殉死 (小説)
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『殉死』(じゅんし)は、司馬遼太郎の歴史小説[1]。司馬はこの作品などの功績により第9回毎日芸術賞を受賞した。
昭和42年(1967年)の別冊文藝春秋100号(6月発行)および101号(9月)に掲載され、同年文藝春秋から刊行。文春文庫(ISBN 978-4167105372 昭和53年(1978年)9月25日初版[2])で再刊、現行は新装改版(ISBN 978-4167663346 平成21年(2009年8月10日初版[3])。他に『司馬遼太郎全集 23』(文藝春秋)に収録。
明治期の軍人で長州藩出身の乃木希典(陸軍大将伯爵)は、日露戦争の第三軍司令官として旅順要塞を攻め(旅順の戦い)に、勝利せるも息子二人も戦没した。戦後は学習院長となり、天皇の厚い信頼を得たが、その明治天皇は1912年7月に崩御した。9月の大葬の日に、夫人静子と共に自宅で殉死するまでを描く。
自宅跡も含め各地に乃木神社が建つなど、神格化された乃木像に対し痛烈な批評を加え、『坂の上の雲』とともに「乃木愚将論」の基盤となった。作者自身は最も書き上げるのに難渋した作品と回想している。このような司馬による乃木への極端な評価は、福田恆存や福井雄三により批判されている(詳しくは乃木希典#評価を参照)。