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'''フェンシング'''({{lang-en-short|fencing}})は、[[ヨーロッパ]]で発祥した剣を用いる[[スポーツ]][[競技]]である。
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'''フェンシング'''({{lang-en-short|fencing}}
 
 
== 概要 ==
 
フェンシングでは、二人の選手が向かい合って立ち、片手に持った剣で互いの体を突いて勝敗を決める。攻撃(剣で相手の体に触れる)を成功させるとポイントとなり、規定のポイントを先取した選手が勝利する。
 
 
 
「フルーレ」「エペ」「サーブル」の三種目があり、使用する剣・ルールがそれぞれ異なる。ヨーロッパで発達した[[西洋剣術|剣術]]が原型で、用語にはフランス語が多い。
 
 
 
== 歴史 ==
 
フェンシングの原形は、[[中世]]の[[騎士]]たちによる[[西洋剣術|剣術]]にあるとされている。これらは実戦的な剣術であったが、[[鎧]]や[[盾]]などの[[防具]]、そして[[火器]]の発達によって剣(特に長い剣)が戦場で使われることは少なくなっていった。しかし、[[剣]]という武器は[[騎士道|騎士の名誉]]の象徴であり、戦場で役に立たなくなってもヨーロッパの[[上流階級]]は剣術を嗜み続け、[[19世紀]]の末にはヨーロッパ各地で盛んに[[競技]]として行われるようになっていった。
 
 
 
国や地方によってルールがばらばらであったため、競技のルールを統一するために、[[1913年]]、[[国際フェンシング連盟]](FIE<ref>{{lang-fr-short|Fédération Internationale d'Escrime}}</ref>)が[[パリ]]に設立され、[[スポーツ]]としての近代フェンシングが始まった。
 
 
 
== 試合 ==
 
[[ファイル:Fencingtournament.jpg|thumb|right|250px|ピストの上の選手]]
 
試合はピストと呼ばれる細長い台の上で行われる。現代のフェンシングでは、ピストは幅1.5mから2m、長さ14mである。両選手はピスト中央に4mの距離をおいて構え(アンガルド)の姿勢から試合を開始する。
 
 
 
2人の出場選手がピスト(フェンシングの試合場)に入り、[[主審]]が剣と服装を検査する。「Rassemblez! Saluez!(ラッサンブレ、サリューエ)」(気をつけ、礼)の合図で試合前の[[敬礼]]をする。「En garde!(アン・ガルド)」(構え)の合図でマスクを着用し、スタートラインに前足爪先をつけて構える。
 
 
 
主審が「Etes-vous Prêts?(エト・ヴ・プレ)」または「Prêts?(プレ)」(用意はいいか?)と確認し、選手は「Oui.(ウィ)」(よし)または「Non.(ノン)」(まだ)で答える。主審による「Allez!(アレ)」(始め)の合図で試合が開始される。
 
 
 
勝敗の決着がつくと、再度「Rassemblez! Saluez!(ラッサンブレ、サリューエ)」の合図で試合終了の敬礼をし、対戦相手と[[握手]]を交わす。その後ピストから退出する。
 
 
 
== 3つの種目 ==
 
フェンシングでは[[#フルーレ|フルーレ]]、[[#エペ|エペ]]、[[#サーブル|サーブル]]の3種の武器があり、これらがそのまま種目名となっている。
 
 
 
これらの武器は[[19世紀]]末に標準となったものである。また、伝統的な教育の場では、[[大杖]]や[[レイピア]]、[[ダガー]]、[[ブロードソード]]、[[ツーハンドソード]]、[[ソードブレイカー]]、[[マン・ゴーシュ]]といった歴史的なフェンシングの武器についても学ぶことがある。[[西洋剣術]]、[[サバット]]とも関連がある。
 
 
 
=== フルーレ ===
 
[[ファイル:Foilfence.ogv|thumb|フルーレの試合の様子]]突きのみが有効で攻撃権(後述)がある。フルーレにはフェンシングの基本技術が集約されているため、初心者は最初にフルーレを教えられることが多かった。また過去においてフルーレは女性が行う唯一の種目であり、剣が軽いため子供が扱うことも容易であった。今日ではフルーレ以外の武器から始めることも多い。
 
 
 
フルーレは[[レイピア]]を軽量化した[[スモールソード]]用の練習剣に由来する。断面が四角でしなやかな[[ブレード]](剣針)をもつ軽い剣である。今日では電気剣が使用されており、最低5.00[[ニュートン|N]](おおよそ500グラム)以上の力が剣先に加わることで打突が判定される。
 
 
 
==== 有効面 ====
 
[[ファイル:Fencing foil valid surfaces 2009.svg|thumb|right|現在のフルーレの有効面]]
 
フルーレでの突きの有効面は、頭部と四肢を除いた胴体の両面である。これはフェンシングの練習に制限のある防具を使用していた頃の名残である。
 
*当時は顔面を突くことは危険であったため、頭部は有効面からは除外されていた。その後有効面はさらに限定されることになり、命が存在すると考えられる胴体のみが有効面となった。
 
*当時男子は[[キュロットスカート#キュロットとサンキュロット|キュロットパンツ]]をはいていたので、臀部を除く胴体両面、女子は多数の襞を持つ足首までの[[スカート]]をはいていたので腰から上の胴体両面が有効面であった。
 
*男女ともにキュロットパンツをはくことになり、男女のフルーレ有効面は一致した。
 
 
 
=== エペ ===
 
[[ファイル:Epeefence.ogv|thumb|エペの試合の様子]]
 
エペは、伝統的なフェンシングで用いられていた[[決闘]]用の武器に最も近い剣である。フルーレと対称的な重い剣で、断面が三角形で曲がりにくく長いブレードと大きくて丸いお椀型の[[鍔]](ガルト)を持つ。電気剣での突きが有効となるには7.50Nの力が剣先に加わらなければならない。伝統的なフェンシングでは相手の上着を確実に捉えることができるように、剣先(ポアン)に三つ又の部品を取り付けることもあった。現在では剣身に二本の電線を埋め込み、フルーレより大きめの電気スイッチである剣先(ポアン)が必須である。同時突きが有効であり、攻撃権も存在しないため、エペの試合は極端に慎重なものになる傾向がある。
 
 
 
==== 有効面 ====
 
[[ファイル:Fencing epee valid surfaces.svg|thumb|right|エペの有効面]]
 
全身と剣の内側の非絶縁部分が有効面である。大きい[[鍔]]をもつのは、手が体の他の部分と同様に有効面とみなされるためである。
 
  
=== サーブル ===
+
西洋式の剣術から発達したスポーツ。剣を片手に持ち,1対1で互いに相手を突き,または切ることで得点を競う。中世のヨーロッパで刀剣の出現とともに始まった戦闘武術が発達し,18世紀以降,競技として完成した。 1896年の第1回アテネ・オリンピック競技大会から正式競技となり,1913年に国際フェンシング連盟 FIEが設立された。日本には明治初期に紹介され,1936年に大日本フェンシング協会が設立,1947年に日本フェンシング協会として再結成された。競技用の剣は[[フルーレ]][[エペ]][[サーブル]] ([[サーベル]] ) の3種があり,使用する剣の名がそのまま種目名となっている。競技はピストと呼ばれる細長い試合用の台上で行なわれ,定められた有効面を突き,切ることによって得点 (トゥシュ) となる。男女とも個人,団体戦がある。 1922年,突きなどを電気で判定する審判器がエペで最初に導入された。
サーブルでは突きだけでなく斬りも有効となる。攻撃権がある。北部イタリアの決闘用サーベル術に由来し、長らく伝統的に男子のみの種目であったが、近年は女子も行われるようになった。オリンピックでは[[アテネオリンピック (2004年) におけるフェンシング競技|2004年]]から正式種目となった。今日では電気審判機が用いられ、相手の有効面(頭部、胴体、腕)を剣先か剣身で触れることで通電し攻撃有効が判定される。
 
 
 
==== 有効面 ====
 
[[ファイル:Fencing saber valid surfaces.svg|thumb|right|現在のサーブルの有効面]]
 
サーブルの有効面は腰より上の上半身全てである。
 
*相手の足への攻撃は防御側が足を後ろに滑らせることで避けることができる。このとき、攻撃者の頭部や腕部は剥き出しになっているため、防御側の高いラインの攻撃のほうが攻撃者の低いラインの攻撃よりも先に達する(足を滑らせる古典的な例が、[[1790年]]にアンジェロが著した「{{lang|en|Hungarian and Highland Broadsword}}」に記載されている)。
 
*非電気サーブルまでは両腕の指先までが有効面であった。センサー式電気審判器導入によって利き手の甲・非利き手の手首まで、非センサー式電気審判機導入によって両手首までが有効面となった。
 
 
 
== 防具 ==
 
現代のフェンシングで用いられる防具は丈夫な[[木綿|綿]]か[[ナイロン]]あるいは[[ケブラー]]で出来ている。以下のようなものが防具に含まれる。
 
 
 
*足の付け根までを覆い、足の間を通す[[ストラップ (服飾)|ストラップ]]がついた、体にフィットするジャケット
 
*有効面をカバーするジャケットの上に着用する金属糸を織り込んである素材を使用したラメ(フルーレ・サーブルのみ使用)
 
*ジャケットの下に着用し、横からの剣の衝撃を二重に保護するハーフジャケット(プラストロン、日本ではプロテクターということが多い)
 
*手および、腕部を保護するグローブ
 
*鳩尾から膝下丈のズボン(ニッカーズ ジャケットと共に腹部二重に防護する)
 
*膝までを覆うソックス
 
*喉元を保護するバベット(垂れ)のついたマスク
 
<gallery>
 
ファイル:Chest protector.jpg|胸部プロテクター(女子用)
 
ファイル:Fencing jacket.jpg|ジャケット
 
ファイル:Fencing glove.jpg|グローブ
 
ファイル:Fencing plastron.jpg|プロテクター(プラストロン)
 
ファイル:Fencing knickers.jpg|ニッカーズ
 
ファイル:Fencingmask.jpg|マスク
 
</gallery>
 
伝統的にユニフォームは白色である(マスク・メタルジャケットには色のついたものもある)。
 
*しかし[[アトランタオリンピック]]では各選手の背中に国籍・名前が入るようになった。
 
*[[シドニーオリンピック]]ではこの伝統は無くなり、ユニフォーム・メタルジャケットに所属国を表す色彩・マークがFIEルール上の必須事項として表されるようになった。これは、テレビで見てどこの選手か解るように、ということである。
 
 
 
これらの防具は選手を保護する面で有用である。
 
*一時、目の周辺に透明素材([[バイザー]])を使ったマスクも必須になっていたが、2009年11月に国際大会でバイザーが割れる事故が発生したため、FIEは暫定措置として直ちに透明マスクの使用を禁止し<ref>[http://www.fie.ch/download/letters/2009/urgent/15/en/Urgent%20Letter%2015-09.pdf Transparent visor mask] FIE緊急通達 2009年11月5日</ref>、2010年に恒久化された。
 
 
 
現在の防具の制定のきっかけとなったのは、[[モスクワオリンピック]]の金メダリストの[[ウラジーミル・スミルノフ]]<ref>ロシア語ラテン文字翻字: {{lang|ru-Latn|Vladimir Viktorovich Smirnov}}</ref>の死亡事故である。スミルノフは[[ローマ]]で行われた[[1982年]]の[[フェンシング世界選手権|世界選手権]]で相手選手の折れた剣がマスクを突き破り、[[眼窩]]から脳を貫通したことにより9日後に死亡した。
 
 
 
== 攻撃権 ==
 
フルーレとサーブルにおける「'''攻撃権'''」とは、先に攻撃したほうが優先権を持つという原則のことである。簡単に言えば、もし攻撃された場合には、自分自身が突かれる可能性がある場合には相手を攻撃せずに、まず自分を守らなければならないということである。
 
 
 
攻撃は、運が悪かった場合や、判断ミス、あるいは防護側の行動によっては、失敗することがある。
 
*パラード(相手の剣を払うこと)することにより攻撃権は防御側に移り、防御側は相手を攻撃することができる。
 
**たとえば、一方の選手が攻撃を行い、もう一方の選手がすぐに反撃して(コントルアタック)双方の攻撃が相手に突きを決めていた場合、先に攻撃した選手の攻撃が有効となり、反撃した選手は間違いを犯したと判定される。
 
**しかし、もし攻撃された選手がその攻撃をパラードした後で反撃を行った(リポスト)のであれば、この場合は反撃側に攻撃権が移ったことになり、先に攻撃した選手は防御しなければならないということになる。
 
 
 
現代のスポーツフェンシングにおけるフルーレとサーブルでは、両選手が一定の時間内で同時に突きを決める場合がある。
 
*この場合、主審(プレジダン)はどちらの側に攻撃権があってどちらの得点になるのかを決定しなければならない。もしそれができない場合は両者の突きは無効と宣言され、試合が再開される。
 
 
 
== 主審 ==
 
[[主審]]は試合の進行役となる。
 
*主審は得点、またはタイムキーパーがいない場合は時間の管理、および、突きがどのような順番でなされたのかの判定を行わなければならない。
 
*主審はピストの横に位置し、試合経過を観察する。
 
 
 
=== 電気審判機 ===
 
電気審判機は大きな国際および国内試合のすべて、また地方大会のほとんどで使用されている。電気審判機を用いる場合、フルーレとサーブルではさらに別の防具が必要となる。
 
*フルーレ選手は胴体から足の付け根までを覆う通電されたベスト(メタルジャケット)を着用する。
 
*サーブル選手は通電されたベスト、および袖とマスクを着用する。
 
**どちらの種目でも、選手の剣は有線で結ばれる。
 
*相手選手を突くことによって電気回路が閉じてブザーが鳴り、審判に突きが有効であったことを知らせる。
 
 
 
審判は理論上、自由に攻撃権を監視することが可能であり、突きが有効であったかどうかを判定する[[副審]]判も不要となる。(非利き腕での防御などのルール違反を監視する副審は一定レベル以上の試合、また選手からの要求があった場合必須となる)
 
 
 
フルーレとエペでは、先端がスイッチ状になって剣身に電線を埋め込んだ剣を用いる。
 
*電気サーブルでは、導入当時はセンサーが感知した際にのみ電流が流れるように設定されたが、センサーの不具合の多さにより、非センサー式が導入された。
 
**自分の剣が相手のメタルジャケット、籠手、マスクに触れれば電気回路が成立し電流が流れるシステムである。
 
 
 
有効な「突き」「斬り」を決めた選手の側のピスト外周が発光する。
 
 
 
==== フルーレで「突き」が記録された場合 ====
 
剣の先端が相手のメタルジャケットに触れ、FIEルール上の規定時間以上に押し下げられることで回路が閉じ、突きがあったことを知らせるようになっている。(相手の剣への接触は感知されない)
 
 
 
==== エペで「突き」が記録された場合 ====
 
剣の先端が押し下げられることで回路が生じ、突きがあったことを知らせるようになっている。(相手の剣は絶縁されているので接触しても感知されない)
 
 
 
==== サーブルの場合 ====
 
剣身まで電気が流れ、相手のメタルジャケット・籠手・マスクにふれた瞬間に回路が生じ、斬り・突きがあったことを知らせるようになっている。(相手の剣への接触は感知されない) なお、サーブルはガードの部分で相手の有効面に触れても反応する。(しかし反則である)
 
 
 
== 用語 ==
 
フェンシングの用語は[[フランス語]]であり、「マルシェ」は一歩前へ、「ロンペ」は一歩後ろへ、「ファンデヴ」は突くという意味である。他にもマルシェやロンペをほかの技と組み合わせて使用する。他には、「ボンナヴァン」(前に飛ぶ)、「ボンナリエール」(後ろに飛ぶ)、「フレッシュ」(剣を前に突き出して、突進する)などの特殊な技もある。
 
 
 
「アロンジェ」突く(腕を伸ばす)、「パラード」剣をはらう(8種類の動作による呼び名がある)、「リポスト」はらった直後につき返す
 
 
 
「ディガジェ」剣を回してかわす
 
 
 
== 競技団体 ==
 
国際的な競技統括団体として、国際フェンシング連盟と呼ばれる。スポーツとしてのフェンシング、とりわけ国際試合のルールの成文化と管理を目的とした団体である。この設立に先立ち、国際試合が(特にライバル国である[[フランス]]・[[イタリア]]間で開催されたことは特筆に価する)開催された。
 
 
 
今日的な視点で見ると、FIEの設立は次の二つを決定的に分断したものであったと言える。
 
*「スポーツ的な」フェンシング &mdash; 独自に決められたルールで行われる[[試合]]に勝つことを目的とするもの
 
*「伝統的な」フェンシング &mdash; [[護身]]あるいは公式の[[決闘]]の手段としての剣術を探求するもの
 
 
 
== 日本におけるフェンシング ==
 
世界的、特に発祥の地[[ヨーロッパ]]では競技人口の多いスポーツの一つだが、[[日本]]ではあまり人気がない。[[北海道文化放送]][[uhbスーパーニュース]]によると、日本においては全国で1万人ほど、[[北海道]]においてはわずか100人ほどと言われるほど競技人口は少ない。フェンシングの[[クラブ活動|部活動]]を置いている学校も殆ど無く、ある程度の規模の学校に[[剣道]]部が大抵置かれているのとは対照的である。
 
 
 
日本で最初にフェンシング競技が導入されたのは、西洋の近代[[軍人]]が習得する教養としての剣技を、[[大日本帝国陸軍|日本陸軍]]が導入しようと図ったのが最初であり、[[1884年]]([[明治]]17年)11月に[[西郷従道]][[陸軍省|陸軍卿]]の命により、[[陸軍戸山学校]]において教官候補の選抜が始まった記録が残されている<ref>
 
陸軍省大日記 明治17年 「大日記鎮台 11月木 陸軍省総務局」
 
<br />陸軍省 明治17年11月
 
<br />「第七六八号 教導団 東京鎮台 今方戸山学校仏国剣術伝習ニ付員外助教トシテ下士若干名同校泊中付右ニ就シテハ其台府下屯在歩兵隊ノ内ヨリ軍曹伍長ノ内五名左ノ項目ニ達該致候ハ至急取調人名可申出此旨相達候事 十七年十一月十四日 西郷陸軍卿 一、二十五歳以下ノ軍曹伍長ノ内服役年限多キモノニシテ停年未満ノ者 一体格強壮行方正勤務勉励ノ者 一剣術志願ノ者 教導団ヘ本文別ニ近衛局ニ移牒モ本文朱書該所ノ通リ 但年齢ハ本文ノ如ク限ルト雖モ実際ノ都合ニ依リ多少之ヲ超過スルモ妨ケナシ」
 
<br />
 
<br />陸軍省大日記 陸軍省日誌・送達・受領日誌 明治17年 文書受領日記
 
<br />戸山学校 取調委員今村少佐
 
<br />明治17年1月3日〜明治17年12月29日
 
<br />「十一月二十九日 通報 庁名 戸山学校 西洋剣術用欽剣御渡相成度義ニ付伺 領収」
 
</ref>。当初の指導は[[フランス陸軍]]から派遣された教官によって行われた<ref>陸軍省大日記 明治20年 「貳大日記 7月」
 
<br />陸軍大臣伯爵 大山巖 明治20年7月18日
 
<br />陸軍省 総務局 仏蘭西共和国陸軍
 
<br />「弐第二〇五九号 総務局 教師キエル氏帰国ニ付仏国陸軍大臣ヘ謝状之件 明治二十年七月十八日 戸山学校雇教師仏国剣術下副官キエル氏今般解雇帰国ニ付テハ該国陸軍大臣ヘ別封謝状送付相成度ト存候〜」</ref>。
 
 
 
[[1937年]]([[昭和]]12年)、[[剣道]]家の[[森寅雄]]は剣道普及のため渡った[[アメリカ合衆国|アメリカ]]でフェンシングを学び始め、わずか6か月の練習で全米選手権を準優勝した。オリンピックでメダルを取ることを期待されたが、[[第二次世界大戦]]勃発により出場はかなわなかった。
 
 
 
第二次世界大戦で[[日本の降伏|日本が敗戦]]し、[[連合国軍最高司令官総司令部|連合国軍(GHQ)]]に剣道を禁止された際、代替する競技として考案された[[撓競技]](しないきょうぎ)は、フェンシングを模した防具が使用された。
 
 
 
[[2008年]]、[[北京オリンピック]]男子フルーレ個人競技で[[太田雄貴]]が[[銀メダル]]を獲得し、フェンシング競技に於いて日本人初のオリンピックメダルを獲得した。また、同オリンピックでは女子フルーレ個人競技で[[菅原智恵子]]が7位に入賞しており、実はこれが日本人選手のフェンシング個人種目における初の入賞でもあった(団体種目では[[1964年東京オリンピック]]で男子フルーレ団体競技で4位に入賞している)。
 
 
 
[[2015年]]、モスクワでの[[フェンシング世界選手権|世界選手権]]男子フルーレ個人で太田が[[金メダル]]を獲得した。フェンシング競技に於いて五輪も含めた世界大会で日本人が優勝したのは初めてである。
 
 
 
高校においては[[剣道]]ほど普及しておらず、指導者も少ないためフェンシング部がない高校も多い。このためクラブチームで小中学生や社会人と共に練習する生徒も多い。1980年モスクワオリンピックフェンシング代表だった[[千田健一]]([[千田健太]]の父)が監督を務める[[宮城県気仙沼高等学校]]や部活奨学金を用意している[[仙台城南高等学校]]などの宮城県勢、[[岐阜県立羽島北高等学校]]が強豪である。
 
 
 
大学においては、全日本学生フェンシング選手権大会、全日本大学対抗選手権大会、全日本学生個人選手権大会がある。男子は[[法政大学]]、[[中央大学]]、[[早稲田大学]]、[[日本体育大学]]、[[日本大学]]、[[専修大学]]、[[同志社大学]]、[[朝日大学]]など。女子は日本体育大学、早稲田大学、法政大学、[[日本女子体育大学]]、[[東京女子体育大学]]、専修大学、[[立命館大学]]、同志社大学などで盛んである。
 
 
 
日本におけるフェンシングを扱った作品としては、映画『[[リオの若大将]]』(1968年公開)がある。フェンシング経験者の[[高城高]]は複数の小説を執筆している。
 
 
 
== 著名な選手 ==
 
=== 海外 ===
 
* [[:en:Holger Nielsen|ホルガー・ニールセン]] &mdash; [[アテネオリンピック (1896年)]]のサーブルで銅メダル、同大会の射撃競技でも銀銅2つのメダルを獲得。1898年には現在行われている[[ハンドボール]]のルールを策定。
 
*[[アルド・ナディ]] &mdash; [[1920年]][[夏季オリンピック]]金・銀メダリスト。古典的な教科書「{{lang|en|On Fencing}}」著者。
 
*[[イタロ・ サンテッリ]] &mdash; 1920年代に「ハンガリアン」スタイルでまに革命を起こした。
 
*[[ジョルジオ・サンテッリ]] &mdash; イタロの息子。ニューヨークの Santelli salle 創始者。
 
*[[ラズロ・サボ]] &mdash; コーチ育成の体系を作り上げたハンガリー人。
 
*[[イムレ・バス]] &mdash;  エペの手引書を作成。
 
*[[ピーター・ウエストブルック]] &mdash; 1984年夏季オリンピック銅メダリスト。{{lang|en|Harnessing Anger}}」著者。
 
* [[ボブ・アンダーソン (フェンサー)|ボブ・アンダーソン]] - 1952年夏季オリンピック英国代表。
 
<!--
 
*Sharon Montplasir
 
*Janice Romary
 
*Bela Valter &mdash; ハンガリーのオリンピックコーチ。
 
*Iris Zimmerman
 
*Felicia Zimmerman
 
*Sergei Golubitsky &mdash; 3連続世界チャンピオン
 
*William Gaugler
 
*Ramon Martinez
 
*Sean Hayes
 
*Adam A. Crown
 
*Nick Evangelista
 
*Chris Umbs
 
--->
 
 
 
=== 日本 ===
 
*[[森寅雄]] &mdash; [[ローマオリンピック|ローマ五輪]]、1964年[[1964年東京オリンピック|東京五輪]]、[[メキシコシティオリンピック|メキシコ五輪]]アメリカ代表コーチ。
 
*[[岡秀子]] &mdash; [[モントリオール五輪]]代表、まぼろしの[[モスクワ五輪]](日本は不参加)代表。
 
* [[千田健一]] &mdash; 1980日本代表、指導者
 
*[[市ヶ谷廣輝]] &mdash; [[バルセロナ五輪]]、[[アトランタ五輪]]日本代表。太田雄貴は教え子で、[[全日本フェンシング選手権大会|全日本選手権]]で師弟対決が実現。
 
*[[太田雄貴]] &mdash; アテネ、北京五輪フルーレ日本代表。北京五輪では銀メダル(メダル獲得は日本人初)。2015年[[フェンシング世界選手権|世界選手権]]にて金メダル(日本人初)。
 
*[[新井祐子]] &mdash; アトランタ、シドニー五輪日本代表。
 
*[[菅原智恵子]] &mdash; アテネ・北京・ロンドン五輪3連続日本代表。北京五輪で女子初の7位入賞。
 
*[[原田めぐみ]] &mdash; アテネ五輪女子エペ日本代表。
 
*[[千田健太]] &mdash; 北京五輪フルーレ日本代表。[[2012年ロンドンオリンピック|ロンドン五輪]]団体銀メダリスト。
 
  
 +
1936年ベルリン・オリンピック競技大会で公式採用されて以降,すべての種目で使用されている。
 +
 
== 脚注 ==
 
== 脚注 ==
 
<references/>
 
<references/>
 
== 関連項目 ==
 
{{Commons&cat|Fencing|Fencing}}
 
*[[サバット]]の杖術―ラ・カン
 
*[[車いすフェンシング]]
 
 
 
== 外部リンク ==
 
== 外部リンク ==
 
*[http://www.fie.ch/ FIE] - [[国際フェンシング連盟]] {{fr icon}}{{en icon}}
 
*[http://www.fie.ch/ FIE] - [[国際フェンシング連盟]] {{fr icon}}{{en icon}}
 
*[http://www.fencing-jpn.jp/ FJE] - [[日本フェンシング協会]] {{ja icon}}
 
*[http://www.fencing-jpn.jp/ FJE] - [[日本フェンシング協会]] {{ja icon}}
 
*[http://fencing.jp/ 全国高等学校体育連盟フェンシング部] {{ja icon}}
 
*[http://fencing.jp/ 全国高等学校体育連盟フェンシング部] {{ja icon}}
 
+
{{テンプレート:20180815sk}}
 
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{{デフォルトソート:ふえんしんく}}
 
[[Category:フェンシング|*]]
 
[[Category:フェンシング|*]]

2018/10/5/ (金) 00:16時点における最新版

 フェンシング
統括団体 国際フェンシング連盟
起源 19世紀ヨーロッパ
特徴
身体接触
選手数 1対1
男女混合
カテゴリ 屋内競技
用品
オリンピック 1896~
テンプレートを表示

フェンシング: fencing

西洋式の剣術から発達したスポーツ。剣を片手に持ち,1対1で互いに相手を突き,または切ることで得点を競う。中世のヨーロッパで刀剣の出現とともに始まった戦闘武術が発達し,18世紀以降,競技として完成した。 1896年の第1回アテネ・オリンピック競技大会から正式競技となり,1913年に国際フェンシング連盟 FIEが設立された。日本には明治初期に紹介され,1936年に大日本フェンシング協会が設立,1947年に日本フェンシング協会として再結成された。競技用の剣はフルーレエペサーブル (サーベル ) の3種があり,使用する剣の名がそのまま種目名となっている。競技はピストと呼ばれる細長い試合用の台上で行なわれ,定められた有効面を突き,切ることによって得点 (トゥシュ) となる。男女とも個人,団体戦がある。 1922年,突きなどを電気で判定する審判器がエペで最初に導入された。

1936年ベルリン・オリンピック競技大会で公式採用されて以降,すべての種目で使用されている。

脚注

外部リンク



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