[中流]]・[[下流]]を問わず、流域の広範囲にわたって豪雨が降り注いでいる。 {|align="center" class="wikitable" style="text-align:center;font-size:small" |+<strong style="font-size:middle">北部九州における6月25日から29日までの観測降水量</strong><ref name="suigai"/><ref name="kishouchou"/><ref name="50nennsi_126">『筑後川五十年史』p.126</ref><ref name="28nenn_97">『昭和28年西日本水害調査報告書』p.97</ref><ref name="28nenn_130">『昭和28年西日本水害調査報告書』p.130</ref><ref name="moji">[http://www.sabo.pref.fukuoka.lg.jp/jirei/jirei1.html 『福岡県の主な土砂災害事例 事例1：昭和28年(1953年)　門司災害』] 2010年10月17日閲覧</ref> |- !観測地点 !所在地 !所在水系 !総降水量<br>(mm) !最多日降水量<br>(mm) !最多時間雨量<br>(mm) !備考 |- |山鹿 |[[熊本県]][[鹿本郡]][[山鹿町]] |[[菊池川]]中流 |align="right"|'''1,455.3''' |'''528.0'''（6月25日） | |[[山鹿市]] |- |上野田 |[[大分県]][[日田郡]][[上津江村]] |[[筑後川]]上流 |align="right"|1,148.5 |400.0（6月26日） | |[[日田市]] |- |宮原 |熊本県[[阿蘇郡]][[小国町 (熊本県)|小国町]] |筑後川上流 |align="right"|1,002.6 |426.2（6月25日） |90.2（6月26日） | |- |小国 |熊本県阿蘇郡小国町 |筑後川上流 |align="right"|994.6 |433.6（6月25日） |88.3（6月26日） | |- |矢部 |[[福岡県]][[八女郡]][[矢部村]] |[[矢部川]]上流 |align="right"|934.2 |395.0（6月25日） | |[[八女市]] |- |野上 |大分県[[玖珠郡]]野上村 |筑後川上流 |align="right"|929.7 |364.0（6月25日） | |玖珠郡[[九重町]] |- |黒川 |熊本県阿蘇郡黒川村 |[[白川 (熊本県)|白川]]上流 |align="right"|888.4 |500.2（6月26日） | |[[阿蘇市]] |- |杷木 |福岡県[[朝倉郡]][[杷木町]] |筑後川中流 |align="right"|861.4 |305.7（6月25日） | |[[朝倉市]] |- |由布院 |大分県[[速見郡]]由布院町 |[[大分川]]上流 |align="right"|818.0 | | |[[由布市]] |- |三瀬 |[[佐賀県]][[神埼郡]][[三瀬村 (佐賀県)|三瀬村]] |[[嘉瀬川]]上流 |align="right"|711.4 |360.5（6月25日） |45.4（6月25日） |[[佐賀市]] |- |日田 |大分県日田市 |筑後川上流 |align="right"|705.6 |292.4（6月25日） |55.5（6月27日） | |- |大分 |大分県[[大分市]] |大分川下流 |align="right"|698.5 |223.1（6月26日） |38.6（6月26日） | |- |鳥栖 |佐賀県[[三養基郡]]鳥栖町 |筑後川中流 |align="right"|665.2 |351.0（6月25日） | |[[鳥栖市]] |- |門司 |福岡県[[門司市]] | |align="right"|646.1 |398.3（6月28日） |77.4（6月28日） |[[北九州市]][[門司区]] |- |福岡 |福岡県[[福岡市]] |[[多々良川]]など |align="right"|621.4 |307.8（6月25日） |79.5（6月28日） | |- |熊本 |熊本県[[熊本市]] |白川下流 |align="right"|595.9 |411.9（6月26日） |59.2（6月26日） | |- |佐賀 |佐賀県佐賀市 |嘉瀬川下流 |align="right"|587.1 |366.5（6月25日） |72.3（6月26日） | |- |羽犬塚 |福岡県八女郡羽犬塚町 |矢部川中流 |align="right"|568.7 |349.1（6月25日） |51.4（6月25日） |[[筑後市]] |- |久留米 |福岡県[[久留米市]] |筑後川中流 |align="right"|564.3 |308.7（6月25日） |43.0（6月26日） | |- |小倉 |福岡県[[小倉市]] |[[紫川]]全域 |align="right"|544.0 | |'''101.0'''（6月28日） |北九州市[[小倉北区]]・[[小倉南区|南区]] |- |飯塚 |福岡県[[飯塚市]] |[[遠賀川]]中流 |align="right"|534.8 |235.5（6月25日） |32.3（6月25日） | |} （注）括弧内は記録日。太字は各々の最大降雨記録。 === 地質・地形要因 === 上記の気象要因に加え、地質や地形、[[植生]]といった要因も豪雨被害が拡大する要因となった。[[新第三紀]]から[[第四紀]]に掛けて活発だった阿蘇山の[[火山]]活動により、福岡県南東部・大分県南部と西部・熊本県北西部一帯は、おおむね[[安山岩|変朽安山岩]]や[[溶岩|阿蘇熔岩]]を主体とする地質を形成しており、これらの地質は透水性に乏しかった<ref>『筑後川五十年史』p.18</ref>。さらに戦中・戦後に山間部は森林を乱伐していたこともあり、森林の保水力は極端に低下しており、降った雨は通常の森林に比べ[[土壌]]に浸透せず、地表を流下して河川に注ぐ形となった。その上、阿蘇山が同年[[4月27日]]に噴火を起こして、降灰量516万[[トン]]にもおよぶ大量の[[火山灰]]が堆積、それが豪雨によって雨水と共に地表を流れ、[[土石流]]となった<ref name="binran">『河川便覧　2004』p.245</ref>。 また地形的要因も[[洪水]]被害を増幅させた。すなわち日本の河川の特徴でもあるが、九州北部の河川は概ね河川[[勾配]]が急であり、河川は急流を形成して上流から下流へと流下するため、下流の水位は急激に上昇し易い。これに加えて九州北部を流れる河川の幾つかは、[[流域面積]]が[[中流]]・下流域に比べて上流域の面積割合が広大であり、その割合は白川[[水系]]で約80[[パーセント]]<ref>[http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/river/seibi/seikei/honbun/index.htm 国土交通省河川局『白川水系河川整備計画　治水の現状と課題』PDF] 2010年8月29日閲覧</ref>、筑後川水系で70パーセント<ref>『筑後川五十年史』p.4</ref> を占める。こうした地質・地形特性を有する河川の上流地域に広範囲かつ持続的な豪雨が降り注ぎ、大量の降雨が膨大な水量を伴う洪水となって、短時間に下流地域へ一挙に押し寄せたこと、また先述したが、6月上旬から中旬に掛けて北部九州で豪雨があり、地盤が緩んでいたところにそれを上回る記録的な豪雨が追い討ちを掛けたことが、被害を大きくした。 == 被害状況 == === 総計 === この集中豪雨は特に福岡県・佐賀県・熊本県・大分県において被害が甚大で、死者759名・行方不明者242名などの人的被害のほか、全半壊家屋3万5000棟以上、床上・床下浸水は実に45万棟以上に及ぶ過去最悪の被害であり、その被害総額は当時の金額で約2217億円となり、現在の金額に換算すると約1兆5628億円にも達する<ref name="sisan">試算は [http://www.qsr.mlit.go.jp/bousai/index_c01.html 国土交通省九州地方整備局『主な災害の概要　西日本大水害』] 白川の項目より引用する。以下同じ。</ref>。当時は[[1949年]]（昭和24年）の[[ジュディス台風]]や[[1950年]]（昭和25年）の[[ジェーン台風]]による被害がまだ記憶に新しく、台風被害からの復旧に一段落ち付いた頃再度被害を受けた地域も多かった。当時の[[国家地方警察]][[福岡警察管区|福岡警察管区本部]]が発表した被害内容は下表の通りである<ref name="suigai"/><ref group="注">[[国土交通省]][[九州地方整備局]]では水害による死者・行方不明者を999名 [http://www.qsr.mlit.go.jp/bousai/index_c01.html]、[[気象庁]]九州管区[[気象台]]では死者・行方不明者を1,052名 [http://www.jma-net.go.jp/fukuoka/chosa/kisho_saigai/kisho_saigai.html] とするなど、諸文献により被害状況のばらつき・食い違いがみられるが、本記事では福岡警察管区本部の被害集計を採用する。</ref>。 {|align="center" class="wikitable" style="text-align:center;font-size:small" |+<strong style="font-size:middle">被害集計表</strong><ref name="suigai"/><ref name="sisan"/> |- !県名 !死者 !行方不明者 !負傷者 !全壊家屋数 !流失家屋数 !半壊家屋数 !床上浸水 !床下浸水 !推定被害額<br/>（1953年換算） !推定被害額<br/>（2004年換算） !氾濫河川 !備考 |- |[[福岡県]] |align="right"|259 |align="right"|27 |align="right"|1,402 |align="right"|1,321 |align="right"|829 |align="right"|12,116 |align="right"|92,532 |align="right"|119,127 |align="right"|793億円 |align="right"|5590億円 |align="left"|[[筑後川]]、[[矢部川]]、[[遠賀川]]、[[紫川]]、[[今川 (福岡県)|今川]]など | |- |[[佐賀県]] |align="right"|59 |align="right"|3 |align="right"|337 |align="right"|319 |align="right"|108 |align="right"|4,425 |align="right"|37,895 |align="right"|38,053 |align="right"|249億円 |align="right"|1755億円 |align="left"|筑後川、[[嘉瀬川]]、[[松浦川]]など | |- |[[長崎県]] |align="right"|21 |align="right"|0 |align="right"|26 |align="right"|320 |align="right"|12 |align="right"|546 |align="right"|6,324 |align="right"|16,285 |align="right"|91億円 |align="right"|642億円 | | |- |[[熊本県]] |align="right"|339 |align="right"|198 |align="right"|558 |align="right"|1,009 |align="right"|850 |align="right"|10,412 |align="right"|49,038 |align="right"|39,607 |align="right"|850億円 |align="right"|5992億円 |align="left"|[[菊池川]]、[[白川 (熊本県)|白川]]など | |- |[[大分県]] |align="right"|55 |align="right"|13 |align="right"|239 |align="right"|333 |align="right"|653 |align="right"|1,435 |align="right"|6,179 |align="right"|18,513 |align="right"|178億円 |align="right"|1255億円 |align="left"|筑後川、[[大分川]]、[[大野川]]など | |- |[[宮崎県]] |align="right"|0 |align="right"|0 |align="right"|0 |align="right"|0 |align="right"|0 |align="right"|2 |align="right"|10 |align="right"|123 |align="right"|2億円 |align="right"|14億円 | |<ref name="28nenn_18">被害額のみ『昭和28年西日本水害調査報告書』pp.18-19</ref> |- |[[鹿児島県]] |align="right"|1 |align="right"|1 |align="right"|17 |align="right"|10 |align="right"|0 |align="right"|9 |align="right"|21 |align="right"|528 |align="right"|20億円 |align="right"|140億円 | |<ref name="28nenn_18"/> |- |[[山口県]] |align="right"|25 |align="right"|0 |align="right"|196 |align="right"|129 |align="right"|41 |align="right"|823 |align="right"|8,302 |align="right"|20,659 |align="right"|34億円 |align="right"|240億円 | |<ref name="28nenn_18"/> |- |合計 |align="right"|'''759''' |align="right"|'''242''' |align="right"|'''2,775''' |align="right"|'''3,441''' |align="right"|'''2,493''' |align="right"|'''29,588''' |align="right"|'''200,298''' |align="right"|'''252,895''' |align="right"|'''2217億円''' |align="right"|'''1兆5628億円''' | | |} 特色としては平野部、山間部の別を問わず大きな被害を与えたことであり、福岡市を始め佐賀市、熊本市、[[大分市]]といった県庁所在地のほか[[門司市]]・小倉市（北九州市）、[[久留米市]]など地方の主要都市にも多大な被害を与えている。また九州随一の大河である筑後川[[水系]]を始め[[遠賀川]]水系、矢部川水系、大分川水系、[[大野川]]水系、[[菊池川]]水系、白川水系など、九州北部の河川は大小問わず全て氾濫し、[[堤防]]決壊や[[橋梁]]・道路流失などを招き、これ以前より営々と行われてきた[[治水]]事業は水泡に帰した。以下では、各県における被害状況を詳述する。 === 熊本県 === 最も被害が大きかったのは熊本県である。降り始めからの雨量は[[鹿本郡]][[山鹿町]]（山鹿市）で、この豪雨では最大の1,455.3mmを記録したほか<ref name="28nenn_97"/>、[[阿蘇郡]][[小国町 (熊本県)|小国町]]宮原で1,002.6mm、阿蘇郡黒川村（阿蘇市）で888.4mmを記録するなど、過去最悪の豪雨災害となった。この豪雨で熊本市・[[玉名市]]・菊池郡・阿蘇郡など県北部を中心に甚大な被害が発生している。県内の被害の特徴としては、後述する阿蘇山の[[火山灰]]を原因とする[[土砂災害]]や、家屋被害において床下浸水を上回る床上浸水の多さが挙げられる。 なお、当時の被災状況については、後に熊本県が県政ニュースとして映像を残しており、[http://www.kagakueizo.org/create/other/5583/ こちら（ただし凄惨な場面が含まれているので閲覧注意）]で視聴可能である。 {|align="center" class="wikitable" style="text-align:center;font-size:small" |+<strong style="font-size:middle">熊本県被害集計表</strong><ref name="suigai"/><ref name="sisan"/> |- !死者 !行方不明者 !負傷者 !全壊家屋数 !流失家屋数 !半壊家屋数 !床上浸水 !床下浸水 !推定被害額<br>（1953年換算） !推定被害額<br>（2004年換算） !備考 |- |align="right"|339 |align="right"|198 |align="right"|558 |align="right"|1,009 |align="right"|850 |align="right"|10,412 |align="right"|49,038 |align="right"|39,607 |align="right"|850億円 |align="right"|5992億円 | |} ==== 白川大水害 ==== [[file:Shirakawa-river from shin-yotsugi-bridge 1.jpg|200px|thumb|[[白川 (熊本県)|白川]]に架かる[[代継橋]]。白川大水害と直後の豪雨で二度流失した。写真は[[2005年]]（平成17年）に架け替えられたもの。<!--「新世継橋」は、撮影場所となっている隣の橋の名前。-->]] 県都・熊本市では、市内を流れる白川が氾濫した。白川上流部では、阿蘇郡黒川村で5日間の雨量が888.4mmを記録するなど、阿蘇地域一帯で猛烈な豪雨となった。白川水系流域面積の80%を占める阿蘇地域は、阿蘇熔岩を主体とする岩盤の上に「ヨナ」と呼ばれる火山灰を多く含む土壌が堆積していた。 [[鹿児島県]][[大隅半島]]の[[シラス台地]]と同様に、豪雨が降ると容易に崩壊する土壌であったため、阿蘇地域は[[1952年]]（昭和27年）に[[特殊土壌地帯災害防除及び振興臨時措置法]]（特土法）の規定する特殊土壌地帯<ref group="注">「しばしば台風の来襲を受け、雨量が極めて多く、かつ[[シラス (地質)|シラス]]等特殊な火山噴出物等の特殊土壌に覆われているために、災害が発生しやすく農業生産力が低い」地帯を指す。九州南部や[[中国地方]]・[[愛媛県]]・[[高知県]]などが指定されている。</ref>に指定されていた<ref>[http://www.maff.go.jp/j/nousin/tiiki/tokudo/index.html 農林水産省『特殊土壌地帯対策』] 2010年8月29日閲覧</ref>。こうした土壌が堆積していた阿蘇地域で、[[4月27日]]に[[阿蘇山]]が噴火して大量の火山灰が堆積、そこに大量の豪雨が降り注いだことで、大量の火山灰や「ヨナ」が土石流となって、広大な白川上流域から[[黒川 (熊本県)|黒川]]合流点より下流の河川勾配が急な[[峡谷]]を一挙に下り、下流の熊本市内に流入した<ref group="注">このように噴火に伴う火山灰が土石流となる現象を、専門的には[[ラハール]]と呼び、フィリピンの[[ピナトゥボ山]]噴火後にも見られている。</ref>。さらに熊本市内の白川は[[天井川]]となっていて、[[熊本市役所]]庁舎をはじめ、熊本市中心部は白川の水面よりも低い位置に存在していた<ref name="shirakawa">[http://www.qsr.mlit.go.jp/tateno/damujigyo/shirakawa-aramashi.html#_02 国土交通省九州地方整備局立野ダム工事事務所『白川の水害』] 2010年8月28日閲覧</ref>。こうした複合的な要因が、熊本市内の被害を増幅させる結果をもたらした。 熊本市では、京町や健軍といった高台を除く全市の70%が浸水し、熊本市中心部では平均で水深が2.5-3.0mに達した<ref name="shirakawa"/>。また白川の橋梁は17箇所市内に架けられていたが、[[国道3号]][[長六橋]]と[[大甲橋]]を除いて残らず流失し、上流・中流部でも七障子橋・代宮橋・赤瀬橋以外はことごとく流失した<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』別図44</ref>。特に子飼橋では、至近距離にあった避難所で避難していた住民約40名が橋もろとも白川に流され、死亡した<ref name="suigai"/>。 熊本市内は噴火した阿蘇山の火山灰が混ざった大量の泥や「ヨナ」で市街地などが埋まり、その総量は実に600万[[トン]]にも及び、[[熊本城]]の堀の一部を廃土で埋めることになった<ref name="kumamoto">{{PDFlink|[http://cyber.pref.kumamoto.jp/bousai/content/upload/p6_3_11%E4%B8%80%E8%88%AC%E7%81%BD%E5%AE%B3%E3%80%80%E7%AC%AC%EF%BC%91%E7%AB%A0%E7%AC%AC%EF%BC%93%E7%AF%80%E3%80%80.pdf 熊本県『熊本県の災害要因と被災状況』PDF]}}2010年8月28日閲覧</ref>。また養老院が倒壊して52名が一度に圧死する<ref name="『筑後川五十年史』p.148">『筑後川五十年史』p.148</ref> など、土砂災害による要因が死者を増加させている。 熊本市の被害額は約173億円（現在の金額で約1219億円<ref name="sisan"/>）にもおよぶ壊滅的被害となった<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』別表1</ref>。また上流の阿蘇郡[[長陽村]]（[[南阿蘇村]]）などでも、土石流によって家屋や道路、鉄道への被害が大きく孤立した村落も発生、白川上流部のいわゆる「南郷谷」と呼ばれる阿蘇山[[カルデラ]]南部では、土石流によって運ばれた巨大な岩石が一帯を覆い尽くし、死者・行方不明者が66名を数えた<ref name="binran"/>。熊本県では、この白川流域で甚大な被害をもたらした今回の水害を、特に'''白川大水害'''または'''6.26水害'''と呼ぶ<ref name="kumamoto"/>。 なお白川では、この水害の半月後、7月16日から17日にかけても集中豪雨があり、仮橋を架けたばかりの[[国道266号]][[代継橋]]や明午橋、白川橋、泰平橋が再び流失したほか、床上・床下浸水の被害を受けている。またこの水害を契機に建築された白川沿いの住宅が、その後の白川治水事業を困難にする要因ともなった<ref>[http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/river/seibi/seikei/honbun/index.htm 国土交通省河川局『白川水系河川整備基本計画　治水と利水の歴史』PDF] 2010年8月29日閲覧</ref>。 ==== 菊池・小国 ==== 菊池川流域では、山鹿の1,455.3mmをはじめ、菊池郡菊池村立門（[[菊池市]]）で830.2mm、菊池郡[[隈府町]]（菊池市）で599.4mmなど、猛烈な雨が流域を襲った。特に山鹿では、6月25日に1日雨量としても最大となる528mmを記録したほか、26日には418.5mm、27日には282mmという猛烈な雨となっている。このため、菊池川本流や支流の迫間川、合志川などが氾濫、菊池川の水位は最大で9mにも達した<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』pp.97-107</ref>。 玉名市、菊池村、隈府町、山鹿町などが浸水被害を受け、菊池川流域では死者7名、全半壊家屋572棟、浸水家屋1万5335棟に上った<ref>[http://www.qsr.mlit.go.jp/kikuti/html/bousai03.html 国土交通省九州地方整備局菊池川河川事務所『主な洪水の記録』] 2010年8月29日閲覧</ref>。 筑後川上流部の熊本県流域でも猛烈な豪雨が降ったことにより、筑後川（杖立川）の水位が、6月26日10時に[[九州電力]]杖立取水堰地点で警戒水位を7m以上上回る12.50mに達した。これにより、川沿いにある[[杖立温泉]]では、全ての連絡手段が不通となり孤立、旅館などが流失・損壊するなど大きな被害となった<ref>『筑後川五十年史』p.134,p.148</ref>。 === 福岡県 === 熊本県に次いで被害が大きかったのは福岡県である。特に[[筑紫平野]]（筑後川・矢部川流域）、北九州（門司・小倉）、福岡市内の被害が深刻であった。福岡県では人的被害もさることながら、家屋への被害が他県に比べて群を抜いている。 {|align="center" class="wikitable" style="text-align:center;font-size:small" |+<strong style="font-size:middle">福岡県被害集計表</strong><ref name="suigai"/><ref name="sisan"/> |- !死者 !行方不明者 !負傷者 !全壊家屋数 !流失家屋数 !半壊家屋数 !床上浸水 !床下浸水 !推定被害額<br>（1953年換算） !推定被害額<br>（2004年換算） !備考 |- |align="right"|259 |align="right"|27 |align="right"|1,402 |align="right"|1,321 |align="right"|829 |align="right"|12,116 |align="right"|92,532 |align="right"|119,127 |align="right"|793億円 |align="right"|5590億円 | |} ==== 筑後川流域 ==== [[Image:Yoake dam.JPG|200px|thumb|豪雨による洪水で両岸が決壊した[[夜明ダム]]（[[筑後川]]）。写真は復旧後の現在のもの。手前側と奥の発電所取水口部分が崩落した。]] [[file:Kurume komorino bridge.jpg|thumb|200px|小森野橋。筑後川の洪水で流失。その後架け替えられた。]] [[File:Harazuru-onsen, Asakura in 1953.JPG|thumb|200px|福岡県朝倉郡[[原鶴温泉]]。]] 筑後川では、上流部の大分県[[日田郡]][[上津江村]]（[[日田市]]上津江町）上野田にある[[建設省]]<ref group="注">現在の国土交通省。</ref> の観測所で5日間の総降水量が1,148.5mmに達したのを始め、熊本県阿蘇郡小国町宮原で1,002.6mm・時間雨量90.2mm、小国町小国で994.6mmなど[[本流]]（[[大山川]]）流域で平均900mm、[[支流]]の[[玖珠川]]流域で平均700-800mmの豪雨が降り注いだ。このため筑後川の水位は、6月25日22時に治水基準点である[[久留米市]]瀬の下観測所で[[警戒水位]]の5.14mを超え、以後一時間毎に60cm上昇。[[日田市]]では[[計画高水位]]<ref group="注">治水計画で定められた限界の河川水位。現在の[[氾濫危険水位]]を上回る水位であり、これを超えると洪水の危険が極めて高くなる。</ref> を6月26日14時の時点で過去最悪の水位を突破した。[[6月26日]]以降、筑後川の水位は8mから9mの水位まで上昇し、[[堤防]]天端すれすれの状態が[[6月27日]]まで続き、警戒水位を下回る平常の水位に戻ったのは、[[7月2日]]以降になってからであった<ref>『筑後川五十年史』pp.126-131</ref>。 本流および支流・玖珠川の膨大な濁流は、日田郡夜明村（日田市）から[[浮羽郡]][[浮羽町]]（[[うきは市]]）・[[朝倉郡]][[杷木町]]（[[朝倉市]]）間の夜明峡谷に集まり、一挙に筑紫平野に流入した。この地点には、当時九州電力が[[電力会社管理ダム|水力発電専用ダム]]である[[夜明ダム]]を建設中であったが、濁流は夜明ダム堤体に激突。九州電力は[[水門]]を全開して濁流からダムを守ろうとしたが、濁流はダム両岸をえぐるように流れ、25日夜半から翌26日午前中にダムは左岸の発電所取水口と右岸の[[国道386号]]から決壊、ダム本体に据付けられた水門も3門吹き飛んだ。その後濁流は、[[1674年]]（[[延宝]]2年）に建設された大石堰に激突し、ここで堤防を決壊させ、浮羽町役場を始め、町内全てを水没させた。 堤防を決壊させた濁流は浮羽郡各所に流入、支流の[[巨瀬川]]の洪水と合流し巨瀬川の堤防を決壊させ、さらに[[吉井町 (福岡県)|吉井町]]・船越村・江南村（うきは市）の筑後川堤防も相次いで決壊した。[[田主丸町]]（久留米市）では[[橋梁]]がことごとく流失、町内は水深1m以上の浸水となった。[[原鶴温泉]]街も完全に水没し筑後川南岸は一面が[[海]]のようになったと伝えられている。筑後川北岸の朝倉郡でも[[甘木市|甘木町]]<ref group="注">[[昭和の大合併]]で市制を施行し[[甘木市]]となり、[[平成の大合併]]で[[朝倉市]]になる。</ref>・蜷城村・[[朝倉町|朝倉村]]・大福村（朝倉市）で堤防決壊が多発してほぼ全ての地域が浸水。[[三井郡]]では、小郡町（[[小郡市]]）などを除き完全に外部との交通が遮断され、数日間陸の孤島と化した<ref>『筑後川五十年史』pp.137-142</ref>。 久留米市では、東櫛原町など数箇所で堤防が決壊し、東・西・北の三方向から一挙に市内に濁流が流れ込んだ。東櫛原町の堤防では、決壊の一時間前より堤防上を洪水が越流し始めたが、その様子はあたかも[[滝]]のようであった。決壊した堤防から流出した水は久留米市内に押し寄せ、[[日本国有鉄道|国鉄]]<ref group="注">現在の[[九州旅客鉄道|JR九州]]。</ref>[[久留米駅]]、[[久留米大学病院|久留米大学医学部附属病院]]など久留米市中心部をことごとく水没させ、市内の80%が浸水した。水位は市内中心部の明治通りにある旭屋デパート（後の[[久留米井筒屋]]）前で約1m、最も深い場所では約3mに達した<ref>『筑後川五十年史』pp.142-144</ref>。道路も[[国道3号]]久留米大橋、[[国道264号]][[豆津橋]]をはじめ、小森野橋、宮ノ陣橋、両筑橋、恵蘇宿橋、原鶴大橋が流失または損壊し、国道3号は佐賀県[[三養基郡|三養基（みやき）郡]]鳥栖町（[[鳥栖市]]）と久留米間が完全に不通となった<ref name="28nenn_291">『昭和28年西日本水害調査報告書』p291</ref>。 筑後川流域における被害は、死者147人を出した<ref group="注">福岡・佐賀・大分3県における総数である。</ref> のを始め、堤防決壊・崩落84箇所、[[護岸]]崩壊38箇所、道路損壊1,889箇所、橋梁流失948箇所などに及び、家屋の被害も下表に示す通りとなった。被災者数は54万4060人に及び、被害総額は約32億8700万円（現在の金額で約231億7000万円<ref name="sisan"/>）にも上った<ref>『筑後川五十年史』p.137</ref>。浸水した区域は筑紫平野のほぼ全域であり、東は夜明ダム直下、西は佐賀市の嘉瀬川堤防、南は矢部川堤防、北は[[筑紫野市]]の[[宝満川]]流域にまで及び、さながら[[有明海]]が内陸山沿いまで[[海域]]を拡大したかの様相を呈した<ref>[http://www.qsr.mlit.go.jp/chikugo/manabu_siraberu/07-history/kouzui/index3.html 国土交通省九州地方整備局筑後川河川事務所『筑後川流域の浸水面積』] 2010年8月28日閲覧</ref>。[[1890年]]（明治22年）の洪水、[[1921年]]（大正10年）の洪水と並んで、この水害は「'''筑後川三大洪水'''」とも呼ばれている。 {|align="center" class="wikitable" style="text-align:center;font-size:small" |+<strong style="font-size:middle">福岡県内における筑後川流域市郡の被害状況</strong><ref>『筑後川五十年史』pp.135-136</ref> |- !市郡名 !死者 !行方<br>不明者 !負傷者 !全壊<br>家屋数 !流失<br>家屋数 !半壊<br>家屋数 !床上<br>浸水 !床下<br>浸水 !道路<br>損壊 !橋梁<br>損壊 !被災者数 |- |[[久留米市]] |align="right"|5 |align="right"|0 |align="right"|274 |align="right"|336 |align="right"|409 |align="right"|2,380 |align="right"|4,880 |align="right"|9,284 |align="right"|10 |align="right"|6 |align="right"|82,351 |- |[[浮羽郡]] |align="right"|7 |align="right"|0 |align="right"|965 |align="right"|213 |align="right"|162 |align="right"|206 |align="right"|3,748 |align="right"|2,752 |align="right"|11 |align="right"|81 |align="right"|42,405 |- |[[朝倉郡]] |align="right"|15 |align="right"|4 |align="right"|669 |align="right"|133 |align="right"|91 |align="right"|861 |align="right"|1,349 |align="right"|1,998 |align="right"|41 |align="right"|74 |align="right"|24,883 |- |[[三井郡]] |align="right"|8 |align="right"|0 |align="right"|1,094 |align="right"|384 |align="right"|47 |align="right"|812 |align="right"|6,717 |align="right"|1,190 |align="right"|285 |align="right"|86 |align="right"|55,737 |- |[[三潴郡]] |align="right"|2 |align="right"|0 |align="right"|1,104 |align="right"|29 |align="right"|0 |align="right"|122 |align="right"|16,675 |align="right"|3,925 |align="right"|249 |align="right"|183 |align="right"|124,132 |} ==== 矢部川流域 ==== 矢部川流域でも上流部を中心に豪雨が降り、[[八女郡]][[矢部村]]（[[八女市]]）で5日間に934.2mmの総降水量を観測したのを始め、[[黒木町]]（八女市）で609.5mm、[[星野村]]（八女市）で667.8mm、辺春村（八女市）で666mm、福島町（八女市）で613.6mm、[[柳川市]]で496.2mmなど流域は降り始めからの平均が700mm近くに達した<ref>『筑後川五十年史』p.652</ref>。このため、矢部川本流は、[[国道209号]]船小屋橋の道路が冠水するほどの水位となったほか、支流の[[星野川]]、笠原川、辺春川などが軒並み氾濫し、各所でがけ崩れや橋梁、家屋、田畑の流失を招いた。特に橋梁については、支流の田代川と鹿子生川で全ての橋梁が流失したほか、黒木町で合流する笠原川でも、最上流部の大年橋・振々橋・左手上橋以外はことごとく流失している。また矢部川本流についても、特に支流との合流点付近にある橋梁が流失している<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.318および別図25</ref>。 こうした濁流は福島町や羽犬塚町（[[筑後市]]）、[[三潴郡|三潴（みずま）郡]]に押し寄せ、甚大な被害を与えた。特に[[山門郡|山門（やまと）郡]][[瀬高町]]（[[みやま市]]）では全町が水没、三潴郡や柳川市といった下流部では、筑後川の支流である[[花宗川]]の濁流と矢部川の濁流が合流して大川町（[[大川市]]）や柳川市に流入、被害をさらに拡大させた。三潴郡内では、筑後川・矢部川の洪水が合流したことで、郡内にある家屋の98%が浸水するなど被害は凄まじく、「全郡水没」状態となった<ref name="yabe">[http://www.qsr.mlit.go.jp/chikugo/manabu_siraberu/07-history/yabe_kouzui/index.html 国土交通省九州地方整備局筑後川河川事務所『矢部川の洪水の歴史』] 2010年8月28日閲覧</ref>。死者は2人であったが、ほぼ全郡が床上・床下浸水の被害を受け、被災者数は12万4132名にも上った<ref>『筑後川五十年史』pp.144-145</ref>。矢部川流域全体では、死者29人、床上浸水10,138棟、床下浸水15,896棟に及んだ<ref name="yabe"/>。 ==== 北九州・筑豊 ==== [[file:Kokuraizutsuya.jpg|thumb|200px|[[北九州市]][[小倉北区]]中心部の[[井筒屋]]小倉本店。[[紫川]]の氾濫により腰の高さまで浸水した。]] [[File:Showa coal mine, Chikuho in 1953.jpg|thumb|200px|坑内が冠水し、操業不能となった[[筑豊炭田]]昭和炭鉱]] [[File:Usa, Kokura in 1953.JPG|thumb|200px|福岡県小倉市宇佐町]] [[北九州市]]は当時[[門司市]]（[[門司区]]）、[[小倉市]]（[[小倉北区]]・[[小倉南区]]）、[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]（[[八幡東区]]・[[八幡西区]]）などに分かれていたが、ほぼ全域で豪雨が降り注いだ。降り始めからの雨量は門司で646.1mm、小倉で544mm、八幡で501mmなどの記録的な豪雨となった<ref name="suigai"/>。特に小倉市では、本水害において最大となる時間雨量101mmを記録する猛烈な雨を記録した<ref name="moji"/>。[[筑豊地方]]でも、[[田川郡]][[添田町]]で687.4mm、英彦山で632.8mm、[[直方市]]で571.2mm、飯塚市で534.8mmとなり<ref name="28nenn_37">『昭和28年西日本水害調査報告書』p.37</ref>、この地域を流れる遠賀川水系、紫川水系、今川水系などが氾濫した。 特に被害が顕著だったのは門司市街地である。降水量646.1mmを記録する豪雨は現在[[新関門トンネル]]が通過している[[戸の上山]]を始めとした風師・戸の上山系へと降り注ぎ、[[がけ崩れ|山腹崩壊]]という形で、門司市街や[[門司港]]周辺へと土石流やがけ崩れとなって押し寄せた。その崩落箇所は600箇所にも及び、北九州地域における豪雨死者の大半を出す結果になった<ref name="suigai"/>。隣接する小倉市街地では、紫川や[[板櫃川]]など中小河川の氾濫によって市内の広範囲が浸水、市内の80%が浸水し井筒屋小倉本店前でも、腰まで水に浸かる水位となった。紫川流域は、上流部は現在の[[ます渕ダム]]付近および[[日田彦山線]][[呼野駅]]付近から、下流は河口に至るまでほぼ全て浸水した<ref name="kita">[http://www.city.kitakyushu.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=7366 北九州市ホームページ『昭和28年の北九州大水害』] 2010年8月28日閲覧</ref>。門司・小倉・八幡3市における被害の合計は死者183名、全壊家屋3,812棟、浸水家屋7万9123棟に及び、現在に至るまで過去最悪の豪雨被害となった<ref name="suigai"/>。北九州市では今回の水害を、特に'''北九州大水害'''と呼んでいる<ref name="kita"/>。 また遠賀川水系でも、遠賀川本流や支流の彦山川・[[福地川 (福岡県)|福地川]]・犬鳴川などが氾濫し、流域の飯塚市や[[田川市]]、田川郡などで浸水被害を及ぼした。遠賀川は[[遠賀郡]]植木町（直方市）で堤防決壊を起こし、下流の農地や人家を水没させた。上流部の田川地方では、当時多くの[[炭鉱]]があり、[[ボタ山]]も多数存在したが、豪雨によるボタ山崩壊で、大量の[[ボタ]]が遠賀川やその支流に流入、河床（川底）の上昇を来たして堤防決壊や越流を助長した<ref name="suigai"/>。遠賀川流域では、堤防決壊・損壊138か所、橋梁11か所が流失し、9か所が損壊している<ref name="28nenn_37"/>。豊前地域でも河川の氾濫による被害が多く、[[京都郡|京都（みやこ）郡]]では今川や[[祓川 (福岡県)|祓（はらい）川]]などの氾濫で堤防が決壊。[[築上郡]]では[[山国川]]を始め、城井川や佐井川の氾濫で死者1名、負傷者274名、全壊家屋2棟、半壊家屋10棟、床上浸水306棟、床下浸水1,810棟という大きな被害を受けている<ref>『日本の多目的ダム　補助編　1990年版』p.546</ref>。 ==== 福岡市 ==== 九州地方最大の都市である福岡市でも、豪雨被害は深刻であった。市内では[[6月4日]] - [[6月7日]]に掛けても総雨量300mmを超える豪雨を記録しており、これに追い討ちを掛けるように、5日間で621.4mmの猛烈な豪雨が降り注いだ。このため[[那珂川 (九州)|那珂川]]や[[御笠川]]、[[室見川]]、[[樋井川]]、十郎川、須恵川など、市内を流れる中小河川がことごとく氾濫。福岡市内の大部分が浸水した<ref name="suigai"/>。 浸水範囲は、福岡市最大の[[繁華街]]である[[中洲]]や[[天神 (福岡市)|天神]]を始め、現在の福岡市[[中央区 (福岡市)|中央区]]渡辺通・警固・薬院・大濠、[[早良区]]城西町など福岡市中心部のほとんどであり、警固地区ではがけ崩れによる土砂災害も発生した。隣接する[[糟屋郡]]でも、[[多々良川]]水系が全て氾濫、多々良川本流や支流の猪野川、久原川、長谷川など各所で、堤防決壊や堤防がない場所での洪水流入で、浸水被害や農地流失が相次いだ<ref name="suigai"/>。[[糸島郡]][[前原市|前原町]]（[[糸島市]]）でも、町内を流れる瑞梅寺川の氾濫で、町内の大部分が浸水している<ref>『日本の多目的ダム　補助編　1990年版』p.534</ref>。 福岡市内では、全壊家屋11棟、半壊家屋59棟、床上浸水5,735棟、床下浸水2万1900棟の大きな被害を受けており、人口密集地を中心に被害が集中していることから、被災者数も11万3789名と多数に上った<ref name="suigai"/>。 === 佐賀県 === [[File:1953 flood victim monument at side of Kase River in Nabeshima, Saga.jpg|thumb|200px|嘉瀬川の破堤拡大を防ぐ土嚢積みの陣頭指揮で殉職した鍋島村蛎久区長石丸久光の顕彰碑]] [[File:Flood monument at Homangu and houses in Sakaihigashi-machi, Tosu.jpg|thumb|200px|鳥栖市酒井東町の水害復旧記念碑。宝満川支流秋光川が氾濫し、碑上部の線まで達した]] 佐賀県では、[[神埼郡]][[三瀬村 (佐賀県)|三瀬村]]（佐賀市）で711.4mm、鳥栖町（鳥栖市）で665.2mm、神埼郡[[神埼町]]（[[神埼市]]）で633.7mm、佐賀市で587.1mmなどとなった<ref name="50nennsi_126">『筑後川五十年史』p.126</ref>。これにより、嘉瀬川・松浦川など[[背振山地]]を水源とする河川が軒並み氾濫したほか、筑後川の洪水が支流に逆流することで、堤防決壊などの被害が拡大した。 {|align="center" class="wikitable" style="text-align:center;font-size:small" |+<strong style="font-size:middle">佐賀県被害集計表</strong><ref name="suigai"/><ref name="sisan"/> |- !死者 !行方不明者 !負傷者 !全壊家屋数 !流失家屋数 !半壊家屋数 !床上浸水 !床下浸水 !推定被害額<br>（1953年換算） !推定被害額<br>（2004年換算） !備考 |- |align="right"|59 |align="right"|3 |align="right"|337 |align="right"|319 |align="right"|108 |align="right"|4,425 |align="right"|37,895 |align="right"|38,053 |align="right"|249億円 |align="right"|1755億円 | |} 逆流した筑後川の洪水は、支流の上流から流れ来る洪水と衝突して堤防を越流、6月26日に鳥栖町を流れる大木川の堤防が決壊した。その後宝満川に逆流した筑後川の濁流が宝満川支流の安良川に逆流、築堤以来300年にわたり流域を水害から守った[[成富茂安]]の千栗（ちりく）堤防を決壊させ、三養基郡[[北茂安町|北茂安村]]（[[みやき町]]）を水没させた。筑後川の濁流はそのまま南西へと押し寄せ、三養基郡や神埼郡をことごとく呑み込んだ。特に被害が甚大だったのは神埼郡[[三田川町|三田川村]]（[[吉野ヶ里町]]）で、筑後川支流の田手川と城原（じょうばる）川が決壊したが、上流から流れ来る大量の土砂が流域の家屋や田畑を一挙に押し流した。 この濁流はさらに蓮池町（佐賀市）に流れ込み、筑後川の逆流した洪水と合流して西へ押し寄せ、[[佐賀郡]][[諸富町|東川副村]]（佐賀市）を経て、遂に佐賀市内に流入した。そして佐賀郡[[川副町|南川副町]]（[[川副町]]）に達して海岸堤防でせき止められた<ref name="50nennsi_145">『筑後川五十年史』pp.145-146</ref>。 また嘉瀬川は天井川で河床が佐賀平野よりも高く、かつ複雑な流路だったことから、鍋島村（佐賀市）で堤防が決壊、濁流は佐賀市内に流入したが、同時に東より筑後川本流や田手川・城原川の濁流が押し寄せ、両者が佐賀市近辺で合流することにより、浸水被害を倍化させた。 最終的に、有明海の海岸堤防を人工的に破壊するなどして濁流を排水することにより、浸水は収束したが、水が完全に引くまで1か月以上掛かった地域もあった<ref name="50nennsi_145"/>。[[唐津市]]を流れる松浦川でも。源流部である[[天山 (佐賀県)|天山]]山麓で豪雨となり、特に支流の[[厳木川|厳木（きゅうらぎ）川]]が氾濫して、浸水被害が多発している<ref name="suigai"/>。 === 大分県 === 大分県でも、降り始めからの総雨量が、日田郡上津江村（日田市）で1,148.5mmという猛烈な豪雨を記録したのをはじめ、[[玖珠郡]]森町（[[玖珠町]]）で835.5mm<ref name="50nennsi_126"/>、由布院町（由布市）で818mm、[[長湯温泉]]で738.4mm、[[竹田市]]で718.9mm、大分市で713.3mm、日田市で705.6mm<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.130,p.137</ref> と[[筑後川]]上流・[[大分川]]上流・[[大野川]]上流域で記録的な豪雨をもたらした。このため、大分県内においても、被害は著しいものになった。 {|align="center" class="wikitable" style="text-align:center;font-size:small" |+<strong style="font-size:middle">大分県被害集計表</strong><ref name="suigai"/><ref name="sisan"/> |- !死者 !行方不明者 !負傷者 !全壊家屋数 !流失家屋数 !半壊家屋数 !床上浸水 !床下浸水 !推定被害額<br>（1953年換算） !推定被害額<br>（2004年換算） !備考 |- |align="right"|55 |align="right"|13 |align="right"|239 |align="right"|333 |align="right"|653 |align="right"|1,435 |align="right"|6,179 |align="right"|18,513 |align="right"|178億円 |align="right"|1255億円 | |} 大分市では、市内を流れる大分川が氾濫。堤防が各所で決壊し市内に濁流が押し寄せた。[[国道197号]]の[[舞鶴橋 (大分市)|舞鶴橋]]も流失し、市内だけで9,317棟が浸水、大分市街地もほとんど浸水した。特に舞鶴橋右岸の大分市津留（今津留・東津留）地区が、橋梁流失による県道の寸断で交通が完全に寸断され、500世帯が孤立した。またこの地区には[[大分県立大分商業高等学校]]など[[高等学校]]2校、[[中学校]]1校があり、通学にも影響を与え、仮の橋を大分川に架けることにより、大分市内への交通がようやく再開した<ref name="suigai"/>。 大分川流域だけで被害は死者・行方不明者84名、負傷者524名、家屋流失1,008棟、家屋全半壊2,998棟、床上浸水8,165棟、床下浸水30,417棟に上った<ref>{{PDFlink|[http://www.qsr.mlit.go.jp/oita/kasen-seibi/h18.10/honbun.pdf 国土交通省河川局『大分川水系河川整備計画』PDF]}} p.11。2010年8月28日閲覧</ref><ref group="注">警察庁発表とは、死者・行方不明者数などで数値の食い違いが生じている。</ref>。大野川流域でも、特に竹田市を流れる支流の[[玉来川]]と[[稲葉川]]、また大野川下流や平井川でも堤防決壊や浸水の被害が続発し、県南部の[[祖母山]]や[[傾山]]でも山腹の崩落が多発している<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.137</ref>。 また日田市・日田郡・玖珠郡では、筑後川本流と支流の[[玖珠川]]が氾濫、濁流は日田市内へ流れ込み、市内の通りを激流となって押し寄せ、筑後川（[[三隈川]]）に架かる銭淵橋が吹き飛ばされたのをはじめ、完成したばかりである[[国道210号]]三隈大橋以外の全てが流失・破壊された<ref name="28nenn_291"/>。日田市は日田盆地にあるが、この地は筑後川と[[玖珠川]]・[[花月川]]が一斉に合流する土地で、かつ下流に夜明峡谷があるため、河水の流下能力が乏しく、洪水の際には峡谷が[[ダム]]化して行き場を失った河水が上流の日田市内へと逆流。このため市内は洪水が「貯水」された格好になり、全市が平均1-2mの深さで浸水した。これに輪をかけて三隈大橋に上流から流れ来る大量の流木がせき止められてダム化し、浸水被害に拍車をかけた。玖珠川合流点より上流部の筑後川（大山川）流域や玖珠川上流部でも、水位が軒並み10mを超え、河道が変わるほどの濁流となり、農地や家屋の流失が深刻であった<ref>『筑後川五十年史』pp.146-147</ref>。玖珠川では、川に架かる18の橋梁中11橋梁が流失した<ref name="28nenn_291"/>。これにより国道210号、[[国道212号]]、[[国道386号]]および[[久大本線]]（後述）は完全に不通、通信線や[[送電線]]も寸断されたことで、日田市や玖珠郡は一時完全に孤立した。日田市では死者17名、被災者数3万7000人に及んだ<ref>{{Cite news |url = http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/display/3994/ |newspaper = 西日本新聞 |title = 昭和28年水害 / ワードBOX |accessdate = 2010年8月28日 |date = 2006-06-21 |archiveurl = https://web.archive.org/web/20100826084249/http://nishinippon.co.jp/wordbox/display/3994/ |archivedate = 2010年8月26日 |deadlinkdate = 2017年10月 }}</ref>。 === インフラ被害 === この水害では、道路や橋梁のほか、[[鉄道]]・[[港湾]]・[[水力発電]]所といった[[インフラストラクチャー]]への被害も深刻であった。特に鉄道の被害は甚大であり、北部九州の[[鉄道網]]は完全に麻痺し、一時は本州との連絡が途絶している。福岡県内や大分県内では7月上旬から8月上旬、熊本県内では8月上旬まで[[ダイヤグラム|ダイヤ]]が大幅に乱れた。 また、九州北部および[[山口県]]にある港湾施設にも大きな被害が生じている。水力発電所も、土石流や浸水によって発電が停止するなど大打撃を受けた。道路・橋梁被害は各県の被害状況に先述しているので、以下は鉄道・港湾・発電所といったインフラストラクチャーに対する被害について詳述する。 ==== 鉄道 ==== :[[関門トンネル (山陽本線)|関門鉄道トンネル]]水没についての詳細は「[[関門トンネル (山陽本線)#西日本水害による水没事故]]」を参照 [[file:1953 West Japan flood infiltration of Kammon railway tunnel.jpg|200px|thumb|[[関門トンネル (山陽本線)|関門鉄道トンネル]][[門司駅]]口。両脇の防護壁上より大量の濁流が[[滝]]のようにトンネル内に流入した<ref name="28nenn_471">『昭和28年西日本水害調査報告書』p.471</ref>。]] [[File:Near Moji station, after the flood.JPG|thumb|200px|土台が流出し浮き上がった線路（門司駅）。]] [[日本国有鉄道|国鉄]]は、北部九州の各路線が甚大な被害を受けている。[[鹿児島本線]]は遠賀川の堤防決壊によって[[遠賀川駅]]周辺が完全に水没したほか、[[肥前旭駅]]と[[鳥栖駅]]間が筑後川の洪水で1.7m浸水<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.393</ref>。さらに、矢部川橋梁が流失し線路が宙づりになるなど<ref name="28nenn_410">『昭和28年西日本水害調査報告書』p.410</ref> 数か所にわたり不通となった。さらに[[関門トンネル (山陽本線)|関門鉄道トンネル]]が、門司市内の豪雨により氾濫した大川や田畑川の洪水が、6月28日午前11時頃よりトンネル内に流入し、完全に水没<ref name="28nenn_471"/>。本州・九州間の連絡は完全に途絶し、旅客は[[下関駅]]で立ち往生したり、海路九州に向かわなければならなかった。復旧作業は矢部川橋梁の復旧に時間を費やしたものの、[[7月4日]]には福岡県内の路線が復旧するが<ref name="28nenn_410"/>、関門鉄道トンネルについては備品の[[ポンプ]]が故障するなど難航した。このため国鉄は、日本各地の支店よりポンプを集めたほか、[[新潟県]]の[[信濃川]]工事事務所など各地の建設省工事事務所、[[三井鉱山]]<ref group="注">現在の[[日本コークス工業]]。</ref>、[[宇部興産]]、さらにはアメリカ軍の協力により66台の大型ポンプを使用し、[[7月14日]]に下り線で単線開通させたのを皮切りに[[7月21日]]までには平常運転に戻すことができた<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』pp.484-486</ref>。 このほか福岡県内では[[筑豊本線]]の[[筑前垣生駅]]と[[筑前植木駅]]間、および[[芦屋線]]が遠賀川の洪水により駅舎・線路が浸水し、[[7月8日]]まで不通となり<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.393,p.407</ref>、日田彦山線では、[[南小倉駅]]と[[城野駅 (JR九州)|城野駅]]間が紫川の氾濫で水没し[[小倉駅 (福岡県)|小倉駅]]も浸水した<ref name="kita"/>。[[矢部線]]では星野川橋梁が流失し不通となった<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.318および図44</ref>。 [[久大本線]]はこの水害における被害が最も深刻で、全線が壊滅的な打撃を受けた。福岡県内では筑後川の洪水によりほぼ全線が浸水。大分県内では夜明ダム右岸決壊に伴い線路も同時に流失したほか、玖珠川沿いの[[豊後三芳駅]] - [[豊後中川駅]]間に架かる第1玖珠川橋梁と[[九酔峡]]下流に位置する[[引治駅]] - [[豊後中村駅]]間の鳴子川橋梁が完全に流失、[[天ヶ瀬駅]] - [[北山田駅 (大分県)|北山田駅]]間の第8・第9・第10玖珠川橋梁も損壊した。大分川流域では[[南由布駅]] - [[湯平駅]]間の第6由布川橋梁が流失し第4・第5由布川橋梁が損壊。さらに[[向之原駅]] - [[賀来駅]]間でも大分川の増水で線路が冠水し、各所で寸断された。このため復旧に時間を費やし完全に復旧するのは、1か月以上経過した[[8月8日]]になってからであった。[[日豊本線]]も各所で浸水などの被害が生じ、復旧は[[7月2日]]まで掛かった<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』pp.400-401</ref>。 [[長崎本線]]では、[[佐賀駅]]と[[鍋島駅]]間で冠水により6月30日まで不通。[[佐世保線]]は[[大町駅 (佐賀県)|大町駅]]と[[武雄温泉駅]]間で六角川の河水が逆流して線路が冠水、34時間にわたって不通となった。[[唐津線]]や[[筑肥線]]では松浦川の洪水で[[山本駅 (佐賀県)|山本駅]]を中心に1.5m浸水し、7月1日まで不通。そして[[松浦鉄道西九州線|松浦線]]では[[今福駅]]と[[調川駅]]、今福駅と[[浦ノ崎駅]]間でそれぞれ大規模な地滑りが発生し、九州各地の被害路線では最も遅い[[8月9日]]になってようやく復旧に至った<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.394,pp.405-406</ref>。熊本県内では[[豊肥本線]]の[[水前寺駅]]と[[竜田口駅]]間<ref group="注">当時、[[東海学園前駅]]は存在しなかった。</ref> に架かる第2白川橋梁が流失、[[南阿蘇鉄道高森線|高森線]]では[[立野駅 (熊本県)|立野駅]]と[[長陽駅]]間にある戸下トンネルががけ崩れで埋没し、それぞれ[[8月6日]]、[[8月4日]]まで復旧がずれ込んだ。この間長陽方面は、道路損壊もあって完全に孤立した状態に陥っている<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』pp.403-404,p.407</ref>。 [[私鉄]]では[[西日本鉄道]][[西鉄天神大牟田線|大牟田線]]の筑後川橋梁が、上流から流れ来る大量の流木や濁流によって、流失までは至らなかったものの大きく[[蛇行]]するように曲がり不通となったほか、[[西鉄甘木線|甘木線]]が宮の陣橋の損壊により不通となった<ref>『筑後川五十年史』p.143</ref>。また熊本市内では、[[熊本市交通局#熊本市電|熊本市電]]が白川の氾濫による大量の火山灰を含む濁流で[[熊本市電春竹線]]が代継橋もろとも流失するなど全線が被害を受けたほか<ref>[http://www.kotsu-kumamoto.jp/Content/asp/fixed/comm.asp?PageID=34 熊本市交通局『交通局の沿革』] 2010年8月29日閲覧</ref>、[[熊本電気鉄道]]では菊池川橋梁が流失するなどの被害を受けている<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.478</ref>。 なお、この水害の直前に[[小説家]]で[[鉄道旅行]]が趣味であった[[内田百間|内田百{{CP932フォント|閒}}]]は、九州を鉄道で旅行中だったが、水害で関門鉄道トンネルが水没する直前に九州を脱出した。この模様は後に『[[阿房列車#第二阿房列車|雷九州阿房列車]]』として執筆・発刊されたが、本書には友人からの手紙による白川大水害の状況が記されているほか、九州各地の鉄道が水害によって不通になって行く様子も記されている。 ==== 港湾 ==== 港湾の被害は、大別すると、港湾内に上流からの土砂が堆積する被害と、港湾施設自体の被害があったが、今回の水害では圧倒的に土砂流入による港湾埋没被害が多発した。 特に福岡県内では、大規模な土砂崩れが多発した旧門司市内の[[門司港]]をはじめ、矢部川の洪水による[[大牟田港]]、福岡市内の河川の洪水による[[博多港]]の被害が深刻であった。 このほか佐賀県では[[唐津港]]や[[呼子港]]、長崎県では[[長崎港]]、[[佐世保港]]および[[五島列島]]の各港湾、大分県では[[大分港]]や[[臼杵港]]、山口県では[[下関港]]や[[宇部港]]、[[小野田港]]といった港湾が被害を受けている。 港湾被害額は福岡県が最大であり当時の額として約3億3800万円、佐賀県が約1億675万円、長崎県が約8411万円、大分県が約6447万円、山口県が約5976万円、熊本県が約2208万円などとなっている<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』pp.535-537</ref>。 ==== 水力発電所 ==== [[file:Onagohata power station.JPG|thumb|200px|女子畑発電所（[[玖珠川]]）。当時は筑後川最大級の水力発電所であったが水害による被害が大きかった。]] この水害では、九州北部の主要な河川がことごとく氾濫した。特に上流部では大量の降雨によって記録的な豪雨となり、土石流などを含め多大な被害を被っている。山間部に建設される水力発電所についても大きな被害を受けた。 発電所を管理していたのは主に九州電力であるが、当時の九州電力は[[1951年]]（昭和26年）に[[ポツダム政令]]に基づく[[日本発送電#電気事業再編成令|電気事業再編成令]]で[[日本発送電]]が9[[電力会社]]に[[企業分割|分割]]・[[民営化]]され、日本発送電九州支店と[[九州配電]]を統合する形で発足したばかりであった。このため経営基盤は脆弱（ぜいじゃく）であり、水害に伴う被害は発足したばかりの会社にとって大打撃となった。水力発電施設の被害額は当時の額で約5億3820万円（現在の金額で約37億9400万円<ref name="sisan"/>）に上る<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.556</ref>。また、[[1937年]]（昭和12年）から[[1938年]]（昭和13年）に[[阪神タイガース]]の前身である大阪タイガースで[[外野手]]として活躍し、当時は九州電力小倉支店変電課社員として勤務していた[[玉井栄]]が、この災害において[[感電]]死している<ref>[http://www.jttk.zaq.ne.jp/genmatsu/list/tamais.html 玉井栄（げんまつＷＥＢタイガース歴史研究室のHP）]</ref>。 最も被害が大きかったのは、一般への被害も顕著であった筑後川水系と白川水系である。 筑後川水系では、中流部に建設中だった夜明ダムが濁流により両岸より決壊し、発電所施設や[[放流 (ダム)|放流]]用[[水門|ゲート]]も流失したことは先に述べた通りであるが、支流の玖珠川流域にある水力発電所群も大きな被害を受けている。最上流部にある町田第一発電所では、取水元である[[アースダム]]の地蔵原ダムが堤体より越流し、あわや決壊事故となる状態であったほか、[[水力発電#沈砂池|沈砂池]]が濁流に含まれる岩石により破壊された。また当時筑後川水系最大の水力発電所であった女子畑発電所では、取水[[堰]]が損傷したほか、沈砂池や導水路が濁流により破壊・流失し、湯山発電所でも、取水堰の一部が40mにわたって破損した。これにより、玖珠川流域の全水力発電所は6月26日から運転不能に陥り、復旧に日時を要した。 白川水系ではさらに発電所施設への損害が大きく、阿蘇山の火山灰を含む大量の土石流により、黒川第一・第二・第三および白川第一発電所が甚大な被害を受けた。黒川第一発電所では取水堰の余水吐きが完全に破壊され、発電所建屋内部にまで土石流が侵入し[[発電用水車]]などが被害を受けた。黒川第二発電所では取水口が破壊。黒川第三発電所では取水堰が半壊し、発電所建屋内部も損壊した。白川第一発電所も取水堰の一部が損壊している<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』pp.566-562</ref>。 このほか嘉瀬川水系では、川上川第一・第二・第五発電所が、沈砂池のごみ流入防止用スクリーンに大量の流木や土砂が閉塞して6月26日以降運転不能となったほか、大分川・大野川水系でも、発電所の損害で6月26日以降発電ができない状態に陥った。菊池川水系でも、本流にある菊池川第一から第五までの発電所が、やはり取水口や放水口の土砂閉塞による被害を受けている<ref>『昭和28年西日本水害調査報告書』p.557</ref>。 == 被災者の実態 == [[File:Surviving girl at Shirakizaki, Moji 1953 (2).JPG|thumb|250px|土砂崩れの下から救出された少女（福岡県門司市白木崎）]] [[File:Hinashiro, Asakura 1953.JPG|thumb|200px|被災した小学校の跡地（福岡県朝倉郡蜷城村）。]] [[1947年]]（昭和22年）の[[カスリーン台風]]や[[1948年]]（昭和23年）の[[アイオン台風]]に匹敵する被害をもたらしたこの水害に対する政府の動きであるが、被災地は[[電話線]]が寸断され[[電話]]による通話が困難であり、災害状況は[[無線]]または[[電報]]を通じ、建設省九州[[地方建設局]]から建設省近畿地方建設局を経由して建設省本省へと現地の情報が送られた<ref>『筑後川五十年史』p.687</ref>。 建設省から現地の被害が重大なものであると報告を得た当時の[[第5次吉田内閣]]は、直ちに[[大野伴睦]][[国務大臣]]を本部長とする「西日本水害総合対策本部」を福岡市の[[福岡県庁]]に設置、[[緒方竹虎]][[副総理]]、[[戸塚九一郎]][[建設大臣]]、[[山県勝見]][[厚生大臣]]、[[保利茂]][[農林大臣]]などの[[閣僚]]を現地に派遣したほか、発足したばかりの[[保安隊]]に[[災害派遣]]を命令、駐留[[アメリカ軍]]にも救援を依頼して救助活動や救援活動を行った<ref name="『筑後川五十年史』p.148"/>。この水害の後、政府は福岡・佐賀・熊本の被災者2,000名を対象に[[7月30日]]から[[8月7日]]までの間、「西日本水害に関する世論調査」を行った。水害における被災者の行動や被害実態、救助活動や支援活動に関する被災者の実態を調査する内容であったが、被災直後における被災者の実態や考えを垣間見ることができる。 まず水害を何で知ったかという質問であるが、回答者の55.4パーセント（以下「%」で記す）が「突然やってきた」と答えており、この水害が予測の付かなかったものであると認識していた。「自らの経験で予測できた」と答えた被災者が19.7%と次に多く、[[ラジオ]]などで知ったと答えたのは19.1%と少なかった。一方その後の水害情報の入手元についてはラジオが55.7%と最も多く、[[新聞]]が38.1%と続いており、予報よりもその後の被災情報にラジオ・新聞といった報道を活用していた。因みに[[デマ]]が飛ぶということはほとんどなかったようである。 被災後の食糧・物資に関してであるが、食糧調達については「自分で凌いだ」・「他人の援助を受けた」という答えが最も多く、拮抗していた。被災者は何らかの方法で食糧を確保していたようだが、「食事がなかった」と答える被災者が18%いた一方で「困らなかった」と答える被災者も18.5%おり、被災地によって状況が分かれている。しかし飲料水については食糧に比べ困窮する割合が高く、全体の44%が雨水や他人から水をもらうことで何とか凌いでいた。災害後の物価に関しての質問では[[野菜]]類や[[米]]、[[麦]]の価格が高くなっていると答えた被災者が多く、道路・鉄道といった陸路が洪水による寸断によって、発生した交通麻痺や水害による農地流失が影響していることが考えられる。 政府の救援対策については「十分」24.9%、「不十分」21.7%、「よくわからない」45.8%と被災者の意識は様々であった。被災者間で最も評価されたのは食糧の無料配給で39.2%が評価している。食糧配給については1日目 - 2日目に行われたと回答した被災者が50.3%に上り、被災直後より比較的速やかな食糧配給が行われたことも評価につながっている。また救援物資について37.9%の被災者が[[毛布]]・寝具、衣料が最も役立ったと答えた。保安隊による災害派遣については、65.1%の被災者が「有難かった」・「役立った」と答えており、肯定的な意見が多かった。そして今後政府に求める被災対策としては、被災した商工業者に対する[[融資]]などの[[金融]]支援や[[税]]金の減免措置を求める声が多く、生活再建に対する被災者の不安がにじみ出ている。 なお、この水害は防ぐことができたかという質問に対し、被災者の38.4%が「天災だから防ぎようがない」と答えており、「護岸整備や治水で防ぐことができた」と答えた26.1%を上回っている。<ref>以上は [http://www8.cao.go.jp/survey/s28/S28-08-28-04.html 内閣府政府広報室『西日本水害に関する世論調査』] 2010年8月28日閲覧</ref>。 == 対策 == [[file:Tateno Bridge.jpg|200px|thumb|[[南阿蘇鉄道高森線]]立野橋梁（中央）の奥にある[[立野ダム]]（[[白川 (熊本県)|白川]]）建設予定地<ref name="shirakawa2">[http://www.qsr.mlit.go.jp/kumamoto/river/seibi/seikei/honbun/index.htm 国土交通省河川局『白川水系河川整備計画　河川整備の実施内容』PDF] 2010年8月29日閲覧</ref>。]] [[file:Hachinosujyo.JPG|200px|thumb|[[松原ダム|松原]]・[[下筌ダム]]建設反対運動である[[蜂の巣城紛争]]の中心、蜂の巣城の跡地（画面右側）。]] この水害は、過去営々と積み上げてきた治水事業を根本から覆す災害であった。1953年は水害の当たり年であり、7月には[[紀州大水害]]（[[7月17日]] - [[7月18日|18日]]、死者・行方不明者1,046名）、8月には「[[集中豪雨]]」という言葉が初めて使用された南山城豪雨（[[8月14日]] - [[8月15日|15日]]、死者105名）<ref>[http://www.bioweather.net/column/weather/contents/mame053.htm バイオウェザーサービス『お天気豆知識・集中豪雨』] 2010年8月28日閲覧</ref>、そして9月には[[淀川]]や[[由良川]]に過去最悪の洪水をもたらした[[昭和28年台風第13号|台風13号]]が襲い死者・行方不明者478名と、毎月のように日本各地で大水害が発生した。このため1953年の水害総被害額は、昭和28年度の一般会計予算1兆172億円<ref>[http://www.mof.go.jp/zaimu/30nenn/main/010501.htm 財務省財務局『国の予算と財務局予算の推移』] 2010年8月28日閲覧</ref> に比してほぼ半額に当たる約5941億円となり、2004年時点物価に換算した実質水害被害額に直すと、およそ3兆2401億円に達し、水害被害額としては、戦前戦後を通じて昭和時代最悪となった。また実質水害被害額を実質[[国民所得]]で割った被害率で見ても10.17%と、1948年に次ぐ高い数値になった<ref>『河川便覧　2004』p.54</ref> 。戦後の日本は[[台風]]や豪雨による甚大な人的被害を伴う水害が毎年頻発していたが、その原因は森林の乱伐と治水対策の不備であった。 [[内閣 (日本)|内閣]][[経済安定本部]]は、水害の続発による被害額の増大が日本経済の復興に影響を及ぼすことに懸念を抱いていた。そこで[[テネシー川流域開発公社]] (TVA) 方式で治水を行い、併せて農地[[灌漑]]や[[水力発電]]を組み合わせることで河川開発を行い、日本経済の復興に資するとした[[河川総合開発事業]]を、日本各地の河川で企画していた。一方河川行政を司る[[建設省]]は[[北上川]]、[[江合川]]・[[鳴瀬川]]、[[利根川]]、[[木曽川]]、淀川、[[吉野川]]と筑後川の主要8河川でダムを中心とした治水計画である「河川改訂改修計画」を[[1949年]]（昭和24年）に立案しており、同年に「筑後川改訂改修計画」が立案されていたが今回の水害を機に再検討が行われた。そして河川総合開発事業と組み合わせて治水と利水を同時に行える[[多目的ダム]]を建設する方針に切り替え、併せて大規模な河川改修を行うこととした。また福岡・大分両県も多目的ダムの建設に乗り出した。 筑後川水系では、1949年の筑後川改訂改修計画において、筑後川支流の玖珠川と津江川に[[治水ダム]]を建設する計画を立てていたが<ref>『筑後川改訂改修計画』pp.4-6</ref>、水害を受けて[[1957年]]（昭和32年）に「[[筑後川#筑後川水系治水基本計画|筑後川水系治水基本計画]]」を発表。上流部では筑後川本流、玖珠川、津江川、城原川に多目的ダムを建設し[[洪水調節]]を行うほか、中流部には堰と[[放水路]]、下流では大規模な堤防決壊を起こした久留米市東櫛原の大規模堤防建設、そして流域全体の堤防修繕や支流への洪水逆流を防ぐための[[水門]]建設などを柱とした大規模治水事業を計画した<ref>『筑後川五十年史』pp.558-565</ref>。この結果建設されたのが[[松原ダム]]（筑後川）と[[下筌ダム|下筌（しもうけ）ダム]]（津江川）、島内可動堰（筑後川）、大石・原鶴・千年分水路、そして久留米市東櫛原大規模引堤事業である。福岡県も支流の改修を進め、広川防災ダム（広川）、山神ダム（山口川）や藤波ダム（巨瀬川）を完成させた。さらに水資源需要の増大もあり、総合開発計画として[[筑後大堰]]（筑後川）や[[寺内ダム]]（佐田川）、[[大山ダム]]（[[赤石川 (大分県)|赤石川]]）が建設され、[[江川ダム|小石原川ダム]]（小石原川）が施工中である。 矢部川水系では、本流に[[日向神ダム|日向神（ひゅうがみ）ダム]]が福岡県最大級の多目的ダムとして建設され、遠賀川水系では、北九州特定地域総合開発計画の一環として[[力丸ダム]]（八木山川）が建設されたのを皮切りに、[[陣屋ダム]]（中元寺川）や[[犬鳴ダム]]（犬鳴川）そして遠賀川河口堰（遠賀川）が建設されたほか、遠賀川本流の堤防整備が強化された。大分川水系では支流の[[芹川 (竹田市)|芹川]]に[[芹川ダム (大分県)|芹川ダム]]が建設され、[[七瀬川 (大分県)|七瀬川]]に[[大分川ダム]]が施工中。 菊池川水系では、支流の迫間川に[[竜門ダム]]が建設された。熊本市に致命的な被害をもたらした白川では、熊本市内を中心とした河川改修を進める傍ら、白川・黒川合流点直下流の白川本流に洪水調節専用の[[治水ダム#穴あきダム|穴あきダム]]である[[立野ダム]]<ref group="注">熊本市の[[上水道]]は、阿蘇からの豊富な[[地下水]]で賄われているため、他水系と異なり多目的ダムを造る必要性はない。</ref> を施工して、阿蘇外輪山より来る洪水を貯水するほか、支流黒川に内牧[[遊水池]]など8か所の遊水池群の整備を進め、2か所が完成している<ref name="shirakawa2"/>。 松浦川水系では、最大の被害をもたらした厳木川に厳木ダムが、嘉瀬川では佐賀県最大規模の[[嘉瀬川ダム]]が本流にそれぞれ完成している。このほか中小河川の改修やダム建設が、那珂川水系や多々良川水系、御笠川水系、今川水系などで進められている。下の画像は水害を機に建設されたダムの一部である。 {{Gallery |file:Matsubara-2798-r1.JPG|[[松原ダム]]（[[筑後川]]） |File:Shimouke-2797-r1.JPG|[[下筌ダム]]（津江川） |File:Hyugami-2410-r1.JPG|[[日向神ダム]]（[[矢部川]]） |File:Serikawa-2752-r1.JPG|[[芹川ダム (大分県)|芹川ダム]]（[[芹川 (竹田市)|芹川]]） }} こうした治水事業の整備により、これらの河川では複数県をまたぐ広範囲の浸水被害や、堤防決壊による多数の家屋・橋梁・鉄道流失を伴うような大規模水害は、60年近く発生しなかった。河川事業の整備は洪水の危険性を減らしたが、反面ダム事業では、松原・下筌ダム建設に端を発する12年にわたる反対運動・[[蜂の巣城紛争]]に見られる治水対策の遂行による住民の新たな犠牲というものも生じたほか、[[公共事業]]に対する風当たりの強さにより、玖珠川の猪牟田（ししむた）ダム<ref>『日本の多目的ダム　直轄編　1990年版』pp.408-409</ref><ref group="注">高さ120m、[[ダム#諸元|総貯水容量]]3850万m³の[[ロックフィルダム]]として計画されたが、建設予定地点の地質が予想外に劣悪でありこれを克服できず中止された。</ref>、大野川本流の大野川ダムと支流平井川の矢田ダム<ref>『日本の多目的ダム　直轄編　1990年版』pp.406-407</ref><ref group="注">大野川ダムは詳細不明、矢田ダムは高さ56m、総貯水容量5700万万m³の[[重力式コンクリートダム]]として計画されたが、水需要の低下などを理由に中止された。</ref> が[[中止したダム事業|中止]]され、七瀬川の大分川ダムと小石原川の小石原川ダム、城原川の[[城原川ダム]]、そして白川の立野ダムは[[民主党 (日本 1998-2016)|民主党]]政権の[[前原誠司]][[国土交通大臣]]（当時）が進めたダム事業継続の再検証により事業が凍結<ref>{{PDFlink|[http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/yosan/gaiyou/yosan/h22/h22damjigyo.pdf 国土交通省河川局河川計画課『新たな基準に沿った検証の対象とするダム事業を選定する考え方について』PDF]}} 2010年8月28日閲覧</ref>、大分川・小石原川・立野の3ダムはその後事業が再開されたものの、城原川ダムは凍結状態が続いている<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/HHyou.cgi?hh=Kensyou 財団法人日本ダム協会『ダム便覧』　国交省検証ダム一覧] 2013年10月23日閲覧</ref>。 治水事業が停滞する中、[[2009年]]（平成21年）にはこの災害の降水量に匹敵する集中豪雨、[[平成21年7月中国・九州北部豪雨]]が発生した。昭和28年西日本水害のような大河川での大規模な堤防決壊などは起きなかったが、ダムではカバーし辛い都市・中小河川での水害や土石流やがけ崩れにより、多数の死者を出す惨事をもたらした<ref>{{PDFlink|[http://www.mlit.go.jp/common/000051190.pdf 国土交通省『平成21年7月中国・九州北部豪雨による被害状況等について（第10報）』PDF]}} 2010年8月28日閲覧</ref>。さらに[[2012年]]（平成24年）7月には'''[[平成24年7月九州北部豪雨]]'''が発生。阿蘇市で本水害に匹敵する降水量を記録したほか、本水害とほぼ同じ地域で集中豪雨が発生し筑後川流域が広範囲に浸水したのを始め、矢部川では堤防が決壊、白川では熊本市内が浸水し山国川では過去最悪の洪水量を記録するなど、多くの死者を伴う大きな被害が発生。本水害以来となる、複数県に跨る広範囲かつ堤防決壊を伴う河川の氾濫を招いた<ref>[http://wrs.search.yahoo.co.jp/FOR=VSpVF6FV3ij2SCZ6iojW4kbOOKxpqBUKUcFZWdjVS_ans1C7kfP4jCGKT9po0Eqt8o5TZPO5f3j6SD_5mQN663ajHPA_PXQ94k6HCEpayEho3xzaQFSVEOib4ArqlnY8hThJ_hpG5oDYvJT955lAftnsXPvi9zBGf2nJjDoyJtCTeWBRAHXFfqRPG34W.d_5wKZ4vCwr7kRop8A7Mi1Bo.AhlqUWKIP6bHConI1JPEXzlPsdNoV5ED77b2U0xd3_2dae1dcEzJ5WClShDQ899MMZzbis0w--/_ylt=A8vY8osc9w9QJAEBHrCDTwx.;_ylu=X3oDMTEydWNzcjg0BHBvcwMzBHNlYwNzcgRzbGsDdGl0bGUEdnRpZANqcDAwMDg-/SIG=16nnbel2m/EXP=1343324380/**http%3A//www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/new/jyun_sokuji20120711-0714.pdf%23search=%27%E5%B9%B3%E6%88%9024%E5%B9%B47%E6%9C%88%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E5%8C%97%E9%83%A8%E8%B1%AA%E9%9B%A8%27 気象庁『平成24年7月九州北部豪雨』2012年7月15日] 2012年7月25日閲覧。</ref>。九州北部の大河川における治水事業は、本水害以降最大の課題を突きつけられている。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} === 注釈 === {{Reflist|group="注"}} === 出典 === {{Reflist|3}} == 参考文献 == *[[気象庁]][http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/1953/19530623/19530623.html 『災害をもたらした気象事例』梅雨前線 昭和28年(1953年)6月23日〜6月30日] *[[北九州市]][http://www.city.kitakyushu.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=7366 『昭和28年の北九州大水害』] *[[熊本県]]{{PDFlink|[http://cyber.pref.kumamoto.jp/bousai/content/upload/p6_3_11%E4%B8%80%E8%88%AC%E7%81%BD%E5%AE%B3%E3%80%80%E7%AC%AC%EF%BC%91%E7%AB%A0%E7%AC%AC%EF%BC%93%E7%AF%80%E3%80%80.pdf 『熊本県の災害要因と被災状況』]}} *[[熊本市交通局]][http://www.kotsu-kumamoto.jp/Content/asp/fixed/comm.asp?PageID=34 『交通局の沿革』] *[[建設省]]九州地方建設局筑後川工事事務所『筑後川五十年史』、[[1976年]]。 *建設省[[河川局]]監修・[[財団法人]][[ダム技術センター]]編『日本の多目的ダム　直轄編　1990年版』[[山海堂]]、[[1990年]] *建設省河川局監修・財団法人ダム技術センター編『日本の多目的ダム　補助編　1990年版』山海堂、1990年 *建設省治水調査会『筑後川改訂改修計画』、[[1949年]] *[[国土交通省]]{{PDFlink|[http://www.mlit.go.jp/common/000051190.pdf 『平成21年7月中国・九州北部豪雨による被害状況等について（第10報）』] }} 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*[[阪神大水害]] *[[平成21年7月中国・九州北部豪雨]] - [[平成24年7月九州北部豪雨]] - [[平成29年7月九州北部豪雨]] *[[平成30年7月豪雨]] {{Featured article}} {{DEFAULTSORT:にしにほんすいかい1953}} [[Category:日本の洪水]] [[Category:1953年の日本における災害]] [[Category:福岡県の歴史]] [[Category:佐賀県の歴史]] [[Category:熊本県の歴史]] [[Category:大分県の歴史]] [[Category:筑後川水系]] [[Category:矢部川水系]] [[Category:遠賀川水系]] [[Category:白川水系]] [[Category:菊池川水系]] [[Category:大分川水系]] [[Category:1953年6月]]

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