京都銀行

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株式会社京都銀行(きょうとぎんこう、The Bank of Kyoto, Ltd.)は、京都府京都市下京区に本店を構え、京都府内を中心に営業している地方銀行である。

概要

京都府の指定金融機関。企業キャッチフレーズは「飾らない銀行」。2004年から放映されている奇抜なテレビCM「ながーい、おつきあい」シリーズでも知られる。英字表記は『The Bank of Kyoto』であるが、各店鋪やATMでは『The Bank for Kyoto』と記されている。

戦後京都ではベンチャー企業が勃興し、オムロン任天堂村田製作所京セラワコール等の「京都銘柄」と称される地元企業を京銀は主力銀行として支え、それら企業の発展を背景に業容も拡大[1]。またそれら企業の株式を多数保有するため膨大な株式含み益を得ている[2]

かつては特筆的な業務として、1945年9月、第二次世界大戦の敗戦に伴う引き揚げ港として全国10港が指定されたが、段階的に役目は終了。1950年以降は舞鶴港が唯一の引き揚げ港を担い、1958年9月の最終船である白山丸の寄港で役目を終えた。この間京銀は地元銀行として全く経験のない引揚者持ち帰りの外貨両替業務を手掛けた[1]

2007年より、地元プロサッカークラブ京都サンガF.C.ユニフォームスポンサーとなる。翌年からは朝日放送→朝日放送テレビ朝日放送ラジオ全国高校野球選手権大会中継の提供スポンサーも担う[注釈 1]。なお、通常は出店地域のみで放送されている「ながーい、おつきあい」のCMは、特別番組などのスポンサーとなった際は未出店地域も含め全国に放映される。

1923年、(新)安田銀行(現:みずほ銀行)発足時に参画した同名の銀行とは無関係である。

店舗政策

京都府内の市町村と滋賀県大阪府奈良県兵庫県愛知県東京都に支店と出張所を持つ。

戦前まで、京都市内における銀行は東京市内(現:東京23区)と同じくほとんどが都市銀行の支店であり、地元の地銀は小規模のものが数行存在していたに過ぎなかった。しかも、そのいずれもが結局大手銀行への併合の道をたどり、京都大内銀行が安田銀行と当時福知山に本店を置いていた丹和銀行に分割譲渡されたのを最後に、戦時中において、京都市内では地元地銀が消滅してしまった。

戦後、地域産業発展のため地元資本による地銀の設立を求める声が起こり、また蜷川虎三京都府知事も中小企業金融の充実に積極的であったこと、加えて日銀京都支店を歴任した一万田尚登総裁も「大都会に本店銀行がないのは日本七不思議の一つである」と地元本店銀行の必要性を説いたことから[3]丹波丹後地区における戦時中の統合銀行であった丹和銀行が京都市内に進出した。すでに同行時代において、日本勧業銀行京都支店から京都府の本金庫(指定金融機関)業務を移管されていたこともあり、それに相応しい商号に変更する必要があるとして1951年に京都銀行に行名を改めた[3]。さらに1953年には本店を京都市の現在地(旧:高島屋跡)に移転している。その後京都市内における店舗拡大策として、都銀をはじめとした他銀行の支店の譲受や自主出店により店舗数を増やした、その一方で1980年代に府外支店の大部分を整理している[注釈 2]

1998年6月、柏原康夫が頭取に就任する。当時京銀も少なからず不良債権を抱えており、担当部署から先述の株式含み益によって不良債権を処理する案が具申された。しかし、含み益を使用した場合には保有株式の簿価が上昇し、経営基盤が弱体化するため、それは使用せず、就任1年目はあえて赤字決算を計上した[4]。その時分、京銀の資金量は地銀界において15~16位程度につける横ばいの状態が続き、周囲の金融機関を見渡してもリストラが横行していた。

そうした中、柏原は銀行の規模を拡大することによって収益力を高めていく成長戦略に舵を切った。だが、京都府内はメガバンクのほか有力信金も存在する全国有数の激戦地であるため、府内で資金量を増やすことは至難の業であった。そこで、隣接県に出店し規模を拡大していくこととし、2000年12月に滋賀県草津市に新規出店したことを皮切りに、攻勢に打って出た。そして「広域型地銀」を標榜し店舗の連続性を考えながら水が染み透るように出店を重ね[5]、滋賀、大阪、奈良へと店舗網を拡張。さらに兵庫にも尼崎支店(2004年12月)、神戸支店(2005年9月)[注釈 3]、川西支店(2007年10月)、六甲道支店(同11月)を開設するに至っている[注釈 4]。2011年4月にはかつて撤退した名古屋支店[注釈 5]を再出店。それに先立って、2011年1月より中京広域圏テレビ愛知含む)でのテレビCM放送を開始している。また2015年12月には、東京支店を営業部に昇格し、人員を10名増員したほか、2016年7月19日には愛知県下2店目となる刈谷支店および刈谷住宅ローンプラザを刈谷市に開設した[6][7][8]。これによって2000年以降の出店は50店舗超を数えた[9]

京銀は後発であるため、京都市の指定金融機関には指定されず[注釈 6]、また市内シェア(預金1兆円以上の金融機関のみで)も三菱UFJ銀行京都中央信用金庫京都信用金庫三井住友銀行などと分け合っている[注釈 7]。旧三和銀行の流れを汲み、京都でのシェアが高いMUFGは、府内預金シェア約15%、貸出シェア10%で、預金・貸出とも当行に次ぐ2位。京都中央・京都信用金庫を抜いた模様[10]

京都府の出納機関業務を京都中央信金が固辞したため、京銀が烏丸高辻に本店を建設したとの話がある。また上記の経緯から京都市との結びつきは少ないが、府下の他市町村とは紐帯も強く、京都市以北では京都北都信用金庫と並び重要な地位をしめている。

京阪電気鉄道と提携して駅構内ATM「ステーションATMエキバンク」を主要駅に展開している。

沿革

関係会社

連結子会社

  • 烏丸商事株式会社
  • 京銀ビジネスサービス株式会社
  • 京都信用保証サービス株式会社
  • 京銀リース・キャピタル株式会社
  • 京都クレジットサービス株式会社
  • 京銀カードサービス株式会社
  • 株式会社京都総合経済研究所
  • 京銀証券株式会社

持分法適用関連会社

  • スカイオーシャン・アセットマネジメント株式会社

融資系列

(親密取引先を含む)

ほか

脚注

注釈

  1. 朝日放送ラジオでは月曜 - 金曜の9時前などにもCMを流している。
  2. 主な例として、1985年に名古屋支店他を三井銀行(現:三井住友銀行)に、1988年に神戸支店は、大阪銀行(現:近畿大阪銀行)にそれぞれ営業譲渡した。
  3. 1988年に廃止された旧神戸支店は、大阪銀行(現:近畿大阪銀行)に営業譲渡され旧店が撤退してから17年ぶりの出店である。
  4. これは旧兵庫銀行の経営破綻など、同県内に有力地銀が存在しない状況も大きく影響している。またその為、京都銀行を含む県外地銀の進出攻勢が激しくなっている。
  5. 1985年に廃止された旧名古屋支店は、三井銀行に営業譲渡され旧店が撤退してから26年ぶりの出店である。
  6. 京都市指定金融機関は三和銀行UFJ銀行三菱東京UFJ銀行と変遷。
  7. 都銀4行合計で預金約5兆円。京都市内の預金は1兆円以下であるが、京都市内にはみずほ銀行やりそな銀行、滋賀銀行、京都府南部には南都銀行も多店舗展開している。地銀の滋賀・南都・北陸・北國・福井・但馬・池田の預金合計で約7000億円。

出典

  1. 1.0 1.1 『日本地方金融史』P 250
  2. 『日本地方金融史』P 252
  3. 3.0 3.1 『日本地方金融史』P 247
  4. 『ドキュメント 銀行 金融再編の20年史─1995-2015』P 321 - 322
  5. 『ドキュメント 銀行 金融再編の20年史─1995-2015』P 323 - 324
  6. “京都銀、愛知県刈谷支店を開設 トヨタグループお膝元”. 日本経済新聞. (2016年7月20日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFD19H0I_Z10C16A7L91000/ . 2016-11-6閲覧. 
  7. “京都銀行 県内2店目「刈谷」開設 トヨタグループ技術を多数採用 地域密着PR”. 中部経済新聞. (2016年7月20日). http://www.chukei-news.co.jp/news/201607/20/articles_27839.php . 2016-11-6閲覧. 
  8. “京都銀、首都圏と中部圏の貸金高1兆円に 20年メド”. 日本経済新聞. (2015年12月7日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF07H0T_X01C15A2EE8000/ . 2016-11-6閲覧. 
  9. 『ドキュメント 銀行 金融再編の20年史─1995-2015』P 324
  10. 「三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合について」 添付資料 (PDF, 公正取引委員会報道発表資料 平成17年5月11日) 別添-第5-1-(2)-ア、別添-第5-2-(2)-ア
  11. 楽々荘にまつわる物語”. . 2007年9月10日閲覧.
  12. 12.0 12.1 12.2 12.3 12.4 12.5 沿革(京都銀行)
  13. “京都銀行、証券業に参入 来年に全額出資子会社”. 日本経済新聞. (2016年6月28日). http://www.nikkei.com/article/DGXLZO04137530X20C16A6LDA000/ . 2016-11-6閲覧. 
  14. “京銀が証券子会社設立へ 資産運用ビジネスを強化”. 京都新聞. (2016年6月27日). http://www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20160627000153 . 2016-11-6閲覧. 

参考文献

  • 日経金融新聞編 地方金融史研究会著『日本地方金融史』日本経済新聞社、2003年。ISBN 4532350514
  • 前田裕之 『ドキュメント 銀行 金融再編の20年史─1995-2015』 ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年。ISBN 4799318209

外部リンク