中古日本語

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中古日本語(ちゅうこにほんご)とは、上代日本語中世日本語の間に位置する、日本語の発展における一段階である。平安時代中期に用いられた。日本語の文語体の基礎となる言葉遣いである。

平安時代の初期(10世紀)に日本語を記したものは漢文・変体漢文と訓点資料(漢文訓読を記号・文字で記した資料)・古辞書を除いて残存資料に乏しく、実態ははっきりしない。一方平安時代末期(11世紀末ころ〜12世紀)には中期とは異なる現象が現れ始め、「院政期」と呼ばれる。院政期は後の鎌倉時代と似た特徴を持ち、「院政鎌倉時代」と一括して考えることがある。従って「中古日本語」という時は平安時代の中期を中心に、初期も含めるが、院政期を除いて考えるのが一般的である。そして院政期は「中古」に対して「中世前期」と呼ばれる。

背景

上古日本語は漢字を借用し日本語を写していた (万葉仮名) 。平安時代の9世紀中期には遣唐使が途絶し、服装も独自の変化を遂げるような国風文化のもとで、表記の面でも万葉仮名からひらがなカタカナという表音文字へと変化した。漢字も残し活かしたこの発展は日本語の表記を簡略・豊潤にし、文学の新時代を現出し、『竹取物語』、『伊勢物語』、『土佐日記』などの古典を生み出した。更に仮名交じりによる新たな文体も生み出されるようになった。

音韻

音素

音素に基づく中古日本語の五十音図を以下に掲げる。

/a/ /i/ /u/ /e/ /o/
/ka/ /ki/ /ku/ /ke/ /ko/
/ga/ /gi/ /gu/ /ge/ /go/
/sa/ /si/ /su/ /se/ /so/
/za/ /zi/ /zu/ /ze/ /zo/
/ta/ /ti/ /tu/ /te/ /to/
/da/ /di/ /du/ /de/ /do/
/na/ /ni/ /nu/ /ne/ /no/
/fa/ /fi/ /fu/ /fe/ /fo/
/ba/ /bi/ /bu/ /be/ /bo/
/ma/ /mi/ /mu/ /me/ /mo/
/ya/   /yu/   /yo/
/ra/ /ri/ /ru/ /re/ /ro/
/wa/ /wi/   /we/ /wo/
  • ア行の「オ」とワ行の「ヲ」の区別は11世紀初めには語頭において混乱を始め、11世紀後半には区別がなくなった。『悉曇要集記』(1075年成立)には「オ」のみで「ヲ」が記されていないことからわかる。但し「イ」と「ヰ」、「エ」と「ヱ」の区別はしばらく保たれた。
  • ア行の「エ」とヤ行の「エ」の区別は10世紀半ばまでは区別されていた。紀貫之の『土佐日記』(935年頃成立)を忠実に写した写本には区別があるという。源順(911-983)の作った歌を集めた『源順集』には「天地の詞」に依拠した歌があるが、「天地の詞」には「え」の文字が2回出てくるので区別があった時代のものと見られる。但し源順自身は区別がわからなくなっていた。源為憲が著した『口遊』(970年)に載せられている「たゐにの歌」には区別がなく、いろは歌も同様である。
  • 上代特殊仮名遣の区別はほとんどなくなり、9世紀にわずかに「コ」の甲乙の書き分けが見られる程度である。

音声

実際に発音される音声に関しては、以下のような点が特筆される。

  • ハ行の子音 /f/ はおそらく両唇摩擦音([ɸ]。「ふぁふぃふふぇふぉ」のような音)であった。 ただし語頭以外の位置では、11世紀頃までに /w/ に変化・合流した。これを「ハ行転呼」と呼ぶ。
  • サ行・ザ行の子音 /s/, /z/[ɕ], [ʑ] (「しゃししゅしぇしょ」のような音)か、もしくは [tɕ], [dʑ] または [ts], [dz] のような破擦音であった可能性がある。
  • オとヲが合流した後、[wo] の音声になったと見られている。

文法

動詞

中古日本語は上代日本語から8つのすべての活用を引き継いだ上、新たに下一段活用が加わった。

動詞の活用

棒線部は語幹である。空欄部分は該当が無い場合。二重になっているものは複数または代替のもの。ひらがなは伝統的な活用表である。特に断らない限りカ行で示した。

動詞の分類 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
四段活用 –か (-a) –き (-i) –く (-u) -く (-u) –け (-e) –け (-e)
上一段活用 –き (-) –き (-) –きる (-ru) –きる (-ru) –きれ (-re) –きよ (-[yo])
上二段活用 –き (-i) –き (-i) –く (-u) –くる (-uru) –くれ (-ure) –きよ (-i[yo])
下一段活用 –け (-) –け (-) –ける (-ru) –ける (-ru) –けれ (-re) –けよ (-[yo])
下二段活用 –け (-e) –け (-e) –く (-u) –くる (-uru) –くれ (-ure) –けよ (-e[yo])
カ行変格活用 –こ (-o) –き (-i) –く (-u) –くる (-uru) –くれ (-ure) –こ (-o)
サ行変格活用 –せ (-e) –し (-i) –す (-u) –する (-uru) –すれ (-ure) –せよ (-e[yo])
ナ行変格活用 –な (-a) –に (-i) –ぬ (-u) –ぬる (-uru) –ぬれ (-ure) –ね (-e)
ラ行変格活用 –ら (-a) –り (-i) –り (-i) –る (-u) –れ (-e) –れ (-e)

形容詞の活用

形容詞の分類 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
ク活用   –く (-ku) –し (-si) –き (-ki) –けれ (-kere)  
–から (-kara) –かり (-kari)   –かる (-karu)   –かれ (-kare)
シク活用   –しく (-siku) –し (-si) –しき (-siki) –しけれ (-sikere)  
–しから (-sikara) –しかり (-sikari)   –しかる (-sikaru)   –しかれ (-sikare)

語法

係り結びが確立するようになる。また、敬語が発達した姿を見せるようになる。

文字・書記形式

中古日本語の文字体系は3通りある。まず漢字であり、後に表音文字であるひらがなカタカナが生み出された。漢字を表音的に用いたものは万葉仮名と呼ばれる。平仮名は万葉仮名の草書体である草仮名から、片仮名は漢字の一部分を省略した形から採られている。

書記形式としては、初め漢文を日本的に変形した変体漢文がある。古記録によく用いられるので「記録体」とも呼ばれる。変体漢文には多少の万葉仮名を交じえることがある。次に、ひらがなに多少の漢字を交えた「平仮名漢字交じり文」があり、和歌や物語の多くはこの書記形式で書かれた。カタカナは漢文訓読の記号として用いられたり、或いは私的な文書や落書きにおいて「片仮名文」として用いられることもあった。「漢字片仮名交じり文」としては9世紀の『東大寺諷誦文稿』が早いものであるが、文学作品にも盛んに用いられるようになるのは12世紀の院政期以降である。

語彙・文体

日本語の語彙には、その出自によって和語漢語の違いがあるが、和語の中にも用いる文章によって偏りが見られる。「和文特有語」「漢文訓読特有語」、それから記録体(変体漢文)特有の語彙も指摘されている。例えば和文で「とく(疾く)」と言うところで漢文訓読では「スミヤカニ」と言い、記録体では「早」(ハヤク)と言う。このように「和文体」「漢文訓読文体」「記録体」という3つの文体によって用いる語彙が少しずつ異なり、用途によって文章を書き分けていた。

参考文献

  • 山口明穂; 坂梨隆三、鈴木英夫、月本雅幸 (1997年). 《日本語の歴史》 (ja). 東京大学出版会, 242頁. ISBN 4-13-082004-4. 
  • 近藤泰弘; 月本雅幸、杉浦克己 (2005年). 《日本語の歴史》 (ja). 放送大学教育振興会, 219頁. ISBN 4-595-30547-8. 
  • 佐藤武義 (1995年). 《概説日本語の歴史》 (ja). 朝倉書店, 251頁. ISBN 4-254-51019-5. 
  • 大野晋 (2000年). 《日本語の形成》 (ja). 岩波書店, 767頁. ISBN 4-00-001758-6. 
  • Martin, Samuel E. (1987年). 《The Japanese Language Through Time》 (en). Yale University. ISBN 0-300-03729-5. 
  • Shibatani, Masayoshi (1990年). 《The languages of Japan》 (en). Cambridge University Press, 427頁. ISBN 0-521-36918-5. 
  • Katsuki-Pestemer, Noriko (2009年). 《A Grammar of Classical Japanese》 (en). München: LINCOM. ISBN 978-3929075-687. 
  • Frellesvig, Bjarke (1995年). 《A Case Study in Diachronic Phonology: The Japanese Onbin Sound Changes》 (en). Aarhus University Press, 160頁. ISBN 87-7288-489-4. 

関連項目