辰巳

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辰巳 (たつみ たくろう、1958年8月6日 - )は、日本俳優タレント。母方の実家の石川県小松市の病院で生まれ[1]大阪府大阪市住之江区(旧住吉区)育ち。結婚後に枚方市に約10年間在住、現在は東京都在住。タクスオフィス所属及び代表取締役社長。身長180cm、体重80kg。大阪市立敷津浦小学校大阪教育大学附属天王寺中学校大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎京都大学文学部卒業(学位文学士(京都大学))。1男1女あり(長男は一般人、長女は辰巳真理恵)。義父は枚方市民病院元名誉院長で外科医だった森田邦夫。

人物・来歴

父親は大島渚と京都大学で同窓だった。

つかこうへい事務所初の大阪公演『ストリッパー物語』を観て感化され、高校時代に友人の堤啓介(後にNHKに入局)と演劇愛好会劇団軟派船を結成[2][3](愛好会には後輩として吉川徹<後に演出家>も在籍)。

大学在学中には卒塔婆小町劇団そとばこまち)を主宰、初代座長を務める(当時の芸名は「つみつくろう」)。劇団員には川下大洋生瀬勝久らがいた。大学卒業と同時に『ロマンス』にてヒロインの相手役に抜擢されて以降、知的で端正な二枚目ぶりで個性を発揮。

役者としての顔のほか、クイズ番組に数多く出演し、しかも数多く優勝していることでも有名である。『たけし・逸見の平成教育委員会』においては驚異的な正解率(ときには全問正解も遂げるほど)を誇り、芸能界のクイズ王と言われた。先生役の北野武からはラサール石井と共に大絶賛された(たけし落としが完成して海外留学旅行獲得を達成した際には北野が問題を急遽追加して阻止しようとしたが、結局あっさり正解してしまったなど、エピソードは多い)。これが縁で『決戦!クイズの帝王』の司会をラサールと共に務めた。しかし『クイズ$ミリオネア』では、満額の1000万円がかけられた最終問題に挑戦したが誤答した(100万円は獲得した)。クイズ以外のバラエティー番組に出演することは少ない。

無類のワイン通で、2001年に日本ソムリエ協会のソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ)となる。2005年から長野県原産地呼称管理制度のワイン官能審査委員を務める(BSフジの『辰巳郎のワイン番組』やBSジャパンの『辰巳郎の葡萄酒浪漫』の司会も担当)。

2008年小笠原諸島返還40周年大使に任命された。

『ONE PIECE』ファン(「息子が読んでいた原作漫画を読んだらハマってしまった」とのこと)。

称号日本ソムリエ協会ソムリエ・ドヌールシャンパーニュ騎士団騎士

賞歴には法務大臣感謝状などがある。

娘は医者を志していたが「父(=辰巳)の舞台を見て、声楽の道へ方向転換した」という。

近畿大学文芸学部客員教授、国連WFP協会顧問、京都市観光大使なども務めている。

日本棋院評議員としては囲碁の東京オリンピック正式種目化を目指している。

出演

テレビドラマ

テレビ・バラエティー/情報

※2010年1月5日の第7回の優勝者で、親子と出演している回数は2回。

映画

ミュージカル

舞台


その他

CM

名言

「大学を出ている人は頭が良いとか悪いとか言う問題ではなく、自分で目標設定をして、その目標に向かって努力をすると言う経験を通過してきている。そこに値打ちがある」

東日本大震災での「子供が餓死」発言

2011年3月11日に発生した東日本大震災について、被災地である宮城県石巻の知人から「この状況を、たくさんの人に伝えて下さい。死体がゴロゴロなんですから。避難所にいるのに、食糧がなく、子供が餓死してるんですよ。お願いします、辰巳さん!」との衛星電話がかかってきたと同年3月15日のブログに掲載。「避難所で子供が餓死」という情報が辰巳のブログをソースとしてネットで拡散。シネマトゥデイ(本来は映画・芸能ニュースサイト)でも3月19日に「辰巳琢郎「子どもの餓死、死体の山…」石巻市の救援が行き届かない現状を代弁」[5]として取り上げられ、シネマトゥデイが配信する各ニュースサイトで掲載された。

しかし、宮城県で公式に避難所での死者が確認されたのは3月19日であり、子供の餓死ではなく老人の病死であった[6]

3月21日のブログでは、再び連絡が取れた知人に確認した訂正と補足として「指定避難所ではなく、『避難していた場所』だった」「食料はあったが、食べることができずに死んでいった子供のことを『餓死』と表現した」等、先日の発言内容を修正。「「子供が餓死」という言葉が、凄まじいエネルギーを持ってネットの世界を、それこそ津波のように広がったことには、発信元として少し反省もしています」とした。

出典

  1. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「年表」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  2. 関西小劇場どっとこむ - 辰巳琢郎さんの巻
  3. 【人、瞬間(ひととき)】あの芝居 俳優・辰巳琢郎さん(50)(中) (1-2ページ) - MSN産経ニュース
  4. 本来のパーソナリティであった片山右京富士山での遭難騒動で活動を自粛したため代役として出演。
  5. 辰巳琢郎「子どもの餓死、死体の山…」石巻市の救援が行き届かない現状を代弁(シネマトゥデイ、2011年3月19日)
  6. 宮城県の避難所、初の死亡者(日本経済新聞、2011年3月19日)

外部リンク

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