食のタブー

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宗教上の食のタブーとして知られる豚

食のタブー(しょくのタブー)とは、飲食において宗教文化上の理由でタブー(禁忌)とされる特定の食材や食べ方である。

特定の食材がタブーとされる理由としては、大別して

  1. 宗教上、文化上、法律上食べることが禁止されている
  2. 心理的な背徳感から食べることができない
  3. 食材と考えられていないから食べない

の3種があげられる。

世に知られる食慣習やタブーには、既に形骸化し意味を持たなくなっている場合もある。例えばインドなどアジアの多くの地域で妊娠中から授乳期にかけて妊婦に非常に多くの食の禁忌が定められ、欧米の栄養学者から問題視されている。しかし、同様の禁忌のあるマラヤで実際に妊婦たちが食べている食品を調査したところ、おもてむき食べてはいけない多くの食品が摂られていた。他文化の食のタブーを考えるときは、簡単に無知や非合理と捉えず、その禁忌が成立した背景や実態にも目を向ける必要がある[1]

なお、純粋に医学的な理由から、ある特定の食材を避ける必要がある人もいる。一例としては食物アレルギーを有する人の場合、特定の食材がアレルギー症状(場合によってはアナフィラキシーとなり、生命にも関わる)を引き起こすために、該当する食材を避けなければならない。

文化による違い

宗教

宗教によっては、特定の食肉の摂取を禁じている例が少なくない。たとえば、ユダヤ教カシュルート(適正食品規定)と呼ばれる食べてよいものといけないものに関する厳しい規則を定めている。食肉がカシュルートにかなうためには、シェヒーターと呼ばれる屠畜法を用いなければならず、後半身からは座骨神経を取り除かなければならない。ヨム・キプル(贖罪の日)には飲食が禁じられる。イスラム教ではハラールな食品のみ摂取が許される。イスラムで禁忌とされる食材はユダヤ教の規定より品目が少ないものの、摂取が許される食肉についても特定の儀礼によって屠殺されることが必須とされる。さらにイスラム教徒の義務としてラマダーンという断食の習慣も遵守されている。ユダヤ教とイスラム教では、狩猟によって得られるジビエも禁忌とされる。ユダヤ教より発したキリスト教ではパウロが規制撤廃を主張し、エルサレム会議にてわずかな規定を残して食物規制を廃止した。残った規制も、特に西方においてはその後に有名無実となった。

ヒンドゥー教ジャイナ教仏教戒律五戒初期仏教三種の浄肉以外)は肉食を禁止しているため、これらの宗教の信者は今でも多くが菜食主義者であり、精進料理を調理し食べる習慣がある。ラスタファリ運動も菜食を奨励する。キリスト教のセブンスデー・アドベンチスト教会では、ユダヤ教の戒律に準じた食品の摂取と菜食主義を奨励している。キリスト教文化においては、かつて金曜日はキリスト受難の日として肉食を避けるべき日とされ、魚を食べる習慣があった。

現在でもポーランド、南ドイツ等のカトリック勢力の強い国あるいは地域では、この習慣が残っている。なお、正教会では、今日でも水曜日(キリストが裏切られた日)と金曜日には肉・魚・卵・乳製品・植物油・酒類を摂取しない習慣がある。ただし、カトリックにおける小斎大斎、正教会における(特定の日に特定の食物の摂取を控えること)は、厳密な意味の食のタブーではない。実際、ローマ教皇庁は金曜日に肉を食べてはいけないとの公表はしていない。正教会の場合、斎の実行は、個人の自由意志に基づくものとしている。

道教道士は肉や魚、ニラニンニクの類などの五辛を禁じられていた[2]。また、長生きするためには火を使った料理を食べてはいけないと説かれていた[3]

心理的な背徳感によるタブー

特定の食材が心理的な背徳感を喚起するため、食用とすることができない。役畜(ウシウマなど)、ペット動物(イヌネコウサギ)、高い知能を持つと考えられている動物(クジラなどの哺乳類)、絶滅危惧種など、社会で高い価値が認められている動物や植物がこれにあたる。これらに対するタブーは立法化されることが多い。また、一般に食用と考えられている動物でも、ペットとして接することによって特定の個体が擬人化され、食材とみなすことができなくなる場合もある。社会価値の変遷により、何をタブーとするかは同じ社会においても急速に変化する可能性がある。

また、単に人間用の食材と考えられていないためにタブーとなる例もある。多くの文化にとっては多くの無脊椎動物ネズミなどがこれに該当するが、これらに対するタブーが立法化される例は、高い価値が認められている生物の例よりも少ない。

立法

食のタブーが法律によって強制力を持つ例もある。これは異なる食文化への迫害や、人権蹂躙であると主張される可能性がある。たとえば香港では中華人民共和国に主権が返還されたが、イギリス植民地時代に定められた犬肉猫肉の供給を禁じる法令が撤回されないままになっており、同じ文化圏に属する広東省の食文化との食い違いが見られる。

合食禁

特定の食物の組み合わせが禁忌となる場合があり、これを合食禁と呼ぶ。例えばユダヤ教のカシュルートでは、魚と卵を除く動物から得られた食品と乳や乳製品を食べ合わせることを禁じており、この二つを食べる場合は地域にもよるが、1時間から数時間の間隔を置かなければならない。これは聖書申命記にある「(動物の)母の乳でその子を煮てはならない」という記述にもとづく(厳密にはこれは「母の乳で子を煮込めば悲しみで雨が降るだろう」という考えに基づいたまじないの儀式のことであり、「実際に食べてはならない」というよりは偶像崇拝やまじないを禁じた記述である)。厳格なユダヤ教徒は食器から食器洗い機にいたるまで、肉用と乳製品用のものを別にしている。そのため一例として「チーズバーガー」は食べられない。

また、アジアや北アメリカでは、陸生動物と海棲動物を同じ鍋で同時に調理してはいけないというタブーが普遍的に見られる[4]。ただし、両方を同時に食べることに制限はない。

日本の武家の料理である式正料理は膳の左側に山のもの、右側に海のものを盛りつけ、食べる時もまず山のものを食べ、次に海のものを食べ、最後に里のものを食べる、という順序が決まっていた。大林太良によれば、こうした和食の配膳や作法は宇宙の秩序に従ってものを食べなければならないという考えの現れであるという[4]

多文化主義の食のタブーへの対応

多文化主義が浸透している社会では、特定の宗教や信条によって課せられている食のタブーに配慮した食事を選べるようにすることが普通になっている。宗教や医学的な背景から、多くの国籍(宗教)の人の利用が想定される国際線航空便の機内食の場合、社にもよるが、出発24~48時間前までに申し込めば、イスラム教やユダヤ教、菜食主義者など特定の宗教や信条に対応した料理や、低脂肪、低塩分、低(高)タンパク質などの料理といった、特別な機内食が配られる体制を持っている会社が多い。この他、学校病院給食でも同様の対応が見られる。

宗教による食のタブーはステレオタイプに理解されがちだが、他の集団との交流が一般的な現代の都市生活では厳格すぎる規律は支障が多いため、実態としては多様化の傾向にある[5]。たとえばカシュルートで知られるユダヤ教徒のなかでも、合理的に考えて納得出来ない規範はあえて無視する改革派のラビや、タブーをまったく意に介さない世俗派と呼ばれるユダヤ教徒が現れている。

極限状態でのタブー

人が極限状況に置かれた場合や社会が戦乱や飢饉などで窮乏した場合、食のタブーが弛み、禁忌とされる食材や人肉までもが消費されることがある。これは餓死の危険が迫ったときに自己保存本能が慣習に打ち勝つためであるが、タブーを破る現象は衝撃的で多くの人に生理的嫌悪を感じさせるため、センセーショナルに報道されやすい。

文化が人に食へのタブーを課すのはなぜか

イギリスの文化人類学者メアリー・ダグラスの『汚穢と禁忌』によれば、食の禁忌は分類上の落ちこぼれが持つ中途半端な属性がケガレとされたことに理由があるとされている。例えば牛やヤギは四足で蹄が割れており反芻胃を持つのに対し、豚は蹄が割れているが反芻をせず、また兎は反芻はするが蹄が割れていないなど、分類上中途半端であるがゆえに禁忌とされたことになる。

健康上の理由が禁忌につながった可能性もある。たとえば、未調理の豚肉を食べることは旋毛虫病E型肝炎に罹患する恐れがあり、多くの海産物食中毒の恐れが高いとされる場合があるが、これらの考え方は俗説にすぎないという批判もある(詳細はカシュルートを参照)。


「食材」別 食のタブー

食肉(哺乳類)

バリ・ヒンドゥーなどを除く多くのヒンドゥー教徒はどんな肉も全て忌避する。特に牛はヒンドゥー社会では神聖なものであるとされ、ほとんどのヒンドゥー教徒は牛肉を食べない。しかし過去、カーストに属さない不可触民は屠殺を生業とすることがあり、牛肉を食べることがあった。現在、牛肉食はインドでもところどころで受け入れられるようになってきた。インド産以外の牛肉なら食べてもよいと考えるヒンドゥー教徒もいる。牛乳乳製品は牛を傷つけずに得られるため禁忌とはされず、むしろ積極的に消費される。

台湾の年配の人たちにも牛肉食を控える傾向がある。牛は農業に有用なので食べることは間違っていると感じられるからである。また、カナダアカディア人もかつては役畜としての役割を終えた牛のみを屠殺して食用にした。

モーゼ法の時代から、厳格なユダヤ教徒は馬肉を食べない。馬はひづめが割れていないし反芻もしないので、この肉を食べることは禁じられている。

英語圏では馬肉はタブーとされることが多く、馬肉の供給はしばしば非合法でさえある。ロブスターラクダのように、ユダヤ教やキリスト教のある宗派にとっては馬肉が禁じられている。西暦732年に、トゥール・ポワティエ間の戦いの直後に軍馬の供給が重要視されたため、教皇グレゴリウス3世はユダヤ教の禁止令と同じくレビ記にもとづき、異教の「嫌悪感を催す」馬肉食の風習をやめる取り組みを始めた。1000年アイスランドにキリスト教を布教した際、教会関係者はアイスランド人に馬肉食を禁じないことを約束せねばならなかった。

馬肉に対する態度には文化的に近い民族や同じ民族の中でも大きな違いがある。例えばフランスではイギリスと違い必ずしもタブーではなく、大韓民国では馬肉食の習慣は一般的ではないが馬産の伝統が長い済州島は例外である。中国ではさまざまな動物の肉を食べるのに、馬肉を食べる習慣はあまりない。これは李時珍がまとめた『本草綱目』に、馬肉が「辛、苦、冷、有毒」という性質で、傷中を治し、余熱を下げ、筋骨を育て、腰や脊を強くし、壮健、飢餓感を抑える効果があるとする[6]とあり、薬効は認めながらも、むやみに食べてはならないと記載されていたことが大きい。

日本では名馬の産地として知られた東北地方など地方によってはかなり古くから食べてきた。コンビーフソーセージなどを馬肉で作ることもある。なお、競馬関係者及び競馬愛好者の間での馬肉食を敬遠する者もある。

ラクダ

ユダヤ教徒にとってラクダの屠殺と摂食はモーゼ法によって厳格に禁止されている。ラクダは反芻するにも拘らず、外見上蹄が分かれていないからである。イスラム教ではラクダを食べることを禁じておらず、アラビア半島ソマリアなどの乾燥地帯ではよく食べられている。

トナカイ

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トナカイの肉を運ぶハンター、グリーンランド

トナカイアラスカノルウェースウェーデンフィンランドロシアカナダではよく食べられている。北欧諸国ではトナカイは伝統的な食肉用の家畜、「北の牛」と考えられている一方、家畜としてのトナカイが一般的でない欧米のその他の国ではむしろサンタクロースの橇を引く役畜と考えられているからである。

シカ

遠野おしら様を奉じる家では、鹿肉の消費を禁忌とした[7]。 おしら様を信仰している家では鹿のみならず「四足」の牛や豚、さらに「二つ足」のであっても、肉類の食用は憚られる。タブーを犯すと、「口が曲がる」という。このタブーを嫌がり、おしら様の信仰をやめた家も多い。

豚肉#豚肉のタブー も参照の事。

古代メソポタミアでは、豚は卑しい物とされていたが、食べられていた。馬、犬、蛇を食べることはタブーであった。

古代エジプトでは、豚と牡山羊は不浄な物として、神殿への生贄としての持ち込みが禁止されていた。しかし庶民は気にせず食べていたし、養豚も行われていた。

豚肉を食べることは、イスラム教、ユダヤ教、セブンスデー・アドベンチスト教会で戒律上禁じられており、現在でも比較的良く守られている。この決まりごとには様々な論理があるが、禁じている考え方それぞれ全てに受け入れられている論理はない。「不浄である」と考えられていることは、下記の点によるとされている。しかし豚は本来、非常に清潔好きな動物であり、飼育環境の劣悪な養豚場に詰め込まれ、人間に不浄という濡れ衣を着せられてしまったといえる。

  1. はストレスを感じたときに水中や泥、排泄物の上でもお構いなしに転げまわってのたうつ性質を持つ。
  2. 何でも食べることで、「人間にとって貴重な食物を奪い合う存在」と考えられている。

なおイスラエル国防軍では必要に迫られた場合のみ豚肉を糧食として用いてもよいが、豚肉に触れた食器は全て使用後に捨ててしまう。

キリスト教ではエルサレム会議にて規制を廃止したため、聖書の規定に関わらず摂食は自由となった。ただし近代になってから興った教派の一部には禁じるものもある。

かつてハワイ王国では、カプという掟により女性は豚を食べることを禁じられていた[8]

ウサギ

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野生のウサギ

ノウサギはレビ記において特に不浄な動物であると述べられていて、ユダヤ教徒及びユダヤ人のキリスト教徒はこの禁忌を固く守っている。

ヨーロッパではジビエとしてノウサギを食べる他、家庭で草や野菜くずを与えてアナウサギ(カイウサギ)を飼育し、肉用にニワトリを飼う感覚で屠殺して食べることも珍しくなかった。しかし、ウサギを食べる機会よりもペットとして接する機会が多くなった社会では、ウサギを食べることに抵抗を持つ人が多い。

日本では現在はウサギをあまり食べないが、かつては一般的な食用獣であり、例えば徳川家でも正月にウサギ肉入り雑煮を食べたという。ウサギを「匹」ではなく鳥類と同様の「羽」と数える場合があるのは、「四つ足でない」ため食べてもいいというこじつけ(ウサギをに読み替え鳥肉と偽る)のためだったといわれる。ただし、この「羽」という数え方はあくまでウサギを「食肉」として扱う際の数え方である。

ネズミ目

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クイの丸焼き、ペルー

西洋のほとんどの文化では、ネズミは不潔な害獣またはペットであって、人が食べるには適さないとされている。

クジラ・イルカ

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ビタミンCが豊富なマクタク(鯨の皮下脂肪)はイヌイットの伝統食

クジラやイルカは鱗がない水棲動物なので、ユダヤ教ではレビ記第11章の条件にあてはまらないため、カシュルートにより食用禁止となる。ハディースには、浜辺に打ち上げられたクジラの死骸から食料を作っている場面が描かれ、それを食べてもよいか?と教友が預言者ムハンマドに尋ねたところ、「海から来たものなら死んでいるものでも食べてもよい」と答え、預言者ムハンマド自身、クジラの肉を食べたと言われている。キリスト教の大多数の宗派も同様である。英国の王ヘンリー6世はイルカ料理を好み[9]、また、英国の宮廷では17世紀の終り頃までイルカの肉を食べる習慣があった[9]。フランスのパリでは16世紀、レストランのトゥール・ダルジャンが開店した際のメニューにイルカのパイ(Porpoise pie)が載っている[9]。欧米諸国では20世紀始めまでは主に鯨油を採取するため盛んに行われ、鯨肉を食べることもあった。日本、ノルウェーアイスランドフェロー諸島韓国インドネシア等では伝統的に鯨が食肉として食べられている。日本でも古くから西日本を中心とした捕鯨を基幹産業とする地域において食用とされ、現代でも文化を引き継ぐ千葉県神奈川県山梨県静岡県和歌山県沖縄県などの地域ではスーパーでイルカ肉が売られている。戦後の食糧政策で鯨肉は日本中で一般的に食するようになり、最盛期には学校給食に安く卸されていたり、缶詰として安く市販されていた。また、捕鯨を禁止している国でも、アラスカなど、先住民によって捕鯨が行われ、脂身をも食す。アイヌでは干し肉も食した。

犬・ 猫

イスラム教とやユダヤ教では肉食獣を食用にすることを禁じているため、犬・猫共にこの禁制が適応される。

食文化についての詳細は「犬食文化」を参照。

「犬食文化」をもつ国々では、をペットとして飼う一方で食用にもしており、朝鮮半島ヌロンイハワイハワイアン・ポイ・ドッグメキシココリマ・ドッグ南アメリカテチチのような食肉専用の犬種も作出された。しかし、犬を主に愛玩動物と見なす近代欧米の習慣が浸透するにつれ、文化摩擦を引き起こす例がある。

日本においても、中世以前においては赤犬などがしばしば食用とされていた。しかし、江戸時代の途中から徳川綱吉による生類憐れみの令の影響により禁忌となった。明治以降では太平洋戦争後の食糧難の一時期を除いて、犬を食用とする文化はごく一部を除いては無くなっている。

食文化についての詳細は「猫食文化」を参照。

イエネコを食用とするタブーは、人類に身近な愛玩動物を食肉として扱うという点で犬食のタブーとの類似点が多い。猫食文化は世界中に散見され、飢饉や経済的窮乏と関係なく猫肉を嗜む文化が存在するが、犬と同じく、愛護団体からの抗議運動が起こっている[10][11]

BBCは、2015年、中国・天津市の民家で食用猫200匹が保管されていた事件について、「中国では、猫食は広くタブーとされているものの、いまだ農村地帯では食されている」と説明しながら、インターネット上で猫を食用にすることについて抗議活動が発生したと報道した。 [12]

霊長類

霊長類を食べることは種の相似性からウイルス感染の危険性を増加させる。エイズエボラ出血熱の感染源は類人猿の肉を食べた事にとって感染したと考えられているが、加熱不足な肉でないかぎり感染の危険性は無いとも考えられている。

生肉

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カルパッチョ

肉類は寄生虫の感染や食中毒を防ぐために火を通して食べることが多い。生肉を食べることは多くの国で暗黙のタブーとして存在し、焼かない肉を食べるのは野蛮あるいは危険だとか、食べる際に血液がにじみ出る様が嫌がられる(次の項目を参照)など、嫌われる理由は色々ある。生魚を食べる習慣がなかった地域では、生魚も生肉と同様に嫌われることが多かったが、近年は食される機会も増えつつある。

血液

ユダヤ教徒、イスラム教徒やエホバの証人の信者は、飲血や血から作られた食物をとることを禁じられている。生きたまま動物を食べる踊り食いも、血を含むため禁じられる[13]。ユダヤ教では血抜きを徹底するため、食肉を塩水に漬ける必要がある。キリスト教において律法規制を大幅に緩和したエルサレム会議でも血液食の禁止は維持されている。しかし西方教会の信仰される地域ではそれ以前からの血液の食材利用の伝統が存続している。また、ポルトガルではアロース・ドゥ・カビデラ(Arroz de cabidela)というニワトリやアヒルの血入りのリゾット郷土料理となっている。

屠殺の主要な副産物である血液は非常に栄養価が高いため、世界各地で食用とされてきた。ブーダンスンデブラックプディングなどのブラッドソーセージは世界の多くの地域で非常に有名であるにも拘らず、一部の社会では気持ち悪がられることがある。

鳥類

ユダヤ教では、肉食の鳥類を不浄としている。また、鳥類のジビエも屠殺されていないためカーシェールではなく、不浄である。

古代から中世にかけてのヨーロッパでは、ハクチョウクジャクズアオホオジロなどが食通によって賞味され、カラスも食べられたが、今日の欧米では一般的な食材とは見なされない。

かつてベンガル地方では、若い娘がアヒルの卵を食べることを禁じた。アヒルの卵は体に熱を与えると信じられているため、貞操を危機にさらす効果があると考えられたためである[14]

台湾東方の孤島・蘭嶼の原住民・ヤミ族は、鶏卵の食用をタブーとする。日本統治時代、島を訪れた日本人の食後の後片付けで食器を洗う際、生卵が入れられていた器を触れるのさえ嫌がったという。

魚介類と無脊椎動物

ケニアキクユ族カレンジン族の一部はを食べることを禁忌している。

ユダヤ教徒は、レビ記により鱗とひれを持たない水生動物を不浄とすることから、水中に住むにもかかわらず鱗をもっていない淡水ウナギやナマズのような魚の摂食を禁止している。イスラム教シーア派は淡水ウナギを不浄としている。

かつてハワイ王国では、女性はアジ(ulua)やハクセンヒメジ(kūmū)を食べることを禁じられていた[8]

豊臣秀吉徳川家康フグ食の禁止令を発し、明治時代に入るまで解禁されなかった。フグは猛毒という認識のため、フグを食材と見なしていない地域は多い。

モンゴルにはアムールイトウの生息する水系がいくつかあるが、古くより遊牧を生業としてきた事から、魚は食料とは考えられていない。ウランバートルにもイトウ料理を出す店があった時期もあるが、現在は存在しないとの事である。チンギス・カンが幼少期において困窮していた事を示す逸話のひとつとして、魚を食べていたという事が語られている。

台湾東部に位置する離島蘭嶼の原住民であるタオ族は、トナ(ウナギ)の食用をタブーとする。また、女性が食べてはいけない魚もある。

甲殻類と軟体動物

エビカニイカタコといった魚類以外のほとんどの海産物は水中に住んでいるがひれと鱗を持たないので、ユダヤ教とキリスト教の一部の教派によっては食べることを禁止されている。キリスト教の正教では大斎が長く、この期間中魚肉の摂取が禁止されるため、地中海付近ではイカやタコを使った料理が発達している。

香港などで美味な食材として扱われているシマイシガニは、甲羅に十字架に似た模様がついているため、キリスト教徒は食べるのを恐れる。

イカやタコは、食べることを禁止されていなくても、これらを食用とする地域は東アジアイタリアスペインなど地中海沿岸、およびラテンアメリカの沿岸部に限られている。特にタコはかつて「悪魔の魚」と呼ばれて嫌われていたこともあり、北ヨーロッパの現地料理ではほとんど見られない。しかし最近では寿司が日本国外でも普及していることにより、イカやタコもアメリカなどで普通に食されることが多くなっている。

日本においてもイカやカニのタブーがなかったわけではなく、上泉信綱伝の『訓閲集』(大江家の兵法書を改良)巻六「士鑑・軍役」において、武家が軍中において禁食している事として、「イカ、スルメ、カニ、トビウオ(ケガの際、血が止まらなくなるとの理由)、またイノシシ、シカなどの諸肉を軍神が嫌う」ので禁じている(タブーとしている)と記述している。

オーストラリアでは「食物を苦しませずに殺す法律」があるので、ロブスターやエビといった甲殻類でも調理するときには即死するように脊髄からさばくことが定められている。生きているそれらをそのまま焼いたり茹でるのは厳禁とされている。

台湾蘭嶼タオ族は、乳児のいる女性はヒザラガイを食べてはいけないとする[15]

昆虫

ユダヤ教では、イナゴバッタの仲間を除く虫は全て不浄であるとされる。虫が混入した食物も、虫を誤って食べるおそれがあるために避けられる。

昆虫食はアジア、アフリカ、ラテンアメリカ、オセアニアで今なお親しまれており、昆虫は安価で良質のタンパク源になりうる。

植物

ネギ属

仏教やヒンドゥー教では、タマネギネギニラニンニクラッキョウアサツキなどネギ属の植物の消費が禁じられている。

イスラム教では、ムハンマドが祈りの前に生のタマネギとニンニクを食べることを禁じたとされる。

豆類

ピュタゴラス教団は、類を禁忌とした。これはソラマメ中毒の予防が目的ではないかと考えられている。

その他

ヤズィード派レタスライマメを禁忌とする。

ハワイでは、かつて女性がバナナココナッツを食べることを禁忌とした[8]

アボカドは催淫効果があると信じられていたため、貞潔な印象を壊さないためにその購入や消費を避けることがあった。

厳格なユダヤ教徒は虫が隠れていてカーシェールではないかもしれないため、ブロッコリーなどを避けることがある。また、カーシェール機関は果物を潰さないで不浄な生物を取り除くことが難しいため、ブラックベリーラズベリーを避けるように勧告している。

飲料へのタブー

ファイル:The Drunkard's Progress - Color.jpg
飲酒の弊害を説いたリトグラフ、アメリカ、1846年ごろ

アメリカ合衆国では、禁酒法により1919年から1933年まで酒類の生産、取引と消費が違法となった。その後、酒類規制権限はに移管され、現在でも酒類の売買を違法とする禁酒郡 (dry county) と呼ばれる郡が残っている。また少数政党の禁酒党が19世紀より活動を続けている。

海上自衛隊では再軍備に関わった禁酒法時代のアメリカ海軍の流れをくんでいるため艦内での飲酒は禁止されている。

イスラム教では戒律により飲酒は禁止されているが、実際には世俗的な地域では、飲酒がタブーでない場合もある(イスラム教における飲酒を参照)。アラブ首長国連邦では非イスラム教徒の外国人だけは飲酒を認められている(シャールジャでは外国人も飲酒は禁止されている)。

仏教は具足戒十重禁戒で出家僧の飲酒を禁じ、在家信者についても五戒で飲酒が禁じられているが、現代日本などではあまり励行されていない。

キリスト教の多くでは聖餐式葡萄酒を利用しているが、聖書エペソ人への手紙5章18節で酩酊することを禁じている。カトリック修道院が自活の一環としてビールを醸造して販売することは伝統的に行われている。一方、救世軍アルコール依存症者の回復支援をしている関係で飲酒をタブーとしている[16]。またラスタファリズムも飲酒を禁止し、末日聖徒イエス・キリスト教会モルモン教)、セブンスデー・アドベンチスト教会は酒やカフェイン飲料などの精神昂揚作用のある嗜好品の摂取を禁止している。

茶、コーヒー

ラスタファリズムはコーヒーを禁忌としている。

末日聖徒イエス・キリスト教会モルモン教)はとコーヒーを禁忌としている。茶やコーヒーを禁忌とする理由としては、カフェインが含まれる事が挙げられる場合があり、末日聖徒イエス・キリスト教会ではコーラその他カフェインを含む炭酸飲料を禁忌としている派もある。

ヴィーガン母乳を含む乳の摂取をタブーとしている。

人肉食へのタブー

今日の世界においては人肉食を許容している文化はないが、過去には人肉食を特定の形で許容する文化が世界各地に存在した。

その他

人体の健康や生態系に及ぼす影響への懸念から、アジアやヨーロッパ、アフリカには遺伝子組み換え作物から作られた食品を忌避する国が存在する。

脚註

  1. マーヴィン・ハリス『食と文化の謎:Good to eatの人類学』 岩波書店 1988年、ISBN 4000026550 pp.306-316.
  2. 窪徳忠 『道教百話』 講談社学術文庫 (第18刷)1999年(第1刷1989年) ISBN 4-06-158875-3 p.31.
  3. 窪徳忠 『道教百話』 p.45.
  4. 4.0 4.1 南 2014, pp. 33-36.
  5. 南 2014, pp. 12-13,88.
  6. 李時珍、『本草綱目』「獸之一」、明 [1]
  7. 柳田國男『遠野物語拾遺』(新潮文庫、昭和48年)、p109。
  8. 8.0 8.1 8.2 Corum, Ann Kondo. Ethnic Foods of Hawai'i: Revised Edition. The Bess Press, Honolulu, Hawai'i, 2000. p4
  9. 9.0 9.1 9.2 中世からルネサンス期のイルカ料理
  10. 中国の動物愛護団体、「ネコ肉レストラン」に抗議大紀元 2018年4月22日閲覧。
  11. 反犬猫肉世界同時抗議イベント/Anti-Dog and Cat meat World Wide Event
  12. Claws out over China cat meat scandalBBC 2018年4月22日閲覧。
  13. 創世記9章4節。bible.cc
  14. Banerji, Chitrita. Bengali Cooking: Seasons and Festivals. Serif, London, 1997. p150
  15. 邵廣昭 ほか、『雅美(達悟)族的海洋生物 Maomaoran no karakowan no wawa do pongso』p195、2007年、台東、臺東県政府 ISBN 978-986-00-9416-9
  16. 救世軍の特徴

文献情報

  • 「文化相対主義―文化と比較―」2006.5.10.慶大(文)比較文化関係論 [2]
  • 南直人 『宗教と食』 ドメス出版〈食の文化フォーラム〉、2014。ISBN 9784810708110。

関連項目