ドングリ
ドングリ(団栗、英: acorn)とは、ブナ科の、特にカシ・ナラ・カシワなどコナラ属樹木の果実の総称[1]である[2]。ドングリは、一部または全体を殻斗(かくと、英: cupule)に覆われる堅果であるが、これはブナ科の果実に共通した特徴であり、またブナ科にほぼ固有の特徴である。よって本項ではコナラ属以外のブナ科の果実についても述べる。
ブナ科の果実には、「どんぐり」以外の固有の名称を持つものもある。クリの果実は「栗」もしくは「栗の実」と呼ばれる。「椎(しい)の実」、「楢(なら)の実」の語もある。ブナの果実は「そばぐり」と呼ばれることもある。
Contents
概要
ドングリは果実(堅果)であり、種子ではない。樹種により形状は多様であるが、ドングリに限らずブナ科の果実の共通の特徴として、先端はとがり、表面の皮は硬く、上部はすべすべして茶色、下部はぶつぶつした薄めの褐色である。果実の下部または全部を覆うおわん状・まり状のものは殻斗である。ドングリの殻斗は俗には「ぼうし」「はかま」などと呼ばれる。殻斗は総苞片が集まり、癒合変形、乾燥したものであり、ブナ科とナンキョクブナ科[3]の果実特有のものである。このことから、かつてブナ科は殻斗科と呼ばれた[4]。ブナ科の堅果は、他の堅果と区別して殻斗果またはどんぐり状果と呼ばれる。
ドングリのイメージとして、細長く、下部をぶつぶつとした殻斗が覆う、というものがしばしば見られるが、クヌギではドングリは丸く、殻斗は毛が生えたようになっている。クリまたスダジイなど殻斗がドングリ全体を覆うものもある。クリの殻斗はトゲが生え、「イガ」と呼ばれる。
内部の種子の大部分を占める子葉はデンプン質に富み、人間を含む動物の食料になる。日本の古典的な玩具(独楽など)の材料にもなった。
分類と判別
ドングリからその樹種を判別することは可能だが難しく、木自体を見る方がはるかにやさしい。ただし、属の見分けは比較的やさしい。以下は日本に自生するものの見分け方である[4]。
- コナラ属コナラ亜属 - 果実の基部は湾入せず、殻斗は果実の基部を覆う。殻斗は鱗片状。
- コナラ属アカガシ亜属 - 果実の基部は湾入せず、殻斗は果実の基部を覆う。殻斗は輪層状。
- カシの仲間(常緑樹) - ウバメガシとシリブカガシはアカガシ亜属ではない。
- アカガシ Quercus acuta
- アラカシ Quercus glauca
- イチイガシ Quercus gilva
- ウラジロガシ Quercus salicina
- オキナワウラジロガシ Quercus miyagii - 日本最大のドングリをつける。
- シラカシ Quercus myrsinifolia
- ツクバネガシ Quercus sessilifolia
- ハナガガシ Quercus hondae
- カシの仲間(常緑樹) - ウバメガシとシリブカガシはアカガシ亜属ではない。
- マテバシイ属(常緑樹) - 果実の基部が湾入し、殻斗は果実の基部を覆う。2、3の殻斗が基部で癒合している場合がある。
- クリ属(落葉樹) - 果実は稜が2つあり、殻斗が全体を覆う。ドングリとは呼ばれない。
- クリ(ニホングリ) Castanea crenata
- シイ属(クリガシ属、常緑樹) - 果実は稜がなく、球状ー円柱状で、殻斗が全体を覆う。
- ブナ属(落葉樹) - 果実は稜が3つあり、三角錐状、殻斗が全体を覆う。普通はドングリとは呼ばれない。
- Quercus variabilis - Osaka Museum of Natural History - DSC07730.JPG
- Quercus acutissima nuts 02 by Line1.JPG
- Quercus serrata - Osaka Museum of Natural History - DSC07721.JPG
- Quercus aliena - Osaka Museum of Natural History - DSC07726.JPG
- Quercus crispula 2002-10-11.jpg
- Quercus phillyreoides - Osaka Museum of Natural History - DSC07731.JPG
- Quercus glauca4.jpg
- Quercus gilva - Osaka Museum of Natural History - DSC07732.JPG
- Lithocarpus glaber - Osaka Museum of Natural History - DSC07724.JPG
- Lithocarpus edulis - Osaka Museum of Natural History - DSC07723.JPG
- Kuri02.jpg
- Fagus crenata seeds.JPG
日本国外に分布するものでは多様な形状を示す。マテバシイ属のドングリには殻斗が全体を覆うものが多く存在する。シイ属では別名のクリガシ属が示唆する通り、クリ属のように複数の果実がイガに覆われ、クリそのものの形をしたものも多い。北米には常緑樹でクリ属によく似た殻斗をつけるトゲガシ属(Chrysolepis。かつてはシイ属に含められていた)が2種が存在する。逆に、北米産のチンカピン(Castanea pumila)はクリ属ではあるが、実には平たい面がなく、丸い。
- Quercus robur.jpg
ヨーロッパナラ
(コナラ属) - Quercus macrolepis MHNT.BOT.2004.0.80.jpg
Quercus macrolepis
(コナラ属) - Chrysolepis chrysophylla Huckleberry BRP 1.jpg
Chrysolepis chrysophylla
(トゲガシ属) チンカピン
(クリ属)
ブナ科ではないが、似た外見のものとして、ヘーゼルナッツ等のハシバミ類(カバノキ科)の堅果や、トチノキ(トチノキ科またはムクロジ科)の種子(「とち」もしくは「とちのみ」と呼ばれる)がある。
餌としてのドングリ
ドングリを作るブナ科植物は、暖帯から温帯にかけての森林では、どこでも主要な構成樹種である。暖帯では常緑のシイ・カシ類が照葉樹林の主要構成樹種であり、温帯ではブナ・ミズナラなどが落葉広葉樹林の中で占める割合が大きい。人工的な撹乱がある場所では、クヌギ・コナラなどが出現する。
これらブナ科植物の果実は個々の果実も大きく、肥大した子葉に大量のデンプンを蓄え、また生産量も多いことから、特に哺乳類にとって、秋の重要な食料であり、ドングリの出来不出来が、森に棲む野生動物の秋から冬の生存に大きな影響をもたらす。2004年は、秋に北陸で多数のツキノワグマが人里に出没したことで話題をよんだが、この年の落葉樹林のドングリは不作だったとされている。
イベリコ豚の重要な飼料として、イベリア半島に自生するコルクガシなどのドングリが利用される。また、中央ヨーロッパにはヨーロッパブナの林の中でブタを飼う養豚林がある[5]。日本でもかつてオキナワウラジロガシのドングリが豚の飼料として利用された。
一方、ドングリが餌として有害に働く場合がある。2014年に北海道の牧場で、肉用牛13頭と乳用牛2頭の計15頭が腎臓の障害など死亡[6]。網走家畜保健衛生所が解剖したところ、ドングリの成分であるポリフェノールによる中毒であることが判明した。海外でも、似た牛の中毒事例が報告されているという。
種子散布システムとしてのドングリ
果実としてのドングリは、特に目立った種子散布器官を持たないように見えるため、古くは種子散布の形式を重力散布(つまり、落ちること)とみなされた。しかし、今日では上述の動物の餌としての重要性がこの仲間の種子散布に大きな役割を果たしているとされている。
ドングリを秋から冬にかけての重要な食料としている動物の中に、ネズミ類、リス類、カケス類のように林床に少数ずつ分散して埋蔵貯食するものがある。こうした動物が埋めたドングリは、大半が越冬時の食料として消費されるが、春までに一部が余って食べ残される。これが親植物から離れた地点で発芽して新世代の植物となる。また、ドングリは乾燥に弱く、単に林床に落ちただけでは乾燥によって速やかに発芽能力を失うことが多い。ネズミ等による貯食は、この乾燥から免れる効果もあるとされている。
イノシシ、シカ等の大型哺乳類の採餌により森林の下草、ササなどが取除かれ、蹄耕により土壌が露出すると、そこにはネズミ、リス等のげっ歯類、カケス類がドングリを埋められる条件が生まれてくる。ドングリを作るブナ科の植物はネズミ類、リス類が誕生する以前、約6,500万年前の白亜紀にはすでに出現していたことが明らかになっており、土壌の攪乱を当時の大型の草食恐竜が担い、当時の小型だった哺乳類の祖先がネズミやリスの代わりを担っていたと推定されている[7]。
人間との関わり
食品
ドングリは渋み(主にタンニンやサポニン)が非常に強く、一般に人間がそのまま食用とするには適さないが、スダジイ、ツブラジイなど一部の種では甘みがあって渋みがなく、渋抜きせずに生あるいは炒ってそのまま食べられる。また、縄文時代においては、渋抜きをして食用にしていたと考えられている。その後も飢饉や太平洋戦争直後の食糧難時代によく利用されたのみならず、米の栽培が困難な東北の山村などいくつかの地域では、大正期あたりまで主食格の食品として重要であった。ドングリの渋抜きの方法としては、流水に数日さらす方法と、煮沸による方法がある。特に煮沸の場合、木灰汁を用いることがある。日本においては、前者は主に西日本から広がる照葉樹林帯の地域で、後者は東北地方や信州に広がる落葉広葉樹林帯で認められる。また、渋みの少ない種の場合は、から煎りでもあく抜きになる。
- 渋がほとんどないドングリ - スダジイ、ツブラジイ、クリ
- 渋が少ないドングリ - マテバシイ、イチイガシ、ブナ、イヌブナ、シリブカガシ
- 渋があるドングリ - コナラ、ミズナラ、クヌギ、アベマキ、カシワ、ナラガシワ、ウバメガシ
- 渋が多いドングリ - シラカシ、アラカシ、アカガシ、ツクバネガシ、ウラジロガシ、オキナワウラジロガシ、ハナガガシ
北海道のアイヌ民族はドングリを「ニセウ」と呼んでいた。秋にトゥンニ(ミズナラ)やコムニ(カシワ)の果実を拾い集め、何度もゆでこぼしてアクを抜いたものを、シト(団子)やラタシケプ(煮物)に加工して食べた。
北上山地の山村では、ナラ(ミズナラ)の果実を粉砕して皮を除き、湯、木灰汁などを用いて渋抜きした「シタミ粉」と呼ばれるものが作られていた。シタミ粉は通常湯で戻し、粥状にして食べた。熊本県では、カシ類(イチイガシ)の実から採取したデンプンで作る、「イチゴンニャク」や「カシノキドーフ」、あるいはシイの実を用いた「シイゴンニャク」といった葛餅状の食品が知られている。長野県木曽地方等では、地域興しの一環としてドングリコーヒーを提供しているほか、パンやクッキー等の材料としても用いられている。
朝鮮では、ドングリ(韓国語で「トトリ(도토리)」)から採取したデンプンを、「ムク(묵)」と呼ばれる葛餅ないしういろう状の食べ物(トトリムク)にする。元々は食料が不足していた時代や、飢饉の年に食べられた救荒食料だが、一部の地方で受け継がれ、最近では健康食品として見直されたことにより、大量生産されて市場に流通している。大衆食堂で副食として出されることが多いが、最近ではクッパのように飯と一緒にスープに入れた「トトリムク・パプ(도토리묵 밥=トトリムク飯の意)」が一品料理にもなっている。また、以前は、皮を剥いてから、水さらしと加熱によって渋抜きをしたドングリの果実を用い、米と炊いたドングリ飯、また粉を用いたドングリ餅、ドングリ粥、ドングリうどん、ドングリ水団なども作られていたようである。
利用
玩具や工芸品の材料として用いられる。例えば、軸を付けてヤジロベエや独楽(コマ)などの玩具とする。
文化
- ことわざ・慣用句
- 団栗の背比べ - 抜きん出たものが存在しない集団をあざけって言うこと。似たり寄ったりで、大きな差がないこと。人のことをとやかく言う本人が、それと同じような状態にあること。
- どんぐりまなこ - 大きな丸い目のこと。
- 随筆
- 童話
- 童謡
どんぐり銀行
「どんぐり銀行」と呼ばれる、子ども向けの地域活動がある[8][9]。おおむね共通して、ドングリをお金に見たて、一定数たまると、たとえば苗木を送ってくれるというものである。遺伝子撹乱の恐れがあるため、収集するドングリは産地管理が求められている。
脚注
- ↑ 植物の世界 8, p. 72
- ↑ 世界有用植物事典 (1989), p. 449
- ↑ 殻斗を持つなど、ブナ属に酷似する果実をつけるナンキョクブナ科はブナ科に近縁である。かつてはブナ科のナンキョクブナ属に分類されていた。
- ↑ 4.0 4.1 横山和正「どんぐりを利用したブナ科植物の自然観察 (PDF) 」 、『滋賀大学環境総合研究センター研究年報』第3巻第1号、滋賀大学、2006年、 9-19頁、 ISSN 1349-1881、 NAID 110006241175、. 2013閲覧.
- ↑ 北村四郎 「用途の広いブナ林」『世界の植物 81 シラカンバ・ブナ』 北村四郎ほか総監修、朝日新聞社〈週刊朝日百科〉、1977年。全国書誌番号:87050161。OCLC 704060968。
- ↑ 宮澤国男、吉田美葉、伊藤史恵、前田友起子、「公共牧場で集団発生した牛のドングリ中毒 (第63回家畜保健衛生業績発表会) (PDF) 」 家畜保健衛生業績発表集録 63, 121-126, 2015, NAID 40020978486
- ↑ 渡邊定元 「恐竜と共存して進化したミズナラ」『植物の世界 87 ヤマモモ・クリ・ブナ』 朝日新聞社〈週刊朝日百科〉、1995年。全国書誌番号:97064004。OCLC 675699660。
- ↑ どんぐり銀行事務局 (2013年11月22日). “どんぐり銀行”. 香川県環境森林部みどり整備課. . 2013閲覧. - 香川県 県民総参加のみどりづくり事業。
- ↑ ベネリック株式会社. “どんぐり銀行 -”. 会社概要. . 2013閲覧.
参考文献
- 『世界有用植物事典』 堀田 満、緒方 健、新田 あや、星川 清親、柳 宗民、山崎 耕宇、平凡社、1989年。ISBN 4-582-11505-5。
- 朝日新聞社 『朝日百科植物の世界』8、朝日新聞社、1997年。ISBN 978-4023800106。
- 北村四郎・村田源 『原色日本植物図鑑 木本編2』 保育社〈保育社の原色図鑑〉、1979年。全国書誌番号:80002955。OCLC 47396876。
- 茂木透写真 「ブナ科」『樹に咲く花 離弁花1』 高橋秀男・勝山輝男監修、山と溪谷社〈山溪ハンディ図鑑〉、2000年、208-281。ISBN 4-635-07003-4。
- 平野隆久写真・片桐啓子文 『探して楽しむドングリと松ぼっくり』 山と溪谷社〈森の休日〉、2001年、4-39。ISBN 4-635-06321-6。
- 伊藤ふくお 『どんぐりの図鑑』 北川尚史監修、トンボ出版、2001年。ISBN 4-88716-144-1。
- 徳永桂子 『日本どんぐり大図鑑』 北岡明彦監修・解説、偕成社、2004年。ISBN 4-03-971140-8。
- いわさゆうこ 『どんぐりハンドブック』 八田洋章監修、文一総合出版、2010年。ISBN 978-4-8299-1176-1。
関連項目
外部リンク
- 波田善夫. “ブナ科 Fagaceae”. 植物雑学事典. 岡山理科大学生物地球学部. . 2013閲覧.