自動速度違反取締装置
自動速度違反取締装置(じどうそくどいはんとりしまりそうち)は、道路を走行する車両の速度違反を、自動的に記録・取り締まるスピード測定器である。通称のオービス(ORBIS)はラテン語で「眼」を意味する言葉からとったボーイング社の商標である。そのため厳密な意味ではボーイング社(もしくはライセンスを受けた東京航空計器)以外の「取締機」をオービスと呼ぶのは誤りであるものの、他社の製品を含めての取締機全般の通称として使われることが多い。 ※商標の普通名称化も参照。
警察の隠語から「ネズミ捕り機」などと俗称されることもある。以下、本文中では「取締機」という。
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概要
主要な幹線道路や、高速道路、事故多発区間、速度超過違反が多発している道路などに設置されており、制限速度を大幅に超過して走行している車両を検知すると、当該車両の速度を記録し、ナンバープレートおよび運転手の撮影を行う。基本的には赤切符の違反のみを取締対象とし、一般道路では30 km/h以上、高速道路では40 km/h以上の速度超過で撮影される(ただし、各都道府県によってはしきい値を変動させている場合もある)。日本国内の場合は、撮影の瞬間に、多くは赤色(白色のものもある)のストロボ(フラッシュ)が発光する。取締機によって撮影されると、数日から遅くとも30日以内に警察から当該車両の所有者に出頭通知が送付される。レンタカーなどの場合は、運転手特定のために、更に数週間から数か月を要する場合もある。
取締機を設置している道路には、設置していることを警告する標識が設置箇所の約1 - 3 km前に少なくとも2箇所設置してある(例・「速度自動取締機設置路線」)[1]。これは被写体の肖像権に配慮するためであり、写真を犯罪の証拠とするためには「事前告知」と「犯罪行為の瞬間の撮影」が必要であると、最高裁判所の判例で示されていることによる(人権との関係参照)。
標識の色は基本的に青色だが、都道府県により異なる場合がある。また、在日米軍関係車両の通行が多い沖縄県では、SPEED CHECK または SPEED CHECKED と併記されている。
Hシステムなどは、取締機の手前に別に速度検知器と速度警告板を設置してある場合がある。これは5 km/h以上の速度超過で「速度落とせ」のランプが点灯するもので、さらに片側2車線以上の道路では当該車両が走行している車線を示す矢印も点灯する。
取締機は非常に高価な機器であり、維持管理費を除いた設置時の初期費用は、1台で約5千万円以上かかるため、フィルム式の古い機器の更新や故障への対応が、遅々として進まないことが問題となっている[2]。
アメリカ合衆国では、交通違反の取締に反発する人々から、銃で撃ち壊される事件が多発したが、現在では各州で自動速度取締機設置に必要な法整備がなされ、多くの道路に設置されている。
日本の取締機も、破壊攻撃を受けることを前提に設計されている。以前に、取締機に穴をあけてガソリンを流し込んだ上、放火される事件があったが、映像を記録する部分は無傷であった。他にも神戸市長田区の国道2号に設置してあった撮影部(カメラ部分)を何者かに持ち去られる事件もあった。
歴史
オランダのラリードライバーであるモーリス・ガッツォニデスが、コーナリング技術の向上のために「ガッツォ」というカメラを開発したのがスピードカメラの起源であり、取締機も同じ技術を利用して作られている。
日本におけるスピードカメラは、1976年にアメリカから "ORBIS III" を東京航空計器が輸入販売したのが始まりで[3]、その後松下通信工業(現パナソニック モバイルコミュニケーションズ)(VT-1510)、三菱電機 (RS-701) などで生産されていたが、装置製造から撤退している。
現在では東京航空計器のオービスだけが製造販売している。なお、「オービス」はこの分野に限り[4]東京航空計器株式会社の登録商標(日本第1442534号・第1476539号)である。
種類と特徴
- レーダー式
- ドップラー・レーダーを利用して車両の速度を測定する方式。車両に対して電波を照射し、反射した電波の周波数から速度を計算する。電波法令上の無線標定陸上局であり、操作またはその監督に無線従事者を要する[5]。中央分離帯、または路肩に撮影装置が、その10 mほど前方の道路上にレーダーのアンテナが設置されている。防犯上、撮影装置は金網で囲まれているのがほとんどである。
- なお、臨時に速度超過違反の取締りを行うため、警察官がスピード測定器でレーダーを操作する移動可搬型もある(後述)。
- ループコイル式
- 道路下5 cmの所に6.9 mの間隔を空けて3個のループコイルが埋め込まれている。車両は金属製であるため、車両がループコイルに接近するとループコイルのインダクタンスが変化する。これを利用して車両の通過時間と距離 (6.9 m) から速度を計算する。誤検挙を避けるためループコイル3つで2回の測定を行い、その結果に大きな差がある場合は「異常」として撮影は行われない。撮影装置はレーダー式と同様であり、撮影地点には白線や路面の切り欠き溝、あるいは逆三角の金属プレートがはめ込まれていることが多い。
- 受動的な速度測定方式のためレーダー式探知機には発見されない。ただし位置情報サービスを利用する探知機の場合、その限りではない。
- 積雪によりコイルと車両とが離れることでインダクタンスの変化が少なくなり車両の通過を検出できなくなる短所があるため、豪雪地域ではあまり見られない。
- 車両の動荷重によって舗装が撓みループコイルが折損するため、定期的な交換が必要になる。
- Hシステム
- 最も多く設置されている取締機。主に三菱電機が製造したもので「電子画像撮影・伝送方式」と呼ばれ、撮影装置内部に写真フィルムを装填するものではなく、デジタルカメラで撮影したデジタルデータを、直ちに有線通信回線を通じて管理センターに伝送する。そのため従来型の欠点であった写真フィルム切れは無くなった。導入初期に阪神高速道路に多く設置されたことから、阪神高速の頭文字 (HANSHIN EXPRESSWAY) を取って呼ばれている。1992年に登場した2代目(高速走行抑止システム)は、CCDカメラ、赤外線ストロボ、通称「はんぺん」と呼ばれる、白くて四角いレドームが備えられている。2017年(平成29年)から、各地で撤去されるケースが多くなった。
- LHシステム
- 1994年から登場したもので、「ループコイル式Hシステム」という。Hシステムが速度計測にレーダーを使うのに対し、LHシステムは地中に埋められたループコイルを利用する。ループコイル式同様、撮影地点に白線が引かれていることが多い。カメラ筐体部の仕様はHシステムとほぼ同じだが、レーダーを備えていないため、NシステムやTシステムと判別がつきにくく、トンネル内に設置されている場所もある。名称の「L」はループコイルの頭文字(LOOP COIL)から。
- 光電管式
- ループコイルの代わりに光源と光電管を設置し(または光源と光電管を隣り合わせて設置、対向に反射板を設置し)、車両が通過する時間で速度を測定する方式。レンズの汚れに光学センサーが弱いことと、複数車線での取締が困難であることから、常設型の道路設置での普及はしなかったが、臨時に速度違反を実施する持ち運び可能な、可搬移動式スピード測定器では活躍している。光電管は電波を発射せず、しかも場所が固定されていないため、事前の探知は不能である。
- 移動式
- パトロールカー(覆面パトカーも含まれる)に搭載しているものや、警察車両(ワゴン車が多い)に積載・搬送し、ジャッキアップして車両を固定し、車体のブレを無くした上で測定する。取締には2人以上の警察官が乗っており、大半はレーダー式だが、警察車両に積載・搬送して設置するタイプに、光電管式のものが増えつつある。なおこれとは別に簡易な工事で設置・撤去できるものを移動式と呼ぶことがある。2016年(平成28年)4月からは「可搬式速度違反自動取り締まり装置」の運用が始まり、今まで設置が難しかった生活道路など狭い道路に小型化した取締機を設置したり[6]、三脚の上に速度測定装置とデジタルカメラを設置して、速度違反車両を記録するタイプが導入されている[7]。
問題点
人権との関係
- たとえ速度違反者といえども、警察による容貌の無断撮影はプライバシー権(肖像権)の侵害である可能性がある。
- 助手席に同乗している者の写真も撮影されるため、違反行為とは全く無関係な第三者のプライバシー権も侵害される可能性がある。
- 取締機が反応した現場に警察官はいない。違反者は後日呼び出しはがきの送達を受け、警察署に出頭したときに初めて弁明の機会が与えられることになるため、その場に警察官がいる取締方法に比べ、被疑者の防禦権が著しく制限される。
なお、「(違反者、同乗者の)プライバシー権の侵害である」という問題については、1969年(昭和44年)12月24日の最高裁判所大法廷判決[8]を踏まえ、「犯罪が現に行われ」「証拠を確保する必要性があり」「方法が合理的である」という「三条件を満たすこと」により、警察官による容貌の撮影が許容されるとされており、取締機による撮影も同様の基準で審査される。そのため取締機はこれら「三条件」を満たすよう設置されており[9]、1986年2月14日最高裁判所第二小法廷判決[10]以後、一貫して取締機による写真撮影は違憲ではないとされ、プライバシー権侵害を認定した判例はない。
自動速度違反取締装置での取締り件数の減少
- 自動速度違反取締装置での交通違反の取締り件数が、2013年現在での過去5年間で20パーセント以上減少していることが、産経新聞の指摘により判明した。フィルムを使用した旧式のまま更新が行われていないケースや、高額な修理予算が捻出できずに故障したまま放置されているケースが散見されているとされる。また、速度取締装置の設置場所を知らせるカーナビアプリの普及もあり、速度取締装置が事実上役に立たなくなってきているとの指摘もある[2]。
世界各国の自動速度取締機
アメリカ
スイス
スイス国内の自動速度取締機は、警察官の手によってスイス名物(チーズ、牛柄、時計、アーミーナイフ)の柄や形状にデコレーションされたものが数多く設置されている。
ドイツ
ドイツにも日本とほぼ同じ自動速度取締機が多数設置されているが、信号無視を検知する「自動信号無視取締機」が都市部を中心に設置が進められている。赤信号にもかかわらず交差点に進入すると、取締機が信号標示と車両の前部・後部を自動的に撮影する仕組である。二輪車の違反にも対応している。
フランス
プライバシー権など、多くの人権問題を惹起しかねない取締方法である自動速度取締機(radar automatique)に対し、当初フランス国民の反発が非常に高いものであったため、設置はほとんどなかった。
しかし2000年以後、警察が交通違反に対する取締を相当強化したことにも伴い(今でもフランスは交通事故多発国としてヨーロッパ圏内では悪評高く、啓蒙のためフランスでは、日々のテレビニュース番組で「今週の交通事故死亡者数」が定期的に報じられる)、パトカーや白バイ隊による追跡、検挙のみならず取締機設置数は急増した。
事前警告標識が必ず存在し、その標識には Pour votre securité...contrôles automatiques(あなたの安全のため―自動取締中)の文字、およびレーダーが発信される様子が描かれたピクトグラムが表示されている。撮影域速度はまちまちだが、市街地区域では50 km/h、高速道路では110 km/hで作動するものが多い。レーダー探知機は、作動させていた場合はもちろん、所持だけでも検挙の対象となり、厳罰に処されるため、欧州連合から車両を持ち込む際などは特に注意を要する。
脚注
- ↑ 1枚の場合や警告板が無いものもある。
- ↑ 2.0 2.1 2.2 “壊れたまま・設置場所バレバレ…オービス役立たず スピード違反摘発減少”. 産経ニュースWEST (産経新聞社). (2013年9月21日) . 2015閲覧.
- ↑ “にらむオービス、実は… フィルム式、デジタル化進まず”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2011年6月4日) . 2017閲覧.
- ↑ 「オービス」は別分野で複数の企業が商標登録している。
- ↑ 5.0 5.1 電波法施行規則第33条第6号(5)に基づく平成2年郵政省告示第240号第1項第4号および第5号により、警察用の無線標定陸上局と無線標定移動局の操作は、無線従事者を必要としない「簡易な操作」ではないため。
- ↑ “生活道路対応の新型固定式オービスの増殖は2018年度以降!?【交通取締情報】”. モーターファン. (2017-11-30) . 2017閲覧..
- ↑ 田中恭太 (2017年7月16日). “生活道路でも速度違反監視 小型オービス、効果あり?”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社) . 2017閲覧.
- ↑ いわゆる「京都府学連事件」判例 (PDF)
- ↑ 予告看板の設置など
- ↑ 昭和59年(あ)第1025号道路交通法違反被告事件判例 (PDF) (刑集40巻1号48頁・判時1186号149頁)
関連項目
- 道路交通法
- 交通違反
- 反則金
- 自動車ナンバー自動読取装置(Nシステム)
- 旅行時間測定システム(Tシステム)
- 過積載監視システム
- カーロケーションシステム
- 信号無視抑止システム
- レーダー探知機
- 大槻義彦 - 速度超過事件の裁判で「充分な検証がされていないオカルト装置」と証言
- 陸上特殊無線技士 - 操作・監督に必要な免許。警察学校で養成課程が行われている。