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2018/8/6/ (月) 09:15時点における版
サンライズ瀬戸 | |
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概要 | |
国 | 日本 |
種類 | 寝台特別急行列車 |
現況 | 運行中 |
地域 | 東京都、神奈川県、静岡県、愛知県、岐阜県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、岡山県、香川県 |
運行開始 | 1998年7月10日[1] |
運営者 |
西日本旅客鉄道(JR西日本) 東海旅客鉄道(JR東海) 東日本旅客鉄道(JR東日本) 四国旅客鉄道(JR四国) |
路線 | |
起点 | 東京駅 |
終点 | 高松駅(延長運転時 高松駅経由琴平駅) |
営業距離 |
804.7 km (500 mi) (東京 - 高松間) 848.7 km (527.4 mi) (東京 - 高松 - 琴平間)) |
平均所要時間 | 約9時間30分 |
運行間隔 | 1往復 |
列車番号 | 5031M・5032M |
使用路線 |
JR東日本:東海道本線(東海道線 (JR東日本))・東海道貨物線(上りのみ) JR東海:東海道本線(東海道線 (静岡地区)・東海道線 (名古屋地区)) JR西日本:東海道本線(琵琶湖線・JR京都線・JR神戸線)・山陽本線(一部JR神戸線)・宇野線・本四備讃線(瀬戸大橋線) JR四国:本四備讃線(瀬戸大橋線)・予讃線(延長運転時土讃線) |
車内サービス | |
クラス | A寝台・B寝台・普通車 |
身障者対応 | B寝台「シングルツイン」(バリアフリー対応):2・8号車 |
座席 | 普通車指定席「ノビノビ座席」(簡易寝台):5・12号車 |
就寝 |
A寝台「シングルデラックス」:4・11号車 B寝台「ソロ」:3・10号車 B寝台「シングル」:1・2・5 - 9・12 - 14号車 B寝台「シングルツイン」:1・6・7・ 8・13・14号車 B寝台「シングルツイン」(バリアフリー対応):2・9号車 B寝台「サンライズツイン」:4・11号車 |
展望 | ミニラウンジ(5・12号車) |
その他 | シャワー室(5・12号車) |
技術 | |
車両 | 285系電車(JR東海大垣車両区・JR西日本後藤総合車両所出雲支所) |
軌間 | 1,067 mm |
電化 | 直流1,500 V |
最高速度 | 130 km/h |
サンライズ瀬戸(サンライズせと)は、東京駅 - 高松駅間を東海道本線・山陽本線・宇野線・本四備讃線(瀬戸大橋線)・予讃線を経由して運行している寝台特急列車である。
本項では「サンライズ瀬戸」の前身である寝台特急「瀬戸」(せと)、および東京と四国を結んでいた優等列車の沿革についても記述する。
Contents
概要
「サンライズ瀬戸」は、1998年(平成10年)7月10日に[1]、それまで24系25形客車によって東京駅 - 高松駅間で一往復運転していた寝台特急「瀬戸」を、新たに製造した285系電車に置き換えて運転を開始した列車である。「瀬戸」では全区間単独運転であったが、東京駅 - 岡山駅間は同じく寝台特急「出雲」から置き換えられた「サンライズ出雲」とともに併結運転されるようになった。
2014年時点では東海道本線を全線走破し、なおかつJR4社(東日本・東海・西日本・四国)の区間を跨いで運行する唯一の旅客列車である。
2015年3月ダイヤ改正前より日本語と英語の二か国語で車内自動放送が行われている。JR西日本の在来線特急列車としては本列車と「はるか」、「サンライズ出雲」、「サンダーバード」の一部でのみ行っており、寝台特急列車への導入はカシオペアに次いで二例目である。
2016年3月21日(到着)をもって臨時寝台特急「カシオペア」が運行終了、翌22日(到着)をもって急行「はまなす」が最終運行[注 1]となったため、同月23日以降は「サンライズ出雲」と共にJR線を走行する唯一、定期運行を行う寝台特急列車でかつ、夜行旅客列車となった。
運行概況
テンプレート:Sound 東京駅 - 高松駅間を約9時間30分で結び、毎日1往復が運転されている。
1999年7月から2009年8月までは多客期に松山駅発着で延長運転されていた[2]。この際には長距離利用客を優先するため、高松駅 - 松山駅間の予讃線内延長区間のみの利用はできない。そのため、高松駅では下り列車到着時にはここからの乗車がないよう、行先表示器には「回送」と表示される。この時は坂出駅(正式には宇多津駅、同駅の項目および本四備讃線・デルタ線も参照のこと) - 高松駅間を2回走行することになるが、営業上の特例として、高松駅の改札を出ない限り、宇多津駅 - 高松駅間の運賃・特急料金は不要となっている。
設定当初は、夏休み期間中ほぼ毎日運転されたり、春休み、大型連休や秋季にも運転されていたことがあったが、年々運転日が減少していった。秋季に続いて2002年限りで春季の運転がなくなった後はお盆と年末年始にそれぞれ数日運転されるのみとなっていたが、2009年 - 2010年の冬季以降は運転されていない。
しばらくは延長運転がない状態が続いていたが、2014年9月から11月までの金曜日・土曜日・休前日の合計31日間に、下り列車に限り琴平駅着で運転され[3]、2015年夏にも金曜日及び休前日に引き続き設定されている。
「瀬戸」が、宇高連絡船を利用し首都圏・東海道本線の各沿線都市と四国を結ぶ列車として、本州側でダイヤが考慮されていたことや、四国側にも同名の列車が運行されたこと、瀬戸大橋線開業以降も四国旅客鉄道(JR四国)管内の坂出駅・高松駅で特急列車と接続が計られており、それゆえ東海道・山陽新幹線の列車と同様に特急券の乗り継ぎ料金制度が存在する。
列車番号は、5031M・5032Mと運転線区等で変更がなく、下りが5031M、上りが5032Mとなっている。多客期の延長運転区間(高松駅 - 松山駅間)の列車番号は9000番台で、下りが9031M、上りが9032Mとなっている。
停車駅
東京駅 - {品川駅} ‐ 横浜駅 - {小田原駅} ‐ 熱海駅 - 沼津駅 - 富士駅 - 静岡駅 - (浜松駅) - 〔大阪駅〕 - 〔三ノ宮駅〕 - 姫路駅 - 岡山駅 - 児島駅 - 坂出駅 - 高松駅
- 延長運転区間の停車駅
- 高松駅 - 丸亀駅 - 多度津駅 - 観音寺駅 - 川之江駅 - 伊予三島駅 - 新居浜駅 - 伊予西条駅 - 壬生川駅 - 今治駅 - 伊予北条駅 - 松山駅
- 高松駅 → 多度津駅 → 善通寺駅 → 琴平駅
- ( )は下り列車のみ停車、〔 〕は上り列車のみ停車、{ }は上り列車で大幅遅延のみ臨時停車。通常、上りに限り小田原駅→茅ヶ崎駅間で東海道貨物線を走行するが、{ }の場合、茅ヶ崎駅→鶴見駅間も東海道貨物線、鶴見駅→品川駅間は品鶴線 (横須賀線)を走行するため、横浜駅を通らず品川駅で運転打ち切りとなる。
- 上下列車とも豊橋駅・米原駅に、下り列車のみ岐阜駅・大阪駅に、上り列車のみ名古屋駅・浜松駅に運転停車する。
使用車両・編成
テンプレート:Sunrize Izumo+Seto 1998
担当乗務員
運転士、車掌共に東日本旅客鉄道(JR東日本)・JR東海・JR西日本・JR四国が自社区間のみを担当することから、会社境界である熱海駅・米原駅・児島駅などで交代する。担当車掌の詳細は下記の通り。
- 東京駅 - 熱海駅間: 東京車掌区
- 熱海駅 - 浜松駅間: 上り列車静岡運輸区/下り列車浜松運輸区
- 浜松駅 - 米原駅間: 名古屋運輸区
- 米原駅 - 姫路駅間: 大阪車掌区
- 姫路駅 - 児島駅間: 岡山車掌区
- 児島駅 - 高松駅間: 高松車掌区
2015年3月14日改正前日発の下り列車まで車掌は、東京駅 - 児島駅間をJR西日本の岡山車掌区が担当していた[4][5]。2015年3月12日時点のJR線で車掌が会社境界を跨いでかつ長距離の越境乗務をしている列車は本列車(米原駅 - 東京駅間445.9km)と「サンライズ出雲」、「トワイライトエクスプレス」(直江津駅 - 青森駅間578.6km)の3列車のみであったが、本列車をもって国鉄時代から続いていた夜行列車の長距離越境乗務は消滅した[6]。岡山車掌区が越境乗務していた当時は車掌がシャワーカードとアメニティセットの販売も行っていたが、前者は自動券売機での販売へ移行、後者は販売を終了している。
東京対四国夜行列車概略
瀬戸
「瀬戸」は、1950年10月に初の宇野線直通列車となる四国連絡の急行列車が東京駅 - 宇野駅間で運転を開始したのがルーツで、東京駅 - 岡山駅間は、東京駅 - 広島駅間急行の「安芸」と併結運転していた。一方、四国側の連絡列車は、高松桟橋駅 - 宇和島駅間に準急「せと」が設定された。準急「せと」は、高松桟橋駅 - 多度津駅間で、高松桟橋駅 - 窪川駅間の準急「南風」を併結していた。
1951年9月からは単独運転となったが、同年11月から1956年11月までは東京駅 - 大阪駅間で、東京駅 - 大社駅間を福知山線経由で運転する急行「出雲」に併結して運転されていた。
1951年12月に「せと」と名付けられ、1956年11月のダイヤ改正で再び「せと」は単独運転となり、列車名は漢字の「瀬戸」に変更した。1964年10月には寝台急行列車「さぬき」が新設されて四国連絡の2本目の列車としていたが、1968年10月のダイヤ改正で「瀬戸」に統合されて「瀬戸」は2往復になった。
1972年3月には、特急列車化されたが1往復に削減され、1988年4月の本四備讃線(瀬戸大橋線)開通後は、同線を経由して運転区間は東京駅 - 高松駅間に変更された。
廃止時の運行概況(1998年)
停車駅
東京駅 - 横浜駅 - 熱海駅 - 沼津駅 - 富士駅 - 静岡駅 - (浜松駅) - 〔大阪駅〕 - 〔三ノ宮駅〕 - 姫路駅 - 岡山駅 - 児島駅 - 坂出駅 - 高松駅
使用車両・編成図
テンプレート:Seto Asakaze 1994-1998
「瀬戸」として運転開始当初は10系客車を使用していたが、1971年、「瀬戸」1号・2号のB寝台車に新開発の14系寝台車を試用して、翌年には元の10系客車に戻された。1972年3月に特急列車化されたことにより20系客車に変更し、1977年9月に24系25形客車に置き換えられるまで使用された。置き換え以降は開放式B寝台のみのモノクラス編成が続いたが、1990年3月10日より、車両を共通運用していた「あさかぜ」2号・3号とともに個室A寝台「シングルデラックス」とラウンジカーが連結された。
機関車は田端運転所配置で田町車両センターに常駐のEF65形1000番台が全区間を牽引した。稀に田町に常駐しない初期型やスーパーエクスプレスレインボー塗色の1019・1118号機が充当される場合もあった。
さぬき
「瀬戸」の増発列車として、1964年10月から1968年10月まで東京駅 - 宇野駅間で運転された寝台急行列車である。「瀬戸」に統合されて廃止されたが、サロンカーのオシ16形が連結された特徴ある列車であった。
列車名の由来は、香川県の旧国名である讃岐国である。当初は東海道新幹線の開業によって廃止される「すばる」が使用される予定であったが、香川県の要望によって「さぬき」が使用されるようになった。
東京対四国夜行列車沿革
四国連絡急行の整備
- 1950年(昭和25年)10月1日:東京駅 - 宇野駅間で、初の宇野線直通列車となる四国連絡の急行列車が運転開始。
- 1951年(昭和26年)
- 1956年(昭和31年)11月19日:ダイヤ改正(1956年11月19日国鉄ダイヤ改正)により、「せと」は単独運転になり、列車名は漢字の「瀬戸」になる。
- 1964年(昭和39年)10月1日:東京駅 - 宇野駅間で四国連絡の寝台急行「さぬき」が運転開始。
- 1968年(昭和43年)10月1日:ヨンサントオのダイヤ改正で次のように変更。
- 東京駅発着の四国連絡夜行列車の列車名は「瀬戸」に統合され、「さぬき」が廃止。「瀬戸」は2往復になる。
- 従来の「さぬき」は「瀬戸」1号(下り)・2号(上り)とし、「瀬戸」は「瀬戸」2号(下り)・1号(上り)とした。なお、「瀬戸」1号(下り)・2号(上り)の寝台列車指定は変わらなかったが、座席車中心の「瀬戸」1号・2号にも寝台車を連結していた。
- 四国列車の「せと」は「うわじま」に改称。
- 東京駅発着の四国連絡夜行列車の列車名は「瀬戸」に統合され、「さぬき」が廃止。「瀬戸」は2往復になる。
- 1971年(昭和46年):「瀬戸」1号・2号のB寝台車に、新開発の14系寝台車を試用。翌年には元の10系客車に戻される。
四国連絡ブルートレイン「瀬戸」
- 1972年(昭和47年)3月15日:「瀬戸」が特急列車化され、1往復になる。使用車両を10系客車から20系客車に変更。
- 1973年(昭和48年)10月ごろ:「瀬戸」の食堂車営業休止して一時期は食堂車を編成から外す。
- 1975年(昭和50年)3月:「瀬戸」の車両の受け持ちが、品川客車区(現在の東京総合車両センター田町センター)から下関運転所(現在の下関総合車両所運用検修センター)・広島運転所(現在の下関総合車両所広島支所)に変更され、「あさかぜ」2号(下り)・1号(上り)と共通運用となる。なお食堂車の連結を復帰させたが、営業は休止していた(当時の編成図)。
- 1977年(昭和52年)9月:B寝台を2段寝台とした24系25形に置き換え、A寝台の連結を終了(当時の編成図)
- 1988年(昭和63年)4月10日:本四備讃線の開通により、「瀬戸」の運転区間が東京駅 - 高松駅間に延長される。岡山駅 - 高松駅間でいわゆる「ヒルネ」扱いが開始。
- 1990年(平成2年)3月:A個室寝台「シングルデラックス」車両とシャワー室を備えた「ラウンジカー」が連結開始(当時の編成図)。
- 改造車についての詳細は、当該改造車についてを参照されたい。
「瀬戸」定期運用最終日編成 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
← 高松 東京 →
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電車寝台特急「サンライズ瀬戸」
- 1998年(平成10年)7月10日:「瀬戸」が電車化され、「サンライズ瀬戸」として運転開始[1]。ただし従来の「瀬戸」は8月31日まで臨時運行した。東京駅 - 岡山駅間は「サンライズ出雲」と併結運転。これに伴い岡山駅 - 高松駅間のヒルネ扱いも廃止。
- 1999年(平成11年)7月:多客期に高松駅 - 予讃線松山駅間で延長運転開始。
- 2006年(平成18年)3月18日:停車駅に上郡駅を追加[7]。
- 2009年(平成21年)3月14日:東京駅発着の客車寝台特急(ブルートレイン)であった「富士・はやぶさ」が廃止。これにより、「サンライズ出雲」とあわせて唯一の東京駅発着の寝台特急列車となる。
- 2010年(平成22年)3月13日:上郡駅が停車駅から除外される。
- 2014年(平成26年)9月 - 11月:瀬戸内海国立公園指定80周年を記念し、金・土曜・休前日に高松行きを琴平駅まで延長運転。
- 2015年(平成27年)
- 2016年(平成28年)
- 2018年 (平成30年)
脚注
注釈
出典
- ↑ 1.0 1.1 1.2 “JR7社14年のあゆみ”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 9. (2001年4月2日)
- ↑ “夏の臨時列車のお知らせ 〜ふるさと四国で夏まつり〜” (プレスリリース), 四国旅客鉄道, (2009年5月15日), オリジナルの2009年6月19日時点によるアーカイブ。 . 2017閲覧.
- ↑ “寝台特急「サンライズ瀬戸」高松〜琴平間延長運転について” (プレスリリース), 四国旅客鉄道、東日本旅客鉄道、東海旅客鉄道、西日本旅客鉄道, (2014年8月1日), オリジナルの2014年10月15日時点によるアーカイブ。 . 2017閲覧.
- ↑ 4.0 4.1 “平成27年春ダイヤ改正の会社提案を受ける (PDF)”. JR東海労働組合名古屋地方本部 (2014年12月19日). . 2015閲覧.
- ↑ 5.0 5.1 “ダイ改を前にした業務委員会開催! (PDF)”. JR東海労働組合静岡地方本部 (2014年12月30日). . 2015閲覧.
- ↑ “寝台特急サンライズに ついて申し入れを行う!! (PDF)”. JR東海労働組合名古屋地方本部 (2015年2月24日). . 2015閲覧.
- ↑ “平成18年3月18日ダイヤ改正” (プレスリリース), 西日本旅客鉄道, (2006年1月30日), オリジナルの2006年2月3日時点によるアーカイブ。 . 2017閲覧.
- ↑ 【サンライズ瀬戸、出雲】 運転取り止め(2018年07月20日 06時25分更新) - ウェイバックマシン(2018年7月21日アーカイブ分)(西日本旅客鉄道)
- ↑ “在来線特急等の運行情報:JR東日本”. 東日本旅客鉄道 (2018年7月19日). 2018年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2018閲覧.
- ↑ “倉吉~米子間で臨時特急運転、「サンライズ瀬戸」も再開 鉄道各線区の再開見込み(18日15時現在)”. 乗りものニュース. メディア・ヴァーグ (2018年7月18日). 2018年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2018閲覧.
- ↑ ““サンライズ瀬戸”の運転再開”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2018年7月24日). . 2018年7月25日閲覧.
- ↑ 観光列車及び寝台特急列車(延長運転)の運転取り止めについて(2018/07/20 14:32更新) - ウェイバックマシン(2018年7月20日アーカイブ分)(列車運行情報 - JR四国)
- ↑ 台風12号接近に伴うお知らせ ※運転取り止めについて - ウェイバックマシン(2018年7月28日アーカイブ分)(列車運行情報 - JR四国)
- ↑ “鉄道の運転再開及び代行バスの運行開始の見通しについて((7月31日16時時点)” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 国土交通省, (2018年7月31日), オリジナルの2018年8月3日時点によるアーカイブ。 . 2018年8月3日閲覧.
- ↑ 観光列車及び寝台特急列車(延長運転)の運転取り止めについて - ウェイバックマシン(2018年8月3日アーカイブ分)(列車運行情報 - JR四国)
参考文献
- 寺本光照『国鉄・JR列車名大事典』中央書院、2001年。ISBN 4-88732-093-0。
- 今尾恵介・原武史『日本鉄道旅行歴史地図帳-全線・全駅・全優等列車- 4号・東京』新潮社、2010年。ISBN 978-4-10-790038-8。