「木更津市」の版間の差分

提供: miniwiki
移動先:案内検索
(1版 をインポートしました)
(内容を「サムネイル '''木更津市'''(きさらづし) 千葉県中西部,東京湾にのぞみ,小櫃川三...」で置換)
(タグ: Replaced)
 
1行目: 1行目:
{{日本の市
+
[[ファイル:東京湾アクアライン.jpg|サムネイル]]
|画像 = Tokyo Aqua line bridge.jpg
+
'''木更津市'''(きさらづし)
|画像の説明 = 海ほたるPAから木更津市街を臨む
 
|市旗 = [[ファイル:Flag of Kisarazu, Chiba.svg|125px]]
 
|市旗の説明 = 木更津[[市町村旗|市旗]]
 
|市章 = [[ファイル:千葉県木更津市市章.svg|75px]]
 
|市章の説明 = 木更津[[市町村章|市章]]<br />1947年12月22日制定
 
|自治体名 = 木更津市
 
|都道府県 = 千葉県
 
|コード = 12206-8
 
|隣接自治体=[[市原市]]、[[袖ケ浦市]]、[[君津市]]<br/>(以下、海上を隔てて隣接)<br />[[神奈川県]][[川崎市]]
 
|木 = [[ツバキ]]
 
|花 = [[サツキ]]
 
|シンボル名 =
 
|鳥など =
 
|郵便番号 = 292-8501
 
|所在地 = 木更津市富士見一丁目2番1号<br /><small>{{ウィキ座標度分秒|35|22|33.5|N|139|55|0.6|E|region:JP}}</small>
 
|外部リンク = [http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市]
 
|位置画像 = {{基礎自治体位置図|12|206|FileName=File:Kisarazu in Chiba Prefecture Ja.svg}}
 
|特記事項 =
 
}}
 
'''木更津市'''(きさらづし)は、[[千葉県]]中西部にある[[市]]である。[[君津市]]への通勤率は11.5%(平成22年国勢調査)。
 
  
== 概要 ==
+
[[千葉県]]中西部,東京湾にのぞみ,[[小櫃川]]三角州に位置する市。 1942年木更津町と岩根,清川,波岡 (なみおか) の3村が合体して市制。 54年鎌足 (かまたり) 村,55年金田 (かねた) ,中郷 (なかごう) の2村および 71年富来田 (ふくた) 町を編入。弥生時代の遺跡と古墳が多く,なかでも[[上総金鈴塚古墳]]は有名で,出土品のうち 300点以上が重要文化財に指定されている。近世には年貢米輸送の港町として繁栄した。明治以降は地方商業町,漁港にすぎなかったが,1930年代後半に海軍航空基地が設けられて活気を取戻した。基地跡は現在,陸上自衛隊の駐屯地。
[[File:Center of Kisarazu.JPG|thumb|230px|木更津市街地]]
 
[[東京湾]]に面し[[房総半島]]中部の[[上総国|上総地方]]に位置する。[[中心市街地]]は旧木更津町の範囲に相当する木更津地区に形成されており、木更津地区には[[市役所]]や木更津警察署、木更津消防本部、木更津図書館などの公共施設、および市の中心駅である[[木更津駅]]や重要港湾の[[木更津港]]が存在する。市の玄関口に該当する木更津駅前および木更津港を中心に商店街を形成するが、バブル崩壊による経済構造の変化に伴い駅前商店街は活性から衰退傾向に転化する。その代わりに1990年代以降、東京湾アクアラインに代表される高速道路網の整備により、主要交通機関が鉄道とフェリーから自動車へと変化し、[[館山自動車道]]や[[東京湾アクアライン|東京湾アクアライン連絡道]]に接続する[[国道16号]]沿いに郊外型の[[店舗]]が集中する。
 
  
== 地理 ==
+
60年代後半に入って,南部の埋立て地に鉄鋼コンビナートが進出し,[[京葉工業地域]]が拡大するに従って,住宅地の開発が進んだ。内陸部では米作や果樹・苗木栽培,酪農が行われる。港湾も拡張整備され,神奈川県川崎市とは東京湾アクアラインで結ばれる。 JR内房線から久留里線を分岐,国道 16号線から国道 127号線,409号線を分岐する交通の要所。市内に童謡で有名な証誠寺の狸塚がある。面積 138.95km<sup>2</sup>。人口 13万4141(2015)。
[[房総半島]]の中西部、東京湾岸(内房)に面しており、[[都道府県庁所在地|県庁所在地]]である[[千葉市]]から南西約30kmに位置する。[[都心|東京都心]]から南東に30 - 40kmに位置しており、[[東京圏]]の範囲に含まれる。ただし、東京都心と木更津市との間に東京湾を挟むため、移動距離はこれよりも長くなる。東京湾北側を周回した場合の移動距離は70 - 80km程度であり、東京湾アクアラインを利用した場合は45km程度である。<ref>『木更津市史』頁10「第一節地理」より</ref><ref>『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1013「立地」より</ref><ref>距離情報はGoogle Earth(Ver4.0.1565)のルーラー機能を用いて概算を求める</ref>
 
  
市域は東西に長く広がっており、市の東部は[[山地]]、西部は平地と地形の性質が異なる。市中西部(木更津地区、清川地区)は東京湾に面しており、東京湾へ流れ込む複数の河川により[[沖積平野]]が形成する。また、東京湾臨海地区は木更津港南岸から君津市、富津市に掛けて工業用[[埋立地]]となっている。市北部(岩根地区、金田地区、中郷地区)では泥層を主とする田園地帯が広がり、木更津駅から千葉方面に向かって走る列車の車窓からは[[ハス|ハス田]]が確認できる。市南部(波岡地区、鎌足地区)を中心に[[洪積台地]]が形成され、[[住宅地]]として整備されている。特に鎌足地区では[[かずさアカデミアパーク]]構想における研究開発拠点としての整備が行われている。市東部(富来田地区)は、小櫃川流域では田園地帯を形成し、房総半島内陸部の特徴として見られる房総丘陵の[[森林|山林]]が広がっている。
+
{{テンプレート:20180815sk}}
 
 
市の主な[[河川]]として、県内では利根川に次いで2番目に長く総延長88kmの小櫃川がある。小櫃川は君津市、袖ケ浦市、木更津市の3市を貫流し、市内では東部から北部にかけて流れ下り東京湾へと注いでいる。また、小櫃川河口付近では1,400ha程の[[盤洲干潟]]が形成されている。市内には特に高い山が無く、最も高い場所でも [[標高]]200m程度である。
 
{{wide image|Kisarazu Panorama 080102.jpg|1960px|木更津市街地([[太田山公園]]から)|500px|right}}
 
 
 
; 市域<ref>市域の延長は木更津市公式ホームページ「市のプロフィール」より</ref>
 
* 東西:21.98km
 
* 南北:14.54km
 
; 自然
 
* 海 : [[東京湾]]、[[盤洲干潟]]
 
* 河川 : [[小櫃川]]、[[矢那川]]、烏田川、畑沢川
 
* 湖沼 : [[矢那川|矢那川ダム]]、小櫃堰
 
* 丘陵 : 上総丘陵([[房総丘陵]])
 
 
 
=== 隣接している自治体 ===
 
* 北:[[袖ケ浦市]]
 
* 東:[[市原市]]
 
* 南:[[君津市]]
 
* 西:[[川崎市]]([[神奈川県]])&mdash; 東京湾を挟んで隣接
 
 
 
== 歴史 ==
 
'''木更津'''という地名の由来について、'''如月の津'''が転じて木更津になった、'''木足らず'''が訛り木更津になったと諸説あるが、一般的には[[ヤマトタケル|倭建命]]伝承の一説、'''君不去'''(きみさらず)が元になっているというのが通説である(下記の[[#伝承|'''伝承''']]の項参照)。木更津という地名が使われ始めたのは、最も古い文章で[[1353年]]([[文和]]2年/[[正平 (日本)|正平]]8年)に記された文献で'''木佐良津'''と記されている<ref>[[藻原寺]](茂原市)の文書『仏堂伽藍記』(『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1014より)</ref>。ただし、当時の江戸湾沿岸を代表する港は木更津の北にある高柳(現在の木更津市高柳)や[[富津市|富津]]であったと考えられており、[[1576年]]に江戸湾沿岸の諸港に[[半手]]([[戦国時代 (日本)|戦国期]]に領土を争う両勢力が紛争地の[[租税]]を暫定的に半分ずつにする事)を認めた[[北条氏規]]の[[朱印状]]には内陸化した高柳に代わって江川や葛間(現在の久津間、江川とともに木更津市)の名前はあるものの、木佐良津の名前はないため、当時は租税を取るほどではない小さな漁港に近かったと推測されている。
 
 
 
『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』によると、倭建命が東征の折にこの地方に立ち寄ったと記されており、この事象が元となった地名が随所に見られる。歴史的に考察するとこの地方には倭王権に敵対する勢力が存在していた事を示しているという説がある。事実、[[小櫃川]]流域を中心とする地域には支配階級にあたる豪族([[国造]])が存在していたとされ、それを証明する[[古墳群]]が形成されている。[[奈良時代]]の文献には小櫃川流域一帯(現在の木更津市、袖ケ浦市、君津市の一部に相当)を馬来田国として記されており、この地方を[[馬来田国造]]という豪族が支配していたと記録されている。[[1950年]](昭和25年)市内長須賀の[[金鈴塚古墳]](二子塚古墳)の発掘調査が行われる。この古墳は[[6世紀]]後半頃に造られたものとされ、馬来田国造の一族のものとされる。この古墳からは大刀や銅容器・武具・古墳名称の元となる[[純金]]製の5つの金鈴などが出土されている。
 
 
 
[[1456年]](康正2年)頃[[武田氏|上総武田氏]]の祖である [[武田信長]]が[[守護代|上総守護代]]となり、上総地方進出の足がかりとして[[真里谷城]]を築城する。以降、真里谷城は庁南城 ([[千葉県]][[長生郡]][[長南町]])と並び上総武田氏の居城として繁栄する。武田信長の子孫の内、真里谷城を拠点とするものは真里谷氏を名乗り戦国大名化する。真里谷氏は一族の内紛と[[国府台合戦|第1次国府台合戦]]の末に勢力が衰退し、上総地方の支配者も真里谷氏から[[里見氏]]、[[後北条氏|北条氏]]へと移り変わる。[[1590年]]([[天正]]18年)真里谷城は[[豊臣秀吉]]の[[小田原征伐]]で侵攻された後、廃城になる。現在、真里谷城跡は[[キャンプ場]]([[少年自然の家]])として利用されている。
 
 
 
[[1614年]](慶長19年)[[大坂冬の陣]]に木更津の[[水夫]]24名が[[徳川幕府]]方について戦功を上げる。その水夫の功により幕府は、[[江戸]]-木更津間での渡船営業権や江戸の[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]に「木更津河岸」を拝領地として与える等の特権を与える<ref>『木更津河岸旧記解読』頁18より</ref>。ただし、その根拠とされている現存文書は史実と矛盾する内容が含まれており、今日では[[偽書|偽文書]]と考えられている。もっとも、元和年間([[1615年]])以後に幕府が木更津に[[代官]]を置いた記録は確認できるため、これに近い事実はあったと考えられている。幕府は軍事上の目的から主要河川に[[橋]]を架けることを禁止し陸路には至る所に[[関所]]を設ける政策を採っていたため、この時代の流通手段は水運が主流になる([[河岸]]を参照)この特権により木更津は安房・上総-江戸間との海上輸送を取り扱う流通拠点として急激に発展する。運送には喫水が浅く海川両用の [[五大力船]]が用いられた。木更津から江戸にやってくる五大力船は通称木更津船と呼ばれ、[[歌川広重]]の浮世絵にも描かれている。歌舞伎の演目『[[与話情浮名横櫛]]』は江戸期に木更津で実際に起きた事件がモチーフとなっており、当時の港町木更津の様子を垣間見ることができる。
 
 
 
江戸時代末期の[[1825年]]([[文政]]8年)幕府の[[旗本]]であった[[林忠英]]は3,000石の加増を受けたことにより1万石の[[大名]]として諸侯に列し[[貝淵藩]]を立藩する。[[陣屋]]を[[望陀郡]]貝淵村に設けられるが、2代目藩主の[[林忠旭]]の時代に請西村に移し、以降同藩は[[請西藩]]と称するようになる。請西藩は、最後の藩主である4代目[[林忠崇]]が藩主自ら脱藩し[[戊辰戦争|明治政府の東征]]軍に抵抗したことが[[朝敵]]行為とされ、[[1868年]]([[明治]]元年)幕府方諸侯の中で唯一[[改易]]処分を受ける。
 
 
 
[[明治新政府]]樹立後、1868年(明治元年)改易となった請西藩の替わりに[[滝脇信敏|松平信敏]]が上総国貝淵に移封し1万石で[[桜井藩]]が立藩する。[[1871年]](明治4年)[[廃藩置県]]施行により 8月には桜井藩は廃藩となり[[桜井県]]が設置、11月には桜井県を含む旧[[安房国]]・[[上総国]]に相当する[[木更津県]]が設置される。木更津県設置にあたり県庁が貝淵村に設置される。木更津県が存在したのはわずか2年足らずで、[[1873年]](明治6年)には廃止し、[[印旛県]]と合併し[[千葉県]]となる。[[1878年]](明治11年)制定の[[郡区町村編制法]]に基づき[[望陀郡]]、[[周淮郡]]、[[天羽郡]]の郡役所が設置され、[[1897年]](明治30年)望陀、周淮、天羽の3郡が合併し[[君津郡]]が成立した時に[[君津郡]]役所が設置されており、君津郡地域において木更津市は政治的中心都市であった。[[1973年]](昭和48年)11月に、木更津県県庁所在地のあった桜井藩邸跡に「木更津県史蹟」の石碑が建てられている。
 
 
 
日本国内が[[軍国主義]]にある1930年代、木更津は[[軍都]]として発展する。[[1935年]](昭和10年)当時の [[大日本帝国海軍]]は、帝都防衛を目的に、木更津港北側を埋め立てて航空基地の造成を行った。[[1936年]](昭和11年)3月に木更津飛行場が完成、同年4月1日に[[木更津海軍航空隊]]の開隊式が行われる。[[木更津駐屯地|木更津飛行場]]は太平洋戦争末期に日本初の国産[[ジェット機]]にあたる[[橘花 (航空機)|橘花]]のテスト飛行が行われた場所でもある。[[1941年]](昭和16年)同航空隊の北東、君津郡[[巖根村]]に[[海軍工廠]](第二海軍航空廠)が設置され<ref>ピーク時には工員数が17,000人に達する。</ref>、木更津町および巖根村には工廠で働く工員とその家族が移住したため、急激な人口増加による住宅不足の問題に直面する。2町村では大勢の移住者を受け入れる住居や新しく家を建てる土地も無く、隣接する清川村にも移住者の受け皿としての役割を求めるようになり、木更津町、巖根村、清川村の3自治体を中心に合併協議が進められる。後に協議に加わった波岡村を含める4自治体の人口の合計が当時の市制施行条件である3万人を越すことが人口調査の結果で判明し、[[1942年]](昭和17年)木更津市として [[市制]]を開始した。[[1945年]](昭和20年)[[太平洋戦争]]終結以降は米軍の管理下に置かれ、[[1968年]](昭和48年)より[[陸上自衛隊]]の駐屯地、[[海上自衛隊]]の補給所として利用されている。
 
 
 
[[1961年]](昭和36年)木更津市に隣接する[[君津市]]へ[[新日鐵住金君津製鐵所|君津製鐵所]]の誘致が決定する。その背景には [[1950年]](昭和25年)に公布された[[国土総合開発法]]において千葉県側東京湾沿岸地域の工業地帯化が計画され、農業から工業への転換を図りたい県との思惑が一致し[[京葉工業地域]]の開発が促進されたことによる。製鉄所建設に伴い[[君津郡|君津郡地域]]の東京湾沿岸部で漁業を営んでいた漁家は埋立てによって職を失うことになり、県より漁業補償を受けて漁業権を放棄、転業を余儀なくされた<ref>木更津市では漁業権を放棄する漁業組合が6組合あった。</ref>。漁業組合と漁業権放棄に関する交渉が終了し、木更津港南岸から君津市の臨海部の範囲を埋立てて製鉄所の建設を開始、[[1965年]](昭和40年)に君津製鐵所の操業が本格的に開始する。君津市への製鉄所進出は木更津市にも影響を及ぼし、木更津市内には同社の系列・関連会社が進出しその社員および家族の転勤による移住が顕著になる。また1960年代から70年代後半にかけて区画整理事業として清見台、請西、畑沢など波岡地区を中心に計821haの土地の宅地造成が行われる。それにより、市内の人口が1960年には約6万人であったのが80年代中頃には12万人を突破、およそ20年の期間で人口が2倍にまで膨れ上がる。
 
 
 
[[1983年]](昭和58年)千葉県において千葉新産業三角構想が策定される。木更津市およびその周辺都市(君津、富津、袖ケ浦)は新産業三角構想の基幹プロジェクトの一つである[[かずさアカデミアパーク]]構想において、研究開発拠点の母都市に位置付けられる。研究開発拠点の形成を目標としたかずさアカデミアパーク構想に基づき、国際水準に対応した研究機関が集約する研究都市の整備および各拠点とを結ぶ道路網の構築が進められる。かずさアカデミアパークは上総丘陵に整備されることが決定し、[[1991年]](平成3年)に鎌足地区に第一期区画整備が進められ、[[1994年]](平成6年)には[[デオキシリボ核酸|DNA]]専門の研究所としては世界初となる[[かずさDNA研究所]]が開設する。[[1996年]](平成8年)第一期区画整備で計画されていた278ヘクタールについては基幹整備がほぼ完了し、民間の研究所を中心に立地が進められる<ref>『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』頁211-213 参考</ref>。かずさアカデミアパーク構想および木更津業務核都市構想に基づき、木更津市を業務核都市として他の都市との道路網の整備が行われ、[[1995年]](平成7年)[[館山自動車道]]が[[木更津南インターチェンジ|木更津南IC]]まで開通し、千葉市との間を高速道路で結ばれる。[[1997年]](平成9年)東京都心部および神奈川県とを結ぶ[[東京湾アクアライン]]が完成。[[2007年]](平成19年)館山自動車道が全線開通したことにより、[[富津館山道路]]と直結して[[南房総市]]まで結ばれた。[[2012年]](平成24年)に市制70周年を記念して市のマスコットキャラクター「[[きさポン]]」が誕生しお披露目された<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/kisapon/ きさポンの公式サイト]</ref><ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,0,31,412.html 市制施行70周年(平成24年)]</ref>。[[2013年]](平成25年)[[首都圏中央連絡自動車道|圏央道]]が[[東金ジャンクション|東金JCT]]まで開通して[[千葉東金道路]]と直結し、新産業三角構想の内の「国際物流拠点」を担う[[成田国際空港|成田空港]]([[成田市]])と結ばれるようになった<ref>『千葉県の歴史 別編地誌2 地域誌』頁208-210 「東京湾アクアラインと木更津市」参考</ref>。
 
 
 
=== 年表 ===
 
<!--区分関連は行政区分変遷の項へ-->
 
* [[1871年]](明治4年)[[11月13日]] &mdash; 木更津県が設置され、木更津県の県庁所在地となる
 
* [[1873年]](明治6年)[[6月15日]] &mdash; 木更津県廃止
 
* [[1889年]](明治22年)[[4月1日]] &mdash; 布令により木更津町および9村が発足
 
* [[1912年]](大正元年)[[8月21日]] &mdash; 木更津線(現[[内房線]])が[[姉ケ崎駅]]から[[木更津駅]]まで延伸開業する
 
* [[1912年]](大正元年)[[12月28日]] &mdash; [[木更津駅]]、[[久留里駅]]間を[[軽便鉄道]]が開通する(現[[久留里線]])
 
* [[1920年]](大正9年)[[10月1日]] &mdash; 第1回[[国勢調査]]実施。木更津町の人口は8,551人
 
* [[1924年]](大正13年) &mdash; 児童雑誌『[[金の船]]』12月号にて童謡『証城寺の狸囃子』発表
 
* [[1936年]](昭和11年)[[4月1日]] &mdash; 木更津港北側を埋め立て海軍航空隊を設置
 
* [[1942年]](昭和17年)[[11月3日]] &mdash; 市制開始。全国で197番目、県下で6番目の市となる。当時の人口は33,817人
 
* [[1948年]](昭和23年)[[8月14日]] &mdash; 第1回港まつり開催
 
* [[1965年]](昭和40年)[[4月1日]] &mdash; 木更津港-川崎港および木更津港-横浜港(1972年廃止)をカーフェリー就航
 
* [[1968年]](昭和43年)[[4月17日]] &mdash; 木更津港が港湾法に基づき、[[重要港湾]]に指定される
 
* [[1972年]](昭和47年)-[[木更津市役所]]潮見庁舎完成。供用開始。
 
* [[1975年]](昭和50年)5月 &mdash; 中の島大橋完成
 
* [[1976年]](昭和51年)[[9月10日]] &mdash; 市の人口が10万人を越す。千葉県で9番目の10万人都市となる
 
* [[1992年]](平成4年) &mdash; きみさらづタワー完成
 
* [[1997年]](平成9年)[[12月18日]] &mdash; [[東京湾アクアライン]]開通。それに伴いカーフェリー木更津-川崎航路が廃止する
 
* [[2002年]](平成14年)[[1月]] - [[3月]] &mdash; [[木更津キャッツアイ]]がTBS系列で放送
 
* [[2004年]](平成16年)[[4月28日]] &mdash; [[アクア木更津]]がオープン
 
* [[2009年]](平成21年)[[8月1日]] &mdash; 社会実験として東京湾アクアラインでETC普通車の通行料が800円に
 
* [[2011年]](平成23年)[[4月]] - &mdash; [[鳳神ヤツルギ]]が[[千葉テレビ]]で放送
 
* [[2012年]](平成24年)[[4月13日]] &mdash; [[三井アウトレットパーク 木更津|三井アウトレットパーク木更津]]がオープン([[2014年]][[7月17日]]に、第2期拡張部オープン。(全248店舗))
 
* [[2015年]](平成27年)[[9月24日]] &mdash; 市役所庁舎移転<ref>{{Cite web|url=http://www.city.kisarazu.lg.jp/14,45629,81,405.html|title=9月24日(木曜日)より市役所庁舎が移転しました|publisher=木更津市|accessdate=2015-11-10}}</ref>。駅前庁舎と朝日庁舎に分散される。新庁舎は、[[2020年]]を目処に建設の見込み。
 
 
 
=== 伝承 ===
 
[[千葉県]]には[[倭建命]]と[[源頼朝]]に関連する伝承が多いという特徴が挙げられる。この特徴は木更津市においても同様であり、市内には関連する伝承が今に伝えられている。『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』、『[[風土記]]』の一説において倭建命伝説が扱われており、木更津市は倭建命が [[上総国]]に渡る場面の舞台として記されている。源頼朝伝説は、源頼朝が伊豆で挙兵したものの[[平氏]]との合戦に敗れて[[安房国|安房]]に逃れ、[[房総半島]]の諸勢力の力を得て再起したという歴史的経緯<ref>源頼朝が安房に逃れてから鎌倉に至るまでの経路は定かとされておらず、木更津を通過したか否かは推測の域を出ない。</ref><ref>文献に見られる頼朝の経路として、『[[吾妻鏡]]』によれば安房勝山から[[鴨川市|鴨川]]に出て、[[長狭街道]]を西に花立峠(木之根峠)を越えて上総国入りしたとされ、この経路を辿れば[[富津市]]に出ることになる(『木更津市史』頁1056より)『[[義経記]]』では富津市の地名の後「きさうとの浜(木更津と思われる)」「開発(貝淵と思われる)」と木更津市と関連するだろうと思しき地名が記述されている(『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1014より)</ref>の中から派生したものである。また、童謡[[証城寺の狸囃子]]のモチーフとなった、市内の證誠寺に伝わる『證誠寺の狸伝説』が有名である。
 
 
 
; 倭建命の東征
 
: 倭建命の東国征伐のこと。船で上総国に渡ろうとした時に一行は海上で嵐に襲われる。そして倭建命の妻、[[弟橘姫]]は海に身を投じることで嵐を静めようとする。弟橘姫の祈りが通じたのか嵐が収まり一行は無事に上総国に渡る事ができた。それから倭建命はこの地にしばらく留まり弟橘姫のことを思って歌にした。
 
{{quotation|
 
: ([[和歌]])
 
: 君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき
 
}}
 
:この歌の一節'''君さらず'''が転じて、'''木更津'''という地名となったと伝えられている。
 
: 市には吾妻という地名があるが、倭建命が弟橘姫を偲んで「吾妻はや(我が妻よ)」と言った故事に由来するとされている。市内には[[吾妻神社 (木更津市)|吾妻神社]]という神社が存在し倭建命と弟橘姫が祀られている。またこの地域には吾妻、我妻を姓とする人がおり、これも倭建命伝説に由来しているとされている。
 
; 源頼朝伝説<ref>『木更津市史』頁1056 「木更津における源頼朝伝説」より</ref>
 
: [[石橋山の戦い]]で平家に敗れた源頼朝がこの地方に立ち寄った際に見かけた竹林があまりにも立派だったため、この竹を源氏の旗竿にすることにした。以降この地を旗竿村と呼ぶようになった。伝承では市内の畑沢<ref>市内畑沢の波岡寺境内に埋没していた石碑に「旗竿村」と記されている(『木更津市史』頁147「畑沢集落と旗竿村」より)</ref>という地名はこの旗竿村に由来するとされている。また、草敷という地名についても頼朝が刈草を敷いて休息をとったという言い伝えが元になっている。
 
: 源頼朝が[[鎌倉幕府]]開府にあたり、市内の八剱八幡神社に神領を寄進して社殿を造営したという伝えがある。
 
; [[證誠寺_(木更津市)#證誠寺の狸伝説|證誠寺の狸伝説]]
 
: 市内の[[證誠寺 (木更津市)|證誠寺]]に伝わる伝説で、童謡『[[証城寺の狸囃子]]』はこの伝説を元に作られた。童謡は『''しょ しょしょうじょう寺〜♪''』と軽快なリズムの明るい曲だが、昔話として伝わる狸伝説は「秋の夜に[[和尚]]と何十匹もの[[タヌキ|狸]]が寺の庭で 囃子合戦をした挙句、夜が明けたら調子を取っていた狸の親分が腹を破いて死んでいた」という面白くも悲しい話である。
 
<!-- 以下を證誠寺のページに移動します
 
 
 
話の概要は次の通り。
 
 
 
: ''「ある秋の晩の事、寺の庭が何やら騒がしいので寝ていた住職はふと目を覚まし、外の様子を耳を凝らして聴くとそれがお囃子のように聞こえたという。不思議に思いこっそり庭を覗いてみると、庭の真ん中で大狸が腹を叩いてポンポコと調子を取っており、その大狸を中心に何匹もの[[タヌキ| 狸]]が楽しそうに唄い踊っていたそうな。その様子を見ていた住職もつい楽しくなってしまい、庭に出て一緒に狸たちと踊っていたという。それから毎晩、住職と狸たちは證誠寺の庭で唄い踊っていたのだが、ある日の晩から狸たちは一向に現れず、住職が不思議に思うと翌朝庭を見ると調子を取っていた大狸が腹を破って死んでいた。不憫に思った住職はその大狸を懇ろに弔ったそうな。」''
 
-->
 
 
 
== 人口 ==
 
市制施行された当初はおよそ3万人の[[人口]]であった。市制開始以降は近隣の町村との合併により人口増加を続け、富来田町と合併した時点で人口が86,335人となる。[[1960年代]]に入ると県内では内房地域の市町村を中心に、海岸線を埋め立て工業地として整備し、重化学工業メーカーが多数進出する。木更津市においても関連企業の転勤者およびその家族が転入し人口が著しく増加する。[[1976年]](昭和51年) には人口10万人を突破し県内で9番目の10万人都市となり、[[1985年]](昭和60年)には人口12万人を超えた。[[バブル崩壊]]で人口が減少に転じたが、[[1997年]](平成9年)を底として反転増加傾向を見せている。
 
 
 
{{bar box
 
|title=人口推移(各年10月1日現在)<ref>『木更津市統計書 2016年度版』頁7「7.人口と世帯の推移」よりグラフ化</ref>
 
|titlebar=#DDD
 
|left1=年次
 
|right2=人口 [人]
 
|width=620px
 
|bars=
 
{{bar pixel|1942年(市制開始)|#40AA40|66||33,817}}
 
{{bar pixel|1950年|#40AA40|74||37,901}}
 
{{bar pixel|1955年|#40AA40|102||51,741}}
 
{{bar pixel|1960年|#40AA40|104||52,689}}
 
{{bar pixel|1965年|#40AA40|108||54,928}}
 
{{bar pixel|1970年|#40AA40|146||73,319}}
 
{{bar pixel|1975年|#40AA40|192||96,840}}
 
{{bar pixel|1976年(10万人突破)|#40AA40|200||100,132}}
 
{{bar pixel|1980年|#40AA40|220||110,711}}
 
{{bar pixel|1985年|#40AA40|240||120,201}}
 
{{bar pixel|1990年|#40AA40|246||123,433}}
 
{{bar pixel|1995年|#40AA40|246||123,499}}
 
{{bar pixel|2000年|#40AA40|244||122,768}}
 
{{bar pixel|2005年|#40AA40|246||122,234}}
 
{{bar pixel|2010年|#40AA40|258||129,312}}
 
{{bar pixel|2015年|#40AA40|268||134,141}}
 
}}
 
; 人口構成
 
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減を見ると、3.73%増の134,141人であり、増減率は県下54市町村中3位、60行政区域中4位。
 
<!--
 
グラフの作成 g01.png=100人で換算しています(g50=5,000人)
 
10の位を四捨五入
 
-->
 
 
 
<!-- 同等の人口グラフが添付されたため、割愛
 
年齢5歳階級別
 
<div style="width:50%;float:left">
 
 
 
'''総数 [単位: 人]'''
 
 
 
平成18年6月1日現在
 
 
 
{| style="border-collapase: collapase;"
 
|-
 
|'''年齢'''
 
|'''人口'''
 
|-
 
|100以上
 
|16
 
|-
 
|95-99
 
|[[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 164
 
|-
 
|90-94
 
|[[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 686
 
|-
 
|85-89
 
|[[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 1,595
 
|-
 
|80-84
 
|[[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 2,756
 
|-
 
|75-79
 
|[[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 4,607
 
|-
 
|70-74
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 6,155
 
|-
 
|65-69
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 7,841
 
|-
 
|60-64
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 9,399
 
|-
 
|55-59
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]] 11,497
 
|-
 
|50-54
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]] 8,536
 
|-
 
|45-49
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 7,257
 
|-
 
|40-44
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]] 7,103
 
|-
 
|35-39
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 8,636
 
|-
 
|30-34
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 9,799
 
|-
 
|25-29
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]] 7,477
 
|-
 
|20-24
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 6,775
 
|-
 
|15-19
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 6,752
 
|-
 
|10-14
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 5,872
 
|-
 
|5-9
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 5,767
 
|-
 
|0-4
 
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 5,385
 
|-
 
|}
 
</div>
 
 
 
<div style=width:50%;float:right>
 
'''男女別 [単位: 人]'''
 
 
 
平成18年6月1日現在
 
 
 
{| style="border-collapase: collapase;"
 
|-
 
|'''男性人口'''
 
|style="text-align: center;" |'''年齢'''
 
|'''女性人口'''
 
|-
 
|style="text-align: right;" |3
 
|style="text-align: center;" |100以上
 
|style="text-align: left;" |13
 
|-
 
|style="text-align: right;" |42
 
|style="text-align: center;" |95-99
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r01.png]] 122
 
|-
 
|style="text-align: right;" |182 [[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |90-94
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r05.png]] 504
 
|-
 
|style="text-align: right;" |449 [[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |85-89
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 1,146
 
|-
 
|style="text-align: right;" |1,039 [[ファイル:B10.png]]
 
|style="text-align: center;" |80-84
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 1,717
 
|-
 
|style="text-align: right;" |2,050 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |75-79
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 2,557
 
|-
 
|style="text-align: right;" |2,985 [[ファイル:B30.png]]
 
|style="text-align: center;" |70-74
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,170
 
|-
 
|style="text-align: right;" |3,928 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |65-69
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 3,913
 
|-
 
|style="text-align: right;" |4,704 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |60-64
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 4,695
 
|-
 
|style="text-align: right;" |5,624 [[ファイル:B50.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |55-59
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r50.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 5,873
 
|-
 
|style="text-align: right;" |4,418 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |50-54
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 4,118
 
|-
 
|style="text-align: right;" |3,796 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]]
 
|style="text-align: center;" |45-49
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]] 3,461
 
|-
 
|style="text-align: right;" |3,769 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]]
 
|style="text-align: center;" |40-44
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r03.png]] 3,334
 
|-
 
|style="text-align: right;" |4,490 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]]
 
|style="text-align: center;" |35-39
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 4,146
 
|-
 
|style="text-align: right;" |5,227 [[ファイル:B50.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |30-34
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 4,572
 
|-
 
|style="text-align: right;" |3,938 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |25-29
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]] 3,539
 
|-
 
|style="text-align: right;" |3,540 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]]
 
|style="text-align: center;" |20-24
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,235
 
|-
 
|style="text-align: right;" |3,588 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |15-19
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,164
 
|-
 
|style="text-align: right;" |2,955 [[ファイル:B30.png]]
 
|style="text-align: center;" |10-14
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 2,872
 
|-
 
|style="text-align: right;" | 2,938 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |5-9
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]] 2,829
 
|-
 
|style="text-align: right;" |2,743 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]
 
|style="text-align: center;" |0-4
 
|style="text-align: left;" |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 2,642
 
|-
 
|}
 
</div>
 
-->
 
{{clear|left}}
 
{{人口統計|code=12206|name=木更津市}}
 
 
 
== 地域 ==
 
=== 区分 ===
 
[[ファイル:Kisarazu Area.svg|frame|地区(◎は市役所位置):<br/>1.木更津地区、2.岩根地区、3.清川地区、4.波岡地区<br/>5.鎌足地区、6.金田地区、7.中郷地区、8.富来田地区]]
 
 
 
[[人口|人口統計]]やマスタープランの策定などにおいて、市内を市制施行以前の町村区分で大まかに地域に区分される。また、[[1889年]]の[[町村制]]が施行される以前の区分は[[大字]]として残る。
 
 
 
<!-- 難読・異読辞典 楠原祐介 編 東京堂出版 1999年3月10日 参考-->
 
 
 
'''難読・異読地名'''<ref>市の大字の中から『難読・異読辞典』を参考に抜粋</ref>
 
 
 
犬成(いんなり)・茅野(かやの)・畔戸(くろと)・下内橋(げないばし)・真里(まり)・真里谷(まりやつ)・望陀(もうだ)
 
<!-- 常識的に考えて、吾妻、幸町、新田、築地が難読・異読地名とは思えません -->
 
 
 
{{clear}}
 
{| class="wikitable"
 
! style="width:8em"|地区
 
!大字・町名
 
|-
 
!木更津地区
 
|木更津・新田・幸町・中央・東中央・貝渕・吾妻・富士見・新宿・請西・請西東・請西南・文京・真舟・大和・桜井・桜井新町・桜町・太田・長須賀・朝日
 
|-
 
!岩根地区
 
|万石・高砂・久津間・岩根・西岩根・江川・中里・高柳・本郷・坂戸市場・若葉町
 
|-
 
!清川地区
 
|椿・笹子・犬成・日の出町・中尾・菅生・祇園・清川・永井作・伊豆島・[[清見台団地|清見台・清見台東・清見台南]]・東太田・ほたる野
 
|-
 
!波岡地区
 
|畑沢・畑沢南・港南台・小浜・大久保・上烏田・八幡台・中烏田・下烏田・羽鳥野
 
|-
 
!鎌足地区
 
|矢那・かずさ鎌足・草敷
 
|-
 
!金田地区
 
|中野・牛込・中島・瓜倉・畔戸
 
|-
 
!中郷地区
 
|大寺・下望陀・上望陀・有吉・牛袋・牛袋野・曽根・井尻・十日市場
 
|-
 
!富来田地区
 
|真里谷・真里・下内橋・戸国・茅野・茅野七曲・山本七曲・大稲・田川・佐野・下郡・下宮田・根岸・上根岸
 
|-
 
!埋立地 他
 
|潮見・潮浜・木材港・新港・築地・北浜町・中の島・海ほたる(中島地先)
 
|}
 
 
 
'''新興住宅地域'''
 
 
 
市内の主な新興住宅地域として、[[清見台団地]]、真舟団地、シーアイタウン、八幡台ニュータウン、羽鳥野、ほたる野、請西東・請西南が挙げられる。
 
 
 
== 行政 ==
 
=== 三役 ===
 
* '''市長''':[[渡辺芳邦]]([[2014年]][[3月31日]]就任、1期目)
 
** '''副市長''':服部善郎
 
 
 
=== 歴代市長 ===
 
* 石川善之助 (1943年3月11日 - 1946年11月6日)
 
* 山崎直 (1946年11月12日 - 1955年4月2日)
 
* 浜名儀三 (1955年5月1日 - 1963年4月30日)
 
* 荻原孫太郎 (1963年5月1日 - 1967年4月30日)
 
* 北見日吉 (1967年5月1日 - 1979年4月30日)
 
* 石川昌 (1979年5月1日 - 1995年4月30日)
 
* 須田勝勇 (1995年5月1日 - 2002年2月20日<ref>税金滞納および指定暴力団からの借金問題により任期途中で引責辞任する</ref>)
 
* 水越勇雄 (2002年3月31日 - 2014年3月30日)
 
 
 
=== 行政区域変遷 ===
 
現在の木更津市は1942年に新設合併で誕生したものである。それ以前の[[木更津町]]については当該項目を参照。
 
* [[1942年]](昭和17年)[[11月3日]] - [[君津郡]][[木更津町]]、[[巖根村]]、[[清川村 (千葉県)|清川村]]、[[波岡村]]が合併のうえ[[市制]]施行して本市を新設。
 
* [[1944年]](昭和19年)11月3日 - [[鎌足村]]を編入。
 
* [[1955年]](昭和30年)
 
** [[2月11日]] - [[金田村 (千葉県)|金田村]]を編入。
 
** [[3月1日]] - [[中郷村 (千葉県君津郡)|中郷村]]を編入。
 
* [[1971年]](昭和46年)[[9月30日]] - [[富来田町]]を編入。現在の市域となる。
 
{|class="wikitable"
 
{{oldarea/line|9}}
 
|-
 
{{oldarea|町|[[望陀郡]]|木更津町}}
 
{{oldarea/o|A|11}}
 
{{oldarea|町|[[君津郡]]|[[木更津町]]|1|3|0|1}}
 
{{oldarea/o|C|5}}
 
{{oldarea|市||木更津市|5|11|0|1}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|真舟村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[真舟村]]}}
 
{{oldarea/o|B|1}}
 
{{oldarea|町|hidden|木更津町|1|1|1}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|巖根村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[巖根村]]|1|3}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|清川村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[清川村 (千葉県)|清川村]]|1|3}}
 
|-
 
{{oldarea|村|[[周淮郡]]|波岡村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[波岡村]]|1|3}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|鎌足村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[鎌足村]]|1|5}}
 
{{oldarea/o|D|1}}
 
{{oldarea|市|hidden|木更津市|1|9|1|1}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|金田村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[金田村 (千葉県)|金田村]]|1|7}}
 
{{oldarea/o|E|1}}
 
{{oldarea|市|hidden|木更津市|1|7|1|1}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|中郷村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[中郷村 (千葉県君津郡)|中郷村]]|1|9}}
 
{{oldarea/o|F|1}}
 
{{oldarea|市|hidden|木更津市|1|5|1|1}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|馬来田村}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[馬来田村]]|1|11}}
 
{{oldarea/o|G|3}}
 
{{oldarea|町||[[富来田町]]|2}}
 
{{oldarea/o|H|2}}
 
{{oldarea|市|hidden|木更津市|2|1|1}}
 
|-
 
{{oldarea|村|望陀郡|富岡村|2}}
 
{{oldarea|村|君津郡|[[富岡村 (千葉県)|富岡村]]▲|2|11}}
 
|-
 
{{oldarea||||1|3}}
 
{{oldarea/line|9}}
 
|}
 
<div style="line-height:110%;font-size:smaller;">
 
<div>A [[1897年]]([[明治]]30年) [[4月1日]]</div>
 
<div>B [[1933年]]([[昭和]]8年) 4月1日</div>
 
<div>C [[1942年]](昭和17年)[[11月3日]]</div>
 
<div>D [[1954年]](昭和29年)11月3日</div>
 
<div>E [[1955年]](昭和30年)[[2月11日]]</div>
 
<div>F [[1955年]]([[昭和]]30年) [[3月1日]]</div>
 
<div>G [[1955年]]([[昭和]]30年) [[3月31日]]</div>
 
<div>H [[1971年]](昭和46年)[[9月10日]]</div>
 
</div>
 
 
 
=== 政策 ===
 
; 木更津業務核都市基本構想<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式ホームページ]「政策プラン・財政」の「基本構想」より</ref>
 
 
 
[[東京圏]]への一極集中を打開し大都市問題を解決する目的のため、東京圏近郊都市の中から地域の広域中心都市となるべき都市を[[業務核都市]]として指定し、東京都の持つ業務機能や商業、医療等といった諸機能を請負い、担うための整備・育成を行う。「第4次首都圏基本計画」(1986年6月決定)により、千葉県では[[千葉市]]、[[成田市]]・[[千葉ニュータウン]]、木更津市の3地域が業務核都市として位置付けられる。「第5次首都圏基本計画」(1999年3月)では新たに「分散型ネットワーク構想」が方針に盛り込まれ、[[柏市]]を含めた4地域について広域連携拠点としての整備を進める。
 
 
 
1992年3月には木更津業務核都市基本構想が策定され承認を受ける。その概要は次の通り。
 
 
 
* 県南地域の広域中心都市として認知されると共に、業務核都市としての形成を行う
 
* 東京湾アクアラインや[[首都圏中央連絡自動車道]]により、交通網を整備・強化して他の業務核都市との連携を図る
 
* 木更津駅、木更津港を中心とする市街地を木更津都心地区(約195ha)として、商業、金融、医療等の諸機能の集約し、業務核都市の中心地区として整備を行う
 
* かずさ鎌足に整備された、かずさアカデミアパーク地区(約278ha)を中心に研究施設や学術施設、国際会議施設など複合機能を有した施設を集約して、国際水準に対応した研究開発拠点の機能を有する
 
 
 
=== 財政 ===
 
 
 
; 平成19年度 - 27年度までの一般会計決算規模の推移(縦軸単位:[億円])<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/14,0,47,285.html 木更津市] 『木更津市 財政事情(各年11月告示分)』より</ref>
 
{{ #invoke:Chart | bar chart
 
| width = 800
 
| group 1 = 334.0264 :348.4180 :384.5705 :376.3052 :386.2365 :413.7602 :445.9565 :434.2302 :430.081
 
| group 2 = 318.1388 :339.4828 :361.4533 :360.4735 :362.0262 :384.0259 :418.4452 :410.5907 :409.516
 
| colors = #8080FF : #FF8080
 
| group names = [[歳入]]: [[歳出]]
 
| units suffix = 億円
 
| x legends = 平成19 :平成20 :平成21 :平成22 :平成23 :平成24 :平成25 :平成26 :平成27
 
}}
 
 
 
; 平成19年度 - 27年度までの実質収支額の推移(縦軸単位:[億円])<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/14,0,47,285.html 木更津市] 『木更津市 財政事情(各年11月告示分)』より</ref>
 
{{ #invoke:Chart | bar chart
 
| width = 800
 
| group 1 = 12.9582 : 7.7479 : 20.2084 : 13.3639 : 18.5424 : 16.0944 : 18.2618 : 18.4088 : 16.2949
 
| colors = orange
 
| group names = 実質収支
 
| units suffix = 億円
 
| x legends = 平成19 :平成20 :平成21 :平成22 :平成23 :平成24 :平成25 :平成26 :平成27
 
}}
 
 
 
; 平成26年度[[地方財政#財政指標|財政状況指数]]<ref>[https://www.pref.chiba.lg.jp/shichou/zaisei/zaiseijoukyou/h26.html 千葉県] 『平成26年度 市町村財政の状況』より</ref>
 
* '''財政指標'''
 
** 標準財政規模 : 243億4760万5千円
 
** 財政力指数 : 0.82(類似団体内平均値:0.74)
 
** 経常収支比率 : 92.2[%](類似団体内平均値:90.8[%])
 
** 公債費負担比率 : 9.6[%]
 
** 実質収支比率 : 7.6[%]
 
* '''健全化判断比率'''
 
** 実質赤字比率 : -[%]
 
** 連結実質赤字比率 : -[%]
 
** 実質公債費比率 : 3.0[%]
 
** 将来負担比率 : 46.4[%]
 
* '''職員の給与水準'''
 
** [[ラスパイレス指数]] : 100.7(類似団体内平均値:99.2)
 
 
 
=== 行政機関 ===
 
;警察
 
* 警察署
 
** [[木更津警察署]](管轄:木更津市、袖ケ浦市)
 
* [[自動車警ら隊]]木更津方面隊 ※27年新設
 
* 交番・駐在所
 
** 岩根駅前交番 - 小浜交番 - 木更津駅前交番 - 清見台交番 - 長須賀交番 - 江川駐在所 - 金田駐在所 - 桜井駐在所 - 中郷駐在所 - 波岡駐在所 - 馬来田駐在所
 
;消防
 
* [[木更津市消防本部]](管轄:木更津市)
 
** 消防署本署 - 長須賀分署 - 富来田分署 - 金田分署 - 高柳出張所 - 波岡出張所 - 清川出張所
 
 
 
=== 市庁舎 ===
 
{{main|木更津市役所}}
 
[[東日本大震災]]が発生したことを受け、市役所庁舎の[[耐震]]調査を実施した結果、[[震度]]6強で倒壊する恐れがあるという診断が出された<ref name=kisaradugenchousha>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/14,0,81,406.html 木更津市公式ホームページ、現在の本庁舎の整備について]2014年12月12日閲覧</ref>。そのため、現庁舎の改修<ref name=kisaradugenchousha/>、新庁舎の建設両面で検討した結果、新庁舎建設に決まり、[[2014年]][[4月]]に入札を実施したが[[2020年]][[2020年夏季オリンピック|東京オリンピック]]建設による建設費高騰等により、入札業者が現れなかった<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/14,31651,81,405.html 木更津市公式ホームページ、新庁舎建設事業の進捗状況について]2014年12月12日閲覧</ref>。その際、[[プレハブ工法|プレハブ小屋]]を仮設庁舎とする報道がなされた<ref>[http://www.asahi.com/articles/ASG5Z4HZQG5ZUDCB00R.html 朝日新聞デジタル、2014年5月31日掲載、木更津市庁舎建設を延期 資材高騰、8年間はプレハブに]</ref>が、実施されることはなく、現行案、縮小案、先送り案の3案<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/resources/content/32478/20140625-112626.pdf 公式HP内PDF庁舎整備事業について]2014年12月12日閲覧</ref>を提示し、コストの面などから先送り案に決定した。しかしながら、現庁舎は耐震性に問題があり、老朽化も進んでいるため、使用することはできず、仮庁舎移転となった。仮庁舎案としては現在地に[[軽量鉄骨]]を造る案と民間施設利用の2案が提案され<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/resources/content/34382/20140818-153937.pdf 公式HP内PDF仮庁舎への移転について]2014年12月12日閲覧</ref>、コストの面や移転の早さなどを鑑み、民間施設利用に決定した<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/14,34382,81,405.html 公式HP仮庁舎への移転について]2014年12月12日閲覧</ref>。利用する民間施設は、[[アクア木更津]]の7.8F部分の一部と[[イオンタウン木更津朝日]]の2Fの一部。
 
 
 
== 立法 ==
 
=== 市議会 ===
 
* 定数:24名([[地方自治法]]第91条で議員定数として定める事のできる上限数は、人口10 - 20万人の市に該当する木更津市の場合、34名迄)
 
* 任期:2015年(平成27年)5月1日 - 2019年(平成31年)4月30日
 
* 議長:滝口敏夫(自由民主クラブ、7期)
 
* 副議長:白坂英義(無所属、3期)
 
 
 
{| class="wikitable"
 
!会派名!!議席数!!議員名(◎は代表)
 
|-
 
| 羅針盤 || style="text-align:right" | 6 || ◎斉藤高根、石井徳亮 、草刈慎祐、永原利浩、近藤忍、平野卓義
 
|-
 
| [[自由民主党 (日本)|自由民主]]クラブ || style="text-align:right" | 4 || ◎三上和俊、重城正義、石井勝、滝口敏夫
 
|-
 
| [[公明党]] || style="text-align:right" | 4 || ◎住ノ江雄次、竹内伸江、渡辺厚子、岡田貴志
 
|-
 
| 一新の会(あらたのかい) || style="text-align:right" | 4 || ◎大野俊幸、篠崎哲也、國吉俊夫、大村富良
 
|-
 
| 無会派 || style="text-align:right" | 6 || 座親政彦、田中紀子、鈴木秀子、白坂英義、高橋てる子佐藤多美男
 
|}
 
 
 
=== 市議会の委員会 ===
 
* '''常任委員会'''
 
** 総務常任委員会
 
** 経済環境常任委員会
 
** 教育民生常任委員会
 
** 建設常任委員会
 
* '''議会運営委員会'''
 
* '''特別委員会'''
 
** 基地対策特別委員会
 
** みなと木更津活性化特別委員会
 
** 合併調査特別委員会
 
** 予算審査特別委員会(必要に応じてその都度設置)
 
** 決算審査特別委員会(必要に応じてその都度設置)
 
* '''議会広報委員会'''
 
 
 
=== [[千葉県議会]](木更津市選挙区) ===
 
* 定数:2名
 
* 任期:2015年(平成27年)4月30日 - 2019年(平成31年)4月29日
 
{| class="wikitable"
 
|-
 
!氏名!!会派名!!当選回数
 
|-
 
| 森岳 || [[自由民主党 (日本)|自由民主党]]千葉県議会委員会 || style="text-align:center" | 1 
 
|-
 
| 高橋浩 || [[国民民主党 (日本 2018-)|国民民主党]]千葉県議会議員会 || style="text-align:center" | 2
 
|}
 
 
 
=== 衆議院 ===
 
* 任期 : 2014年(平成26年)12月14日 - 2018年(平成30年)12月13日(「[[第47回衆議院議員総選挙]]」参照)
 
{| class="wikitable"
 
|-
 
!選挙区!!議員名!!党派名!!当選回数!!備考
 
|-
 
| [[千葉県第12区]](木更津市、[[館山市]]、[[鴨川市]]、[[君津市]]、[[富津市]]、[[袖ケ浦市]]、[[南房総市]]、[[安房郡]])|| [[浜田靖一]] || [[自由民主党 (日本)|自由民主党]] || align="center" | 8 || 選挙区
 
|}
 
 
 
== 司法 ==
 
木更津市新田に[[千葉地方裁判所]]および[[千葉家庭裁判所]]それぞれの木更津支部が設置されており、千葉地方裁判所木更津支部には[[簡易裁判所]]が設置されている。千葉地方裁判所木更津支部は内房地域を管轄しており、管内で発生した[[民事訴訟]]、[[刑事訴訟]]の合議事件を取り扱う。千葉家庭裁判所木更津支部では[[家事審判]]および[[少年審判]]を取り扱う。
 
 
 
; 司法機関
 
* 地方裁判所
 
** [[千葉地方裁判所]] 木更津支部(管轄:内房地域)
 
** [[木更津簡易裁判所]]
 
* 家庭裁判所
 
** [[千葉家庭裁判所]] 木更津支部(管轄:内房地域)
 
 
 
== 他の自治体との関係 ==
 
=== 近隣自治体 ===
 
* [[君津市]]、[[富津市]]、[[袖ケ浦市]]
 
: 木更津市を含めた4市の区域に相当する範囲には、その昔、明治期の[[郡制]]に基づき[[君津郡]]が存在していたという事で歴史的・行政的に関係が深く、1991年、袖ケ浦町の市制開始に伴う君津郡消滅後も旧君津郡4市を一括して'''かずさ4市'''と呼称される。
 
: 2000年代に入り、[[市町村の合併の特例に関する法律]](旧合併特例法)が施行されて日本国内の各地で市町村合併の気運が高まる中、[[青年会議所]]を中心に4市の合併に向けた活動が行われる。各市に対して合併協議会の設置請求を行うが、袖ケ浦市議会において否決された事になり合併協議会設置までには至らなかった<ref>千葉県総務部市町村課ホームページ「市町村合併支援室」より</ref>。もし合併が実現した場合には人口が30万人を超え、[[中核市]]としての要件を満たすことになる。<!-- 新市名には、県庁所在地との位置関係から南千葉市、旧国名の上総を用いて上総市(またはひらがなで、かずさ市)などが検討されていた。-->
 
 
 
=== 姉妹都市 ===
 
* {{flagicon|USA}} [[オーシャンサイド (カリフォルニア州)|オーシャンサイド市]]([[w:Oceanside, California|en:Oceanside, California]]、[[アメリカ合衆国]] [[カリフォルニア州]])
 
: [[1990年]][[6月29日]] 木更津市姉妹都市調印団が渡米し、オーシャンサイド市において姉妹都市提携に調印、8月14日には、オーシャンサイド市調印団を招き木更津市でも調印をした。
 
 
 
== 経済 ==
 
=== 状況 ===
 
木更津市の経済状況は、戦後の高度成長と共に成長し、最盛期には37万人の商圏人口を持つ商業都市として形成されていくが、日本国内で1990年代初頭に起きた「[[バブル崩壊]]」<ref>『Newsweek 日本版 2002年11月6日版』のSpecial Report(頁22-25)において「バブルと銀行破綻の傷跡に苦しむ木更津市は日本経済の未来の縮図」と表現して紹介されている</ref>により好況から不況へと暗転する。
 
 
 
太平洋戦争中は軍関連の施設が存在したこともあり、その施設関係者と工員が移住したことによって人口が増加し、木更津は軍都として発展する。戦後の[[高度経済成長期]]には千葉県の内房地域が[[京葉工業地域]]として発展する経緯の中、市の臨海部では埋立が行われ[[木更津港]]が工業港として整備され、隣の[[君津市]]には[[八幡製鐵]](現[[新日鐵住金]])の [[新日鐵住金君津製鐵所|君津製鐵所]]が誘致される。君津市と接する波岡地区を中心に宅地整備が行われ、製鉄所関係者およびその家族が移住し人口が著しく増加する。人口増加を契機に経済活動が活発になり、[[木更津駅]]前には大手販売店である[[そごう]]や[[ダイエー]]、[[西友]]などが進出し、木更津市を中心とする[[商圏|木更津商圏]]が形成され、県南地域の[[商業]][[都市]]として発展する。
 
 
 
1980年代に入ると、千葉県で千葉新産業三角構想が策定され木更津市は[[かずさアカデミアパーク]]構想の母都市(他に君津市、袖ケ浦市、富津市を含む)に位置付けられる。この構想により鎌足地区の丘陵地帯では研究開発拠点の整備が行われ、民間を中心とする研究機関の誘致活動が行われる。また、国の政策として首都圏の大都市問題緩和を目的とする[[業務核都市|木更津業務核都市構想]]が計画される。歴史的経緯に明治維新期に木更津県県庁が存在した事、県南部の経済の中心として認識されている事、かずさアカデミアパーク構想等により、木更津市は業務核都市に位置付けられ整備が行われる。その一環として[[東京湾横断道路]]建設が計画に含まれる。
 
 
 
東京湾横断道路建設にあたり、当初の事業計画では対岸の[[川崎市]]や[[横浜市]]、[[東京]]など京浜地区との交通の便が良くなる事で人の交流や物流が頻繁となって経済活動に好影響を与えると予想され、住宅購入者の増加や企業進出の増加などが見込まれていた。ところが実際に開通してみると事業計画の予想とは正反対の結果に働き、考えられていた地域振興や発展には繋がらず、逆に経済活動が混迷する事になる。
 
 
 
当初アクアラインの交通量は2万5千台/日と予想していたが、実際に開通した結果は1万台 /日と予想を大きく下回る<ref>数値はNewsweek 2002年11月6日号「Special Report 不良債権にのみ込まれた街」頁22より</ref>。期待されていた東京のベッドタウンとしての需要がほとんど発生せず、人口増加や産業発展を見越して計画されていたかずさアカデミアパークや宅地造成地には売れ残りの区画が目立つ状態であり、小売業においては京浜地区の小売業者との競争を否応無しに強いられることになり、物量の面や商圏地域の魅力等の要因により購買客の流出が顕著となり、商圏人口が37万人から12万人に低下、商圏の吸引力低下により商業中心都市から準商業中心都市に格下げられる<ref>千葉県商圏調査報告書では平成3年度版では商業中心都市とされていたが、平成6年度版には準商業中心都市に格下になっている(『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』頁206より、千葉県商圏調査報告書は[http://www.pref.chiba.jp/index.html 千葉県ホームページ] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070810140212/http://www.pref.chiba.jp/index.html |date=2007年8月10日 }}千葉県商工労働部経営支援課のページからでも閲覧可)</ref><ref>木更津商圏地域の市町村は木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市、鋸南町(平成13年度商圏調査報告書より [http://www.pref.chiba.lg.jp/index.html 千葉県ホームページ]千葉県商工労働部経営支援課)</ref>。結果、木更津市は対岸の京浜地区と県南部の通過点となり、[[ストロー効果]]が生じて流出面が顕著になった。
 
 
 
また、[[バブル崩壊]]による国内の[[景気|景気低迷]]の影響により、東京湾横断道路完成を見越して上昇傾向にあった駅前商店街の[[地価]]は、1991年のピークを境に著しく下落。1999年から2003年にかけて東京圏における地価下落率の1位<ref>国土交通省『[http://tochi.nla.go.jp/ 土地総合情報ライブラリー]』「地価公示(記者発表資料)」より</ref>となる。<!--検証可能か調査中→(一説にはバブル期の地価上昇が著しく異常であり、バブル崩壊の影響で正常の状態に戻ったという見方もある)-->また商業地域への影響は大きく、[[日本長期信用銀行]]の破綻による[[そごう]]グループに対する金融支援の行き詰まりが要因で2000年7月木更津そごうが撤退、そごうがテナントとなっていた駅前の西口再開発ビル(アインスビル)を運営していた[[第三セクター]]もキーテナントを失ったことによって翌年に倒産し、連鎖するように駅東口に出店していたダイエーも閉店する。木更津そごうやダイエーのような駅前の中心的存在であった大型店舗が相次いで撤退した事により、集客力を失った駅前商店街では閉店する店舗が続出し、閑散とした[[シャッター通り]]へと変貌する。
 
 
 
行政では1998年に議決された木更津市基本構想において産業発展と国際交流が課題として挙げられており、交通網の整備と物流の強化、雇用の確保と人口増加、市民生活の充実、経済活動の活性化を目標とした基本計画を策定し実施している。<!--出典不明:[[2002年]]に[[TBSテレビ|TBS]][[Japan News Network|系列]]で放映された[[木更津キャッツアイ]]は木更津という名称を全国へ広げることとなり、商店街を中心に観光地を誘致する動きが出た。-->また、駅前の中心的な建物であったアインスビルにはそごう撤退後、8階の空フロアに市民の企業活動支援を目的としたチャレンジセンター(チャレンジセンター Let's木更津)や、情報通信環境を備えた共同利用型のテレワークセンターを開設し地域活性化に向けた活動が行われ、2004年4月に[[アクア木更津]]という新名称で再オープンした。しかし[[キーテナント|テナント]]としていたスーパー・[[マルエイ]]や[[ネクストジャパンホールディングス|JJCLUB100]]が相次いで閉店し、その後2009年にビルの運営・管理を行っていた日本総合企画が倒産し、2010年、木更津市はアクア木更津ビルを売却、以後の管理は売却先の有限会社金剛山が管理することになった。
 
 
 
2009年4月に千葉県知事に就任した[[森田健作]]知事の自身の選挙公約に基づき、2009年8月1日から千葉県側の負担をもとに[[ETC]]による通行料を普通車800円にする社会実験が開始された<ref>千葉日報(2009年5月23日)より</ref>。千葉県商工労働部観光課が調査している、観光客の入込動向調査の報告(平成22年観光客の入込動向について<ref>[https://www.pref.chiba.lg.jp/kankou/toukeidata/kankoukyaku/h22irikomi.html 千葉県商工労働部観光課 平成22年観光客の入込動向について(2011年11月4日発表)]</ref>)によれば、平成22年(2010年)と実験開始前の平成20年(2008年)の観光入込客数を比較すると安房地域で+9.7%(+1,078人)、君津地域で+18.1%(+2,426人)増加したと報告されており、東京湾アクアラインの値下げ効果があったという見解が示されている。2010年7月の「第57回[[九都県市首脳会議]]」および2010年6月の「平成22年度定例第一回(春)[[関東地方知事会議]]」それぞれの合意に基づき、内閣府、財務省、国土交通省に対して『東京湾アクアラインの料金に関する要望』が提出された。要望書では「実験開始以降のアクアライン交通量が1.5倍 - 2.0倍の増加が見られ、首都圏の人・物の動きが活発化し、経済活性化などの効果が出始めている。そのため、首都圏の高速道路の料金体制の見直し、特に平成23年(2011年)以降も国策としてアクアラインの料金引き下げを継続すること<ref>[https://www.pref.chiba.lg.jp/doukei/youboukatsudou/2010/20100728akua.html 千葉県 道路計画課 東京湾アクアラインの料金に関する要望について(2010年7月28日)]</ref>」を挙げている。
 
 
 
[[2011年]]現在、アクア木更津ビルは2010年秋ごろをめどにマリンゲート木更津としてのリニューアルオープンが予定され<ref>[http://www.kisacon.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=6548 仮称「マリンゲート木更津」「アクア木更津ビル」10月RNオープンへ]</ref>、生鮮市場や[[百円コンビニユーエスマート|Kid's US.LAND]]などがオープンしたが、現在もアクア木更津として運営されており、マリンゲート木更津としてのオープンがどうなったのかは公になっていない。南西部の築地地区には、[[イオンモール木更津]]<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/gikai/documents/gikai2111.pdf きさらづ市議会だより 第106号(PDF)]</ref>が2014年にオープンした。また、2012年には北西部の金田地区に、[[三井アウトレットパーク 木更津]]<ref>[http://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2010/0120_02/index.html 〜三井アウトレットパークシリーズ最大級〜「(仮称)三井アウトレットパーク 木更津金田」開発決定]</ref>や[[ベイシア]]、[[カインズホーム]]、[[東京インテリア家具]]がオープンしており、周辺地域の発展が期待される。
 
 
 
=== 産業 ===
 
産業別就業者数の総数は60,940人であり、全体の比率の中では第3次産業が7割近くを占めている。また、分類別で就業者数上位5位を挙げると[[卸売|卸売業]]・[[小売|小売業]] 9,139人(15.0 %)、[[製造業]] 8,324人(13.7 %)、[[建設業]] 6,310人(10.4 %)、[[医療]]・[[福祉]] 5,481人(9.0 %)、[[運輸業|運輸]]・[[郵便業|郵便]] 4,661人(7.6 %)の順に多い<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,41381,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書 2014年版』頁12より抽出</ref>。
 
 
 
市内の産業別事業社数上位5位は卸売・小売業 1,386所(25.8 %)、宿泊・飲食サービス業 842所(15.7 %)、建設業 674所(12.6 %)、生活関連サービス・娯楽業 538所(10.0 %)、医療・福祉業 294所(5.5 %)である。<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,41381,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書 2014年版』頁37より、平成21年度の情報から算出</ref>
 
 
 
;産業別従事者数(平成22年10月1日現在)<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,41381,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書 2014年版』頁12、"12.産業(大分類)年齢別就業者数"より</ref>
 
* 総数 60,940人(100 %)
 
** [[第1次産業]] 2,037人(3.3 %)
 
** [[第2次産業]] 14,690人(24.1 %)
 
** [[第3次産業]] 40,996人(67.7 %)
 
** 分類不能 3,217人
 
;事業所数(個人、会社総数)(平成21年7月1日現在)<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,41381,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書 2014年版』頁37、"46.事業所の推移"より</ref>
 
* 総数 5,366所(100 %)
 
** [[第1次産業]] 17所(0.3 %)
 
** [[第2次産業]] 919所(17.1 %)
 
** [[第3次産業]] 4,430所(82.6 %)
 
 
 
==== 農業 ====
 
木更津市の農業は[[稲作]]が中心であり、[[小櫃川]]流域を中心に[[水田]]が広がっている。一部では野菜や施設園芸といった[[近郊農業|都市近郊型農業]]に従事している農家も見られる。現在の農業情勢としては減少傾向<ref>昭和60年の農家戸数が3,217戸に対し、平成22 年は1,669戸に減少している([http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,0,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書(2014年版)』頁23および『市政の概要平成18年度版』頁107の調査報告を参考)</ref>にあり、消費者ニーズに対応した農業経営への転換、従事者の高齢化、後継者問題などの諸問題を抱えている状況である。
 
 
 
;農家数・耕地面積(平成22年2月1日現在)<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,0,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書(2014年版)』頁24、"23.経営耕地の種類別農家数及び面積"より</ref>
 
* 農家数 1,669戸(農家人口 4,660人)
 
* 経営耕地面積 1,561ha
 
** 田 1,292ha
 
** 普通畑 213ha
 
** 果樹園 56ha
 
 
 
;総農家戸数 推移(各年2月1日時点)<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,0,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書(2014年版)』頁23、"21.農家の推移"より</ref>
 
{{ #invoke:Chart | bar chart
 
| group 1 = 3217 : 2584 : 2219 : 1871 : 1669
 
| colors = green
 
| group names = 総農家戸数
 
| units suffix = 戸
 
| x legends = 1985年<br>昭和60 : 1995年<br>平成7 : 2000年<br>平成12 : 2005年<br>平成17 : 2010年<br>平成22
 
}}
 
 
 
==== 水産業 ====
 
東京湾内の海岸線が埋め立てられ工業地化する中、木更津市の海岸線では遠浅の[[干潟|砂泥干潟]]が形成いることから、浅海漁場として海苔養殖や貝類養殖が行われている。市の水産業の状況として、水産資源の減少や漁業者の高齢化や後継者不足に伴い、年々減少傾向がみられる。<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/16,51332,40,274.html 木更津市]『木更津市水産振興計画(平成28年3月)』頁3-5による</ref>
 
 
 
市の主要漁業生産物は海苔とあさりである。平成19年(2007年)、あさりの外敵生物となる[[ウミグモ綱|カイヤドリウミグモ]]が大量発生したため漁獲量が激減し、平成19年以前は1,000トン以上であったのが、平成20年以降は500トン未満に落ち込んでいる。海苔の養殖はあさりほどではないが、漁業環境の変化と海苔の養殖業者の減少により生産数は減少に推移している。<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/16,51332,40,274.html 木更津市]『木更津市水産振興計画(平成28年3月)』頁6-8による</ref>
 
 
 
;あさり・乾燥海苔生産状況(平成25年度)<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/16,51332,40,274.html 木更津市]『木更津市統計書 2014年版』頁36、"44.年度別海苔養殖状況"、"45.年度別アサリ生産状況"による</ref>
 
* 乾燥海苔
 
** 共販枚数 26,561千枚
 
** 金額 254,955千円
 
* あさり
 
** 水揚げ量 142.9トン
 
** 金額 37,981千円
 
;[[漁港]]
 
* 金田漁港(第一種漁港)
 
* 牛込漁港(第一種漁港)
 
 
 
==== 商業 ====
 
木更津市は古くより南房総の物流拠点として発展し商業中心都市として[[商圏]]を形成するに至るが、[[バブル崩壊]]による不景気が影響し商店数の減少<ref>平成6年次が商店数1,721件に対し、平成16年次には1,435件に減少それに伴い年間販売額も減少の傾向が見られる(『市政の概要平成18年度版』頁114より)</ref>が見られる他、近隣都市の商業施設の増加や消費者ニーズの多様化などの要因が重なり、地元購買力や顧客吸引力の低下が見られる。[[東京湾アクアライン]]完成以前は市の玄関口にあたる木更津駅から木更津港にかけて商業地が集中していたが、以降は郊外に店舗が集まる郊外型への転換が見られ、木更津駅前を中心とする中心商業地の空洞化が顕著となる。
 
 
 
;商業統計(平成24年2月1日現在)<ref name=shisei_h18_P114>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,41381,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書 2014年版』頁46、"53.商業の推移"より</ref>
 
* 商店数 1,258件(従事者数 10,004人)
 
** 卸売業 店数 305件
 
** 小売業 店数 953件
 
* 年間総販売額 2,490億円
 
 
 
==== 工業 ====
 
木更津市は[[京葉工業地域]]<ref>木更津市は工業都市の性質よりも商業都市としての性質の方が高い。京葉工業地域に含まれる他の近隣市町村では工場群立地による税収が見込まれ、財政力指数が地方交付税不交付団体の条件である1.00を越えているのに対し、木更津市は0.81である。</ref>に含まれており、[[木更津港]]は[[重要港湾]]に指定され工業港として発展する。隣接する君津市に新日鐵住金の製鉄所が立地する関係で、市内には関連の企業が立地する。鎌足地区を[[かずさアカデミアパーク]]として研究開発型企業の誘致を進めているが、誘致は難航し使用されていない区画も見受けられる状況である。
 
 
 
;工業(製造業)統計(平成24年2月1日現在)<ref>[http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,41381,37,259.html 木更津市]『木更津市統計書 2014年版』頁44-45 "52.工業の産業(中分類)別概況(4人以上の事業所)"より</ref>
 
* 事業所数 84所(従業者数 3,448人)
 
* 製造品出荷額等 3,682億円
 
 
 
=== 主な企業 ===
 
* '''製造業'''<ref>『工場ガイド 千葉・茨城 改定2版』より資本規模等を考慮し一部抜粋</ref>
 
** [[かずさDNA研究所]]
 
** [[黒崎播磨]]:木更津不定形工場
 
** [[新日鉄住金化学]]:木更津製造所、木更津総合研究所
 
** [[ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ]]:木更津サイト(事業所)
 
** トーヨーカネツ:千葉事業所
 
* '''宿泊業'''
 
** [[ホテルオークラ|オークラアカデミアパークホテル]]
 
** [[ホテル三日月|龍宮城ホテル三日月]]
 
** [[木更津富士屋季眺]]
 
* '''小売業'''<ref>[https://www.pref.chiba.lg.jp/keishi/daiten/h26/h26tenpo-meibo.html 千葉県]『千葉県市町村別大規模小売店舗名簿(平成27年12月末)』より。[[大規模小売店舗立地法]]で、大規模小売店に該当する店舗をアイウエオ順に並べたもの</ref>
 
** [[ユニー|アピタ]](木更津店)
 
** [[イオンタウン]](木更津店・木更津朝日店)
 
** [[イオンモール木更津]]
 
** [[いなげや]](木更津請西店)
 
** [[おどや]](羽鳥野店)
 
** [[尾張屋|VeryFoodsOWARIYA]](木更津店・岩根店)
 
** [[カインズ|カインズモール]](木更津金田店)
 
** [[タカヨシ|上総の駅わくわく広場]](清見台店)
 
** [[かねたや家具店|かねたや]](木更津店)
 
** [[カワチ薬品]](ほたる野店)
 
** [[ケーズホールディングス|ケーズデンキ]](木更津店)
 
** [[ケーヨー|ケーヨーデイツー]](木更津店・潮見店)
 
** [[G-7ホールディングス|G-7モール]](木更津店)
 
** [[コナカ|紳士服のコナカ]](木更津本店)
 
** [[スパークルシティ木更津]]
 
** [[精文館書店]](木更津店)
 
** [[せんどう]](木更津店)
 
** [[大創産業|ダイソー]](木更津太田店)
 
** [[しまむら|ファッションセンターしまむら]](岩根店)
 
** [[ベイシア]](木更津金田店)
 
** [[マックスバリュ]](太田店)
 
** [[三井アウトレットパーク 木更津]]
 
** [[ヤマダ電機]](テックランド木更津店)
 
** [[ユニクロ]](木更津店)
 
* '''通信業'''
 
** [[木更津コミュニティ放送|木更津エフエム]](83.40MHz)
 
** [[ジェイコム千葉]](ジェイコム木更津)
 
** [[ニッポン放送]] 送信所
 
* '''運輸業'''
 
** [[日東交通 (千葉県)|日東交通]]
 
** [[小湊鐵道]]
 
** [[かずさ交通]]
 
 
 
== 名所・イベント ==
 
<gallery perrow="2" style="float:right" styles="float:right">
 
UmihotaruPA.JPG|海ほたるPA
 
Kimisarazu-Tower in Kisarazu.jpg|きみさらずタワー(太田山公園)
 
Kouzouji in Kisarazu.JPG|高蔵寺
 
Syoujyouji in Kisarazu.jpg|證誠寺
 
Yosaburo grave in Kisarazu.jpg|与三郎の墓(光明寺)
 
YaturugiHachiman-01 Kisarazu.jpg|八剱八幡神社
 
Kisarazu 014.JPG|中の島大橋
 
Fireworks Kisarazu port2013.jpg|木更津港まつり花火大会
 
Kisarazu ClamDigging.JPG|木更津海岸での潮干狩り
 
Sunset view at Egawa seaside.jpg|[[江川海岸]]の夕焼け
 
</gallery>
 
 
 
=== 観光名所 ===
 
; [[海ほたるパーキングエリア]]
 
: 東京湾アクアラインの木更津人工島に設置されたパーキングエリア。
 
; 太田山公園
 
: 木更津駅から東に1.0 km程の場所に位置する山。[[#伝承|伝承]]によると日本武尊はこの山の頂より海を眺めて、海中に没した弟橘媛を思い『君不去』の歌を歌ったと伝えられることから別名'''恋の森'''と呼ばれている。山の頂上にはこの伝説をモチーフにした展望台「きみさらずタワー」が存在する。太田山には木更津市郷土博物館金のすずがあり、これは千葉県立上総博物館を譲り受けたもので、金鈴塚古墳から出土した金鈴や、木更津市史に関する資料などを展示している。
 
; [[高蔵寺 (木更津市)|高蔵寺]]
 
: 市内にある[[真言宗豊山派]]に属する寺院。坂東三十三観音霊場第30番札所。
 
; 潮干狩り(3月下旬 - 7月)
 
: 木更津市内の牛込、金田、久津間、江川、木更津の5か所の海岸で[[潮干狩り]]ができる。
 
; [[證誠寺 (木更津市)|證誠寺]]
 
: 市内にある[[浄土真宗本願寺派]]に属する寺院。
 
; [[真里谷城]]
 
; [[中の島 (千葉県)|中の島公園]]、中の島大橋
 
: '''中の島公園'''は、木更津港に浮かぶ中の島にあり、潮干狩りやフィッシングポイントとして楽しむことができ、木更津港祭りの際には花火の打ち上げ場所となっている。対岸の鳥居崎海浜公園と'''中の島大橋'''で結ばれている。中の島大橋は日本で一番高い[[歩道橋]]として知られており、全長236 m、高さ27.125 m、幅4.5 m。1975年(昭和50年)に完成。木更津港の玄関口にあたり、東京湾へ出入りする船舶はこの橋の下をくぐることになる。映画『[[木更津キャッツアイ 日本シリーズ]]』で「恋人と渡ると幸せになれる赤い橋」として有名となった。
 
<!-- 百科事典としてはローカルな情報⇒Wikitravel的な情報としてコメントアウト
 
 
 
: 映画『[[木更津キャッツアイ日本シリーズ]]』の劇中では「中の島大橋をカップルで渡ると幸せになれる」とぶっさん役の[[岡田准一]]が唄っている。しかしながら「中の島大橋をカップルで渡ると別れる」という[[都市伝説]]が地元では以前より存在していたのも事実である。
 
 
 
: 同映画の反響で訪れる観光客が増えた反面、橋への落書きが多発するようになる。塗り直しにも費用がかかる上、アルミ製の欄干は塗り直しのしようがないと、都市計画課がやめるよう促している。
 
-->
 
 
 
=== イベント ===
 
; 八剱八幡神社例大祭
 
: 毎年7月第2土・日曜、市内の[[八剱八幡神社]]で開催される夏祭り。祭期間に町内を練り歩く重量1.5tの[[神輿|大神輿]]は、[[富岡八幡宮]]([[東京都]][[江東区]]富岡)、[[鳥越神社]]([[東京都]][[台東区]][[浅草]])の物と並び、関東三大宮神輿の一つに数えられる。また、祭囃子『木更津ばやし』は県の[[文化財|無形民俗文化財]]に指定されている。各町内で獅子舞も繰り広げられる。
 
; [[木更津港まつり]]
 
: 毎年8月14・15日の2日間、木更津駅西口から木更津港までの駅前通りを会場に開催される祭。14日は富士見通りを会場に[[やっさいもっさい]]踊り、15日は木更津港を会場に中の島公園から打ち上げられる花火大会をメインに開催する。
 
 
 
== 教育 ==
 
=== 社会教育施設 ===
 
* '''市民センター'''
 
** 木更津市民会館
 
** 木更津駅前ホール
 
* '''公民館'''
 
** 中央公民館 - 岩根公民館 - 岩根西公民館 - 金田公民館 - 鎌足公民館 - 中郷公民館 - 富来田公民館 - 文京公民館 - 八幡台公民館 - 東清公民館 - 清見台公民館 - 西清川公民館 - 畑沢公民館 - 富岡公民館 - 波岡公民館 - 桜井公民館
 
* '''図書館'''
 
** 木更津市立図書館
 
* '''博物館'''
 
** 木更津市郷土博物館金のすず
 
 
 
=== 学校教育施設 ===
 
* '''大学'''
 
** 私立大学
 
*** [[清和大学]]
 
** 短期大学
 
*** [[清和大学短期大学部]]
 
* '''高等専門学校'''
 
** 国立高等専門学校
 
*** [[木更津工業高等専門学校]]
 
* '''専門学校'''
 
** 私立専修学校
 
*** [[木更津看護学院]] - [[君津中央病院附属看護学校]]
 
* '''高等学校'''
 
** 公立高等学校
 
*** [[千葉県立木更津高等学校]] - [[千葉県立木更津東高等学校]]
 
** 私立高等学校
 
*** [[暁星国際小学校・中学校・高等学校|暁星国際高等学校]] - [[志学館中等部・高等部 (千葉県)|志学館高等部]] - [[木更津総合高等学校]] - [[拓殖大学紅陵高等学校]]
 
* '''中学校'''
 
** 市立中学校
 
*** 金田中学校 - 岩根中学校 - 岩根西中学校 - 中郷中学校 - [[木更津市立清川中学校|清川中学校]]- 太田中学校 - [[木更津市立木更津第一中学校|木更津第一中学校]] - [[木更津市立木更津第二中学校|木更津第二中学校]] - 木更津第三中学校 - [[木更津市立鎌足中学校|鎌足中学校]] - 富来田中学校 - 波岡中学校 - [[木更津市立畑沢中学校|畑沢中学校]]
 
** 私立中学校
 
*** [[志学館中等部・高等部 (千葉県)|志学館中等部]] - [[暁星国際小学校・中学校・高等学校|暁星国際中学校]]
 
* '''小学校'''
 
** 市立小学校
 
*** 金田小学校 - 岩根小学校 - 高柳小学校 - 中郷小学校 - [[木更津市立請西小学校|請西小学校]] - 祇園小学校 - 木更津第一小学校 - 木更津第二小学校 - 清見台小学校 - 東清小学校 - 西清小学校 - 南清小学校 - [[木更津市立鎌足小学校|鎌足小学校]] - 八幡台小学校 - 富岡小学校 - 馬来田小学校 - 波岡小学校 - 畑沢小学校 - 真舟小学校(2014年4月開校)
 
** 私立小学校
 
*** [[暁星国際小学校・中学校・高等学校|暁星国際小学校]]
 
 
 
== 交通 ==
 
=== 道路 ===
 
主要道路として[[高速道路]]には館山自動車道と東京湾アクアラインが挙げられる。館山自動車道を木更津北インターチェンジ(IC)から北方面に向かうと所要時間約20分程度で[[千葉市]]に到達し、[[京葉道路]]または[[東関東自動車道]]を経由して[[東京都]]へと結ばれる。また南方面は、木更津南ジャンクション(JCT)を館山方面に向かう事で[[富津館山道路]]に接続し、木更津南ICから所要時間30分程度で[[南房総市]]まで結ばれる。[[首都圏中央連絡自動車道]](圏央道)により、木更津JCTから[[茂原市]]・[[東金市]]など外房方面へのアクセスが改善されている。東京湾アクアラインによって東京湾を挟んだ対岸の[[神奈川県]][[川崎市]]と結ばれており、木更津金田IC - [[浮島インターチェンジ (神奈川県)|浮島IC]](約15km)の区間を所要時間約15分程度で移動できる。
 
 
 
[[一般国道]]は、国道16号線(袖ヶ浦木更津バイパス)が市内を通過する。国道16号線を北上することで千葉市-柏市-埼玉県…へ繋がり、幹線道路としての役割を持っている。長須賀交差点で外房地域へと結ばれる国道409号線・国道410号線([[房総横断道路]])、桜井交差点にて館山市を起点とする国道 127号線(内房なぎさライン)に接続している。
 
 
 
;高速道路
 
* '''[[館山自動車道]]''':[[木更津北インターチェンジ|木更津北IC]]-[[木更津ジャンクション|木更津JCT]]-[[木更津南ジャンクション|木更津南JCT]](館山方向と木更津南IC方向に分岐)-[[木更津南インターチェンジ|木更津南IC]]
 
* '''[[東京湾アクアライン連絡道]]''':[[木更津ジャンクション|木更津JCT]]-袖ヶ浦IC(袖ケ浦市)-[[木更津金田インターチェンジ|木更津金田IC]]
 
* '''[[東京湾アクアライン]]''':[[木更津金田インターチェンジ|木更津金田IC]]-[[木更津金田本線料金所|木更津金田TB]]-[[海ほたるパーキングエリア|海ほたるPA]]
 
* '''[[首都圏中央連絡自動車道]]''':[[木更津東インターチェンジ|木更津東IC]] - 木更津JCT
 
;一般国道
 
: [[国道16号]]、[[国道127号]]、[[国道409号]]、[[国道410号]]
 
;県道
 
* 主要地方道
 
*: [[千葉県道23号木更津末吉線]]、[[千葉県道87号袖ケ浦中島木更津線]]、[[千葉県道90号木更津富津線]]
 
* 一般県道
 
*: [[千葉県道146号木更津根形線]]、[[千葉県道160号加茂木更津線]]、[[千葉県道166号馬来田停車場富岡線]]、[[千葉県道167号馬来田停車場中川線]]、[[千葉県道168号鶴舞馬来田停車場線]]、[[千葉県道169号南総馬来田線]]、[[千葉県道222号木更津停車場線]]、[[千葉県道235号巌根停車場線]]、[[千葉県道245号木更津港線]]、[[千葉県道269号大鷲木更津線]]、[[千葉県道270号木更津袖ケ浦線]]
 
 
 
=== バス路線 ===
 
==== 高速バス ====
 
1997年以前、対岸の[[東京都]]や[[神奈川県]]への交通手段は鉄道やカーフェリーが主であったが、東京湾アクアライン開通に伴いフェリー航路は廃止され、代わりにアクアラインを経路とした[[高速バス]]路線が充実するようになる。
 
 
 
'''路線名と主な停留所'''
 
()内はバス運行会社、'''太字'''は市内設置の停留所名
 
* 東京湾アクアライン経由
 
** [[東京駅]]発着
 
*** 木更津線(日東・京成) :君津製鐵所 - '''木更津駅西口''' - '''[[木更津金田バスターミナル|木更津金田BT]]''' ⇔ [[東京駅バスのりば|東京駅]] - [[京成バス東雲車庫|東雲車庫]]
 
*** 君津線(日東・京成) :青堀駅 - '''[[木更津羽鳥野バスストップ|木更津羽鳥野BS]]''' - '''木更津金田BT''' ⇔ 東京駅 - [[浜松町バスターミナル|浜松町BT]] / 東雲車庫
 
*** 鴨川線【[[アクシー号]]】(日東・鴨日・京成) :[[亀田総合病院|亀田病院]] - [[安房鴨川駅]] ⇔ '''木更津金田BT''' ⇔ 東京駅 - 浜松町BT
 
*** 勝浦線(鴨日・京成・小湊) :[[安房小湊駅|安房小湊]] / [[御宿駅|御宿]] - [[勝浦駅]] ⇔ '''木更津金田BT''' ⇔ 東京駅 - 浜松町BT
 
** [[新宿駅]]発着
 
*** [[アクアライナー (高速バス)|新宿線]](小湊・小田急) :'''木更津駅西口''' ⇔ [[バスタ新宿]](新宿駅)・[[新宿駅バスのりば|新宿駅西口]]
 
*** 館山線【[[新宿なのはな号]]】(JR・日東) :[[館山駅]] ⇔ '''木更津羽鳥野BS''' ⇔ バスタ新宿(新宿駅)
 
*** 君津線【新宿・君津号】(JR・日東):[[君津駅]] ⇔ '''木更津羽鳥野BS''' ⇔ バスタ新宿(新宿駅)
 
** 品川線(日東・小湊・京急) :'''木更津駅東口''' ⇔ [[品川駅]]東口
 
** [[東京国際空港|羽田空港]]発着
 
*** 木更津線(日東・小湊・京急・東空) :'''木更津駅東口''' ⇔ 羽田空港
 
*** 君津線(日東・京急) :君津製鐵所 - '''木更津羽鳥野BS''' ⇔ 羽田空港
 
** 川崎線(日東・小湊・京急・東ベ・川崎) :'''木更津駅東口''' ⇔ [[川崎駅]]東口
 
** 横浜線(日東・小湊・京急) :'''木更津駅東口''' ⇔ [[横浜駅]]東口BT
 
 
 
* 房総半島縦断・横断
 
** 千葉線
 
*** 鴨川線【[[カピーナ号]]】(日東・鴨日・千中) :亀田病院 - 安房鴨川駅 ⇔ '''馬来田駅''' ⇔ [[千葉駅]]
 
*** 館山線【南総里見号】(日東・館日・京成) :白浜野島崎 - 館山駅 ⇔ '''木更津羽鳥野BS''' ⇔ 千葉駅
 
** 成田空港線(日東・小湊・京成):'''木更津駅西口''' - '''木更津金田BT''' - [[市原バスターミナル|市原駐車場]] - [[成田国際空港|成田空港]]
 
** 茂原線(小湊):'''三井アウトレットパーク木更津''' - '''木更津金田BT''' - '''道の駅木更津 うまくたの里''' - [[長南町|長南駐車場]] - [[茂原駅]]
 
 
 
'''バス運行会社'''
 
()内は上記略称
 
* [[日東交通 (千葉県)|日東交通]](日東)
 
* [[鴨川日東バス]](鴨日)
 
* [[館山日東バス]](館日)
 
* [[小湊鐵道]](小湊)
 
* [[京成バス]](京成)
 
* [[千葉中央バス]](千中)
 
* [[京浜急行バス]](京急)
 
* [[東京空港交通]](東空)
 
* [[東京ベイサービス (バス会社)|東京ベイサービス]](東ベ)
 
* [[川崎鶴見臨港バス]](川崎)
 
* [[小田急シティバス]](小田急)
 
* [[JRバス関東]](JR)
 
 
 
==== 路線バス ====
 
市内を運行する路線バスは[[日東交通 (千葉県)|日東交通]]・[[小湊鐵道]]の2社により運行されている。
 
 
 
=== 鉄道 ===
 
市内を運行する鉄道路線として[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]の内房線と久留里線がある。内房線の全路線中で2駅、久留里線の全路線中5駅が市内に設置されている。市の中心駅である木更津駅には内房線(普通・特急)、総武快速線、京葉線直通列車が停車する他、久留里線の始発駅になっている。
 
;鉄道路線
 
* [[東日本旅客鉄道|JR東日本]]
 
** {{Color|#00B2E5|■}} '''[[内房線]]''' : [[巌根駅]] - [[木更津駅]]
 
** {{Color|#00B5AD|■}} '''[[久留里線]]''' : [[木更津駅]] - [[祇園駅 (千葉県)|祇園駅]] - [[上総清川駅]] - [[東清川駅]] …(この間の[[横田駅]]、[[東横田駅]]は袖ケ浦市)…[[馬来田駅]]
 
;広範囲な連絡
 
* 千葉市([[千葉駅]])約35km
 
** 内房線:約40分
 
* 東京都([[東京駅]])約75km
 
** [[さざなみ (列車)|内房線特急]]:約60分
 
** [[総武快速線]]:約80分
 
** [[京葉線]]通勤快速:約60分(平日早朝のみ)
 
;隣接市町村との連絡
 
* 袖ケ浦市
 
** 臨海部:内房線([[袖ケ浦駅]]-'''巌根駅''')
 
** 内陸部:久留里線('''東清川駅'''-[[横田駅]]-[[東横田駅]]-'''馬来田駅''')
 
* 君津市
 
** 臨海部:内房線('''木更津駅'''-[[君津駅]])
 
** 内陸部:久留里線('''馬来田駅'''-[[下郡駅]])
 
 
 
=== 港湾 ===
 
江戸時代より木更津港は物資の集散港として機能し、1960年代の[[京葉工業地域]]の発展に伴い工業港として開発が進められる。1968年には間税法上の開港および[[重要港湾]]の指定を受ける。
 
 
 
1965 年から1997年までの間、木更津港は[[カーフェリー]]の発着場として機能し、謂わば市の玄関口としての役割を果たしていた。カーフェリーは対岸の [[川崎市]]や[[横浜市]]に職場を持つ通勤者の足として利用され、その当時の様子は1987年にTBS系列で放映したドラマ『[[男女7人秋物語]]』の作中で、木更津市に住む主人公が川崎市の職場にフェリー通勤するシーンからも垣間見る事ができる。1997年、東京湾アクアライン開通に伴い川崎フェリーが廃止され、木更津港を就航するフェリー航路がすべて廃止となる。現在、着岸地点の[[可動橋]]は撤去されており、フェリー発着場としての形跡は残っていない。
 
 
 
2008年4月には、公共埠頭H岸壁が完成、供用開始となった。
 
 
 
2008年8月には、Autoterminal Japan株式会社の手配によって、自動車専用船が初入港。今後も中古車の輸出港としての発展が期待される。
 
 
 
;重要港湾
 
* [[木更津港]]
 
;かつて就航していたフェリー航路
 
* 川崎航路([[マリンエキスプレス|日本カーフェリー]]:1965年運航開始 - 1997年廃止)
 
* 横浜航路([[東京湾フェリー]]:1965年運航開始 - 1972年廃止)
 
 
 
=== 航空 ===
 
木更津市を中心とする60km圏内には成田空港と羽田空港、2箇所の[[国際空港]]が存在し、市上空は空港から発着する[[旅客機]]の飛行ルートになっている。羽田空港の場合、風向が北風の時の着陸ルート<ref>羽田空港再拡張に伴い、飛行ルートの再検討が行われている(国土交通省提示『羽田再拡張後の飛行ルート案』 [http://www.pref.chiba.lg.jp/kuushin/haneda/saikakuchou/羽田再拡張後の飛行ルートについて])</ref>として、市の上空3,000ftあたりから着陸態勢に入り、東京湾を通過して滑走路に進入するルートが取られる。このルートからならば旅客機の窓より上空から市内を一望することができる。
 
 
 
;近隣の空港
 
* [[東京国際空港]](羽田空港:[[東京都]][[大田区]])
 
* [[成田国際空港]](成田空港:[[成田市]])
 
;自衛隊施設
 
* [[木更津飛行場]]([[空港コード#ICAO空港コード(4レターコード)|ICAO空港コード]]&mdash;RJTK)
 
 
 
== 木更津市出身の著名人 ==
 
<!--
 
出身地の定義:出生地、育った場所、幼少〜青年時代に人格形成をした場所etc…
 
'08.8.30:姓あいうえお順に並べ替え
 
-->
 
<!--* [[石川秀美]](元[[アイドル]])-->
 
* [[石川吉右衛門]]([[勲一等瑞宝章]] 労働法学者)
 
* [[石渡幸二]](船舶評論家)
 
* [[伊奈川愛菓]]([[将棋]][[女流棋士 (将棋)|女流棋士]])
 
* [[岩波重廣]]([[大相撲]][[力士]]) - 1970年代から1980年代前半にかけて活躍した。木更津市畑沢地区で生まれ、[[山口県]][[光市]]で育つ。
 
* [[上原風馬]](俳優)
 
* [[大岩堅一]](アナウンサー) - 長野県内の[[コミュニティFM局]]で制作スタッフ兼任、元朝日放送→元[[長野エフエム放送|FM長野]]→フリー(主に[[信越放送]]の番組に出演)
 
* [[岡晴夫]](歌手)
 
* [[岡崎高之]](元陸上競技選手、[[ローマオリンピック]]・1964年[[前東京オリンピック|東京オリンピック]]日本代表)
 
* [[君錦利正]](大相撲力士) - 1960年代に活躍。
 
* [["狂拳"竹内裕二]](キックボクサー)
 
* [[櫻田宗久]](写真家)
 
* [[泉水博]](獄中者組合結成者)
 
* [[高橋英樹 (俳優)|高橋英樹]](俳優)
 
* [[中尾彬]](俳優) - 木更津市生まれ、[[千葉県立木更津高等学校]]卒業。[[1989年]]([[平成]]元年)発行の[[切手|ふるさと切手]]『証城寺の狸ばやし(千葉県)』をデザインする。
 
* [[中村明花]](ファッションモデル)
 
* [[長嶋織江]](レースクイーン)
 
* [[長谷川榮一]]([[内閣広報官]]・[[内閣総理大臣補佐官]]、元[[中小企業庁]]長官)
 
* [[服部友一]]([[鹿児島讀賣テレビ]]アナウンサー)
 
* [[廣部雅昭]]([[東京大学]][[名誉教授]])
 
* 廣部達也([[東京大学]][[名誉教授]])
 
* [[法木秀雄]](早稲田大学教授)
 
* [[福原香織]](声優)
 
* [[丸山忠久]]([[将棋]][[棋士 (将棋)|棋士]]) - 2000年9月、名誉市民の称号が贈られる
 
* [[三浦美幸]](空手家)
 
* [[水谷妃里]](女優)
 
* [[nanami]](ファッションモデル)
 
* [[谷一歩]](タレント、女優)
 
* [[吉田眞紀人]](サッカー選手)
 
* [[金萬智男]](ラジオパーソナルティー ライター)
 
 
 
== 木更津市を舞台にした作品 ==
 
=== 映像 ===
 
* [[マジすか学園0 木更津乱闘編]](TVドラマ [[日本テレビ]]系、2015年)
 
* [[鳳神ヤツルギ]](TVドラマ [[千葉テレビ放送]]、2011年)&mdash; ヤツルギは2011年4月1日付けで、2012年3月31日までの期間限定で、木更津市のご当地ヒーローに認定され、水越市長より認定証を授与された<ref>{{Cite web|date=2011-04-01|url=http://www.yatsurugi.net/003.html|title=ヤツルギが木更津ご当地ヒーローに認定!|publisher=『鳳神ヤツルギ』公式サイト|accessdate=2011-04-04}}</ref>
 
* [[三菱自動車工業|三菱自動車]]「[[三菱・i|i(アイ)]]」(TVコマーシャル、2006年) &mdash; 生活篇の一部に市内の建物が登場しており、右下に「木更津」と書いてある。
 
* [[木更津キャッツアイ]](TVドラマ [[TBSテレビ|TBS]]系、2002年)
 
** [[木更津キャッツアイ 日本シリーズ]](映画、2003年)
 
** [[木更津キャッツアイ ワールドシリーズ]](映画、2006年)
 
* [[六番目の小夜子]](TVドラマ [[日本放送協会|NHK]]、2000年) &mdash; 木更津市という設定ではないが、メインロケ地として太田中学校など市内の施設が登場する。
 
* [[水の中の八月]](TVドラマ NHK、1998年) &mdash; 舞台は『東京湾岸の町』であり明確にされていない。メインロケ地として木更津市にて撮影が行われる。
 
* [[大地の子]](TVドラマ NHK、1995年) &mdash; 中国残留孤児をテーマにしたNHK放送70周年記念ドラマおよびその原作小説。主人公の実父が住んでいる場所として木更津市が関連する。作中に「東洋製鉄木更津製鉄所」という製鉄所が登場するが、そのモデルは[[新日鐵住金君津製鐵所|新日鐵君津製鐵所]]([[君津市]])であり、ドラマのロケ地にも採用されている。
 
* [[男女7人秋物語]](TVドラマ TBS系、1987年)
 
 
 
=== 書籍 ===
 
* [[青の時代 (小説)|青の時代]](小説 [[三島由紀夫]]著、1950年) &mdash; [[光クラブ事件]]の当事者である山崎晃嗣(木更津市出身、父親は2代目市長を勤めた山崎直)をモデルにした小説。作中では『千葉県K市』と表現されているが『小櫃川』、『鳥居崎海岸』、『矢那川』など木更津市と断定できるキーワードが記述されている。
 
* [[代紋TAKE2]](漫画 [[木内一雅]]原作、[[渡辺潤]]画、[[週刊ヤングマガジン]]連載)&mdash; 主人公が木更津の暴力団組長を襲名したことから物語が展開する(第三部、コミックス15 - 22巻)。また同漫画を原作としたスペシャルドラマが[[日本テレビ放送網|日本テレビ]][[日本テレビネットワーク協議会|系列]]で1993年から1997年にかけて計7回放映された。
 
* [[オーレ!]](漫画 [[能田達規]]作、[[コミックバンチ]]連載) &mdash; 木更津・君津・袖ケ浦・富津の「かずさ4市」が合併して誕生したという設定の架空都市「上総市」が舞台のサッカー漫画。作中では市内に実在する施設が描かれている。
 
* [[サポルト! 木更津女子サポ応援記]](高田桂、[[コミック アース・スター]]連載)
 
 
 
=== 芸能 ===
 
* [[木更津甚句]](民謡)
 
* [[証城寺の狸囃子]](童謡)
 
* [[やっさいもっさい]](祭囃子 [[デュークエイセス]])
 
* [[与話情浮名横櫛]](歌舞伎)
 
* [[お富さん]]([[歌謡曲]] 山崎正作詞、渡久地正信作曲 )&mdash; 「与話情浮名横櫛」を題材とした[[歌謡曲]]で、1954年[[春日八郎]]の歌唱で流行した。
 
 
 
== 脚注 ==
 
{{脚注ヘルプ}}
 
{{Reflist|2}}
 
 
 
== 参考文献 ==
 
* 木更津市史編集委員会編『木更津市史』木更津市、1972年11月3日
 
* 木更津市総務部企画調整室編『木更津市統計書 2002年度版』2003年3月
 
* 木更津市議会事務局編『市政の概要 平成17年度版』2005年9月
 
* 木更津市立図書館編『木更津河岸旧記 解読』1997年3月 ※原本『木更津河岸旧記』国立国会図書館 所蔵
 
* 財団法人千葉県史料研究財団編『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』1999年3月25日
 
* 『角川日本地名大辞典 12千葉県』角川書店、1984年3月8日
 
* 楠原佑介編『難読・異読地名辞典』東京堂出版、1999年3月10日
 
* 『工場ガイド 千葉・茨城 改定2版』データフォーラム
 
* 千葉県立上総博物館編『企業誘致の記憶 -君津と新日鐵-』2003年3月20日
 
* 『Newsweek 日本版』2002年11月6日版、阪急コミュニケーションズ、2002年11月6日
 
* 木更津市「[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式ホームページ]」
 
* 千葉県「[https://web.archive.org/web/20070810140212/http://www.pref.chiba.jp/index.html 千葉県ホームページ]」
 
* 国土交通省「[http://tochi.nla.go.jp/ 土地総合情報ライブラリー]」
 
 
 
== 外部リンク ==
 
{{Commons|Category:Kisarazu, Chiba}}
 
; 行政
 
* {{official website}}
 
; 観光
 
* [http://www.kisarazu.gr.jp/ ようこそ伝説と情緒のまち 木更津市観光協会]
 
 
 
{{千葉県の自治体}}
 
{{Normdaten}}
 
  
 
{{デフォルトソート:きさらつし}}
 
{{デフォルトソート:きさらつし}}
 
[[Category:千葉県の市町村]]
 
[[Category:千葉県の市町村]]
 
[[Category:木更津市|*]]
 
[[Category:木更津市|*]]

2019/4/27/ (土) 19:56時点における最新版

東京湾アクアライン.jpg

木更津市(きさらづし)

千葉県中西部,東京湾にのぞみ,小櫃川三角州に位置する市。 1942年木更津町と岩根,清川,波岡 (なみおか) の3村が合体して市制。 54年鎌足 (かまたり) 村,55年金田 (かねた) ,中郷 (なかごう) の2村および 71年富来田 (ふくた) 町を編入。弥生時代の遺跡と古墳が多く,なかでも上総金鈴塚古墳は有名で,出土品のうち 300点以上が重要文化財に指定されている。近世には年貢米輸送の港町として繁栄した。明治以降は地方商業町,漁港にすぎなかったが,1930年代後半に海軍航空基地が設けられて活気を取戻した。基地跡は現在,陸上自衛隊の駐屯地。

60年代後半に入って,南部の埋立て地に鉄鋼コンビナートが進出し,京葉工業地域が拡大するに従って,住宅地の開発が進んだ。内陸部では米作や果樹・苗木栽培,酪農が行われる。港湾も拡張整備され,神奈川県川崎市とは東京湾アクアラインで結ばれる。 JR内房線から久留里線を分岐,国道 16号線から国道 127号線,409号線を分岐する交通の要所。市内に童謡で有名な証誠寺の狸塚がある。面積 138.95km2。人口 13万4141(2015)。



楽天市場検索: