松平氏

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松平氏[1](まつだいらし)

徳川氏の本姓。清和源氏新田氏の出とも,在原,賀茂,藤原諸氏の出ともいう。室町時代,三河国賀茂郡松平郷に住し,松平氏を称した。戦国時代には土豪として強大化し,清康のとき岡崎城を築いて四隣に名をあげ,織田,今川諸氏らに対抗するにいたった。家康のとき初め今川氏に従ったが,桶狭間の戦い後,織田氏と和して三河を統一し,さらに遠江を征服して武田氏に対抗した。永禄9 (1566) 年徳川姓に改め,本能寺の変後,豊臣秀吉に従い,天正 18 (90) 年江戸に入部し,関八州を経営するにいたった。慶長5 (1600) 年関ヶ原の戦いに勝ち,同8年征夷大将軍,江戸に幕府を開いて以来明治にいたった。この間,将軍家および御三家御三卿の嫡流は徳川氏を,その他の庶流および支族は松平氏を称した。丹波亀山,肥前島原,豊後杵筑,三河西尾,駿河小島,摂津尼ヶ崎,出羽上ノ山,伊予松山・伊勢桑名・伊予今治・下総多古 (久松氏) ,陸奥会津 (保科氏) ,武蔵忍・上野小幡 (奥平氏) ,美作鶴田,美作津山,越前福井,出雲松江,出雲広瀬,出雲母里,上野厩橋,播磨明石,越後糸魚川,美濃高須,伊予西条,讃岐高松,陸奥守山,常陸府中,常陸宍戸,武蔵川越,上野吉野などの松平氏があった。また,外様大名で松平姓が与えられたものに金沢前田,鹿児島島津,仙台伊達,山口毛利,鳥取池田,岡山池田,徳島蜂須賀,福岡黒田,広島浅野,高知山内らがあったが,いずれも,明治にいたり本姓に復した。



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  1. もともとは松本氏と呼ばれたという(丹羽基二著『名字でここまでわかる おもしろ祖先史』(青春出版社1990年)p76-77より)。