円周率の無理性の証明

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円周率の無理性の証明(えんしゅうりつのむりせいのしょうめい)は、円周率無理数であること、すなわち円周率の小数展開が無限に続き、しかも循環しないことの証明である。円周率が無理数であること自体はよく知られた事実であるが、その証明を目にする機会はあまりない[1]。知られている中で最も簡単な証明は、初等的な微分積分学のみを用いるものである。

歴史

円周率は古代から考察の対象とされ、無理数であることは紀元前4世紀アリストテレスが予想していたが、証明されたのは二千年以上後のことである。1761年ドイツ数学者ランベルトは、正接関数の無限連分数表示

[math]\tan x=\cfrac{x}{1-\cfrac{x^2}{3-\cfrac{x^2}{5-\cfrac{x^2}{\ddots\,}}}}[/math]

を用いて、初めて円周率の無理性を示した[2]。その証明は現代的にはやや不満の残るものであったが、1794年フランスルジャンドルは厳密な証明を与え、さらに π2 も無理数であることを発見した。したがってルジャンドルは π の無理性よりも強い結果を示した。

20世紀には、初等的な微分積分学の知識のみを用いた証明が発見された。そのうち最もよく知られたものは、カナダ出身のニーベン1947年に発表した証明[3]である。それ以前の1945年にも、イギリスメアリー・カートライトEnglish版が似た証明を与えている。彼女はそれを公表しなかったが、後にジェフリーズの著書に収録された[4]1949年日本岩本義和は、ニーベンのアイデアを用いて π2 が無理数であることの初等的な証明を与えた[5]

1978年、フランスのアペリーは全ての立方数逆数

[math]\frac{1}{1^3} +\frac{1}{2^3} +\frac{1}{3^3} +\frac{1}{4^3} +\cdots[/math]

が無理数であることを示した(アペリーの定理を参照)。この値は、リーマンゼータ関数

[math]\zeta (s)=\frac{1}{1^s} +\frac{1}{2^s} +\frac{1}{3^s} +\frac{1}{4^s} +\cdots[/math]

s = 3 における値 ζ(3) である。同様の手法で、彼は全ての平方数の逆数和

[math]\frac{1}{1^2} +\frac{1}{2^2} +\frac{1}{3^2} +\frac{1}{4^2} +\cdots[/math]

すなわち ζ(2) も無理数であることを示した。この極限[math]\frac{\pi^2}{6}[/math] に等しい、という事実をすでにオイラーが示していたので(バーゼル問題を参照)、これはルジャンドルが示したことと同値である。すなわち、アペリーの証明は π2 が無理数であることの別証明になっている。

証明

本節では、ニーベンの証明を紹介する。原論文は必要最低限の記述しかないが、ここではいくらか解説を加えている。円周率 π は、正弦関数 sin x の正の零点の中で最小のものとする[6]。証明は背理法による。π は有理数である、すなわち、[math]\pi =\frac{a}{b}[/math]a, b整数)と表せると仮定して、矛盾を導く。

自然数 n に対して、関数 fn(x) を

[math]f_n (x)=\frac{1}{n!} x^n (a-bx)^n[/math]

で定義する。さらに、

[math]F_n (x)=f_n (x)-f_n^{(2)} (x)+f_n^{(4)} (x)-\cdots +(-1)^n f_n^{(2n)} (x)[/math]

とおく。ここで、f(k)fk微分を表す。

補題 1Fn(0) は整数である。

証明fn(x) の定義式を二項展開すると、

[math]f_n (x)=\frac{1}{n!} \left\{ a^n x^n -\binom{n}{1} a^{n-1} bx^{n+1} +\binom{n}{2} a^{n-2} b^2 x^{n+2} -\cdots +(-1)^n b^n x^{2n} \right\}[/math]

fn(k)(x) に x = 0 を代入することを考える。

k < n のときは、fn(k)(x) の各項は全て1次以上だから、fn(k)(0) = 0。

nk ≤ 2n のときは、x = 0 を代入する際に、1次以上の項は同様に 0 となるため、定数項のみが残り、

[math]f_n^{(k)} (0)=\frac{1}{n!} \left\{ (-1)^{k-n} \binom{n}{k-n} a^{2n-k} b^{k-n} x^k \right\}^{(k)} =(-1)^{k-n} \frac{k!}{n!} \binom{n}{k-n} a^{2n-k}b^{k-n}[/math]

となる。

nk ≤ 2n より [math]\frac{k!}{n!}[/math], a2nk, bkn は整数であるから、fn(k)(0) は整数である。

ゆえに、fn(k)(0) のである Fn(0) は整数である。

補題 2Fn(π) = Fn(0)

証明[math]\pi =\frac{a}{b}[/math] より fn(πx) = fn(x) 、この両辺を k微分すると、連鎖律(合成関数の微分法則)より、

[math](-1)^k f_n^{(k)}(\pi -x)=f_n^{(k)} (x)[/math]

が(正確には数学的帰納法により)分かる。k = 0, 2, 4, …, 2n を代入して得られる式の総和を取ると、

[math]F_n (\pi -x)=F_n (x)[/math]

を得る。x = 0 を代入すると、補題の式が得られる。

補題 3[math]\int_0^\pi f_n (x)\sin x\,dx=2F_n (0)[/math]

証明:deg fn = 2n より fn(2n+2)(x) = 0、ゆえに、

[math]F''_n (x)+F_n (x)=f_n (x)[/math]

これと、積の微分法、三角関数の微分の公式(微分法#性質参照)を用いると、

[math](F'_n (x)\sin x-F_n (x)\cos x)'=f_n (x)\sin x[/math]

を得る。微分積分学の基本定理より、

[math]\int_0^\pi f_n (x)\sin x\, dx=\bigg[ F'_n (x)\sin x-F_n (x)\cos x\bigg]_0^\pi =F_n (\pi )+F_n (0)[/math]

となる。最後の等式では、π が正弦関数の零点であることを用いた。補題 2 より、これは 2Fn(0) に等しい。

結び: 0 < x < π の範囲では fn(x) > 0 かつ sin x > 0 である(π は正弦関数の正の零点のうち「最小の」ものであることに注意)。ゆえに、fn(x) sin x > 0, 補題 3 より Fn(0) > 0 である。次に、この Fn(0) を上から評価する。

[math]x(\pi -x)=-\left( x-\frac{\pi}{2} \right)^2 +\left( \frac{\pi}{2} \right)^2 \le \left( \frac{\pi}{2} \right)^2[/math]

より、

[math]f_n (x)=\frac{b^n}{n!} \left\{ x(\pi -x) \right\}^n \le \frac{b^n}{n!} \left( \frac{\pi}{2} \right)^{2n}[/math]

を得る。0 ≤ xπ で 0 ≤ sin x ≤ 1、補題 3 より、

[math]F_n (0)=\frac{1}{2} \int_0^\pi f_n (x) \sin x\,dx \le \frac{1}{2} \int_0^\pi \frac{b^n}{n!} \left( \frac{\pi}{2} \right)^{2n} \times 1\,dx=\frac{b^n}{n!} \left( \frac{\pi}{2} \right)^{2n+1}[/math]

ここで、自然数 n は任意である。一般に、[math]\lim_{n\to \infty} \frac{p^n}{n!} =0[/math] が成り立つ。したがって、十分大きな n に対して 0 < Fn(0) < 1 が成り立つ。これは補題 1 に矛盾する。(証明終)

Cartwright の証明

Mary Cartwright が1945年に提出した証明は、起源が不確かだが、知られている。

[math]\frac{\pi}{2} =\frac{b}{a}[/math] と置き、自然数 n に対し、

[math]I_n (x)=\int_{-1}^1 (1-z^2)^n \cos xz\,dz[/math]

と置く。このとき、[math]\frac{b^{2n+1}}{n!} I_n \left( \frac{\pi}{2} \right)[/math] は整数となる。また、十分大きな n に対し、[math]0\lt \frac{b^{2n+1} I_n \left( \frac{\pi}{2} \right)}{n!} \lt 1[/math] が言える。これらは矛盾する。

L. Zhou と L. Markov の証明

ニーベン・インケリの定理より、s20 でない有理数ならば、cos s は無理数である。cos π = −1 は有理数であるから、π2 ≠ 0 は無理数である[7](したがって π も無理数である)。

Zhou–Markov は π が無理数であることの別の初等的な証明も与えている[7]

ニーベン・インケリの定理の証明を次に示す[7]

整数 n ≥ 0 に対して

[math]g_n(x) = \frac{(r^2 x^2 - x^4)^n}{n!}[/math]

とおき

[math] \begin{align} I_n &= \int_{0}^{r} g_n(x) \sin(r-x)dx,\\ J_n &= \int_{0}^{r} x g_n(x) \cos(r-x)dx,\\ K_n &= \int_{0}^{r} x^2 g_n(x) \sin(r-x)dx,\\ L_n &= \int_{0}^{r} x^3 g_n(x) \cos(r-x)dx,\\ \end{align} [/math]

とおく。n = 0 のときの積分をすると

[math] \begin{align} I_0 &= J_0 = 1-\cos r,\\ K_0 &= r^2-2-2\cos r,\\ L_0 &= 3K_0,\\ \end{align} [/math]

である。各積分を1回ずつ部分積分することにより、n > 0 に対して次の漸化式を得る。

[math] \begin{align} I_n &= 4L_{n-1}-2r^2 J_{n-1},\\ J_n &= (4n+1)I_n-2r^2 K_{n-1},\\ K_n &= -(4n+2)J_n+2r^2 L_{n-1},\\ L_n &= (4n+3)K_n+2nr^2I_n-2r^4 K_{n-1}.\\ \end{align} [/math]

これらより、I n , J n , K n , L n は、すべて

[math] \begin{align} u_n(R)+v_n(R)\cos r \end{align} [/math]

の形になる。ただし、u n ( R )v n ( R ) は整数係数の R = r 2 の多項式で、次数は高々 2 n + 1 である。

[math] \begin{align} I_m = J_m = K_m = L_m = 0\\ \end{align} [/math]

だと仮定すると

[math] \begin{align} I_0 = J_0 = K_0 = L_0 = 0\\ \end{align} [/math]

である。ところが

[math] \begin{align} 2I_0 + K_0 = r^2 \ne 0\\ \end{align} [/math]

なので矛盾である。したがって、I n , J n , K n , L n のうち少なくとも1つは、無限に多くのゼロでない項を持つ。それを M n とおく。

さて

[math] \begin{align} R = r^2 = {a \over b} \ne 0\\ \end{align} [/math]

が有理数で

[math] \begin{align} \cos r = {p \over q}\\ \end{align} [/math]

も有理数だと仮定する。すると、qb 2n + 1 Mn は整数で、n → ∞ のとき限りなく小さくなる。したがって十分大きな n に対して、qb 2n + 1 Mn = 0 となり、Mn = 0 となる。これは矛盾である。ゆえに、ニーベン・インケリの定理が証明された。

ランベルトによる証明

0 でない有理数 y に対する値 x = arctan y は無理数であるから、π = 4 arctan 1 は無理数である[7]

より進んだ結果と未解決問題

ルジャンドルは π2 が無理数であることを示したが、現在では π累乗は全て無理数であることが知られている。実際、ドイツのリンデマンは、1882年π超越数であることを示した。これは、さらに一般的なリンデマンの定理[8]の特別な場合である。この定理は、円周率のみならず、ネイピア数 e, 2の自然対数 log 2, 1正弦 sin 1 などが超越数であることを導く、非常に強力なものである。また、ネステレンコは πeπテンプレート:Mathbf代数的独立であることを示した[9]。この事実は、π が無理数であることや超越数であることを内包している。

これらの進んだ結果が知られているにもかかわらず、円周率の性質が十分判明したとはいえない。例えば、その(任意の記数法において)小数展開の数字列が十分に「乱数的」であるといえるか(「真の乱数」による乱数列と、何か異なった性質がありはしないか)、例えば正規数であるか、という問題は(そうであろうとは一般に信じられてはいるが)未解決である。また、πππ + e のような単純な定数についても、無理数であるかどうかも分かっていないようなものがある。

脚注

  1. 小平邦彦は、晩年のエッセイの中で「最近初めて証明を読んだ」と記している(小平 p. 79)。『数学セミナー』2004年12月号の特集「知っているようで知らない証明に再挑戦」で「π超越性」が取り上げられた。
  2. 歴史については Beckmann 16章 を参照。証明については Hairer & Wanner 1.6節 を参照。ランベルトの原論文は Mémoires sur quelques propriétés remarquables des quantités transcendantes, circulaires et logarithmiques. Mémoires de l'Académie royale des sciences de Berlin, année 1761/1768, 265-322 pdf ファイル
  3. Ivan Niven, A simple proof that π is irrational, Bulletin of the American Mathematical Society, 53 (1947), 509. 論文の PDF ファイル
  4. Jeffreys p.268
  5. Aigner & Ziegler 6章。原論文は Y. Iwamoto, A proof that π2 is irrational, Journal of the Osaka Institute of Science and Technology 1 (1949), 147-148.
  6. 初等教育においては、円周率の定義は「円周長の直径に対する比率」と学ぶ。この定義は初学者には受け入れ易いものの、現代数学の観点からは、曲線の長さの定義に依存しているという問題がある。そのため、現代数学においては、別の定義が採用されることが多い。円周率#定義も参照のこと。どの定義も結果的に同じ定数を定めることが従う。
  7. 7.0 7.1 7.2 7.3 L. Zhou and L. Markov, Recurrent Proofs of the Irrationality of Certain Trigonometric Values, テンプレート:ArXiv.
  8. 1885年ワイエルシュトラスが証明を簡潔にしたので、リンデマン–ワイエルシュトラスの定理とも呼ばれる。Beckmann 16章 を参照。定理の主張と証明については 塩川 2.7節 を参照。
  9. 塩川 p. 93.

参考文献

  • M. Aigner and G. M. Ziegler, Proofs from the Book, 3rd edition, Springer, 2003. ISBN 3540404600
    • 蟹江幸博訳『天書の証明』シュプリンガー・フェアラーク東京、2002年(2nd edition の訳)ISBN 443170986X
  • P. Beckmann, History of Pi, 3rd edition, St. Martin's Press, 1971 ISBN 0312381859
    • 田尾陽一・清水韶光訳『π の歴史』筑摩書房、2006年 ISBN 4480089853
  • E. Hairer and G. Wanner, Analysis by Its History, Undergraduate Texts in Mathematics, Springer-Verlag, 1996 ISBN 0387945512
    • 蟹江幸博訳『解析教程』シュプリンガー東京、2006年(上巻)ISBN 4431712135(下巻)ISBN 4431712143
  • H. Jeffreys, Scientific Inference, 3rd edition, Cambridge University Press, 1973 ISBN 0521084466
  • 小平邦彦編『数学の学び方』岩波書店、1987年 ISBN 4000055119
  • 塩川宇賢無理数と超越数』 森北出版、1999-03-30。ISBN 4-627-06091-2。 - 20~21頁に円周率の無理性の証明が掲載されている。

関連項目