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{{Infobox 人物
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|氏名            = 金 美齢
 
|ふりがな        = きん びれい
 
|画像            = <!-- 画像ファイル名 -->
 
|画像サイズ      =
 
|画像説明        =
 
|出生名          =
 
|生年月日        = {{生年月日と年齢|1934|2|7}}
 
|生誕地          = {{TAW1895}} [[台北州]]
 
|没年月日        =
 
|死没地          =
 
|住居            = 
 
|国籍            = {{JPN}}(1934-1945、2009-)<br/>{{ROC}}(1945-2009)<!-- {{JPN}} -->
 
|出身校          = [[早稲田大学]]大学院[[文学]][[研究科]]博士課程単位取得退学
 
|職業            = [[評論家]]、[[コメンテーター]]、政治運動家、早稲田大学非常勤英語講師、柴永国際学園・JET日本語学校理事長、中華民国総統府国策顧問(2000-2005,2005-2006)
 
|テレビ番組      = [[朝まで生テレビ!]]([[テレビ朝日]])<br/>金美齢と素敵な仲間たち([[日本文化チャンネル桜]])<br/>[[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。]]([[日本テレビ]])<br/>[[たかじんのそこまで言って委員会]]([[讀賣テレビ放送|読売テレビ]])
 
|政治運動        = [[台湾独立運動]]
 
|配偶者          = [[周英明]]
 
|子供            = 周麻那、他1男
 
|公式サイト      = [http://www.kin-birei.com/ 金美齢ホームページ]
 
}}
 
'''金 美齢'''(きん びれい、{{翻字併記|台湾語|金美齡|Kim Bí-Lîng}}、[[1934年]](昭和9年)[[2月7日]] - )は、[[台湾]]出身の[[日本]]国籍の[[評論家]]、政治運動家。学校法人[[柴永国際学園]][[JET日本語学校]]名誉[[理事長]]<ref>{{citation|和書|title=JET日本語学校 学校紹介|year=|last=|first=|date=|url=http://jet.ac.jp/jp/introduction.html|publisher=|format=|isbn=|accessdate=2018-02-21}}</ref>、元[[台湾総統府]][[国策]][[顧問]]。夫・[[周英明]]との間に1男1女。[[TBSテレビ]]営業局部長の小山(旧姓・周)麻那は長女。
 
 
 
長年[[台湾独立運動]]に関わってきた。
 
 
 
== 経歴 ==
 
[[日本統治時代の台湾]]の[[台北]]の裕福な家庭に生まれる。[[1953年]](昭和28年)に[[台北市]]内の[[台北市立第一女子高級中学]]を[[卒業]]後は結婚、国際学舎(留学生会館)に勤務した。
 
 
 
1956年、22歳の時離婚。[[1959年]](昭和34年)、25歳で[[早稲田大学]][[第一文学部]][[英文学]]科に留学。翌[[1963年]](昭和38年)に同大[[修士]]課程に進学。[[1964年]](昭和39年)、[[東京大学]][[大学院]][[博士]]課程在学中の周英明と再婚(学生結婚)し、1男1女をもうける。[[1971年]](昭和46年)、早稲田大学大学院[[文学]][[研究科]]博士課程単位取得退学。
 
 
 
[[早稲田大学]]の大学院生時代から、聖心女子学院高校・東京女子大学・東京理科大学で非常勤講師を歴任。早稲田大学では、[[1996年]](平成8年)[[3月]]まで20年以上、英語非常勤講師を務めた。[[1975年]](昭和50年)から[[1976年]](昭和51年)まで、[[ケンブリッジ大学]]客員研究員として渡英。
 
 
 
日本滞在中の[[1962年]](昭和37年)、[[台湾独立運動]]を推進していた台湾青年社(後の[[台湾独立建国連盟]])に参加。早大在学中には、台湾独立建国連盟が発行する機関紙の英語版編集長を務め、他の台湾人留学生らと大学同窓会「台湾稲門会」を結成。そのため、夫と共に反政府活動家として政府の[[ブラックリスト]](黒名単)に登録された。[[旅券]]は剥奪され、日本で事実上の亡命生活を送った。
 
 
 
[[1987年]](昭和62年)7月15日、台湾で[[1949年]](昭和24年)5月20日以来38年間続いた[[戒厳]]が解除。翌年、[[李登輝]]が台湾人初の[[中華民国総統]]に就任。台湾民主化の流れの中でブラックリストを解除され、31年ぶりに帰国した。翌[[1988年]](昭和63年)、学校法人柴永国際学園(3月)、JET日本語学校(4月)を設立。
 
 
 
[[2000年]](平成12年)に発足した民進党の[[陳水扁]]政権では、日本に亡命していた[[黄昭堂]]ら、ブラックリスト組の200余名らとともに、中華民国総統府国策顧問の一員となった。
 
 
 
[[2005年]](平成17年)2月28日に総統府国策顧問を辞任、同年5月20日に復帰したが、[[2006年]](平成18年)6月2日に総統府が機構改革のため国策顧問ポストを置かないことになり再辞任。
 
 
 
[[2009年]](平成21年)9月、日本へ[[帰化]]。
 
 
 
[[2017年]](平成29年)秋の叙勲で[[旭日小綬章]]を受章<ref>[http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3201573.html 秋の叙勲、江本孟紀さんら4103人に] TBS NEWS 2017年11月3日</ref>。
 
 
 
== 人物・エピソード ==
 
* [[2001年]](平成13年)2月に[[小林よしのり]]の『[[新ゴーマニズム宣言スペシャル・台湾論|台湾論]]』出版とともに[[立法院 (中華民国)|立法院]]が小林の台湾入国禁止を決定すると、台湾のテレビ討論番組に出演して「私は中華民国を認めない」と発言。これに対し他の出席者から、「中華民国の国策顧問が中華民国を認めないというのならば、即刻辞任しろ」と迫られると、「私は陳水扁総統の国策顧問であって、中華民国の国策顧問ではありません。私を辞任させられるのは陳総統だけです」と応酬した<ref>[[#小林2001|小林 2001]]</ref><ref>金美齢の発言に対し、[[司馬遼太郎]]の紀行文集『[[台湾紀行]]』に「老台北」として登場した[[蔡焜燦]]は「戦後50数年間台湾人が待ち望んだ発言」と著作の中で評している(蔡焜燦『台湾人と日本精神―日本人よ胸を張りなさい-』小学館、2001年)。</ref>。その後、小林の入国禁止措置は解除された。
 
* 2002年11月、[[東京都]][[立川市]]曙町の女性総合センターで開催されていた「国際交流フェスタ」の催しの一つとして「アジアの今を語る」と題した金の講演が予定されていたが、11月19日に「立川市民及び在勤者」を名乗る中国人ら計18人が「金氏は台湾独立の象徴そのものであり、講師に呼ぶことは中国人に対する侮辱」と記した抗議文を立川市と主催者側へ提出。主催者側は11月25日に予定していた講演を中止した<ref>{{Cite news | url =  | title = 台湾人評論家の講演会 市民団体が抗議、中止に 立川市女性総合センター | newspaper = [[読売新聞]] | date = 2002-11-27 | accessdate =  }}</ref>。
 
* [[2010年]](平成22年)10月、約3年間の期間限定で「美齢塾」を開講。
 
* [[安倍晋三]]の支持者として知られ、“ばあや”を自称する<ref>{{quotation|安倍晋三首相の「ばあや」として一言いわせてもらえれば、彼は生まれと育ちがすべてプラスの方向に作用してできた人間だ。政治家の「三代目」として生まれ、なんのコンプレックスもなく育った。だから威張らないし、裏切らない。そして、徹底的に素直で前向きであり、戦う勇気がある。|『凛とした日本人』文庫版前書き7ページ}}</ref>他、[[2012年]](平成24年)には安倍の首相再任を要望する「2012年安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」の代表幹事の一人として名を連ねた<ref>[http://abesouri.com/menber.html 安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会 発起人一覧]</ref>。また、安倍の資金管理団体「晋和会」へ年間100万円の政治献金をおこなっている<ref>『[[サンデー毎日]]』 2014年7月27日号</ref>。2014年(平成26年)8月、NHKプロデューサーを務める義理の息子(長女の夫)が、身分を一般人であるように偽りやはり献金をしていたとして、晋和会は政治資金規正法違反(虚偽記載)で告発されている<ref>[http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-f628.html 安倍首相の資金管理団体を虚偽記載で告発]([http://sdaigo.cocolog-nifty.com/shinwakai_kokuhatuzyo.pdf 告発状全文] )[[醍醐聰]]</ref>。
 
 
 
=== 発言 ===
 
==== 社会保障について ====
 
社会保障の負担増について批判の声をあげる者には否定的であり、「健全に運営されるためにはそれなりの財源が確保されるべき」として高齢者層に負担増の覚悟を求めるとともに「老後とは人生の総決算。貧困も孤独死も、自ら歩んだ道のりの終着点なのだ」と自己責任論を述べている<ref>[http://genki-site.net/kin/newspaper/080502.html 老後は人生の総決算|金美齢ホームページ]</ref>。
 
 
 
また、「弱者のほうが声高にものが言える社会なら、誰もが弱者になったほうが楽ということになる」「頑張ろうという気力、自助の精神が日本人の中から失われている」「民主党の我欲迎合のバラ撒き愚策を[[東日本大震災|津波]]が洗い落としたということ」とも述べている<ref>『凛とした日本人』 [[PHP研究所]] 2011年6月</ref>。
 
 
 
==== 永住外国人参政権に関して ====
 
[[2000年]](平成12年)、「永住外国人の地方参政権付与法案」に関する、当事者の在日韓国・台湾人を交えた民間非営利団体主催の討論会にて、在日韓国人の代表として出席した朴昌憲が「私は戦前から日本国籍を持ち、日系朝鮮族として学徒動員された。だが、終戦後の1952年、突然、日本国籍を奪われた。参政権が欲しいなら日本に帰化しろというが、もともと国籍をもっていた私たちが、どうして新しく『国籍をください』という必要があるのか。参政権は差別撤廃の象徴だ」として 旧植民地出身者やその子孫である「特別永住者」への地方参政権付与は、「日本の戦後処理」と迫ったのに反論し、「参政権は永住者に得になるが、私はあえて反対だ」と訴えた。「韓国人の参政権要求は日本へのルサンチマン(恨み)だ。一世の恨みを二世、三世に刷り込んで、彼らは日本で本当に幸せに暮らせるのか。日本と運命をともにしたい人が国籍を取り、参政権をもつべきだ」とし、「日本人は参政権を、あまりに軽視している。この問題を通じて、日本人こそ日本とは何かを真剣に考えるべきだ」と提案した<ref>「永住外国人選挙権問題 当事者らが討論会 国家、人生観 違い浮き彫り」西日本新聞 2000年9月28日</ref>。
 
 
 
==== 韓国関係 ====
 
2012年(平成24年)夏に[[竹島 (島根県)|竹島]]の領有権を巡って日韓で対立が生じた際、韓流ファンの女性たちに対して「今回の一連のことで、韓流スターといわれる人たちが日本をどう捉えていたのかが、はっきりしたんじゃないでしょうか?結局、日本の女性たちのお財布が目的でしかないということでしょう?文化交流や親善の美名のもとに、日本の女性ファンはコケにされてきたんです。韓国のイケメンたちのホストクラブもあるようですが、それもこれも韓国に利用されているだけ。韓流ファンの女性たちは、もっと現実を見たほうがいいわね」とした<ref>[http://www.news-postseven.com/archives/20120824_138863.html 北原みのり氏「竹島のために韓流という女の遊び奪わないで」] [[女性セブン]]2012年9月6日号</ref>。
 
 
 
==== バラク・オバマについて ====
 
2014年(平成26年)2月23日、『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』で、[[バラク・オバマ]]の[[一般教書演説]]が内政に多くを割いたことについて問われ「そもそもオバマ氏が出てきた大統領選挙。もしオバマさんが白人だったら、あのレベルの政治家では大統領に当選しなかったと私は思ってるわけ。あの当時、やっぱりある種の旋風が巻き起こったんですよ」と述べた<ref>[http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=4224 安倍首相の“お友だち”金美齢氏が侮辱発言―「オバマが白人なら当選しない」] [[週刊金曜日]]2014年3月7日号</ref>。
 
 
 
== 著書 ==
 
=== 単著 ===
 
* {{Cite book|和書|year=1998|month=11|title=自分の人生、自分で決める――言うべきことを言う女の生き方|series=講談社ニューハードカバー|publisher=講談社|isbn=4-06-264087-2}}
 
* {{Cite book|和書|year=1999|month=9|title=世界一豊かで幸せな国と、有難みを知らない不安な人々|publisher=PHP研究所|isbn=4-569-60729-2}}
 
* {{Cite book|和書|year=1999|month=11|title=隣の国からみた日本|series=國民會館叢書 28|publisher=國民會館}}
 
* {{Cite book|和書|year=1999|month=12|title=金美齢の直言|publisher=ワック|isbn=4-89831-013-3}}
 
* {{Cite book|和書|year=2000|month=11|title=日本人に生まれて幸せですか|publisher=海竜社|isbn=4-7593-0645-5}}
 
* {{Cite book|和書|year=2001|month=11|title=金美齢の私は鬼かあちゃん|publisher=黙出版|isbn=4-900682-61-6}}
 
* {{Cite book|和書|year=2002|month=7|title=金美齢と素敵な男たち|publisher=ワック|isbn=4-89831-041-9}}
 
* {{Cite book|和書|year=2003|month=3|title=誰のために生きるのか――人生の危機は知恵と勇気で乗り越える|publisher=海竜社|isbn=4-7593-0757-5}}
 
* {{Cite book|和書|year=2003|month=8|title=三家族11人で暮らしてみたら――三世代同居物語|publisher=扶桑社|isbn=4-594-04162-0}}
 
* {{Cite book|和書|year=2004|month=7|title=「鬼かあちゃん」のすすめ――鍛えてこそ子は伸びる|series=小学館文庫|publisher=小学館|isbn=4-09-405481-2}}
 
* {{Cite book|和書|year=2005|month=4|title=日本が子どもたちに教えなかったこと|publisher=PHPエディターズ・グループ|isbn=4-569-64276-4}}
 
* {{Cite book|和書|year=2006|month=12|title=日本ほど格差のない国はありません!|series=Wac bunko|publisher=ワック|isbn=978-4-89831-558-3}}
 
* {{Cite book|和書|year=2007|month=1|title=いま日本に期待すること|series=國民會館叢書 68|publisher=國民會館}}
 
* {{Cite book|和書|year=2007|month=6|title=日本は世界で一番夢も希望もある国です!|publisher=PHP研究所|isbn=978-4-569-69201-2}}
 
* {{Cite book|和書|year=2007|month=7|title=日本人の覚悟|series=WAC bunko|publisher=ワック|isbn=978-4-89831-565-1}}
 
* {{Cite book|和書|year=2007|month=10|title=夫婦純愛|publisher=小学館|isbn=978-4-09-387747-3}}
 
* {{Cite book|和書|year=2007|month=12|title=凛とした生き方――自分の人生、自分で決める|publisher=PHP研究所|isbn=978-4-569-69521-1}}
 
* {{Cite book|和書|year=2008|month=1|title=戦後日本人の忘れもの――金美齢の直言|series=Wac bunko|publisher=ワック|isbn=978-4-89831-576-7}}
 
* {{Cite book|和書|year=2008|month=3|title=日本の果たす役割と進むべき方向――第34回防衛セミナー講演集|series=防衛開眼 第34集 「日本の安全と平和を考える」シリーズ|publisher=隊友会}}
 
* {{Cite book|和書|year=2008|month=7|title=凛とした母親が日本を救う|publisher=PHP研究所|isbn=978-4-569-70103-5}}
 
* {{Cite book|和書|year=2008|month=8|title=政治家の品格、有権者の品格|publisher=ゴマブックス|isbn=978-4-7771-0892-3}}
 
* {{Cite book|和書|year=2008|month=12|title=金美齢の「老後は人生の総決算」です!|publisher=海竜社|isbn=978-4-7593-1048-1}}
 
* {{Cite book|和書|year=2009|month=7|title=「おひとりさま」で幸せですか|publisher=PHP研究所|isbn=978-4-569-77033-8}}
 
* {{Cite book|和書|year=2010|month=2|title=私は、なぜ日本国民となったのか|series=Wac bunko B-117|publisher=ワック|isbn=978-4-89831-617-7}}
 
* {{Cite book|和書|year=2011|month=6|title=凛とした日本人|publisher=PHP研究所|isbn=978-4-569-79663-5}}
 
* {{Cite book|和書|year=2011|month=11|title=美しく齢を重ねる|series=Wac bunko|publisher=ワック|isbn=978-4-898-31653-5}}
 
* {{Cite book|和書|year=2013|month=2|title=政治家の品格、有権者の品格|publisher=ゴマブックス|isbn=4777124290 }}
 
 
 
=== 共著・編著・共編著 ===
 
* {{Cite book|和書|author=深田祐介|authorlink=深田祐介|year=1996|month=3|title=鍵は「台湾」にあり!――「日・台」新関係がアジアを変える|publisher=文芸春秋|isbn=4-16-351320-5}}
 
* {{Cite book|和書|author=黄昭堂|authorlink=黄昭堂|year=1997|month=7|title=大中華主義はアジアを幸福にしない|publisher=草思社|isbn=4-7942-0763-8}}
 
* {{Cite book|和書|author=福原義春|authorlink=福原義春|year=1998|month=12|title=「不良少女」からコスモポリタンに|series=福原義春サクセスフルエイジング対談|publisher=求龍堂|isbn=4-7630-9841-1}}
 
* {{Cite book|和書|author=小林よしのり|authorlink=小林よしのり|coauthors=[[高橋史朗]]・[[濤川栄太]]|year=1999|month=2|title=子どもは待ってる!親の出番|publisher=黙出版|isbn=4-900682-37-3}}
 
* {{Cite book|和書|author=櫻井よしこ|authorlink=櫻井よしこ|year=1999|month=9|title=自立できない国日本――勇気があれば人生は拓ける|publisher=日本文芸社|isbn=4-537-02714-2}}
 
* {{Cite book|和書|author=深田祐介|authorlink=深田祐介|year=2000|month=11|title=敵は中国なり――日本は台湾と同盟を結べ|publisher=光文社|isbn=4-334-97283-7}}
 
* {{Cite book|和書|author=[[周英明]]|year=2001|month=1|title=日本よ、台湾よ――国を愛し、人を愛すること|publisher=扶桑社|isbn=4-594-03043-2}}
 
* {{Cite book|和書|author=小林よしのり|authorlink=小林よしのり|year=2001|month=7|title=入国拒否――『台湾論』はなぜ焼かれたか|publisher=幻冬舎|isbn=4-344-00095-1|ref=小林2001}}
 
* {{Cite book|和書|author=石原慎太郎|authorlink=石原慎太郎|year=2001|month=10|title=東京の窓から日本を|publisher=文春ネスコ|isbn=4-89036-130-8}}
 
* {{Cite book|和書|editor=[[PHP研究所]]編|year=2002|month=7|title=検証・靖国問題とは何か|publisher=文春ネスコ|isbn=4-569-62266-6}}
 
* {{Cite book|和書|author=テリー伊藤|authorlink=テリー伊藤|coauthors=[[趙宏偉]]|year=2003|month=7|title=お笑い日中戦闘宣言!|publisher=実業之日本社|isbn=4-408-32177-X}}
 
* 「諸問題の解決の鍵は、親が変わること」、{{Cite book|和書|editor=[[全国少年補導員協会]]・[[社会安全研究財団]]編|year=2004|month=3|title=わが国の少年非行の現状におもう――21世紀に生きる若人たちのたくましい成長を願って――少年問題シンポジウム|publisher=全国少年補導員協会}}
 
* [[石原慎太郎]]・[[志方俊之]]・金美齢述「法の不備のもと国民を守るのは誰か」、{{Cite book|和書|editor=『正論』編集部編|year=2004|month=10|title=憲法の論点――『正論』傑作選|publisher=産経新聞ニュースサービス|isbn=4-594-04810-2}}
 
* {{Cite book|和書|editor=[[田原総一朗]]責任編集|author=金子勝|authorlink=金子勝 (経済学者)|coauthors=[[姜尚中]]・[[小林よしのり]]・[[高野孟]]・[[西部邁]]・[[樋口恵子]]・[[森本敏]]|year=2004|month=2|title=「愛国心」「国益」とはなにか。――朝まで生テレビ!|publisher=アスコム|isbn=4-7762-0133-X}}
 
* {{Cite book|和書|author=[[櫻井よしこ]]|year=2008|month=9|title=女は賢く勁くあれ!|series=Wac bunko|publisher=ワック|isbn=978-4-89831-589-7}}
 
* 金美齢述「日本の若者、ハッキリ言って「甘えすぎ」です」、{{Cite book|和書|editor=Voice編集部編|year=2009|month=5|title=クビ切り不要!――大リストラ時代への処方箋|series=Voice select|publisher=PHP研究所|isbn=978-4-569-70876-8}}
 
* {{Cite book|和書|author=渡部昇一|authorlink=渡部昇一|coauthors=[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]]|year=2009|month=10|title=日本を讒(ざん)する人々――不作為の「現実主義」に堕した徒輩を名指しで糺す|publisher=PHP研究所|isbn=978-4-569-70810-2}}
 
* 「私は吸わない。けれど「嫌煙権を振りかざすのはいじめです」」、{{Cite book|和書|editor=[[喫煙文化研究会]]編|year=2010|month=3|title=愛煙家通信|volume=NO.1|publisher=ワック|isbn=978-4-89831-143-1}}
 
* 「元気は食に在り、食は元気に在る」、{{Cite book|和書|year=2010|month=9|title=Oconomission|volume=2010|publisher=オタフクソース}}
 
*「君たちが、日本のためにできること 大学生に伝えたい祖国との絆」[[明成社]]、2011年3月 
 
 
 
=== 翻訳 ===
 
* {{Cite book|和書|author=ベティ・パオ・ロード|authorlink=ベティ・パオ・ロード|year=1992|month=11|title=中国の悲しい遺産――この四十年の検閲なき証言|publisher=草思社|isbn=4-7942-0480-9}}
 
* {{Cite book|和書|author=王文山|authorlink=王文山|year=1997|month=12|title=七つの中国――21世紀中国の覇権主義から全人類を守るために|publisher=文藝春秋|isbn=4-16-353720-1}}
 
* {{Cite book|和書|author=鄒景雯|authorlink=鄒景雯|year=2002|month=12|title=台湾よ――李登輝闘争実録|publisher=産経新聞ニュースサービス|isbn=4-594-03830-1}}
 
 
 
=== 雑誌寄稿 ===
 
月刊りぶる、月刊[[自由民主]]([[自由民主党 (日本)|自由民主党]]機関紙)
 
 
 
== 出演番組 ==
 
{{出典の明記|date=2017年3月6日 (月) 08:46 (UTC)|section=1}}
 
* [[報道2001]]([[フジテレビジョン|フジテレビ]]、[[2007年]](平成19年)12月16日)
 
* [[ビートたけしのTVタックル]](テレビ朝日、[[2007年]](平成19年)7月23日)
 
* [[いつみても波瀾万丈]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]、[[2007年]](平成19年)7月1日)
 
* [[朝まで生テレビ!]](テレビ朝日)
 
* 金美齢と素敵な仲間たち([[日本文化チャンネル桜]])
 
* [[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。]](日本テレビ)
 
* [[たかじんのそこまで言って委員会|たかじんのそこまで言って委員会→そこまで言って委員会NP]]([[讀賣テレビ放送|読売テレビ]])
 
** 準レギュラー、[[2004年]](平成16年)4月から月1回のペースで出演。隔週収録が定着した2010年頃からは月2回のペースで出演。
 
* [[未来ビジョン 元気出せ!ニッポン!]] 2010年11月13日『アジアのリーダーとしての日本』([[BS11]])
 
 
 
== 脚注 ==
 
{{reflist}}
 
 
 
== 関連項目 ==
 
* [[省籍矛盾]]
 
* [[親日]]・[[知日派]]
 
* [[台湾正名運動]]
 
* [[日本李登輝友の会]]
 
 
 
== 外部リンク ==
 
[http://www.kin-birei.com/ 金美齢ホームページ]
 
 
 
{{DEFAULTSORT:きん ひれい}}
 
[[Category:日本の評論家]]
 
[[Category:日本の学校法人の理事長]]
 
[[Category:台湾独立運動]]
 
[[Category:早稲田大学留学生]]
 
[[Category:日本留学経験者]]
 
[[Category:一新塾の人物]]
 
[[Category:台湾の亡命者]]
 
[[Category:中国国民党の人物]]
 
[[Category:旭日小綬章受章者]]
 
[[Category:日本に帰化した人物]]
 
[[Category:台湾系日本人]]
 
[[Category:台北市出身の人物]]
 
[[Category:1934年生]]
 
[[Category:存命人物]]
 
[[Category:安倍晋三]]
 

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