オメガトライブ
オメガトライブは、主に1980年代に日本で活躍したバンドで、プロデューサー藤田浩一の指揮のもと、作曲家林哲司並びに和泉常寛、アレンジャー新川博などの制作陣を中心としたプロジェクトの総称(計3回)。ボーカルは杉山清貴、カルロス・トシキ、新井正人と変遷した。夏・海・リゾートをテーマとした作品の数々は『サザンオールスターズ』や『TUBE』[1]などとともにサマーソングのヒット曲として知られる。
Contents
概要
杉山清貴をボーカルとするアマチュアバンド「きゅうてぃぱんちょす」は1980年の第19回ヤマハポピュラーソングコンテスト入賞後、メジャーデビューのオファーを受けながらもオリジナル楽曲の完成度に納得できず、誘いを断っていた。藤田浩一はポプコン入賞以降同バンドに注目しており、デビューの条件としてプロによる提供楽曲の演奏を提示、バンドはこれを受け、「杉山清貴&オメガトライブ」と名を変え、1983年4月にレコードデビューした[2]。
藤田は、1980年代に角松敏生やオメガトライブ、菊池桃子を擁していた芸能事務所トライアングル・プロダクションのオーナーであり、藤田のタッチする作業は作詞家や作曲家、アレンジャーとのプリプロダクションからレコーディング・スタジオでのミュージシャンへの指示、エンジニアへの注文、レコード・ジャケットの決定からマーケット戦略まで多岐にわたっており、全ての最終決定権は藤田にあった[3][4]。
iTunes等の音楽配信は、カルロス・トシキ&オメガトライブの作品で、現在ワーナーミュージック・ジャパンに出版権がある楽曲のみ行なわれており、その他の楽曲は未配信。
名称の名づけ親はDJのカマサミ・コング。メンバーは候補に挙がっていた中の「タイクス」という名前を気に入っていたが、藤田が「オメガトライブ」に決めたという。「オメガトライブ」とは、「オメガ」(Ω, ω)=ギリシャアルファベットの最後の文字(「最後」を意味する)と、「トライブ」=民族を合わせて、「最終民族」という意味がある[5]。詳細は後述。
杉山清貴&オメガトライブ
杉山清貴&オメガトライブ | |
---|---|
出身地 | 日本 |
ジャンル |
J-POP AOR |
活動期間 | 1980年 - 1985年 |
レーベル |
VAP (1983年 - 1985年) |
メンバー
- 杉山清貴(ボーカル)
- 高島信二(ギター)
- 西原俊次(キーボード)
- 大島孝夫(ベース)
- 廣石恵一(ドラムス、現クレイジーケンバンド)
- 吉田健二(ギター、1985年4月に脱退)
略歴
- 1980年5月に前身となるバンド「きゅうてぃぱんちょす」にて第19回ヤマハポピュラーソングコンテストに入賞する。同年10月の第20回ポプコンでは落選するものの、藤田浩一の目に止まることとなった。この時期には現在芸術音楽の作曲家である千住明がキーボードを担当したが、プロへ直結するポプコン優勝を逃したことから、在籍していた慶応義塾大学から東京芸術大学への受験により音楽家になることを希望し、グループを離れている[6]。キーボード担当には西原俊次が新たに加わり、グループとしてプロデビューを目指した。
- 1983年4月、プロデューサー藤田の第1弾プロジェクト『杉山清貴&オメガトライブ』としてレコードデビューする。
- なお、「オメガトライブ」という名前は「バンド名の候補でも一番下にあった名前」であった(後に杉山自身が公言している)。
- 1985年12月、プロデューサーとメンバーとの方向性の違いにより、横浜文化体育館のライブを最後に解散する。
- 2004年2月、杉山の呼びかけにより、杉山清貴&オメガトライブを再結成し(前座:きゅうてぃぱんちょす)、2月11日NHKホール、2月14日愛知厚生年金会館、2月15日大阪厚生年金会館において、『First Finale2 〜オメガとライブ〜』と題したコンサートを行う[7]。
- 代表曲としては、1983年4月「SUMMER SUSPICION」、1984年1月「君のハートはマリンブルー」、1985年3月「ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-」(最大のヒット曲)など。
主な制作陣
作品
シングル
# | 発売日 | タイトル | カップリング | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1983年4月21日 | SUMMER SUSPICION | 渚のSea-Dog | 9位 | 第12回東京音楽祭で披露、TBS賞を受賞 |
2 | 1983年10月21日 | ASPHALT LADY | A.D. 1959 | 36位 | |
3 | 1984年1月21日 | 君のハートはマリンブルー | 愛を巻き戻して | 12位 | TBS系ドラマ『年ごろ家族』主題歌 |
4 | 1984年10月21日 | RIVERSIDE HOTEL | ジョアンナ | 21位 | |
5 | 1985年3月6日 | ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER | FAREWELL CALL | 5位 | JALPAK'85CM曲 |
6 | 1985年5月29日 | サイレンスがいっぱい | ROLLING MEMORIES | 7位 | NTV系ドラマ『のン姉ちゃん・200W(ワット)』主題歌 |
7 | 1985年11月7日 | ガラスのPALM TREE | LONELY RUNNER | 5位 | ダイドージョニアンコーヒーCM曲 |
スタジオアルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1983年9月21日 | AQUA CITY | 4位 |
2 | 1984年3月21日 | River's Island | 3位 |
3 | 1984年12月21日 | NEVER ENDING SUMMER | 8位 |
4 | 1985年7月1日 | ANOTHER SUMMER | 1位 |
5 | 1985年12月11日 | FIRST FINALE | 1位 |
ベストアルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1984年6月10日 | カマサミ・コング・DJスペシャル[8] | -位 |
2 | 1985年10月23日 | Single's History | 3位 |
3 | 1991年7月21日 | Dear,Summer Lovers | 51位 |
4 | 1991年11月21日 | Love Story Of Harvor View | -位 |
5 | 1993年7月21日 | 杉山清貴&オメガトライブ シングル・コレクション 1983〜1985 | -位 |
6 | 1998年6月21日 | 杉山清貴&オメガトライブ CORE BEST TRACKS | -位 |
7 | 2004年2月11日 | THE OMEGA TRIBE | 50位 |
8 | 2011年5月18日 | ゴールデンベストTHE OMEGA TRIBE | -位 |
9 | 2012年7月17日 | The Other Side of The Omega Tribe | -位 |
ライブアルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1986年3月30日 | Live Emotion | -位 |
CDBOX
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 2002年3月6日 | EVER LASTING SUMMER COMPLETE S.KIYOTAKA&OMEGA TRIBE | -位 |
合同オメガトライブ アルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 1991年2月21日 | Good-bye OmegaTribe 1983-1991 | 29位 | 杉山清貴&オメガトライブ、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブの3バンドによるベストアルバム |
2 | 2012年6月5日 | 杉山清貴 & オメガトライブ サマーサスピション ふたりの夏物語 君のハートはマリンブルー 12CD-1061N Special Edition | -位 | 杉山清貴&オメガトライブのミニアルバム |
? | 杉山清貴/オメガトライブ スーパー・ベスト | -位 | 杉山清貴&オメガトライブと杉山清貴のベストアルバム |
映像
ベストアルバム
# | 発売日 | タイトル | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 1984年7月21日 | SINGLE VACATION | VHS/LD |
2 | 1986年1月21日 | FIRST FINALE CONCERT | VHS/DVD(2004年2月11日再発) |
3 | 2004年7月22日 | FIRST FINALE2 | DVD 再結成ライブコンサートを収録。権利関係の調整がつかず、「オメガトライブ」名義が使えなかった。代わりにメンバー6人の連名で表記された。 |
コンサート
- 1984年 DOMESTIC TOUR '84(27本)
- 1984-1985年 SUMMER SUNSET CONCERT TOUR '84-85(51本)
- 1985年 FIRST FINALE ツアー(52本)
- 2004年 First Finale2 〜オメガとライブ〜
- 2018年5月3日 The open air live "High & High 2018" Pre Live @飯能市市民会館大ホール
- 同年5月5日 The open air live "High & High 2018" @日比谷野外音楽堂
1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ
1986オメガトライブ ↓ カルロス・トシキ&オメガトライブ | |
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出身地 | 日本[9] |
ジャンル |
J-POP AOR |
活動期間 |
1986オメガトライブ (1986年 - 1987年) カルロス・トシキ&オメガトライブ (1988年 - 1990年) |
レーベル |
VAP (1986年 - 1989年) ワーナー・パイオニア[10] (1990年) |
メンバー
略歴
- 1986年、前オメガトライブに在籍していた高島信二(ギター)、西原俊次(キーボード)に加え、新たに日系ブラジル人のカルロス・トシキ、菊池桃子、岩崎宏美のバックバンド(パイナップル・カンパニー)でギターを担当していた黒川照家を迎えて、プロデューサー藤田の第2弾プロジェクト『1986オメガトライブ』(ナインティーンエイティシックス - )としてデビュー。
- 1988年3月、黒川がバンドを脱退する。グループ名を『カルロス・トシキ&オメガトライブ』に変更する。
- 改名の理由として、「黒川が脱退した以上、1986オメガトライブではなくなった」ことと、「(1986という)ネーミングが古くなってきた」ことが挙げられている。
- なお、改名に当たってスタッフとしては「もっとカルロスを全面に押し出したい」という意向があったが、本人たちは「あくまでも3人のバンドである」と考えていたため、スタッフの思惑通りにはいかなかったようである。
- 1988年7月、レコーディングにコーラスとして参加していたジョイ・マッコイが正式に加入する。
- 1990年、ワーナーパイオニアへ移籍(カルロス・トシキ&オメガトライブ名義で発売された全て楽曲は、原盤権がワーナーパイオニア(現・ワーナーミュージック・ジャパン)に譲移された)。松任谷由実が作詞・作曲した「時はかげろう」を発表後、ファイナルツアーを行い、1991年3月16日日清パワーステーションでのライブを最後に解散する。1990年12月14日放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にて解散発表を行った。
- 2005年3月9日、ファンサイトの呼びかけを中心とした署名活動により、発売された楽曲[12]が全曲[13]収録されたCD+PVや『歌のトップテン』に出演した時の映像を納めたDVDを収めた『COMPLETE BOX "Our Graduation"』を発売する。
代表曲は「君は1000%」(1986オメガトライブ)「アクアマリンのままでいて」(カルロス・トシキ&オメガトライブ)など。
主な制作陣
シングル
1986オメガトライブ
# | 発売日 | タイトル | カップリング | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1986年5月1日 | 君は1000% | Your Graduation | 6位 | NTV系ドラマ『新・熱中時代宣言』主題歌 |
2 | 1986年8月7日 | Super Chance | Navigator | 2位 | “スーパーフジカラー”CMソング |
3 | 1986年10月15日 | Cosmic Love | I'll Never Forget You | 3位 | サンヨーWO8イメージソング |
4 | 1987年7月15日 | Miss Lonely Eyes | interstate | 2位 | |
5 | 1987年11月18日 | Stay girl Stay pure | Sand on the seat | 5位 | NTV系ドラマ『恋はハイホー!』オープニング曲 |
カルロス・トシキ&オメガトライブ
# | 発売日 | タイトル | カップリング | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1988年4月6日 | DOWN TOWN MYSTERY (“DAYLIGHT”VERSION) | DOWN TOWN MYSTERY (“NIGHT TIME”VERSION) | 8位 | 1986オメガトライブからカルロストシキ&オメガトライブに改名後のシングル。 |
2 | 1988年8月10日 | アクアマリンのままでいて | 海流のなかの島々 | 3位 | フジテレビ系ドラマ『抱きしめたい!』主題歌 |
3 | 1988年11月10日 | REIKO | Wind Gauge 〜風速計〜 | 15位 | ジョイ・マッコイがリードボーカル、ジャケットにメンバーの写真が使われている。 EP盤・CDシングル・シングルカセットの3パターンで発売された。 |
- | 1988年11月10日 | REIKO 〜English Version〜 | REIKO 〜Original Version〜 | 78位 | 12インチシングル盤・12cmマキシシングルの2パターンで発売された。 |
4 | 1989年7月21日 | どうして好きといってくれないの | ブラインド・プロフィール | 24位 | TBS系『世界・ふしぎ発見!』テーマソング |
5 | 1989年9月5日 | 花の降る午後 | Bad Girl | 26位 | 角川春樹事務所作品『花の降る午後』主題歌 |
6 | 1990年6月25日 | 時はかげろう | ツーアウト・フルベース | 38位 | バップからワーナーパイオニアへ移籍後初、また唯一のシングル |
アルバム
1986オメガトライブ
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1986年7月23日 | Navigator | 2位 |
2 | 1987年2月4日 | Crystal Night | 1位 |
コンピレーション・アルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1987年6月21日 | DJ SPECIAL | 3位 |
カルロス・トシキ&オメガトライブ
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 1988年4月6日 | DOWN TOWN MYSTERY | 3位 | カセット・DAYLIGHT VERSION、レコード・CD・NIGHT TIME VERSIONの2種類あり、曲のミックスダウンが異なっている。 |
2 | 1989年2月8日 | be yourself | 9位 | |
3 | 1989年9月21日 | BAD GIRL | 11位 | オリジナルアルバムでは唯一、ジャケットにメンバーの写真が使われている。 |
4 | 1990年7月25日 | natsuko | 13位 | バップからワーナーパイオニアへ移籍後初、また唯一のアルバム。 |
ベストアルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|
- | プロモーション | Carlos Toshiki and Omega Tribe with 1986 Omega Tribe | -位 | 非売品ベスト・アルバム |
1 | 1989年12月21日 | BEST REMIX | 30位 | 藤田浩一と新川博の共同プロデュース。吉田保がリミックスを手がけており、吉田が収録曲をミックスするのは全曲初めて。 |
2 | 1992年3月21日 | The Greatest Hit あの頃の私へ.... | -位 | 1986オメガトライブの楽曲もあるが、Carios・T and Omega Tribe名義のベストアルバム。 |
3 | 2005年7月27日 | 究極のベスト!1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ | -位 | |
4 | 2008年9月22日 | 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ スーパーベスト・コレクション | -位 | 通信販売限定。 |
5 | 2009年6月24日 | プレミアム・ベスト 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ | -位 |
ライブアルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1991年4月10日 | The Graduate Live | 54位 |
合同オメガトライブ
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 1991年2月21日 | Good-bye OmegaTribe 1983-1991 | 29位 | 杉山清貴&オメガトライブ、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブの3バンドによるベストアルバム |
2 | 2012年2月20日 | 杉山清貴 オメガトライブ ベスト&ベスト | - | 杉山清貴、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブ、カルロス・トシキによるベストアルバム |
CDBOX
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 2005年3月9日 | 1986 OMEGA TRIBE CARLOS TOSHIKI&OMEGA TRIBE COMPLETE BOX "Our Graduation" | -位 | 1986オメガトライブとカルロス・トシキ&オメガトライブの全シングル曲、全アルバム曲。1986オメガトライブ・歌のトップテン映像DVD、カルロス・トシキ&オメガトライブ・ファイナルコンサート映像DVDを収録したBOX。 |
コンサート [14]
ツアー名 | 開始日と最終日 | 備考 |
アイバンクチャリティーコンサート(名古屋テレビ) | 1986年7月10日 | 初のファーストライブ。 |
学園祭ツアー | 1986年10月3日 - 同年12月1日 | 秋田大、金沢経済大学、東北工業大学、東京・文京女子大学、岩手・富士大学、弘前学院大学、甲南女子大学、福岡・東和大学、高崎経済大学、明治学院大学、日本福祉大学、皇学館大学、北九州大学、名古屋学院大学、立教女学院、静岡女子大学、四国女子大学、愛媛大学、香川短期大学、山形大学、共立薬科大学、東邦大学、東京農工大学、福井仁愛女子短大、東京理科大学、麻布大学、立正大学、広島文化女子短大、帝京短大 |
DOMESTIC TOUR FIRST | 1987年1月13日 - 同年4月18日 | 初のコンサートツアー。 |
SUMMER EVENT TOUR | 1987年7月11日 - 同年8月26日 | |
SECOND TOUR | 1987年9月12日 - 1989年1月30日 | 途中で1987年の学園祭ツアーと並行公演。更にカルロスが11月24日に体調不良による振替公演もあった。 |
学園祭ツアー | 1987年10月10日 - 同年11月30日 | 埼玉医科大、岡崎女子短期大学、名古屋・夢コロン、足利短期大学、和洋女子短期大学、目白学園、岐阜工業高等専門学校 |
EVENT TOUR | 1988年6月4日 - 同年8月27日 | 山下公園・横浜どんたく、東北歯科大学、SUMMER FES. IN MANZA、岐阜未来博、ビーチサイドフェスティバル、瀬戸大橋博、ROKE WAVE '88富士急ハイランド特設ステージ、小海町特設ステージ、LIVE IN KAISEIZAN、FCイベント MZA有明、SUNSET DREAM IN KISHIWADA COAST |
文化放送特別企画「オメガトライブ青春1000%」番組100回記念『OMEGA TREBE IN HAWAII ツアー』 | 1988年7月10日 | 参加者200名 |
学園祭ツアー | 1988年10月2日 - 同年11月12日 | 八戸工業大学、立教大学・越谷校舎、計7カ所[15]。 |
BE YOURSELF | 1988年11月27日 - 1989年3月29日 | 3rdツアー |
マンダム・ライブスペシャル in 日本武道館 | 1988年12月20日 | |
EVENT TOUR | 1989年6月24日 - 同年7月24日 | 群馬大学、JPSミュージックスペシャル(横浜アリーナ)、日清パワーステーション、福島女子短期大学、愛知厚生年金会館、まつだ町文化センター、横浜博覧会 |
学園祭ツアー | 1988年10月6日 - 同年11月12日 | 帝京大学、昭和薬科大学、東京女子医科大学、いわき明星大学、西南女学院短期大学、武庫川女子大学、大阪学院大学、鹿児島女子短期大学、徳島大学、大阪大学・医学部、平安女学院短期大学、愛知学泉大学 |
HEART Of FIRE | 1989年11月27日 - 1990年4月27日 | 4thツアー |
新宿・日清パワーステーション | 1990年10月12日 | |
学園祭ツアー・EVENT | 1990年9月30日 - 同年10月28日 | 下関公民会館、埼玉・森林公園、新宿・日清パワーステーション、新宿音楽祭 in 日本武道館、聖心女子大学 |
NACK5 LIVE SPECEAL(日清パワーステーション) | 1990年11月2日 | |
ちば博覧会'90 in幕張メッセ | 1990年11月24日 | |
X'mas LIVE | 1990年12月23日、1990年12月25日 | 日清パワーステーション、川崎市教育文化会館 |
解散コンサート・ツアー | 1991年2月21日 - 3月16日 |
その他
1986オメガトライブ
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(日本テレビ)
- 9(1986年8月16日)テレビ新潟からの出演
- 10(1987年8月22日)SAVE THE CHILDRENコンサート
- OMEGA TRIBEの青春1000%(1986年10月12日 文化放送)
書籍
1986オメガトライブ
ブランニュー・オメガトライブ (BRAND NEW OMEGA TRIBE)/BNOT)
ブランニュー・オメガトライブ (BRAND NEW OMEGA TRIBE) BNOT | |
---|---|
出身地 | 日本 |
ジャンル | J-POP |
活動期間 | 1993年 - 1994年 |
レーベル | ワーナーミュージック・ジャパン |
1993年、かつてパルで活躍し、ソロとして『機動戦士ガンダムΖΖ』の主題歌「アニメじゃない」をヒットさせたことのある新井正人をボーカルに迎え、プロデューサー藤田の第3弾プロジェクトとしてスタートする。第3弾「オメガトライブ」はバンドの形はとらず、新井正人のソロプロジェクトであり、第1弾、第2弾制作陣が脇を固める構成となっている。
主な制作陣
シングル
# | 発売日 | タイトル | カップリング | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1993年8月2日 | 愛さなくていいから | 好きだから言えなかった | -位 | フジテレビ系「北野ファンクラブ」エンディング・テーマ |
2 | 1994年1月25日 | Marry Me | Paradise In The Snow | -位 |
アルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 1994年2月10日 | Beach Hippies | -位 | BNOT名義で発売された。 |
番外オメガトライブ「DOME」
DOME | |
---|---|
出身地 | 日本 |
ジャンル |
J-POP AOR |
活動期間 | 1992年 |
レーベル | NECアベニュー |
メンバー
略歴
1992年、三上哲をボーカルに迎え、オメガトライブ生え抜きメンバーの高島信二、西原俊次の3名により結成する。「ドーム」ではなく『ディー・オメ』と読ませる。英語表記では「Deconstructed OMEGA by Mints Entertainment」の略称とされていた。シングル「女神達に逢える日」とアルバム『DOME』を、NECアベニューからリリースした。その間、高島はビーイングでプロデューサー・ディレクターとしての活動を始めていた。
シングル
# | 発売日 | タイトル | カップリング | 最高順位 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1992年5月1日 | 女神たちに逢える日 | 誰よりも僕が | -位 | フジテレビ系ワイドショー『TIME3 タイム・スリー』エンディングテーマ |
アルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1992年5月21日 | DOME | -位 |
番外オメガトライブ「WEATHER SIDE」
WEATHER SIDE | |
---|---|
出身地 | 日本 |
ジャンル |
J-POP AOR |
活動期間 | 1994年 - 1995年 |
レーベル | ポニーキャニオン |
メンバー
略歴
1994年、高島・西原は高取秀明をボーカルに迎え、「WEATHER SIDE」を結成する。1996年に解散するまでアルバム・シングル各3枚をリリースした。作詞は高取が、作曲は高島・西原が、編曲は亀田誠治が中心となっていた。
シングル
# | 発売日 | タイトル | カップリング | 最高順位 |
---|---|---|---|---|
1 | 1994年4月21日 | 風を抱いて | Still I Love You | -位 |
2 | 1994年9月21日 | いいのさ、君のままで | 世界よ 二人のために回れ | -位 |
3 | 1995年5月19日 | 夏だから | それでもあなたは嘘をつく | -位 |
アルバム
# | 発売日 | タイトル | 最高順位 |
---|---|---|---|
1 | 1994年5月20日 | Driving A Go Go | -位 |
2 | 1994年10月21日 | HAPPY GO LUCKY | -位 |
3 | 1995年6月21日 | 30℃ | -位 |
関連項目
オメガトライブ関連
- バップ
- 夜のヒットスタジオ出演歌手一覧
- J-LOVE Super Collection
- J-POP CAFE
- J-POP STATION
- なんでもQ(西原俊次が関連)
- 田原俊彦(西原俊次がスタッフとして参加)
- 秋元康
- 池田政典(トライアングルプロダクションの後輩で、ラジオ・オメガトライブの青春1000%で最も多くゲスト出演している。高島信二が「池田政典ベストナウ」に参加)
- Bon-Bon Blanco(高島信二がスタッフとして参加・2009年に活動休止)
- TUBE(高島信二がスタッフとして参加)
- Naifu(高島信二がスタッフ、コーラスとして参加)
- 君はレゲエ1000% (1995年に発売されたオメガトライブのカヴァーアルバム)
杉山清貴&オメガトライブ関連
- 東京音楽祭
- CHIROLYN
- RAJIE
- MUSIC BOX
- おとなの夏休み
- super collection DREAM melody of memories
- ユア・リクエスト
- 神奈川県のご当地ソング一覧
- 国道134号
- 食玩CD
1986オメガトライブ / カルロス・トシキ&オメガトライブ関連
- ワーナーミュージック・ジャパン
- 河内淳一のディスコグラフィ(ジョイ・マッコイが関連)
- 日浦孝則(黒川照家が関連)
- 天国のドア(「時はかげろう」が関連)
- 夏歌
- ALWAYS WITH YOU 〜いつも心に青春の歌〜
- Hits on TV
- 花の降る午後 オリジナルサウンドトラック
- 有川正沙子
- 1001%ドラゴンズ(番組名の由来)
BRAND NEW OMEGA TRIBE関連
- 日浦孝則(Voの最終選考に残った)
WEATHER SIDE関連
- 亀田誠治(シングル・アルバム全曲でWEATHER SIDEと共同編曲)
脚注
- ↑ 現在は、オメガトライブの元メンバーである高島信二が制作スタッフに参加している。
- ↑ 広島FM (2008年1月25日). “食卓音楽・さよならのオーシャン/杉山清貴”. . 2013-5-5閲覧.
- ↑ 1981年デビューの角松敏生は、話題性を狙ったレコード制作及びそのセールス・プロモーションで活動拡大を図りたい事務所側と、バンドを組んでのライブハウス出演など草の根的なライブ活動をしたい自身との活動方針の相違により、アルバムとシングルをそれぞれ2枚発表した後の1982年に事務所を移籍することになり、その後釜的存在として事務所に入ってきたのが杉山清貴&オメガトライブであった。
- ↑ 菊池桃子の初期アルバムのジャケット写真は、他のアイドルのような顔の大写しやバストショットではなく、AORアーティストのような情景の中に全身の姿が溶け込んで写っているショット(故に顔が写っている範囲の比率も小さい)で、その顔も水に浸かっていたり、影に覆われていたりして目立たないのだが、それが逆に話題になった。また、1985年の日本武道館でのファーストコンサートでは、エイブラハム・ラボリエルとアレックス・アクーニャらロスの一流ミュージシャンによるフュージョン系バンドのコイノニアがバック・バンドを務めた。
- ↑ 歌番組などでバンド名の由来を尋ねられた際に「最終民族」では重い印象を与えるため「最後の仲間」などと説明をしていた。
- ↑ テレビ東京 (2010年7月10日). “ミューズの晩餐”. . 2013-5-5閲覧.
- ↑ 以下の外部リンク先を参照。杉山清貴公式ホームページ 期待の杉山清貴&オメガトライブ再結成ライブ First Finale2 〜オメガとライブ〜決定!!
- ↑ CTとCDのみのリリース
- ↑ カルロス・トシキのみ日系ブラジル人で、ブラジル連邦共和国パラナ州マリンガ出身である
- ↑ “カルロス・トシキ&オメガトライブ”名義で発売された全て楽曲は、原版権がワーナーパイオニア(現・ワーナーミュージック・ジャパン)に譲移された。
- ↑ 1988年に加入
- ↑ リミックスされた音源も含む。
- ↑ アルバム『DOWN TOWN MYSTERY』の「DAYLIGHT」と「NIGHT TIME」の2バージョン曲、一部の楽曲のカラオケなども含む。
- ↑ 14.0 14.1 『1983 - 1991 1986OMEGA TRIBE CARLOS TOSHIKI&OMEGA TRIBE COMPLETE BOX Our Graduation』より。
- ↑ 詳細は記載されていない。
外部リンク
- 杉山清貴 OFFICIAL WEBSITE公式サイト
- 新井正人 OFFICIAL WEBSITE公式サイト