角川書店

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角川書店
前身 株式会社角川書店
種類 KADOKAWAブランド
設立日 2013年10月1日
本社郵便番号 102-8177
本社所在地 東京都千代田区富士見一丁目8番19号 角川第3本社ビル 3 - 8F
外部リンク https://kadokawashoten.kadokawa.co.jp/
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角川書店(かどかわしょてん)は、日本出版社KADOKAWAブランドの一つ。東京都千代田区に事業所を置く。

本項では、ブランドカンパニー化以前の株式会社角川書店についても解説する。

概要

1945年、国文学者角川源義により創業。出版第1号は佐藤佐太郎歌集「歩道」。1949年「角川文庫」を創刊し、岩波書店の文庫編集者だった長谷川覚を招き入れる。1952年、「昭和文学全集」の成功により文芸出版社としての地位を確立した。1954年4月2日、株式会社角川書店(現:KADOKAWA)を設立。1956年「角川国語辞典」「角川漢和辞典」を刊行し、辞典分野に進出。1957年「高等学校国語 総合」を発刊し、教科書分野に進出。

1970年代に入って角川文庫を文芸路線から横溝正史を初めとする一般大衆向けに路線転換し、成功を収める。1975年に角川春樹が社長就任後、翌年には映画製作に進出。書籍を映画化しテレビコマーシャルを利用して大々的に販売するメディアミックス戦略を成功させ、日本映画界に角川映画旋風を巻き起こした。その後、映画製作関連して映像パッケージの製作や、音楽著作権ビジネスにも進出した。

1980年代からは『ザテレビジョン』や『東京ウォーカー』などの情報誌、の企画なども行うようになり、80年代後半には漫画雑誌ゲーム雑誌を多数創刊。1988年には角川スニーカー文庫を創刊し、のちには関連会社(アスキー・メディアワークス富士見書房)も含めて、ライトノベル市場の国内最大手となった。

2003年4月1日持株会社制度に移行し、角川ホールディングス(現:KADOKAWA)に社名変更して純粋持ち株会社となる一方、事業会社として新規に株式会社角川書店を設立する。新しく設立された角川書店からは事業再編の一環として分社化が進められ、2004年1月に、映画製作を担当していたエンタテイメント部門を、同グループ傘下の角川大映映画(のち、角川映画)に譲渡。2006年4月には、角川ザテレビジョン、角川クロスメディアなどを同グループ内で分社化。

2007年には再度の分割により、書籍事業部・アニメコミック事業部・カルチャーコンテンツ事業部を新設の株式会社角川書店に移行し、雑誌事業部は角川マガジンズ、映画関連子会社は角川ヘラルド映画(のち、角川映画)にそれぞれ継承された。

2013年10月1日、KADOKAWAに吸収合併され、ブランドカンパニーとなる。

2015年4月1日、KADOKAWAが社内カンパニー制を廃止し、「角川書店」は組織名からは姿を消す[1]

沿革

株式会社角川書店(初代)

  • 1945年11月10日角川源義が角川書店を創業。
  • 1949年角川文庫の刊行。同時期に他社からも続々と文庫本が創刊され、第二次文庫ブームと呼ばれる。
  • 1952年、雑誌「俳句」創刊。全60巻の『昭和文学全集』を発行。1巻あたり10万部を売り上げるベストセラーになり、新潮社の『現代世界文学全集』とともに、戦後の文学全集ブームを牽引。
  • 1954年4月2日、株式会社に改組。資本金は385万円。本社は、東京都千代田区富士見二丁目7番地。
  • 1956年、4月に『角川国語辞典』、9月に『角川漢和辞典』を発刊し、辞典分野に進出。
  • 1957年、高校教科書『国語(総合)』で教科書分野に進出。
  • 1958年、文庫及び単行本の改装と在庫管理を目的として、東京都町田市に鶴川分室を設置。
  • 1965年角川春樹が入社。
  • 1966年角川歴彦が入社。
  • 1967年、大阪府豊中市に大阪営業所を設置。朗読音声を収録したソノシート付きの『カラー版世界の詩集』を発刊。
  • 1969年、福岡市博多区に九州営業所を設置。
  • 1970年、映画「ある愛の詩」の原作小説『ラブ・ストーリィ』を発刊。
  • 1971年、角川文庫から横溝正史作品を刊行。エンターテインメント路線の開始。NHK番組の出版化した『日本史探訪』を発刊。
  • 1972年、株式会社富士見書房を設立し、角川書店発刊の教科書の自習書の発刊・販売を開始。
  • 1974年、埼玉県入間郡三芳町に角川文庫流通センターを設置。
  • 1975年、源義が死去。編集局長の春樹が社長に就任。
  • 1976年、春樹が株式会社角川春樹事務所を設立。角川文化振興財団を設立。角川映画第一作「犬神家の一族」公開。映画製作と出版を連携させ、角川映画ブームを起こす。
  • 1977年、森村誠一「人間の証明」を映画化。
  • 1979年、映画「悪魔が来りて笛を吹く」「蘇える金狼」「戦国自衛隊」他公開。
  • 1981年、映画「ねらわれた学園」「悪霊島」「セーラー服と機関銃」他公開。
  • 1982年、テレビ情報誌『ザテレビジョン』創刊。
  • 1983年、ゲームソフト情報誌『コンプティーク』創刊。PCゲーム漫画などのマニア向けメディアミックスの足がかりとなる。角川アニメ映画第一弾「幻魔大戦」、映画「時をかける少女」「探偵物語」「里見八犬伝」を公開。
  • 1984年、本社を東京都新宿区揚場町4番地に移転。
  • 1985年アニメ雑誌月刊ニュータイプ』を創刊、少女漫画雑誌月刊Asuka』を創刊して少女漫画にも進出。
  • 1988年、本社を東京都文京区本郷五丁目24番5号に新築移転。「スニーカー文庫」創刊。
  • 1989年、株式会社角川春樹事務所を吸収合併。メディアミックス漫画雑誌『月刊コミックコンプ』を、『コンプティーク』の増刊として創刊。
  • 1990年、都市情報誌『東京ウォーカー』を創刊。
  • 1991年、株式会社富士見書房を吸収合併し、富士見事業部を設置。大漢和辞典「角川大字源」発刊。
  • 1992年、株式会社角川興産を吸収合併。「ルビー文庫」創刊。
  • 1992年9月、副社長の歴彦が辞任。
  • 1993年3月、株式会社ザテレビジョン、株式会社角川春樹事務所(2代目)及び株式会社角川メディア・オフィスを吸収合併し、雑誌事業部、ソフト事業部を設置。
  • 1993年9月、大洞國光が代表取締役社長に就任。 歴彦が顧問として角川書店復帰。
  • 1993年8月、大阪支社を大阪市西区に移転するとともに、関西支社に昇格。
  • 1993年10月、角川歴彦が代表取締役社長に、佐野正利が代表取締役専務に就任。
  • 1994年、「関西ウォーカー」創刊。コミックコンプ休刊。少年漫画雑誌月刊少年エース創刊。
  • 1994年12月、株式会社角川書店流通センターを吸収合併。
  • 1995年、本社を東京都千代田区富士見二丁目13番3号に新築移転。株式会社ヘラルド・エースを傘下に修める。名古屋市東区に東海支社を設置。
  • 1996年、「東海ウォーカー」創刊。
  • 1997年、新角川映画「失楽園」、「新世紀エヴァンゲリオン」が大ヒット。「九州ウォーカー」創刊。
  • 1998年11月、映画「リング」「らせん」が大ヒット。「横浜ウォーカー」創刊。東京証券取引所市場第二部上場。
  • 1999年4月、 台湾国際角川書店股份有限公司(現 台湾角川股份有限公司)を設立。
  • 1999年5月、東芝との合弁でテレビ番組制作プロダクション「トスカドメイン」を設立。
  • 1999年11月、株式会社キャラクター・アンド・アニメ・ドット・コムを設立。
  • 1999年12月、株式会社角川インタラクティブ・メディアを設立。
  • 2000年、株式会社ウォーカープラス・ドット・コムを設立。
  • 2001年西友から株式会社エス・エス・コミュニケーションズの株式を取得し、子会社化。「ビーンズ文庫」創刊。「ガンダムエース」創刊。
  • 2002年6月、歴彦が代表取締役会長兼CEOに、福田峰夫が代表取締役社長に就任。
  • 2002年10月、株式交換により株式会社メディアワークスを子会社化。
  • 2002年11月、子会社株式会社角川大映映画が、大映株式会社から映画事業に関わる営業の全部を譲り受ける。
  • 2003年4月1日、株式会社角川書店を、株式会社角川ホールディングスに社名変更し、持株会社化。
  • 2004年3月18日、角川ホールディングスが株式を公開買付けし、株式会社メディアリーヴスを子会社にする。
  • 2004年9月、東京証券取引所市場第一部に移行。
  • 2005年3月、日本ヘラルド映画株式会社の株式を取得し子会社化。
  • 2006年2月、株式会社角川オーバーシーズを吸収合併。
  • 2007年1月、角川GHDの子会社株式会社角川・エス・エス・コミュニケーションズの管理事業を新設分割し、株式会社角川・エス・エス・コミュニケーションズと株式会社角川マガジンズの持株会社「株式会社角川マガジングループ」を設立。
  • 2006年7月1日、株式会社角川ホールディングスから株式会社角川グループホールディングス'(角川GHD)に社名変更。
  • 2009年4月、株式会社中経出版の株式を取得し子会社化。
  • 2011年11月、リクルートから株式会社メディアファクトリーの株式を取得し、子会社化。
  • 2013年6月22日、株式会社角川グループホールディングスから株式会社KADOKAWAに商号変更。

株式会社角川書店(2代目)

  • 2003年4月1日、株式会社角川書店(初代)が、分社型新設分割により事業会社として株式会社角川書店(2代目)を設立。歴彦が代表取締役会長兼CEOに、福田峰夫が代表取締役社長に就任。
  • 2003年9月、ストック型フリーペーパー「TOKYO INDEX」創刊。
  • 2004年1月、角川書店からエンタテインメント事業部を分割、角川大映映画に譲渡。
  • 2005年10月1日、角川書店の会社分割により株式会社富士見書房を設立。
  • 2006年3月、代表取締役社長に井上泰一が就任。
  • 2006年4月1日、角川書店の人的新設分割により、都市情報事業(ウォーカー)と株式会社ウォーカープラス及び株式会社角川書店北海道の株式を新設会社の「株式会社角川クロスメディア」に、また、テレビ情報事業(ザテレビジョン)と株式会社角川インタラクティブ・メディアの株式を新設会社の「株式会社角川ザテレビジョン」に承継。
  • 2007年1月、角川書店の会社分割により、出版事業部・カルチャーコンテンツ事業部を新設する「株式会社角川書店(3代目)」に、雑誌事業部を「角川マガジンズ」に、映像関連子会社とその管理を角川ヘラルド映画に、経営管理・統括部門を角川GHDに、それぞれ承継。
  • 2007年1月、株式会社角川書店(2代目)は、株式会社角川グループパブリッシングに商号変更し、角川グループ出版事業における営業・物流・販売・宣伝・生産を担う会社となる。
  • 2012年7月1日、子会社角川出版販売株式会社を吸収合併。角川シネプレックス株式会社を子会社化。
  • 2013年4月1日、株式会社角川グループホールディングスに吸収合併され解散。

株式会社角川書店(3代目)

  • 2007年1月、株式会社角川書店(2代目)の出版事業部及びカルチャー・コンテンツ事業部を会社分割により、小説・コミックのストーリーコンテンツ及び映像ソフト・書籍・ムック・雑誌を含むカルチャーコンテンツを中心とした専門出版社として株式会社角川書店(3代目)を設立[2]。代表取締役社長に井上伸一郎が就任。
  • 2008年4月、角川書店のクロスメディア事業関係会社である株式会社角川ジェイコム・メディア、株式会社角川デジックス、株式会社キッズネットの管理に係る事業に関する権利義務を株式会社角川マーケティングに譲渡[3]
  • 2011年1月、角川映画を吸収合併。「角川映画」の名称は映像事業のブランドとして存続する[4]
  • 2011年1月20日、角川ゲームスが同年4月1日より角川書店他グループ各社の家庭用ゲームパブリッシング事業を角川ゲームスに統合することを発表[5]
  • 2011年6月13日、本社を角川第3本社ビルに移転。これに先立つ形で同年5月30日に管理局及び紀尾井町オフィス(旧角川映画本社)が同所に移転しており、本社の統合が完了。
  • 2012年5月、NTTドコモと共同でスマートフォン向けアニメ配信事業を行う合弁会社、株式会社ドコモ・アニメストアを設立。
  • 2012年7月、子会社角川シネプレックス株式会社の管理事業を株式会社角川グループパブリッシングに譲渡。
  • 2013年3月29日、角川シネプレックス株式会社がユナイテッド・エンターテインメント・ホールディングス傘下になるのに伴い、角川シネマ新宿、角川シネマ有楽町が角川書店直営に移行する。
  • 2013年4月、スタジオ事業部門を株式会社角川大映スタジオとして分離して設立。
  • 2013年10月1日、株式会社KADOKAWAに吸収合併され解散。

株式会社KADOKAWA 角川書店

  • 2013年10月1日、KADOKAWAに吸収合併され、ブランドカンパニーとなった[6]
  • 2015年4月1日、KADOKAWAが社内カンパニー制を廃止し、「角川書店」は組織名からは姿を消す[1]

角川グループ

角川書店を母体とするKADOKAWA(旧角川グループホールディングス)を中心とし、企業グループを構成している。

角川書店とゆかりのある会社

以下の各社は上述角川グループとの資本関係はない。

  • 角川春樹事務所 - 元社長角川春樹によって設立された出版社。春樹が社長になっている。
  • 幻戯書房 - 角川源義の娘で作家の辺見じゅんが設立した小規模の出版社。角川春樹が会長を務めており、角川春樹事務所と連携し、文芸本を手がける。
  • 幻冬舎 - 1993年に、角川書店の有力編集者であった見城徹他5名が同社を退社して設立した。

角川書店・幻冬舎・角川春樹事務所の間を転職していく編集者もいる。

出版物

雑誌

かつて発行・発売していた雑誌

書籍

教科書

  • 高等学校国語一総合
  • 高等学校国語二総合
  • 高等学校国語三総合
  • 高等学校総合国語1
  • 高等学校総合国語2
  • 高等学校精選国語1
  • 高等学校精選国語2
  • 高等学校国語1
  • 高等学校国語2
  • 高等学校新国語1
  • 高等学校新国語2
  • 高校生の国語1
  • 高校生の国語2
  • 高等学校現代国語一
  • 高等学校現代国語二
  • 高等学校現代国語三
  • 高等学校現代語
  • 高等学校国語表現
  • 高等学校現代文
  • 高校生の現代文
  • 高等学校古典総合一
  • 高等学校古典総合二
  • 高等学校古典総合三
  • 高等学校古典1
  • 高等学校古典2
  • 古典講読 (源氏物語・大鏡)
  • 古典講読 徒然草・枕草子・評論
  • 高等学校古典一
  • 高等学校古典二
  • 高等学校古典三
  • 高等学校古典乙1古文1
  • 高等学校古典乙1古文2
  • 高等学校古典乙2古文
  • 日本古典文学
  • 高等学校古文一
  • 高等学校古文二
  • 枕草子抄
  • 源氏物語抄 夕霧の君
  • 徒然草抄
  • 芭蕉
  • 古典文学選 つれづれ草・枕草子・源氏物語
  • 古典文学選 更級日記・源氏物語・大鏡
  • 高等学校漢文一
  • 高等学校漢文二
  • 高等学校漢文三
  • 漢文 詩と文
  • 唐詩 論語 史記抄
  • 書法
  • 高等学校倫理・社会
  • 高等学校政治・経済

辞典・辞書

映像事業

映画ブランド「角川映画」とアニメブランド「角川アニメ」を有している。

角川アニメは、1983年公開の『幻魔大戦』から始まった。1984年の『少年ケニヤ』から東映ビデオと提携し「角川ビデオ」レーベルでパッケージ製作に参入した。2003年にアニメは「角川アニメ」レーベルへ移行。2004年に設立された角川エンタテインメント(後の角川映画)がパッケージ販売を担うようになり、2011年に角川映画を吸収した後は自社でパッケージ販売を行っている。

2009年1月31日付の産経新聞オンライン版では、角川グループホールディングス著作権を有するアニメの違法アップロードは、YouTubeに限り作品によっては「公認バッジ」を与え、広告を動画に入れる事を条件に認めるとし、原則的に広告収入はYouTubeを経営する米グーグルと角川で分配し、優秀なMAD作品に対しては広告収入の一部を動画作成者に還元すると報道された。尚、これらの前提条件として示された物は「対象のアニメ作品に愛情が感じられる事」であった。[7] しかし、2011年10月12日付のJ-CASTニュースによると角川は、Shareにて角川アニメを違法に共有していた人物を告訴したが、その理由として「アニメなどの本編映像を使用する事を許可している訳では無く、MAD映像程度のものだけを許可している」と言った旨を角川書店法務部のコメントとして紹介した。[8] なお、現在の角川映像作品の取り扱い指針は角川デジックスにて説明されている。[9]

角川アニメ作品一覧

角川ビデオ(KADOKAWA VIDEO)レーベルまたは角川アニメ(KADOKAWA Anime)レーベルからパッケージリリースされたアニメ作品を挙げる。 テンプレート:定義リスト2

映画興行

ファイル:Yomiuri Hall.jpg
角川シネマ有楽町がある読売会館

2013年3月29日、子会社であった角川シネプレックスが、ユナイテッド・エンターテインメント・ホールディングスに譲渡されたため、角川シネマは角川書店直営となった。

  • 角川シネマ新宿1・2 (東京都新宿区、新宿文化ビル内)<2スクリーン、300席/56席>

旧「新宿文化シネマ」の跡地に2006年12月9日「新宿ガーデンシネマ」としてオープン。2008年6月14日に現館名に改称。

  • 角川シネマ有楽町(東京都千代田区有楽町、読売会館内)<1スクリーン、257席>

旧「シネカノン有楽町1丁目」の跡地に2011年2月19日オープン。全席指定・各回入替制を導入している。

ゲームソフト

パソコンゲーム、特にアダルトゲーム家庭用ゲーム機用にして発売しているものが多い。2003年に新ブランド「WellMADE」を設立したが、現在は角川書店本体に吸収されている。2009年ホビボックスとの共同ブランド「角川書店×HOBIBOX」(カドカワホビボックス)を設立。2011年4月に家庭用ゲームパブリッシング事業は角川ゲームスに統合されており、以後企画・制作を角川書店が、販売を角川ゲームスが手がけるという体制になっている。1997年にESPに出資し合同で設立したが、2002年以降は買収され現在は他社と合併している。

PlayStation 2

テンプレート:定義リスト2

PlayStation

PlayStation Portable

ニンテンドー3DS

ニンテンドーDS

その他

テンプレート:定義リスト2

メディアワークス問題(お家騒動)

1992年、当時の社長・角川春樹の下で副社長を務めていた春樹の実弟・角川歴彦が春樹との路線対立から突如辞任し、株式会社メディアワークスを設立。これに伴い歴彦が社長を務めていた角川メディアオフィスの従業員も大挙して退社、メディアワークスに移籍するという分裂状態が発生した。その後春樹がコカイン密輸容疑で逮捕され、春樹が社長を解任されると歴彦がメディアワークスの社長を兼務する形で角川書店に復帰し、最終的にはメディアワークスを角川書店の事実上子会社化することで決着を見た(メディアワークス社側から見た経緯についてはメディアワークス項を参照)。その後歴彦は角川ホールディングス会長に就任している。

メディアワークスが角川グループ入りしたことにより、漫画・ライトノベルなどで角川書店と重複する分野が発生した。更には『ファミ通』などのゲーム情報誌を発行するエンターブレインメディアリーヴスアスキーグループ)が角川グループ入りしたことにより分野の重複が一層進んだ。当面は『ファミ通』とメディアワークスが発行する『電撃』の両ブランドは存続させることとなっているが、『電撃姫』を始めとする美少女ゲーム雑誌分野は再編が始まっている。

また、2007年9月にはメディアワークスとアスキーとの間で合併協議を開始したと発表、2008年4月1日付でアスキー・メディアワークスが発足しており、今後角川書店やエンターブレインを含めた角川グループ内の再編も注視されている。

2013年10月にKADOKAWAがアスキー・メディアワークスを吸収合併。

脚注

外部リンク

テンプレート:角川書店