マグネンティウス

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フラウィウス・マグヌス・マグネンティウスラテン語: Flavius Magnus Magnentius, 303年 - 353年8月11日)は、ローマ帝国の帝位簒奪者(350年 - 353年)である。弟にデケンティウスがいる。

コンスタンス1世を殺害し帝位に就く。弟デケンティウスを副帝(カエサル)に任命し、自らは正帝を名乗った。しかしコンスタンス1世の共同皇帝コンスタンティウス2世と対立し、351年にコンスタンティウス軍とムルサの戦いで敗れ、イタリアへ敗走し、353年8月11日リヨンで自殺した。そしてそれを告げられたデケンティウスも翌朝8月12日、首を吊った姿で発見された。

コンスタンティウス2世・コンスタンス1世兄弟の父コンスタンティヌス1世の異母弟フラウィウス・ユリウス・コンスタンティウスと最初の妻ガッラ(ガラ)の娘の一人とユストゥスという男性との間に生まれたユスティナを妻としていた。マグネンティウスとユスティナの間には子供は無く、ユスティナはマグネンティウスの死後、ウァレンティニアヌス1世と再婚。ウァレンティニアヌス2世、グラタ、ユスタ、ガッラ(ガラ)の1男3女を儲け、ウァレンティニアヌス朝の一員となる。子女のうち、ガッラはテオドシウス1世の後妻となり、グラティアヌス、ガッラ・プラキディア、ヨハネスの2男1女の母となる。ガッラ・プラチディアの子にウァレンティニアヌス3世がおり、テオドシウス朝の一部を形成した。この血筋は少なくとも6世紀の終わりまで存続している。