統計集団
統計集団(とうけいしゅうだん、英: statistical ensemble)とは、統計力学における基本的な概念の一つで、巨視的に同じ条件下にある、力学的に同じ系を無数に集めた仮想的な集団である。統計的(とうけいてき)アンサンブル、確率集団(かくりつしゅうだん)、ギブズ集団、あるいは単にアンサンブルとも呼ばれる。 巨視的には同じ条件下にあっても、力学系が取り得る力学的な状態は一つに定まらない。無数に集めた系の内である状態を取っている系の割合を、系がその状態を取る確率であると考える。この確率で重み付けした加重平均をアンサンブル平均と呼ぶ。
Contents
概要
ある熱力学的性質を示す系(巨視的には1つの状態にある)は、微視的に見る(それを構成する分子などに着目する)と非常に沢山の状態を含む。すべての微視的状態が同じ確率で出てくることを等確率の原理と呼び、これが平衡状態の統計力学の基礎となる。
巨視的状態の中にどのような微視的状態が含まれるかを具体的に示したのが分配関数(状態和ともいう)である。これからアンサンブル全体の平均として、巨視的な熱力学量が導かれる。
古典力学系のアンサンブル
古典力学系のアンサンブルは、その系を相空間で表して、相空間上の点(微視的状態を表す)をすべて集めたものとみることができる。その統計的性質は、相空間上における確率測度から導かれる。相空間の領域Aが領域Bより大きな測度をもつならば、アンサンブルからランダムに選んだ系は、微視的にはBよりもAに属している可能性が高い。この測度の選び方は、系の詳細とアンサンブルについての一般的仮定(後記のアンサンブル各種など)により決められる。確率測度の正規化因子はアンサンブルの分配関数と呼ばれる。物理学的には分配関数によってその系の物理的構造が示される。測度が時間によらないならば、アンサンブルは静的であるといわれる。
主要なアンサンブル
巨視的な制約条件が異なれば、アンサンブルも異なり、それに特定の統計的性質がある。次のようなものが代表的である:
- 小正準集団(ミクロカノニカルアンサンブル、microcanonical ensemble、NVE ensemble)– 全エネルギーが一定である系のアンサンブル。熱的に孤立しており、熱力学的には孤立系に当たる。
- 正準集団(カノニカルアンサンブル、canonical ensemble、NVT ensemble)– 巨大な熱浴との間でエネルギーをやりとりできる系のアンサンブル。熱浴の熱容量は十分大きく、系の温度は一定であると仮定できるとする。これは閉鎖系に当たる。
- 大正準集団(グランドカノニカルアンサンブル、grand canonical ensemble) – やはり熱浴と接触しているが、粒子のやり取りもできるとする。温度は一定とする。
これらのアンサンブルの分配関数はそれぞれ次のように表され、これにより適切な確率測度が指定される。
- 小正準集団:[math]\; \Omega(U,V,N) = \sum e^{\beta TS} [/math]
- 正準集団:[math]\; Z(T,V,N) = \sum e^{- \beta A} [/math]
- 大正準集団:[math]\; \Xi(T,V,\mu) = \sum e^{\beta P V} [/math]
歴史
統計集団は1878年にウィラード・ギブズによって導入された。
ボルツマンらは、気体を想定した気体分子運動論から発展する形で統計力学の構築を行ったが、当時はまだ分子の存在は確証されていなかったため批判を受けた。それに対してギブズは、必ずしも分子を仮定しない形で(分子的混沌を仮定しなくてよい)、抽象的な解析力学を基本として統計力学の構築を試み、この考え方が統計力学の主流となった。
エルゴード仮説
分子の状態に相関がない分子的混沌状態を仮定すれば、十分長い時間スケール(普通の観測に要する時間程度)をとると、系は微視的にはこれらの状態のすべてをとりうると考えられる。これをエルゴード仮説と呼ぶ。エルゴード仮説と等確率の原理を仮定すると、1つの巨視的状態において、微視的状態を繰り返し観測した結果を集めたものがアンサンブルであると考えることができる。
ただし統計力学の基礎としては的を外しているという主張も専門家によってなされている[1][2]。