「水論」の版間の差分

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'''水論'''(すいろん、みずろん)とは、[[灌漑]][[用水路|用水]]の[[田]]への分配([[分水]])をめぐる[[ポレミック|論争]]または[[紛争]]<ref name=kotobank>{{Cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E6%B0%B4%E8%AB%96-138709 |title=水論とは コトバンク|accessdate=2017-04-13}}</ref><ref name=weblio>{{Cite web|url=http://www.weblio.jp/content/%E6%B0%B4%E8%AB%96|title=水論とは - 歴史民俗用語辞典|accessdate=2017-04-13}}</ref>。[[境相論]](論所)を指すこともある<ref name=kotobank2>{{Cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E5%A2%83%E7%9B%B8%E8%AB%96-1168500 |title=境相論とは 世界大百科事典 コトバンク|accessdate=2017-04-13}}</ref>。「[[水争い]]」<ref name=kotobank /><ref name=weblio /><ref name=kotobank3>{{Cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E6%B0%B4%E4%BA%89%E3%81%84-637777 |title=水争いとは コトバンク|accessdate=2017-04-13}}</ref>「水喧嘩」<ref name=kotobank3 />「水騒動」「水紛争」ともいう。
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'''水論'''(すいろん、みずろん)
  
== 概要 ==
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「すいろん」ともいう。灌漑用水の利用をめぐる論争。江戸時代以前にもあったが,村切 (むらぎり) による近世村落の形成期に頻発。村落間,村落内には一定の水利慣行があり,干害時にはよくこの慣行が破られ,暴力行為に及ぶこともあり,訴訟による解決を求めることが多かったが,領主は示談による解決を奨励した。
[[画像:Circular-water-sharing Momoki-Takeda-City.jpg|thumb|250px|水論の原因の一つに、[[農業用水]]の[[分水]]の公平性の確保が挙げられる。公平性を明示的に示すために、近代に築かれるようになった[[円筒分水]]の例。大分県竹田市の[[音無井路十二号分水]](1939年築造)]]
 
[[中世]]の日本においては[[旱魃]]などが起こると暴力行為を伴う紛争となったが{{Refnest|group=注|「水問答」「水合戦」と呼ばれていた<ref name=kotobank3 />。}}、[[近世]]においては暴力より訴訟が望まれ、領主は示談を薦めた<ref name=kotobank />{{Sfn|渡辺|2014|pp=51-68}}{{Refnest|group=注|[[1592年]]、[[摂津国]]、[[豊臣秀吉]]の令。[[1609年]]、幕府令。など{{Sfn|渡辺|2014|pp=60-64}}。 }}。さらに、[[水利権]]の管理は領主の裁定から水利慣行として守られる用水組合を基本とした村落間の自治へと比重を移していった{{Sfn|渡辺|2014|pp=64-66}}{{Refnest|group=注|用水組合の各村落の費用負担は石高に応じて割り振られること(石高割)が多かった(他に、村割、灌漑面積割){{Sfn|渡辺|2014|pp=51-52}}。 ただし、用水の開発に特別の貢献があった村落の特権や、用水組合に後から加わった村落の劣後など、力関係による格差も存在した{{Sfn|渡辺|2014|pp=54-55}}。}}。争いの原因としては、[[堰]]の構造の変更、[[樋 (土木)|樋]]の形態の変更、[[浚渫]]による流量変化、[[分水]]施設の公平さをめぐる争いや経年変化による形状の変更、取水時間や順番(番水)をめぐる争い、[[川|河川]]の両岸にある堰同士においてより上流に堰と取水口を付け替える争い{{Refnest|group=注|川の同じ側にある場合の付け替え争いは少なかった{{Sfn|渡辺|2014|p=59}}。 }}、[[新田]]開発による用水の均衡の変化、が挙げられる{{Sfn|渡辺|2014|pp=55-59}}。[[近代]]以降においては、ポンプ使用を認めるかが水利問題に発展した例がある{{Sfn|片山|1998|pp=65-156}}。[[現代]]の水利問題としては、[[干拓]]や[[ダム]]建設による[[農業]]者と[[漁業]]者との利害対立や、[[水害]]防止、[[資源#水資源|水資源]]確保、[[環境問題|環境保護]]といった観点の違いによる対立がある{{Sfn|渡辺|2014|pp=3-4}}。
 
  
水論は[[夏]]の[[季語]]である<ref name=kotobank /><ref name=weblio />。また、水論にまつわる[[慣用句]]として「水掛け論」や「我田引水」が挙げられる{{Sfn|渡辺|2014|pp=55-56}}。
 
 
日本に限らず、水を用いるところにおいてその分配をめぐる紛争はある。20世紀末以降の[[アメリカ合衆国]]でも、[[ジョージア州]]、[[アラバマ州]]、[[フロリダ州]]にまたがる{{仮リンク|三州水利論争|en|Tri-state water dispute}}が発生している。
 
 
== 脚注 ==
 
=== 注釈 ===
 
<references group=注 />
 
 
=== 出典 ===
 
<references />
 
 
== 参考図書 ==
 
*{{Cite book|和書|author=[[渡辺尚志]]|publisher=[[草思社]]|date=2014-02-26|title=百姓たちの水資源戦争 江戸時代の水争いを追う|isbn=978-4-7942-2036-3|ref={{SfnRef|渡辺|2014}} }}
 
*{{Cite book|和書|author=片山直方|publisher=文理閣|date=1998-07-10|title=灌漑水利権 ふけ川水論|isbn=4-89259-306-0|ref={{SfnRef|片山|1998}} }}
 
 
== 関連項目 ==
 
*[[山論]]
 
*[[溝口水騒動]]
 
*[[日前国懸神宮と高大明神の用水相論]]
 
*[[:en:Category:Water case law]] - 水についての判例法のカテゴリ(英語版)
 
 
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[[Category:農業の歴史]]
 
[[Category:農業の歴史]]

2019/4/24/ (水) 10:02時点における最新版

水論(すいろん、みずろん)

「すいろん」ともいう。灌漑用水の利用をめぐる論争。江戸時代以前にもあったが,村切 (むらぎり) による近世村落の形成期に頻発。村落間,村落内には一定の水利慣行があり,干害時にはよくこの慣行が破られ,暴力行為に及ぶこともあり,訴訟による解決を求めることが多かったが,領主は示談による解決を奨励した。